第一話
第一話
あれ、僕は神社でお参りをしていて、ここは一体……。
見渡すと20m四方の土に囲まれた部屋の中にいた。
周りがロウソクで照らされている。
「初めまして、私エミリーと申します。貴方の水先案内人を務めさせていただきます」
長い茶色の髪が美しい。
その長い髪は腰の辺りまで真っ直ぐに下りている。
その左腰には刀のような細身の長剣が携えてある。
服は白いメイド服のようであり、白い鎧にも見える。
デザインはどちらかと言えば修道女、シスターのようなものだ。
コスプレのようなその見た目とは違い、顔を眺めると化粧もしていないように見える。
彼女の目鼻立ちは整っている。
だが、カッコいいという表現が正しく、僕の好みは可愛いなのだ。
凝視していると目が合い、その女性は笑顔をつくった。
「え、エミリーさんですか、ここはどこでしょうか」僕は会話をつなぐべく口を開く。
「ステータスオープンとおっしゃってみてください」エミリーと名乗る女性は笑顔で言う。
ステータスオープン? あれ、まさかここは異世界!?
「ステータスオープン」僕は右手を前に出して声に出す。しかし、何も起きない。
「おかしいですわね。声が小さいのかもしれません」
「ステータスオープンッッ!!!!」全力で声を出してみる。
「あははははhhh」彼女は腹を抱えて笑っている。
「えっ、まさか才能ない?」
「いえ、本当に日本からいらしたようですね。ステータスオープンの意味を理解している上に、真剣にステータスオープンとおっしゃるから、おかしくて」
「どういうこと」僕はあっけにとられる。
「ステータスなんて出ませんよ。能力が数値化されるなんて見たことありませんもの。日本語が通じて、その身なりで、ステータスオープンに抵抗がないとなれば、地球の日本人の2000年代の若者か中年ですわね。義務教育でステータスオープンについて習うと聞き及んでいます」
「いや、その通りですが、えっというか普通に考えて、ここは熊本県内ですか。神社で気を失って、目が覚めたらここにいたんですが」状況把握に努めることにした。
「クマモトという地名は初めて耳にしましたが、残念ながらここは日本でもなければ地球でもありません。『ステアガーデン』と呼ばれる世界です。いわゆる異世界転移ですわ。」
「異世界転生ではなく、転移?」異世界に憧れを持つ僕は喜びで叫びたかったが、まだ確定ではないので状況把握に努める。
「えぇ、記憶がある上に、身なりも変わっていないでしょう? 転生もあるのですが、貴方は転移だとお見受けしました。」
「えーっと、エミリーさん。』僕は左のポケットに手を入れスマホがあることを確認した。
右のポケットには財布が入っている。
『あ、僕は『紅くれない 克雪かつゆき』と申します。……その別世界に詳しいようですが、転生も転移もよくあるんですか」
「はい。こちらの世界は複数の世界と結ばれておりまして、転生先も何か所か決まった場所にあります。ここは王都の地下50階層の転移地点です。主に地球の日本から転移・転生する方々が多く、我々水先案内人が常に待機しています。そこで10日間転生者・転移者に付き添ってこちらの知識をお伝えし、この世界での人生を決めてもらう手伝いをさせていただいております。私の祖父も異世界転生者だったのですよ。祖先の多くが転生者だったらしく、この国の公用語は日本語ですよ」エミリーは笑う。
「かなりよくあることなんですね」
「そうみたいですね。この間の日本からの転移者の方が『だから神隠しや年間の行方不明者数が数万人するのか』などとおっしゃっていたので、貴方も少しは思い当たることがあるのではないでしょうか」
「確かに、そう言われると納得できなくもないかもしれません。……あの、魔法みたいなのがあれば見せていただけませんか。一目瞭然で異世界だと理解できますので」
「残念ながら、魔法はありませんね」ふふふとエミリーは笑う。ステータスと一緒でまたバカにされると克雪は身構えた。
「似たようなもので、精霊の力を使役して自分自身の魔力や大気中の魔素マナを運用する『魔導』というものはあります。例えば」
エミリーが指をパチンと鳴らすと、僕の足元がぬかるみ、転倒した。
また天井を見上げる姿勢になった。
「土の魔導『スリップ』ですわ。地面の性質変化で滑りやすい沼に変えました」
