第三話
「最大多数の最大幸福とは何だ」元勇者である現国王のルドラは問う。
僕は、食事を終えエミリーについてきて、王と謁見していた。
謁見の仕方を習い。
その通りに行った。
咎められることはなかったので、エミリーは正しい所作を教えてくれたのだろう。
王は、王冠をかぶっていたが白髪で、僕の首よりも太い腕をしていたが、60歳は超えて見えた。
「平和とは、戦争のない状態と答えた人がいました。つまり幸福とは平和なので、争いがなければ世界中の人が幸福ではないでしょうか」元居た世界の哲学者カントの言葉を引用する。
「では、平和を脅かす存在がいて、平和のために戦えるか」
「私に為すべき力があれば、戦います」魔王がいる世界ではこう答えるのが無難だろうと先ほど考えていた。
「ははは、残念ながら日本語が堪能だな、して面白い回答だが、それは貴様のココロからの答えだろうか」ルドラ王の目は、そんな考えも見透かされている気がした。これは、本音で答えた方がいいのではないか。本音と言えるほどはっきりしたものではないし、無策で身の振り方に繋がる話をすべきではないが、会話を進める中で決めるしかない。
「考えてみたのですが、私には戦闘は向いていなさそうです。もちろん魔法・・・魔導でしたか。魔導で殲滅できるのであれば、できそうな気もしますが、やってみないことにはわかりません。それよりも、人と共感することの方が大切かもしれません。」
「共感とは?」
「同じ感情を共有し笑いあうことでしょうか。特に言葉が違う相手と笑いあえた時に僕は幸せを感じますし、文化の違う地域で、言葉通じ合うと安心します」
「わかった。我々が考える最大多数の最大幸福を考えるヒントになるかもしれぬ。お主から何か聞きたいことはあるか、当面の生活費や魔導の使用法はエミリーから聞けばよい」
「さきほど、『日本語が堪能だな』というお言葉から軽い失望を感じられたのですが、何か理由があるのでしょうか。日本からの転生者が多いと伺いましたので、当然織り込み済みなのかと存じますが」エミリーに聞けば良いはずのささいな疑問だが、なぜか聞きたくなった。
「ふむ。実は、魔族語を話せる転生者を最近探し始めていてな。日本人は日本語しか話せぬらしいではないか。」
「お言葉ですが、日本人でも数か国語を操る者はいるかと思います。私は元の世界で、多国語を教える職についておりました。稼いだお金は、言語と文化の違う地域に赴くことに全て使ってしまうほどに関心があります。魔族語とはどんな言語で、また異世界では自動翻訳のような魔導や道具はないのでしょうか」つい興味がある内容になってしまい質問が複数になってしまった。こういう場では質問を一つに絞って簡潔に進めていくべきなのだが。
「まず、魔族語と日本語が理解できる人間を探している理由だが、元魔王と俺が神を殺してしまったからだ」ルドラは躊躇うことなくこう言う。
えぇ、どういうことだと僕は驚きを隠せなかった。
「この世界を創った神は、ココロある存在を生み出せなかったそうだ。そこで別世界の神に頼み込んで、こちらの世界に送り込んだ。別の人生を歩みたいと強く願った人間を、魔人族や人間族やエルフ・ドワーフなどの心ある亜人にして転生させた。転生の際に、神はスキル1つと言語能力を与えた。その共通言語は、日本語だった。一番最初に日本人を連れてきたかららしい。神が死んだ後も、異世界と繋がっている空間が開きっぱなしで、貴様のような転移者が定期的にあらわれる。転生者は基本的に、魔物となり知性がない。転移者はなぜか移動の際に強く願ったことがスキルとして繁栄させるが、言語能力は付与されない。ただ、この地域の異世界との空間は地球の日本と繋がっているため日本語話者が多いから特に問題にならない。ここまででわからないことは?」
「えーっと、つまり神なき今、日本語以外の言語がわからない状況ということですか」全部の内容についていけないが、話を進める。
「正確には、交流が深い種族の言語は、研究が進んでる言語もある。それとは別に、言語能力を授かっている転生者は意思疎通ができる。俺も全ての人種と頭の中で響くように会話ができる。他には、雷か光の精霊を使役している者の一部も魔力の流れなどから会話ができる。そのような者が国政を行っている」
「それはどれくらいの割合でしょうか」
「この国には70万人の人種がいるが、言語能力持ちは10名もいない。光の精霊持ちは俺を含めて3名だけだ。雷は、、ふむ」王様は考え込む。すると隣に立っていた金髪の女性が口を開く。
