文句を言って、罵って、たこ殴りにして、…それから…
「昨日のことなんだが、俺の昔からの友人がだな、勇者を見たと、俺に伝えに来てくれたんだよ。」
「ちょっと、勇者といったって、誰のことよ。認定されている勇者だけで10人はいるし、自称を含めたら…。」
「俺が、お前達相手に勇者と言ったら、一人だけだろうが。俺達にとって、あのクソ馬鹿野郎以外に勇者がいるかよ?」
「あ…、そ、そうよね。」
「確かに、あのクソ馬鹿の唐変木の勘違い、変態屑野郎以外の勇者なんか、全員偽者だよ。」
タンソ帝国近衛兵の高級士官用の個室に、三人がテーブルを挟んで向かい合ってイスに腰掛けて座っていた。
一人は近衛団士官メス・マルテスで、30前くらいの逞しい男前の戦士だった。もう一人は、アーニァ・ルナ。近衛団所属女魔道士で、見事な金髪の、女性としては長身の美人だった。最後の一人は、三人の中で唯一の亜人、セマーナ・ドミンゴは長い銀髪で小柄な美人のハイエルフ女で、やはり近衛団士官であった。
「ところで、なんで今なんだよ!もう日が暮れるじゃないか!昨日聞いたんなら、朝一番でなぜ言わなかったんだよ!」
セマーナが、文句を言った。
「もし、朝一番に言ったら、お前は、その場で飛び出していくだろうが。俺達は一応、近衛団の士官なんだぞ。勝手に飛び出せないだろうが。」
“閑職だってな。”と言外に込めていた。
「それで、彼はどこに?どこの国に?」
不満顔で拗ねているセマーナを横目に、アーニァが話しを進むようと、メスに促した。
「それが国内にいたんだよ。」
「え?」
「盲点でしたわ。」
「北方のノルテ地方の、さらに辺境に近いトマアテ荘というところがあってな、そこを買い取ってご領主様におさまっているらしい。買い取ったのは、二年前らしい。俺達パーティーは足を踏み入れていないし、誰の出身地でも実家があるわけではない。奴を知っている奴はいないって訳だ。」
「よく考えているわね。あの馬鹿は、とかく頭が働くんだから。」
テーブルに広げられた地図で、その場所を指し示した。二人は、テーブルの上に広げられている地図の意味がようやく分かった。
「私、行く!」
セマーナが立ち上がった。メスが顔をしかめた。
「行って、文句を言って、罵って、謝らせて、たこ殴りにしてやるんだ。」
叫ぶように言うセマーナに、アーニァがいたずらっぼく、
「それだけですの?」
「それから、それから…土下座して謝るにきまっているだろう!」
「で、それから?それでお終いでいいの?」
アーニァは執拗だった。少しサディスティックな微笑も浮かべていた。
「それからは、きゅう…煩い、五月蠅い。とにかく、私は今から行くからな!」
そのまま背を向けると、部屋を飛び出していった。
「どうするの?」
呆れ顔のアーニァは、メスを見た。
「仕方がないさ。明日、俺が手続きするさ、長期休暇のな。」
「分かっていたものね、彼女の反応は。彼女、後悔ばかりしていたもんね、ずっと。自分が我を張ったばかりに、遅れてしまったって…、だから間に合わなかったって。」
「確かにそうかもしれないが、大した時間ではなかったし、遅れたと言うなら大なり小なり、皆同じなんだが。」
「それだって、どちらにしても間に合わなかったんだから。」
「そうなんだが、アイツは自分が、許せないだよな。あのクソ馬鹿こんこんチキ野郎の気持ちが分からなかったことで。」
「私だって同じよ。あんただってそうでしょう?ところで、他のみんなには知らせないの?」
メスは、腕を組みながら、大きな溜息をついてから、
「これから連絡するにきまっているだろう。だから、あいつのように飛び出さなかったんだよ。みんな、文句を言って、非難して、謝らせて、たこ殴りにして、土下座して謝りたいだろうさ。だから、お前も手伝え!」
アーニャはいかにも、嫌だという表情だったが、
「分かったわよ。手紙書きとか手伝うわよ。」
「ああ、頼むよ。でも、言霊を飛ばして欲しいんだが。」
メスは、皮肉っぽく笑った。
「あれは疲れるのよ。何人送ると思っているの?分かったわよ、ええ、わかりましたとも、やってやりますわ。」
メスはその言葉を聞いて安心したかのような表現になり、その後溜息をついた。
「セマーナの本心はともかく、みんな、決着をつけたいんだよ。俺もだが。」
「私も同じよ。あの時から、時間が止まっているのよ。あの馬鹿、みんなのことを考えているわりに、なにもかもわかっていないんだから。」
「やっぱり、たこ殴りしてやらないといけないな。」
ニヤリと笑うメスに、
「土下座もしないとね。」
アーニャも、イタズラっぽく微笑んだ。