「痛いです。そして、派手さがなさすぎて異世界感がないのですが」
「では、ロックランス」また指を鳴らしたかと思えば、天井と地面から槍の形状の土が生えていた。
「アースソード」エミリーは掌を地面に置きながら、そう言うと地面の形状が変わり、エミリーの掌の中で長剣が創り出された。
「土属性はあまり派手な魔導は使えませんが、魔導の存在は信じていただけたでしょうか」エミリーは優しく微笑む。
「その魔導というのは僕も使えたりするんでしょうか」僕は興奮して尋ねる。
「日本からの転生者なら殆どの方が使えるようになりますよ。全員というわけではありませんが」エミリーは意味深に笑う。
「では、魔導適性とステータスの確認をするために移動しましょうか」
「えっ、ステータスあるんじゃないですか」
「うふふ」とだけ答えたエミリーについて歩く。
エミリーの後姿は背筋が伸びており、品行方正に見える。
身長は僕よりも10㎝ほど高さそうなので、170cmあるかないかだろう。長い螺旋階段を上ると、広い部屋に出た。
「では、こちらから、あの壁まで全力で走ってください。はい、スタート」エミリーが手を叩くと僕は言われるがまま走った。息が上がる。
「うーん、では次はこれを全力で上から殴ってみてください」と言いながら指を鳴らすと、20枚ほどの土の瓦が一瞬でセッティングされた。
「えっ、これが一体どういう。ステータスは……」と言いかけると、エミリーは指を鳴らし、僕にスリップをかけてきた。
天井を眺めていると無言で微笑んでいるエミリーが上からのぞき込んできた。
すぐに起き上がり、僕は手で手刀の形をつくると、全力で叩いてみた。
4枚割れた。
「次は、ここに手を突っ込んでください」また指を鳴らし、地面に泥を発生させた。
「ここですか? 汚れますが」
「はい、汚してください」エミリーは笑う。
僕は手を浸す。
「では、壁に手を付けて手形をつけてください。そして全力で真上にジャンプして、また手をつけます」ん? これって身体測定!? と思いながら全力でジャンプした。
次は、前に全力でジャンプなど身体能力を普通に図られた。
「うーん。貴方は、身体能力が低いですね。ダンジョンで魔物を狩るのが一番生計を立てやすいのですが、こちらの平均成人男性よりもやや身体能力が低く、異世界者としては明らかに低いです。残る希望は2つですね」
「2つですか」僕はすぐ聞き返していた。
身体能力が低いことは日々の生活で思い知っていたし、この世界に来ても特に身体能力に変化を感じなかったからだ。
「この2つの水晶にそれぞれ手をかざしてください。まずは魔導の適性と属性をみます」
僕は言われるがまま水晶に手をかざした。
水晶は赤く光り輝いた。
深紅のまばゆい光だ。
「こ、この光は」エミリーが驚いた声で言った。
僕はその表情を見てキタコレと思った。
「火の魔導の適性がありますね。使役できる可能性がある精霊は、火の中級精霊といったところでしょうか。ちなみに初級・中級・上級・王級・神級とあります」
「し、下から2番目ですか。」僕が逆に驚かされた。
「えぇ、しかし王級と神級はあってないようなものですから、真ん中の適性ですね。その身体能力で、精霊適正中級では、魔王討伐パーティに入ってちやほやされる展開は期待できません。あらあら、どうやってこの世界で食べていきましょうか」丁寧な物言いだがエミリーはニヤニヤしている。
「もうひとつに期待します」異世界がどのようなものかわからないが、戦闘が中心な世界観らしいことはエミリーの言葉の端々から感じていた。
「では、次は神様がお創りになられた水晶です」
「あれ、さきほどの水晶は人工物なんですか」
「遥か古代の遺物で、我々の祖先の転生者たちよりも前に存在していたとされる存在が作ったモノとされています。いわゆるアーティファクトですね」
「そして、これは神様が創ったと」僕は唾を飲んで、水晶に手をかざした。
『声に出した10文字を可視化』
「声に出した10文字を可視化と書いてます。」
「えぇ」エミリーは戸惑っている様子だ。
あれ? エミリーの頭に『ィファクトですね えぇ』と文字が浮かび上がった。
「すみません。エミリーさんの頭に『ファクトですね えぇ』という文字があるんですが」
「何をおっしゃってますの。頭上に何も文字なんてありません」
