1 酒は飲んでも飲まれるな
「あんのクソジジイっ! なぁにが橘さんは今後も予定ないもんね?だよっ! 私だってなぁ! わたしだってなぁぁぁあ!」
「まぁまぁ落ち着け、ほら酒だぞー」
「ううううぅ」
その日、私、橘 蛍とその幼馴染の佐藤 一樹は居酒屋で酒を飲み漁っていた。
時計はすでに十二時を回り、騒がしかった店内も静かになりつつある。そんな中騒いでいたのは私たち二人だけ。
とはいったもの主に騒いでいたのは私だけである。
この日の私は特に荒れに荒れていたのだ。
後輩が結婚とともに妊娠、退職。
ただでさえ足りない人数不足に拍車をかけて引き継ぎ作業をたった一人でこなした。
だというのに上司からかけられた言葉は、お前は結婚の予定なんてないもんな、彼氏なんていないし、というパワハラセクハラめいた言葉だけ。
せめて苦労かけるねとか助かったよとかなら私だってこんなにヤケ酒なんてしていなかったに違いない。
言われた言葉が言葉だった為、怒り爆発状態なのだ。
「私だって恋愛して結婚して子供産みたいんだよ!? でもさ、それを許さなかったの会社じゃん! 残業しないと文句を言われ、有給取ると嫌味を言われ! それなのに彼氏の一人もいないのかなんてよく言えるよなぁ!」
酒のせいか脆くなった涙腺からは涙が溢れ、鼻水もだらしなく垂れ出ている。
そんな私に一樹はポケットティッシュを渡し、呆れながら生温くなったビールを飲み込んだ。
「会社なんてそんなもんじゃないか。 上の連中は責任を押し付けるのでいっぱいいっぱい! 下の人間なんて自分の都合のいい駒としか思ってないもんだよ。 何処だって一緒だ一緒! それに上に行ったところで今度は下から文句が出るぞ? 本当に嫌な世の中だよ」
「ぅぅうーー。それなら私は上に立ちたいぃぃい! 威張りたいよぉぉお」
責任や苦労を押し付けられるのならば押し付ける側にいたい。たとえ下の人間から苦情が来たとしても、上にいればどうにかする事が出来るはず。
そんな甘えにも似た考えが私にはあった。
私は大丈夫。
ダメ上司にならない。
そう酒にのまれて過信している部分もたしかにあったのだろう。
もしこの時酒に溺れていなければ、もう少しマシな言葉を吐いていたに違いない。
グスグズと鼻をすすりながらビールを煽る私に一樹は細い目を広げて、じゃあ一回上に立ってみる?と真顔で問いかけた。
「上に立つとそれなりに背負うものがあるかもよ? 時にそれは蛍自身を傷つけるかも知らない。 それでもいいの?」
「んぁあ? ん! それでいい! そだね、いっそのこと世界を変えるレベルのトップに立ってやりたいねぇ!私が世界を! 社会を変えてやる!」
「ーーそっか。それじゃあ、蛍に任せてみようかなぁ。世界を、変えてみなよ」
不敵に笑う一樹の表情はいつもののほほんとしたものではなく、どこか人を嘲笑うような馬鹿にするようなそんな顔だったのを私は酔った記憶の中かすかに覚えている。
そして、行ってらっしゃい、いい夢を。
と一樹は私に言ったのだ。
ぐわんぐわんとグルグルと目が回り、目の前は真っ白な世界へと変わっていく。
酒が回りすぎたのか、どうも思考が落ち着かない。
真っ白い空間。
そこに居るという自我はある。
けれども私の目には私の体が映らなかった。
手を伸ばしてみても何もなく、顔を触ってみても感じることは出来ない。
ついに泥酔状態にまで落ちてしまったのだと、なけなしの頭で考えた。
フワフワと身体は揺れ動き、すでにどのくらいの時間こうしていたか分からない。
まだ十分もたっていないだろうか。
それともそれ以上か。
もう何もわからない。
どうにでもなれと思考を停止し始めたその時、私の目の前(と思われる場所)に大きなスクリーンが現れた。
それはザーザーと無機質な音を鳴らし、映像は写っていない。
これもまた私の夢かと目を背けた時、パチリと見知った顔の人間が映し出された。
「やぁ蛍。ここは時空の狭間、世界の歪み、全てが存在し、全てが消えゆく場所。そしてこの佐藤一樹は世界の神といったところかな? まぁそんなことはさておき、ここに蛍を連れてきたのには理由がある!」
目の前のスクリーンの中で、一樹は笑ってそういった。
これは夢だ。
意味のわからない夢だ。
でなければ一樹が厨二発言なんてするはずない。
「いやいや残念だね蛍。 俺は厨二なんかかじゃないよ。 実のところ本当に神様なんだよ俺は。 でね、蛍が世界を変えてやるって断言したから、俺は蛍に力をあげよう! 世界を変えるその力を!」
いや、マジ勘弁。
どうにも私の頭は酒に溺れただけで済まず、脳をやられてしまったらしい。
神だの世界だの力だの、全く理解できない事を一樹が言うわけがない。
「本当だって、蛍。 まぁ、お前が信じたくないならそれでいいよ。 それでもやってもらうしかないから! 蛍にはとある世界のとある時代で神になって欲しいんだ、あの世界はとうの昔に信仰なんて忘れちゃったからね。 だから奇跡を起こして神と崇められたら帰ってきていいよ! 崇められたいって言ってたし、ちょうどいいでしょ? 流石に何も能力ないのは可哀想だから特別にポイント制にしてあげる。 ほら、ゲームとかでよくある設定にしといてあげるから、ポイント貯めて能力手に入れて、神になってくれ。 ポイントは信仰でも貯まるようにしておくね」
まぁ待て一樹。
お前は何を言っている。
ポイント?
神?
信仰?
意味がわからない。
「今は意味わからなくてもあっちいに行けば分かるよ。 最初に目覚めた時設定出来るようにしておくから、よく考えてねぇ? ちなみにそのままの設定だと多分蛍は簡単に死ぬから、身体は強化しなよ? んじゃまぁ神になったらまた会おう!」
プツンと映像が切れるとともに、私自身の思考が壊れていく。
意味のわからない一樹の言葉。
意味の理解できない一樹の行動。
その全てが理解できた時、私は言葉にならない声で叫んでいた。