その1
一度は誰もが考えたことがあるに違いない。
異世界に転生して、チートもらって、冒険者になって、目立って、チヤホヤされて、大金持ちになって、ハーレムを築いて、幸せに暮らす。
そんな、夢のような物語を。
「……だっていうのにぃ……はぁ……」
ギルドに隣接された酒場で、ぬるい葡萄酒をグビグビと呷り、ダン!と音を立てて机に木製のコップを叩きつける。
思い出していたのは、今朝のダンジョン探索中でのことだ。
私たちのパーティは、赤魔導師──つまり、近接戦と魔法戦の両方を得意とする万能職の私と、斥候の男性(人間)と白魔導師(俗に言うヒーラー)の女性(人間)の3人組だった。
そんな中で、最近イチャイチャしてるなぁ、って思ってたそのシーカーとヒーラーが、もう、あれな。
待ちきれなかったんだろうな。
ホント、マジで今言うか?っていうタイミングでこんなことを言い出した。
『俺(私)たち、結婚して村に帰ることにしたから!』
『……は?』
言われたこちらとしては、もう何が何だかわからんくなった。
今言うことじゃないだろ、せめて仕事終わってから言えよ!
この世界の人たちは随分と呑気というか、お気楽というか、なんかそういうところがある。
……冒険者として、そういう性格でもなければやっていけないというのも、ここ2年の冒険者生活で学んで方からわかるけど。
でもさ、今言うことじゃないよな。
思わず『は?』って言い返しちゃったよ。
……まぁでも、2ヶ月は続いたんだよなぁ、あのパーティ。
正直、2人が同じところの出身だからって、ちょっと会話についていけなかったりする場面とかあったし?
再生したって言うかなんと言うか。
「冒険者は辛いよ……」
再び呟いて、グビグビとまずい葡萄酒を呷った。
──と、そんな時だった。
「よぅ、エルフの嬢ちゃん。
この席空いてるかい?」
「んむぅ?」
見上げると、ぼやけた視界の中に赤髪がボサボサの巨漢が腰掛けている姿が映った。
お酒のせいで視界が霞んでいると言うのもあるが、お酒を飲むときは割れちゃ嫌だということで眼鏡を外していることもあり、それが誰かは識別できない。
「空いてるけど、アンタ誰?
ハーフの巨人族かい?」
「そう見えるか?
なら、鍛えた甲斐があったってもんだ」
ガハハ、と笑いながら答える赤毛の巨漢。
大声が煩くて頭に響く。
私は長い耳を両手で塞ぎながら顰め面を返した。
「おぅ、ごめんよ。
……なんだ、随分酔ってるみてぇだが、なんかあったのかい?
俺でよけりゃ聞くが」
「……んじゃぁ」
酔った勢いもあったのか、普段なら全くの見ず知らずの人相手にはほとんど喋らない私だったが、今回あった出来事をどれだけビックリしたか、身振り手振りを交えて説いた。
はぁ。
異世界ライフって辛いよ。
転生ガチャで長寿かつ魔法が得意なエルフを引き当て玉ではよかったんだ。
だけどその後の冒険者生活がさっぱりだ。
依頼を受けても上がらないランク。
レベルだけが上がって気づけばソロで2年すぎてた。
おまけに初めて組んだパーティがこれだよ。
「現実って優しくない」
「そうだな。
俺も何回もそういうことあったからわかるぜ?
仲間内がどんどん結婚していって、市民権買って今じゃ俺もソロさ」
ガハハ、と、またうるさい笑い声が頭蓋をこだまする。
「じゃあ、お試しでパーティ組んでみる?」
「お?
いいな」
お互い、ニッ、と笑みを浮かべてコップを掲げる。
軽くコツンと合わせたつもりが、彼の方が力が強くてちょっと押し負ける。
「なら、明日ダンジョン前に集合って事で」
「おっけー。
白痴の塔でいいんだよね?」
「勿論だ。
ここから1番近いしな」
「じゃ、そういう事で」
「おう、また明日」
手を振り、大男が去っていく。
……案外、この世界も捨てたもんじゃないな。
そんなことを思いながら、私は意識を手放した。