「そうですね。精霊を使役できる人種が、この都市の人口の7割である49万人だと仮定して、そこから1割は適性がありませんので、45万ほど精霊を使役しているとしましょう。光と闇の精霊は数えないものとして、火水土風の4大属性が均等だとすると11万ずつ。雷は風属性よりの火属性か、火属性よりの風属性の者から使用者が後天的に生まれます。雷のような複合属性の使い手は、1000人に1人と言われています。つまりこの国では450名が複合属性を扱えます。そのうち6分の1が雷なので、70名から80名程度が使用者かと存じます。付け加えるならば、雷属性を使用できても意思疎通系の魔導を使用できるかは別の話です」
「つまり、神なき今、多人種と会話できる人はこの都市に多く見積もっても100名いないということですか」
「おそらく、50名もいないでしょう。また雷属性は戦闘に向いておりますので、名のある冒険者が主で、言語の研究を進めようとする者は皆無です」
「言語の意思疎通が難しい現状なのは、わかりました。なぜ魔族語なのでしょうか。エルフやドワーフと言った人種も魔族語なのですか」僕は、言語の研究が元の世界よりもずっと役に立てそうだと感じ始めていた。
「魔族語なのは、一番話者が多いからだ。俺ら人間族は日本語で、エルフはエルフ語、ドワーフもドワーフ語、天使族も天使語とあるが、その他の亜人種は、その言語と同時に魔族語も話せる。残念ながら、日本語と魔族語が話せる者は、魔女族だけだ。だが奴らの長は魔人も人間も憎んでおり、どちらの言葉も使わずグロービッシュという新言語を用いるようになるほど、多人種との交流に協力的ではない。亜人の大半は実は、先ほどの神殺しの魔王があらゆる魔物と交わった結果、生まれているのだ。そしてその子たちは魔物の身体能力と知性があり、魔術を使う。中には好戦的な種族もおる。つまり、他の種族よりも先に魔人族と親交を深めたいという思惑もあり、魔族語が必要なのだ。」
「ドワーフ語やエルフ語などは研究が進んでいる。魔族語は解明できていないが、親交を深めるためにも翻訳できる人間が必要とされているということでよろしいですか」
「その通りだな」
「あの、魔族語がどんな言語なのか、ご存じですか、もしかすると私がすでに習得している言葉の可能性もあるので」
「ふむ、どんな言語か。俺は能力で話しているからどんな言葉からすら把握してないな」
「それでしたら、最近入手した魔族語と思われる絵本が図書館にあります。訪れてみてはいかがでしょうか」金髪の女性は無表情に答える。
「ありがとうございます。訪れてみます」
「では、まずは精霊を授かってくるがよい。この世界を数日見て、また10日後に生き方を聞かせてくれ。俺がいない場合は、俺の息子のルドマンが聞く。戦で俺は外に行くことも多いからな」
僕とエミリーは挨拶をして、謁見の間を出た。食事の時と違って、開放感に包まれている。王都の謁見の重圧から解放されたのもあるが、言語の勉強がここでもできそうなのが大きい。
「お疲れさまでした。今後の動きですが、身分証は明日お渡し致します。3か月分の生活費は、私が同行させていただいている10日間は私が支払います。お渡しして盗難などに遭われると大変ですから。最終日に残りの金額をお渡し致します。」
「これから、精教会を訪れましょう。そこの大主神官様に精霊を賜ります。」
「大主神官様とはどのような方なんですか」
「うーん。貴方が好きそうな10代前半に見える少女ですね。」
「えっ、僕ってそう見えますか」
「えっ、そうじゃないんですか」
「否定はしませんけど、、」僕は決めつけられていたことに何とも言えない気持ちになる。
「お名前はヤヨイ様と言います。私が6歳の時に精霊を賜った時からお姿が変わっておりません。精霊と言葉を交わし、神級の精霊を宿しております。さらにヤヨイ様の能力の一つは、相手の人生の喜怒哀楽を無理やり呼び起こせるものになります。その際に記憶も感情もヤヨイ様と共有されます。くれぐれも失礼がないように」
「無理やり喜怒哀楽の経験を知られるということですか」
「その通りです。さらに本人が忘れていることでも呼び起こされます。これで貴方が童貞ということがはっきりしますね」
「童貞じゃないですよ」
「すぐにバレるウソはおやめください。克雪様」
「いや事実です」勝手に童貞認定されていることが気にくわないが、僕はエミリーと共に、城の外に出た。