「えっ、今度は、『文字なんてありません』に変わりました」
「あははーはははっは」エミリーは腹を抱えて笑った。
今度はエミリーの頭上に、『は』の文字が並んだ。
「全く使いどころのなさそうなスキルですわね」数分一人で大笑いしていたエミリーは満足したのか、目に涙を浮かべながら口を開いた。
「昔、神様がいらした頃は、転生する際に神様が加護と称してスキルをお与えになったそうです。今は神様はこの世界にいらっしゃらないそうですが、異世界から渡る空間で強く願った願望を可能にするスキルを一つ持って転生できるようにしてくださっているそうです」
「えっ、ちょっと待って、重力操作とか精神操作とか透明化とかベクトル操作とか万物創造とかそんなスキル手に入ったりするの」思わず早口で言う。
「えぇ、私がこの前担当した日本から転生してきた女性は、食べることが好きすぎて胃袋の限界さえなければ白米を食べ続けられるのにと常日頃から考えていたらしく、悪食のスキルをお持ちでした。平坦に言えば、何でも食べられて要領に制限がないというスキルでした。自分の口よりも大きいものは食べられないようですが、魔物も食べていましたよ。最強と呼ばれるスキルは、約束を反故した対象から何でも奪える『契約』や、時や息の根や攻撃などあらゆるものを『とめる』や物体や魔導やスキルを絶対に切れる『絶対切断』などですわね。それに比べてあなたのは、ぶふふ」エミリーは再び笑い出した。
笑われた怒りとも恥ずかしさとも取れない感情が僕を覆った。
少し震えた。
というか、この水先案内人は、他人のスキルをペラペラ話したが、守秘義務はないのだろうか。
僕は自分のこのスキルが広まるのは勘弁願いたいと思った。
「さて、王様に謁見する前に、地上に出て食事としましょうか。謁見後は精霊の力を授かりに神精協会に行きますよ」ひとしきり笑い終えたエミリーは笑顔でそう言った。
15分ほど階段を上り続けると、取っ手のついた2mほどの扉が見えた。
その部屋に入ると、20人ほどは腰かけられそうな長い長方形のテーブルが目に入った。
シャンデリアや絵画や鎧が飾られていて、城の一室のように見える。
ダンジョンと王城が繋がっていたのかと考えていると、エミリーが座り、正面に僕を座らせた。
テーブルには、シルバーがセットされていた。
座るとすぐに、青髪のメイド服を着た女性がラーメンと寿司を持ってきた。
青髪の女性が給仕をしている状況など日本ではまずない。
エミリーの髪も茶色以外の金や赤なら異世界かもしれないともっと直感的にわかったのにと考えていたら、ラーメンと寿司が置かれ、そして箸が手前に置かれた。
見慣れた食べ物が出てきて安心した。
と思った矢先、見慣れないリンゴサイズの茶色いフルーツのようなものが置かれた。
剥かれていないキュウイだろうか。
凝視していると「さぁ、召し上がってください」とエミリーは僕に微笑む。
僕は「いただきます」と言って食べる。
「箸を難なく使いこなしてますね。生魚の寿司も抵抗なく食べてますし、逆にあの茶色の丸いフルーツは見たことがなくて、食べるのを後回しにしてますわね。実はこれら貴方がウソをついていないか確認するためでしたの。後はスキルが危険なものではないか、能力が異常に高くないか。これなら王様に謁見できますわ」
「え、試されてたんですか」
「えぇ、意図的にこの世界に来た可能性も考えられます。もしそうなら素性を偽るでしょう。あとは偶然この世界に来たにしても悪意や敵意を持つ存在でしたら、王を危険な目に晒すわけにはいけませんからね」
(本当に悪意があるかどうか、前世の記憶は精霊使役の直前に確認するんですけどね)とエミリーは思った。
「元の世界に帰りたいのかどうかと、この世界での身の振り方を王に尋ねられると思うので、考えておいてくださいね。克雪様のご意向にもよりますが、当面の生活費や生き方に沿った人生のための人の紹介は可能な限りさせていただきます。先に申し上げておきますが、異世界から渡ってくるのは偶発的なことで我々は善意で転移者を保護しています。感謝していただきたいということではなく、過度な期待や要求は差し控えて頂きたいというお願いがあります」真剣な表情のエミリーだったので、目を合わせた。
「はい、肝に銘じておきます。そして説明と食事に感謝しています」と僕は頭を下げた。
