4 組合
木目調の天井を眺め、私は思考を巡らせた。
ポイントを貯めるには何かしらの行動が必要で、その難易度にとって加点される範囲が決まる、のだと思う。
今回の迷子の手助けはそれ程難易度が高くなかったため十ポイントの加算と考えていいだろう。
そうなると私は一億ポイントという果てしもないポイントを稼ぐ為、いかに効率良く行動できるかが重要となる。
だがそれが分かったとしても何が重要でどの行動が高ポイントか知るすべが今のところない。
ならば一旦街の中を練り歩き、どんな事でポイントが貯まるかを検討していこう。
「よし! いくか!」
勢いよくベッドから飛び降り、カバンを肩に下げ部屋に鍵をかける。
ここはヴィントヴィルのとある宿で、私がお世話になることにした場所。
昨日の迷子、リロの両親が営む食堂の隣にある宿屋であり、母親の兄が支配人だ。故にリロを助けたお礼としてほんの少し料金を下げてくれている。
しかしずっとその料金というわけにはいかないので、二、三日したら違う場所に移るか正規の値段を払った方が良いだろう。
カウンターで鍵を渡し仕事も探すつもりなので何処へ行けば良いかを尋ねると、組合へと案内された。
組合は木造二階建てのそこそこ大きな建物で、人の出入りも激しい。
大振りに男の背中に張り付くようにしてひっそり中へ入ってみると、室内の半分は食堂のような作りになっているのがわかる。
私はそちらに向かわず、まずは人の並んでいるカウンターに向かい順番を待った。
「はい、次の方ー。本日のご用件は?」
「えっと、簡単な仕事を探してまして。私でも出来そうなのはありますか?」
「うーん、もしかしてここへ来るのは初めて? まずは登録してから紹介しますね」
私より若めの女の子はそう言ってにっこりはと笑うと羊皮紙を取り出し、そこへ私の名前を記入している。
登録とはいったものの、ただ名前と組合に所属している人数を把握するためのシステムのようだ。記入が終わると棚からドッグタグのようなものを取り出して、なにかを打ち込こまれた後私へと渡る。
それはまだ名前以外の加工されていない、ただの板切れのように見えた。
「こちらが認識票です。 今後依頼を受けるとき必要となりますので身につけておいてくださいね。 最初のうちは簡単なものからこなすのがいいでしょう。 そうですね、まずはこちらの薬草採取なんてどうですか?」
「……じゃあそれで」
依頼の了承とともに手渡されたのは茶色く汚れた一枚の紙。
そこに描かれていたのは草のようなものと、それの説明文。つまりはこれを適量取って来い、という事だろう。
受付の女性に一礼しそのまま組合から出て、街の外へと向かう。
薬草と言われている草だ、街の中に生えているはずはないだろう。
門までくると依頼を受けたのであろう者たちが列を成し、外へと出て行く。その際に組合からの依頼だと伝え、先ほど貰ったドッグタグを見せると街と外の行き来の追税は免除されるようだ。
街の外へ出ると取り敢えず森へと向かう。
資料もあるし、簡単な依頼らしいしそこまで大変ではないだろう。
キョロキョロと辺りを散策しながら紙に書かれた草を探して摘み取り、少なくなったポイントから出したビニール袋に入れていく。
流石にズボラの私でもカバンに直入れはしたくなかったのだ。
少々勿体無いが、何度か使うと考えれば高い買い物ではない。
一二時間ほど薬草採取を行い、木陰で休憩を取りながら画面を表示し、残りのポイントを確認しておく。
身体能力向上のために5万ポイント、言語翻訳で4万ポイント。
その他ちまちまとしたもので1000ポイントは消費しているため、残りは9000ポイントほど。ほぼ所持金と変わらない。
薬草採取がどのくらいのポイントとお金に変わるかわからない今、残り少ないポイントをいくらか使って何らかの能力を買っておいた方が今後のためにいいのかもしれない。
一体どんな能力があるのかとスクロールを続けていると、とある一文が目に入る。
それは"魔法"。
まさかそんなファンタジー展開が、なんて思ったが、ここにいることがすでにファンタジーだった。
一番安い能力は1000ポイントからで、取り敢えず水と風、火の三つを購入。
水魔法が使えれば飲み水を買わずに済むし、火が有れば蝋燭要らず、風は、多分涼しい。
残りのポイントはこれで6000。
あとは万が一に備えて残しておくとしよう。
試しに水魔法を展開してみると手のひらから渦を巻いた水の塊が現れ、私の思考を読んで形を変えていく。
大きな塊になったり、長細く頭上に展開したりと案外簡単に操れるようだ。
火と風も同様に操る事が可能で、私は服の隙間に随時風魔法を展開。
これでいつでも涼しい風が肌に触れ、汗が出にくくなる。
ついでに火と風を合わせた魔法を使ってみれば、ドライヤーのような温風を吹かせるのも可能になった。
どうやら魔法というものは使い勝手が非常に良い。
買って損はなかった。
一通り魔法試し終えた後、私は街へと帰路につく。
まだ時間は早そうだが薬草をそう多くは持てないので、一旦帰ってその分の代金を早めに知りたい。それが割に合わない仕事だったらすぐ違う仕事にしてもらおう。
