1.・・・はじまり
本当だったんだ。
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目覚めた私は七才の少女だった。
周囲には日本人とは程遠い容姿の人たちが、目覚めたばかりの私を見て喜んでいた。
「ジュリアンナ」「アンナ」
と皆が口にしているのだからそれが私の名前なのでしょう。
私の前世の名前は大原 杏。
多分ほんの少し前に死んだと思う。
大学の帰り幼稚園児が笑顔で降ってきて、抱きかかえたまま歩道橋から転落したのだ。
その男の子はきっと階段を踏み外してしまったんだろう。母親らしき女性の悲鳴が聞こえた様に思う。
でも不思議なことにあの子は落ちて来た時笑顔だった。
男の子を抱え落ちて行く中、もうダメだと思った瞬間頭の中が真っ白になり目の前にこの世の者とは思えないほど美しい人が突然現れて、私の名を呼んだ。
『杏』
そしてその美しい人は、私に相応しい場所で新しい命を与えると告げ、何か白く光るものを無理やり飲み込ませた。
『何これ、カラダが熱い!!!これから死ぬ人間になに得体の知れない物を飲ませてるんだ、バカヤロー―――!』
しかし私の叫びが声になる訳もなく、その人は意味の分からない美しい微笑みを浮かべ
『杏はこれから新しい世界に転生するよ。君が目覚めた夜にまた会いましょう』
という言葉を残して消えていった。
そうして私は二十年の短い人生を終えたのでした。
アデライト王国。
この国は十年近く瘴気に覆われ流行病や天災が発生し、多数の人々が命を失っていた。
国を浄化し救えるのは聖女だけ。しかも新たな聖女が生まれたその瞬間に放たれる光だけとされているが、先の聖女が世を去り三十年ほどの間新たな聖女は誕生していなかった。その為、瘴気も稀も最悪の状態になり、国を脅かすほどに広がっていた。
神殿では昼夜問わず聖女誕生の祈りが捧げられいたが、その願いは届かなかった。アデライト国王であるグラントも、我の代で国は終わるのかもしれないと諦めかけた時、新しい命が誕生した。
修道院に身を寄せた女が自分の命と引き換えに出産した子は、へその緒を切られた瞬間に光に包まれた。修道女達は口々に『聖女の誕生』だと喜び神に感謝の祈りを捧げた。
赤子を包んでいたその光は、天にまで上り光の玉となって留まっている。
聖女が誕生して数時間後、裕福な男爵家でも奇跡が起きていた。
流行病で高熱を出しその後一年間眠ったままであった少女ジュリアンナが、意識を取り戻し目覚めたのだ。その少女が目覚めた瞬間に、聖女が誕生した時と同じように金色に輝いた。が、その光は聖女のそれよりも眩く煌めいていたにもかかわらず、人の目見える事はありませんでした。
一年間意識が戻らない娘を見守り続けた家族と使用人達は、少女の目覚めに涙し神に感謝の祈りを捧げていた。
見えない光もまた同じように天に向かい、空高く留まっていた聖女の光の玉を包み込むと一つの大きな玉になった。
一つになったその光の玉は徐々に雲のように広がると、王国全体を覆うまでになる。そして、国中に光の雨となって降り注いだ。
降り注がれた光が消えるのと同時に、ありとあらゆる瘴気が消え淀んだ空気が浄化された。
王国中が歓喜に沸き先に生まれた子は『聖女』として、神殿へと引き取られることなった。
国から瘴気が消える少し前。
十二才の第二王子バージルは灰色の瘴気の雲に覆われた空に一筋の光が射し、天高いところで留まっている光の玉を王宮の自室の窓から見ていた
「バージル、聖女が誕生した!この国は救われる!!!」
側近で三つ上のダニエルが部屋に駆け込んできた。
「そうか、聖女殿が誕生したのか!ではあの光の玉は聖女殿の光の玉か」
二人は手を取り合って喜び涙し、天空に留まる光の玉を見つめていたのでした。
だが、光の玉は一時間を過ぎてもそのまま何も変化がない。
二時間間ほど経った時バージルは自分の体に異変を感じた。
突然体の中に熱を帯び頭の先からつま先まで痺れが走る。
「うっ、苦しい・・・」
「おい、バージルどうした、大丈夫か?!」
「光が・・・」
苦しみながらも窓の外を見ながら言うバージルに促され、ダニエルも彼を支えながら空を見上げた。
光の玉が大きくなってきている。ダニエルからは元からあった小さな光の玉が成長している風にしか見えなかったが、バージルは何かが天に向かって走り小さな光を飲み込み成長しているんだと感じていたのでした。
光の玉が大きくなるに連れ、バージルの身体の異変は消えて行く。
光の玉は雲のように広がり瘴気に侵された国全体を包み込むと、光の雨となって空から降り注いで行ったのでした。
キラキラと降り注ぐ光が落ち着くと同時に瘴気は完全に消え、世は明るさを取り戻す。
アデライト王国は救われた。
■オレガノ男爵家■
商家で父方の曽祖父が、戦後の苦しい時代に独自の貿易業で得た財産をポンとお国に献上した功績で、国王から爵位を授かる。
元々商人気質のオレガノ家はどんどん事業を広げていき、貴族相手の貸金業まで始めた。国全体が衰退しているなかでも、財力があったお陰で他の貴族や商家に比べたら裕福な生活が保たれていたとか。
只一つだけ、オレガノ家にとって世の中が栄枯してゆく事よりも悲嘆する現状が目の前にあった。それは瘴気による流行病の後遺症で、六歳の娘ジュリアンナが眠ったまま一年ものあいだ目を覚まさないでいる事でした。
聖女の誕生で瘴気が消え平和が戻った日、奇跡が起きジュリアンナは目覚めた。
父アドルフは聖女が誕生した日に目覚めた娘を、我が家の聖女だと言い抱きしめた。
あの人は転生って言った。
マジでそんな小説みたいなことが自分の身に起きるなんて。
前世の記憶を持つ私は、自分が置かれた状況を注意深く観察しました。
私のベッドの両サイドに分かれて立つ四人。
意識が徐々にハッキリとしていき、それが両親と兄姉だと分かった。
私の頭の中では転生したと思われる少女の記憶と、前世の杏としての記憶が混濁している。
両親ともモデルのカップルかよと思うくらいの美男美女である。
長男イーサンと長女マリエッタは双子(十才)で兄姉とも両親の血を受け継ぎ、世間様から天使の双子と言われていた。
まだ鏡は見ていないけれど、私も絶対に兄姉に負けないくらい可憐な少女の筈だ。
オレガノ家はその夜、親戚も集まり私の目覚めを祝う歓喜の宴で盛大に盛り上がった。
そして皆が寝静まり、まだ身体が思うように動ない私はベッドの中であの人が言った言葉を思い出していた。
『君が目覚めた夜にまた会いましょう』