世界と超人2:人間知性改善論
雨に打たれた葉桜が、その葉をヒラリヒラリと地に落とす。
「哲学?」
「そう、哲学」
「難しい話じゃなければ」
お姉さんはそれを聞くと実に可笑しそうに口に手を添えた。
「哲学を難しくしないのは無理ね」
「なんで?」
「当たり前のことをさも難しく、勿体ぶって、論理と証明を用いるのが哲学なの。例えば、たった4文字で表せる言葉を定義や公理を用いて理解しづらくし、挙げ句の果てには百頁以上の論文を作り上げたりねた本があるけれど、その本は元々は神様の愛を教えるための倫理学書。その倫理学書でさえ、本当に正しく理解できているのは著作者本人だけなのかもしれないし。」
いや、今のお姉さんの言葉が既に難しいんだけど。
それに体も冷たくなってきたし。雨足は未だに強いまま。
ぼくの体は元から冷たいし、雨は好きだから別に良いんだけど。
お姉さん熱く語り過ぎて風邪引きそうだから、どこか屋根のある場所に移動したい。
でもこういう人って、しゃべり出したらテコでも動かないんだよね。
アマノイワト並みに難しそうだけど。駄目で元々、頼んでみるか。
「お姉さん、訳解んないし。ぼく風邪引きそうだから中で続きを話さない?」
しばしの考える動作の後。
「そうね、喋るのなら落ち着ける場所が欲しいわね。君、ココアでも飲む?」
「珈琲の方が良いんだけど」
「珈琲なんてよく飲めるわね、あんなに苦くて不味いのに」
とりあえずこの女、ペリゴールあたりに謝れ。
先程ぼくがお姉さんを見つけた待合室。
そこらへんの衣類置き場からタオルを二枚拝借
病院を探索しておいたのがこんな所で役に立つとは、人生って無駄が無いよね。
無駄になった傘?入り口の傘立てで拾ったから、入り口の傘立てに戻しておいたよ。今流行のリサイクルって奴でエコロジーだろ?
タオルで頭を拭いてると、お姉さんが自動販売機コーナーから戻して来た。
手には二つの紙コップ、中身は珈琲とココアじゃないかな。
でも自動販売機コーナーって、あっちにあったっけ?
「はい、飲料兵器で良かったのね」
「珈琲で人なんか殺せないよ」
「味覚と気分が殺されるわよ」
何でこのお姉さんは珈琲を目の敵にしてるんだ?
前世とかで珈琲で毒殺されたとかしか考えられないだろ。
「それで、タオルなんてよく見つけたわね」
「そうかな?鍵なんてかかってないんだから、とってくるのは簡単でしょ」
「君の倫理観と病院の防犯体制に問題があるってことはわかったわ」
まぁ、いいわ。何て言いながら髪をかきあげ、紙コップに口をつける。
そんな細やかな仕草にドキドキしてしまうのは男の性なんだろうか。
「それじゃあ、まずは神様って貴方にとって何だと思う?」
アマノイワト(天岩戸)
日本神話で出てくる天照大神が隠れた大岩の扉。
シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール伯爵(Charles-Maurice de Talleyrand-Périgord 1754〜1838)
フランスの政治家にして美食家。
彼の名言に「カフェ、それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純で、恋のように甘い」がある。
人間知性改善論(Tractatus de Intellectus emendatione)
バールーフ・デ・スピノザが書いた書籍。
ただし、遺稿であり。死後に何者かが出版している。
知識を改善して真なる道へといたる方法を教えてくれる本。
でも、理解できなきゃ唯の紙屑。