ノタノタと一人で帰路についていると、少し離れた場所から声が聞こえてきた。
どうやら焦っているようだ。
どうせ何かをしなければポイントは溜まらないのだ、無駄働は嫌だが行ってみるか。
小さくため息をつきながら声のする方へ向かっていくと、大きな木の下で子供が二人喚いている。
どうやら木の上にもう一人いるようで、そいつに向かって何か言っているようだ。
「早く降りて来い! あぶねぇぞ!」
「もうそこまで来てる!」
その声に頭上に視線を合わせてみると木の上には子供と、何やら猿のような動物が数体。
猿は子供を狙っているようにも見えるし、木に実っている果実を狙ってるようにも見えた。
万が一子供を狙っていたとして最悪な状況は避けたいなと私はすぐさま風魔法を展開し、猿数体を覆う。そしてそのままポイっと遠くの方へ放り投げた。
野生生物だ、きっとこの程度の衝撃では死なないだろう。死んだら、まぁ、どんまい。
あまりにまで突然な出来事に子供達は行動を停止し、私はそのうちに木の上の子供を風で纏う。先ほどの事があったから少々暴れられたが、投げることはせず下に降ろしてやると唖然とした顔を向けられた。
「あーと、困ってたようだから? 迷惑だったかな?」
そう首を傾げてみると三人は勢いよく首をふり、キラキラとした目で私に近づき讃え出す。
「助けてくれてありがとう!」
「襲われてたから助かった!」
「アレがマホーってやつ?」
口々に言いたいことを言う彼らをキャラメルで釣り一度黙らせ現状を聞き出せば、彼らもまた組合から依頼をもらってここに来ていたとのこと。
依頼内容は"プーニャ採取"。
目の前の気になっている果実の納品らしい。
これも簡単な仕事だったのだが、今回はあの猿の餌場にうっかり入ってしまったようで天敵とみなされ攻撃されたらしく少し危険な状態だったようだ。
故に私が手助けをしなければ最悪死人が出てたとか何とか。
異世界って、怖いね。
そんな簡単に動物に殺さるとは思ってなかったよ。
魔法を所得しといて良かったと心底安心したが、子供達がいうに魔法は使える人間は一部でそうは多くないらしい。
それだからかやけに私に纏わりついてくる。どう使ったの?ならまだしも俺にも使えるようになる?と聞かれると知ったこっちゃねぇよとなんだが逆ギレしたくもなるが、私は大人だ、堪えよう。
「それはともかく、君らはプーニャを取らなくていいの? もう取った後?」
「いや、まだだけど。もう登りたくないというかなんというかーー」
「でも違約金がーー」
いきなりしょんぼりとし出す子らを目に、私は渋々魔法を展開。
風を使ってプーニャを幹から切り離し、ゆっくりと地上に下ろす。その数は十個程で一つだけ私の取り分とし、あとは全て彼らに渡した。
しきりにお礼をいう彼らに気にするなど首をふり、私は一人街を目指す。
はずだったのだが、採取を完了した三人はまるで私の子分のように後に続き、結局組合まで同行され門番には生暖かい目で見られてしまった。
組合に着くと先に彼らに完了報告をさせ、私はその隣で薬草と作業報告を退出。
にっこりとお疲れ様ですと笑う受付嬢に癒されていると、依頼金が目の前に記された。
その金額、50ガル。
およそ宿屋一泊分。
引きつった顔をした私に受付嬢は困った様に笑い、最初はこんなものだとフォローしてくれた。ついでに乾燥したものならばすぐに薬師に渡るので値がつく教えてくれ、次からはそっちを納品した方がいいとも助言をくれたのだ。
受付をいったん離れ、今度はポイントの確認だ。
50ガルよりはマシになっててくれと願い画面を表示させると、何処にも"薬草採取"の文字がない。
もしろあったのは赤文字で、金銭に変わるとポイントはつきません。の一文。
つまり、組合で依頼を受けたものは金にはなるがポイントにならないということ。
依頼イコール人助け、一石二鳥と思っていた私が甘かった様だ。
溜息をつきたいのをぐっと堪えそのまま画面を睨めていると、スッと文面が増えていく。
"子供救出 100ポイント"
"子供の手助け 50ポイント"
「これってーー」
私が面倒くさがりながら無償で行った行為には、きちんとポイントがついた。
あの時見捨てていれば今日のポイントはマイナスだけだったが、若干プラスにもなったのだ!
「良かったぁ。 これで一安心ーーん?」
ポイント貯められるじゃん!も安心したのもつかの間、私はある事をしってしまった。
私の無償の行いしかポイントを貯めることができない。
つまりはボランティアをしなくてはいけない。
生きるために生活費を稼ぎながら、それ以上に無駄働をしなくてはいけない!
「あんっの、くそやろう!」
面倒な世界に送られた、まだそれだけなら許せた。
だがしかし、これっぽっちもない慈悲精神を磨かなければ元の世界に帰れないなんてなんて無理ゲーだ。
「次会ったら辞書の角で殴ってやる!」
私は組合の隅っこで一人、一樹に向けて憎悪した。
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