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8 偽りの笑顔







 炊き出しを始めて早十日。いつも通り孤児院に向かうと何から様子が違う。

 遠目からひっそりと様子を伺っていると老婆、もといトスカが数人に囲まれて何やら責め立てられているようだった。彼らは口々にトスカに暴言を吐き、そして腕を振り上げる動作をして彼女を脅しているように見える。


「なんでお前らみてぇなのが飯を食えてるんだ!」

「食い物を全部寄越せっ!」

「この死に損ないどもめ!」


 そのあまりの険悪な雰囲気に面倒だと体が拒絶反応を起こし帰ってしまおうかと思ったのだが、パチリとトスカと目が合ってしまった。

 面倒だがこのままだとトスカが本当に暴行を受けてしまうだろうし、見てしまった以上仕方あるまいと私は渋々と姿を見せたのである。


 ビクついて隠れていた孤児達は私の参上に泣いて喜び、そして騒いでいた大人達は悪意のある瞳で私を睨みつけた。


「んだテメェ」

「私はここで飯炊きをしているものです。よろしければ貴方方もどうですか? 何人増えても構いませんので」


 食いもんよこせと言うなら食わせてやるよと啖呵を切るわけではないが、にっこりと空気を読めない人間のふりをして話かけてみると男達に表情はピタリと固まる。きっとこんな返答をもらえるなんて思ってやしなかったのだろう。

 にっこりと微笑んだまま作りますねと声をかけ、大釜に米と薬草、水を入れて火にかけ、ついでに空になりつつある樽に水を追加。


 未だ挙動不審になっている男どもに再度優しく笑いかけ、お家族がいるなら呼んできてはと声をかけた。

 するとコソコソと何やら相談をしたのちに数人が走り出して消えていき、残った男は今度は私の目の前に立ちギラついた目で私睨みつける。見下ろされたら少々恐怖を抱いたかもしれないが、背丈は一緒で視線は変わらない。


 故に怖くもなんともないのである。

 残念だったな。


「お前、なにもんだ。なんでここでこんなことしてんだ」

「私がここにいるのは、まぁ、なんといいますか少し特殊の訳がありまして。炊き出しは自分の為にやってます。宜しければご一緒にいかがですか?」

「そう言うことじゃねぇ! なんでこいつらみてぇな死に損ないに食いもんやってんだって聞いてんだよ!」


 襟首を掴みかかってくる男の手を払いのけ後ろに下がり、私は頭を悩ませた。


 なぜこいつに私の行動を説明しなければならない。私が誰になにを与えようと勝手だろう。

 むしろこいつはなにに対して怒っているのだ。

 意味のわからないところで突っかかられると迷惑極まりない。


 一度深くため息を吐き男に向き合い、今度は私から何がそんなに気に食わないのかと問うと、男はムッとした顔でなんで孤児達が助けられるんだと怒りを露わにした。


「なんで! なんで俺達じゃなくこいつらが飯を食えてるんだ! コイツらは捨てられた奴らなんだぞ?! なのになんでア死に損ないが飯食えて、必死に生きてる俺らがひもじい思いしなきゃ何ねぇんだよ! そんな死に損ないより生きてる俺らに寄越すべきだろう!?」

「は? 意味わかんね」


 うっかり本音が出てしまったが、つまりは孤児達が、死ぬべき者がご飯を食べられてることが気に食わない。捨てられた奴らなんかより生きてる俺達に食わせろとなんて、どんだけ自分勝手な理由なのだろう。孤児達だって捨てられはしたが生きてるのに、彼はその事すら認めないってわけか。


 むしろ孤児がいるってことは捨てた大人がいる訳で、捨てた大人は推測するに子供を育てられない貧民層。つまりはコイツらが多いんじゃないのか?

