6 疲れ
午前中は組合の依頼をこなし、夜は森に潜んで害獣を狩る。
睡眠時間も体力も、初期のポイント割で化け物並になってる私は減ることはない。それに気づいてから一日二時間ほどの睡眠で過ごしているが、問題なんて起こっていない。
唯一悩みの種があるとするならお子様三人が自分達を"四人"一組のパーティだと公言している事だろうか。
そのせいで組合に足を向けるとこの依頼はまだ早い、これは子供に危険ではないのかと私に伝えてくる受付もいて、実入りのいい依頼を受ける事ができないのが今の現状だ。
一度単独で依頼を受けた事もあったが、帰還すると三人が泣きっ面で捨てるんすかぁ!と泣き叫び周りにいるおば様方から白い目でみられることも多々あった。
それ以降はなるべく三人と話し合い、どうしても一人で行動したい時は事前申告をし如何に危険か仕事をするかを諭し、全員に許可を取ってから行動に移している。
非常に面倒くさく出来ることなら手を払いたいが、子守ポイントが若干つくから目を瞑っているのである。より多くポイントが稼げるモノが見つかり次第子供らを手放すつもりでいるが、それもそれで面倒事が起こりそうだ。
「さて、今日は何がいるかぁ──。なるべく大物がいいなぁ」
小さな体のツノウサギは一匹10ポイント。親子で行動してるものを駆除しても30から50ポイント。
動きが素早いゆえに倒すのも面倒で、狩るだけ損な動物だ。
それを狩るならば夜行性の大物を狙った方がポイント獲得率は高い。若干恐怖を抱くが、今の私は無敵状態。動きは読めるし行動は遅く思えるし、だいたいなんとかなってしまうのは有難い。
組合で聞き耳を立てて作った害獣辞典(手作りである)にを開き、最近噂になっている血濡れ牛の項目を読み取る。
性格は凶暴。体は大きいが瞬発力があり素早く、迂闊に近寄れば二本のツノで串刺し。
日本で育つ牛よりも闘牛に出される牛を想像した方が良さそうだ。
ちょうどよく見つかるとは限らないが、発見次第駆除対象とさせてもらおうか。
騒めく木々の間を通り抜け、獣の気配を探す。ひっそりと影に身を潜めていると小ぶりな動物は警戒心を緩めて近づいてくるが、構うことはない。
小物も狩って組合に持っていけば買い取ってくれのだが、持ち帰ってもいつ取ったと聞かれたらまずいのでそのままスルー。
同じ場所に数十分陣取って何も現れなければより森の奥へと足を進め、より危険地帯へ踏み込んでいく。
街を出て五、六時間過ぎた頃、私はふと異変に気付いた。何処からか見知った香りが風に乗り鼻腔につく。それは気分の悪くなる鉄の匂いがした。
ゴクリと息を飲んで少しずつその臭いの元は近づきそれを発見し、私は息を飲んで、そして思わず腹の中のものを全部吐き出した。
そこにあったのは無残にも切り裂かれた、抉り取られた、咬み砕かれた人だったものの遺体。
思いもよらなかった後景に何度も吐き零し、腹の中が空っぽになったら水で口をすすぐ。
決して見ていいものではない。
けれどもこのままにしとくわけにもいかなかった。
組合員にはドッグタグが与えられ、もしもの時はそれを回収、提出しなければならない仕組みになっている。
私はこれでも組合員だ。彼らが同胞ならばせめてそれくらい持ち帰り、待っている者に訃報をつけなくてはいけないのだ。
一度目をそらし息を吐き、袖で鼻をふさいで遺体に近づきドッグタグを探す。
血だまりになっている場所にキラリと光るものを見つけ手を伸ばすと、それは確かに私も持っているドッグタグそのもの。
合計三つのタグを回収し四つ目に手を伸ばした時、小さな吐息が手にかかった。
「ッ────! 生きて、る」
最後の一人は他の三人とは違い、外傷は少ない。手足が変わった方向に向き、頭から血は流れていたが出血量の割に怪我は浅いようだ。一度深く息を吐き彼の脇に両腕を差し込み体を持ち上げ、遺体から離れた場所へと移動する。
獣は血の匂いを追ってやってくるのだ。
このままあそこに居続けたら私だって危険になる。遺体を葬ることは出来ないが生きている人間を救出するのが最優先と彼らから目を背け、私は急いでその場から立ち去った。
「──よくもまぁ、生きてたもんだ」
もはや虫の息の男の傷口に手を当て、治癒魔法をかけていく。
もしもの時にとっていた魔法が今日役にたくなんて思ってもいなかった。
男の傷口はゆっくりとだか塞がり、無理やり真っ直ぐに戻した手足にも同じく治癒魔法展開。骨折がちゃんと治るか分からないが、数分も押さえておけば大丈夫だろう。
魔法で血濡れた両手や男の衣類を洗い乾燥させ、なるべく血の匂いを消した。
唸る男の汗を拭き、布切れでスポーツドリンクを飲まし男が回復するように治癒魔法を全身にかける。
多分相当の血を流しているはずだ、この程度の魔法で治るとは思わないがやらないよりはマシだろう。
手早く手当てをしているが、本音を言えば傷を治したらすぐにでも男から離れたい。
姿を見られるのも困るが、何より頭から離れて消えないあの後景を、男といると嫌でも思い出してしまうのが何より辛かった。
「っ──」
時折思い出したように込み上げてくるものを吐き出しまた水分を取り、このままでは私の精神がやられると男を背負って森を駆け抜ける。
早く宿に帰って身体を洗おう。
取り敢えず今日は仕事をせずに熟睡しよう。
全てを一度、忘れよう。
走って走って走って。
街に入る門を捉えると男を木の下へとおろし、仲間であっただろう者たちのタグと少しの食料を詰めた鞄をそばに置いておく。
そして後は自分で何とかしてくれと祈り、私は外壁を飛び越えた。
宿に着いたのは辺りが明るくなり始めた頃で、早い人達はすでに活動している時間だった。彼らとすれ違わないように身を潜めて宿へ入り込み、ベッドは身を投げる。
思っていた以上に今日は疲れた。
気が滅入った。
もう何もしたくない。
ゆっくりと目を閉じ思考を停止すると、まるで電池を抜いたように私の意識は沈んでいったのであった。