確かに、エミリーの言っていることが事実だとするならば、この国は転移者にできる限りのことをしているのだろう。
調子に乗らないようにしないとと僕は思った。
「では元の世界に帰りたいでしょうか」
「この世界を見てみないとなんとも言えませんね。留学も旅行もよくしていて異文化に抵抗はないけど、元の世界に未練もないです。とにかく今はこの世界に興味があります」
「実に日本人のような回答ですね。いずれにせよ、元の世界に戻る方法は、3つ。魔王を倒す。大金貨10000枚を集める。時空のはざまを見つけ時空の魔女を倒す。以上です。まずはこの世界で一門の人物になる必要があります」
「えーっと大金貨10000枚とはいったい」
「金貨は、この世界の通貨です。中級冒険者や一般的な商人や武器職人の生涯賃金が大金貨1000枚と言われています」
「大金ですね。」物価はわからないが、生涯賃金の目安2億円を大金貨1000枚とするなら、大金貨1枚は20万円か。
20億稼いだら地球に戻れるということか。
普通に考えたら無理だな。
ただ物価は実際の売り物を見ないとわからないから見当違いの計算をしている可能性もある。
それに地球の知識やアイディアを使って無双できるなら、そこまで難しい金額でもないかもしれない。
「左様ですね」エミリーは答える。僕らは目を見合わせる。
「魔王を倒すは何となくわかるのですが、魔女というのは」
「異世界からこの世界に繋がっている場所は固定されていて、このように管理している者がいるのです。逆に、この世界から別の世界に行く場所も決まっていて、それを時空の魔女が抑えています。実は、時空の魔女はスキルを同意の上、貰い分け与えるスキルがあるらしく、魔王を倒すような強力なスキルや、大金を稼げるほどの有用なスキルを欲しがっているそうです。異界に渡す前にそれを回収しているとのことです」
「えっ、魔王と魔女は無関係ということでしょうか。僕のイメージだと魔王が最強で、魔女が魔王よりも強いとは思えないのですが。」
「現在の魔王よりも魔女の方が明らかに強いです。ご興味がおありですか」
「ありますよ。」
「この世界の神を滅ぼしたのが、『神殺しの魔王』と呼ばれる昔の魔王と元勇者で現国王のルドラです。その神殺しの魔王を封印しているのが時空の魔女と呼ばれる後天的に半人半魔族になった存在です。神殺しの魔王と時空の魔女が子をなした際に、魔女は魔人しか扱えない魔術と魔人語を習得したそうです。そして元々人間族にしか使役できない精霊を持ち、神から授かった異能も持っていました。魔女が第二子を身ごもっている時の魔王の浮気が原因で世界が滅びかけたそうです。その滅びかけている時に、運悪く転生してしまった方がその仲裁をしたそうです。結果は、神殺しの魔王は魔女に封印され、代わりの魔王をその転生者が創り出しました。魔女はいずれ神殺しの魔王の封印が解けてこの世界から逃げることを危惧し、異世界に渡る場所に居座ることを決めた。最大多数の最大幸福を達成するという契約をその転生者が結び、この世界の秩序を構想しているそうで、異世界人の保護の仕組みもその者の案だそうです」
「壮大ですね。興味がある箇所の説明が省かれていますが、とりあえずその人に感謝です。人かわかりませんけど」急に説明され、ぼんやりと雰囲気だけ掴めた僕は反応が薄くなってしまった。
「おっしゃる通りですね。今お伝えしたことは、ルドラ様に聞いた話なので事実だとは思いますが、信頼するには話が大きすぎます。ひとまず、克雪様が元の世界に戻る手段の話に繋がれば幸いです」
「神を倒せる二人のうちの一人を封印している魔女と魔王を創っている存在が2強で、ルドラ様と現魔王が次に強いという認識で良いのでしょうか。存在しているかわかりませんが、現在の勇者かもしれませんが」
「勇者様はいらっしゃいますが、まだその任に就かれたばかりなので・・・」エミリーは言葉を濁す。
「強さに順序をつけるならばおっしゃる通りです」エミリーは続ける。
「とりあえず金を稼ぐか、魔王を倒せるほど強くならないと元の世界には帰れないということですね」
「その通りです。食べ終わるまでに、この世界での身の振り方や、今までの生き方の振り返りなどをしておくとよろしいかと」
返事をすると僕は、無言で考え事をしながらご飯を食べた。
最大多数の最大幸福とは何か。そもそも僕の幸福とは何か。