 それなら捨てた子供を助けたことを感謝してされるべきで怒鳴られる理由はないじゃないか。

 

 それすら分からないとは、ほんとクソだなおい。


「言ってることを整理しますと孤児は死ぬべきだから貴方方を助けるべきだったと? むしろ孤児を見殺しにするのが正しいことだと? それはまぁ酷い言い草ですね。そんなに食べるものに困ってたのなら素直に恵んでくださいと言えばいいものを」

「なっ! そんな事──」

「言ってくれれば私は拒否しませんよ。別に孤児達だけに与えたかった訳じゃないので。何を勘違いしていたのか知りませんが、私はくるものは拒みません、可能な限り手を貸しましょう? で、その他の回答はご所望ですか? それに貴方方の知り合いの子だってここにいるんじゃないですかね? 捨てたんでしょう? 生きるために子供を。諦めたんでしょう、育てるのを」


 むしろポイント増えるから要望を言って欲しいものだ。


 穏やかに目を細めると目の前の怒り狂った男達は顔を見合わせバツが悪そうに後ろに下がり、主犯であろう一人の男に視線を集めた。

 その男こそさっき私に掴みかかろうとした男。

 彼は私の返答に戸惑ったのか目をキョロキョロとさせている。


 よくよく観察してみれば彼らの衣服はボロボロで、髪も肌も薄汚れて小汚い。きっと孤児までとはいかないが貧困であったが故に、自分より貧しく辛い環境の孤児が当たり前に施されているのが気に食わなかったのだろう。さらに付け加えれば知り合いの子がいる可能性すら見えていなかったのだと思う。

 からといって暴力沙汰はどうかと思うが、少なくともその可能性に気づいてくれればありがたい。


「ご飯、食べますか? 食べるならもっと多めに用意しますがどうします?」

「──あぁ、よろしく、頼む。それと、すまん」

「……謝罪は私に言っても仕方ないでしょう?」


 さっきまでの威勢は何処いったか男はシュンとした態度で後ろに下がり、仲間同士で何やら話し合いを始める。

 態度も軟化したし聞き耳をたてる必要はないだろうとトスカを近場に呼び寄せいつもの様に弱った子に水分を与えてもらい、私はもう一つの大釜で粥をつくり足した。

 どれだけの人数が増えるかわからないが、子供ではなく大人が増えると考えた方がいいだろう。



 グツグツと鍋で米を煮つつ子供らの体を拭いてやり、ついでに怪我をしていたら治癒魔法をかけてやり。内心を知らない人間からすれば善行な人間そのもの。

 チラチラと私の行動を不審げに見る男どもににこりと笑いかけてあげれば先程と打って変わって目を逸らされ、近づいてくることはない。

 もしかしたら下手に相手をすると施しを受けられないと勘違いしているのかもしれないが、面倒だし勘違いは勘違いのままにしておこう。



 粥がようやく出来上がり孤児達に配り始めた頃、走り去っていった男達はぞろぞろと人を連れて現れた。

 人数にして十一人。その中には生まれたばかりであろう赤ん坊もいる。

 トスカに孤児への配布を任せて彼らの側により、私は一度偽善者の仮面をつけて微笑んだ。


「食事はできています。どうぞ召し上がれ」


 対価は何もいりませんと付け加えつつ新たにポイントで買い足した器に粥を装い、全員に行き渡るように配って回る。

 粥は孤児達と同じ配分の水に近いものだが誰一人文句を言うものはおらず、トスカに詰め寄っていた人物までもがひたすら黙って粥を口にする。

 足りなければお代わりもあると伝えると、年老いた者は泣いて私に平伏した。


「こんな死にいく老ぼれにまでご慈悲を──。嗚呼!なんといっていいものかっ!」

「気にしなくていいので食べてください。私がしたくてやってることなので」


 土下座にも似た平伏しかたに若干引きながらも笑いかけ、私は赤ん坊用にミルクを用意する。

 ポイントで買えるミルクは固形で、コップに入れてから温水で溶かして母親へと渡す。

 渡された母親は一度首をかしげたが、試しに私が布切れを使って吸わせて見れば嬉しそうに笑って赤ん坊にそれを飲ませ始めた。


 一気に人数が増えた分支払ったポイントも多いが、加点された分はそれを遥かに上回る。

 画面を表示しポイントを確認してみると今日だけで1万ポイント近く加算されていたのだ。


 その中には感謝という項目があり、これは日に日に増えていく有り難い項目だ。

 最初はトスカ一人の感謝だったが、今じゃ孤児全員が私に感謝を示しているし、今日は平伏した奴らの分も増えている。


 偽善行為は面倒でもあるがちょっと優しく接してやればポイントと加算されていくし、良いことずくめだ。

 この調子でどんどん偽善行為を続けていこうとさらに決意し、私は誰にもみられないように意地の悪い笑顔をひっそりと作った。



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