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咎人知らず ~異端神~  作者: 空世 創銀
拝啓、突然ですが。
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2.拝啓、突然ですが。 #3

 ふと、大通りの対岸からこちらを凝視している一人の女性と目が合った。そのまま俺が目を逸らさないでいると、鮮やかなオレンジ色の肌をしたその女性は何だか嬉しそうな表情を浮かべて勢いよくこちらに向かって速足で歩いてくる。結構なスピードで走ってきた小型の車が、見事なハンドルワークで軽やかに女性を避けて通って行った。歩き始めてから小一時間程、確かに横断歩道は見かけなかったし、歩行者が突然道を横断するなんてこの街では日常に起こりうる事案なのだろう。

 ともあれ、この状態から逃げる訳にもいかない。諦めた俺とそれに気付いた彼は足を止め、顔を見合わせると道の端で女性がこちらに辿り着くのを待った。

「あぁ、素晴らしいわ! 私、ずっとあなたのような熱心な信者に出会ってみたかったの!」

 開口一番。信者とは。

 呆気にとられている俺の両手を握り、激しく上下にブンブン振る女性。話している言葉は英語……いや、これは……ラテン語か?こんな地域で話されているとは意外だった。

 いや、そんなことよりも、だ。俺はやんわりと手を振りほどく。俺の手にはオレンジ色の絵の具らしきものがついていた。どうやらこの女性の肌の色は生まれつきではなく、綺麗に塗られてできたものらしい。

 相変わらず女性は満面の笑みを見せている。さて、何を言ったものか。半ば救いを求める気持ちで横を見ると、彼は我関せずといった表情で視線を明後日の方向に向けていた。これじゃあ役に立ちそうもない、か。

「えーっと。信者ってどういうことだ?」

 とりあえず訊き返してみる。女性は一瞬固まった後、再び笑い出した。変なキノコでも食べたのかと疑うほどによく笑う人のようだ。

「嫌だ、冗談! 分かったわ、私を試しているのね。ええ、ええ、分かっていますとも。『ヴィグリオ様』ね」

「『ヴィグリオ様』……?」

 いえ、貴女は何一つとして分かっていません。出かけた言葉を辛うじて呑み込む。

 とにかく、信仰の対象らしき名前を都合よく聞き出せたようではある。とはいえ聞いたことのない名前だった。この土地の土着神なのだろうか。ここは知ったかぶりをして色々聞き出してみるのも一つの手だろう。

「いや、あ、ああ……うん、正解、だ。……ど、どうして、俺が熱心な信者だと見抜いたんだ?」俺はもっともらしく大仰に頷いて見せる。

「もちろん、その肌の色よ! 心からの信仰がなければ、こんな美しい真紅になんてしようと思わないもの、すごい、私初めて見たのよ……」

 俺の言葉に被せるように答える女性。どうやら何とか取り繕えたらしい。俺の演技が上手いというより彼女の方が騙されやすいのか……何にせよ、助かった。

 女性はそれからしばらく言葉を失ったかのように俺の身体を眺めまわしていた。困惑した俺が早く終わってくれと三十七回ほど唱えたタイミングで、何かを思い出したように大きな音を立てて手を打つ。

「そうだわ、用事を忘れてた……! じゃあ、名残惜しいけど私はこれで。ああ感謝します、ヴィグリオ様! 貴方の炎に永遠あれ……!」

「え? あっ、え、永遠あれ……!」

 俺の取ってつけたような復唱を満足げに聞き、女性は小走りで去っていった。結局何が何だか分からなかったが、とにかく嵐のような人だった。


「……なぁ死神。いいこと教えてやろうか」

 俺が未だ状況を呑み込めないまま女性が去った方向を見詰めていると、ふいに彼が言った。黙って先を促すと、彼はにやり、と表情を歪めて言葉を続ける。

「俺達が今から会いに行こうとしてる知り合いだけど。そいつが多分、話題のヴィグリオって奴だぜ」

「は? 嘘だろおい」

 それじゃあいきなりヒットって訳か、という俺の言葉を彼は否定しなかった。ただしそれは決して肯定と同義ではない。つまるところ、彼の言う「カミサマ」と関係はあるが本人ではない、という意味だ。

 というよりそもそも、である。少なくとも、俺の知識にヴィグリオなんて言う名前の神は存在していなかった。つまり、それはこの地で信仰されている神としての概念、先程の女性の言葉から推測すればあるいは炎そのもの。俺はそう仮定していたのだが……

 もし彼の言うことが真実であるのなら、俺の仮定は大きく覆される。彼はぬいぐるみに話しかけるタイプではない。すなわち、ヴィグリオは少なくとも人格と意思疎通能力を持った生命体である、と結論付けられる。その答えは、俺を更に困惑させるのに十分だった。

「もちろん、ヴィグリオという名は本名じゃない」俺の仮説を聞いた彼が真剣な表情を見せる。「真実の神でもない。いわゆる邪神ってやつだな。己の能力を誇示して神を名乗る悪魔が正体だ」

「その悪魔ってのは、例えて言ってんだよな?」

 俺のこの質問には、首を横に振られた。彼は思い出したように再び歩き出し、俺もまた後ろについていく。

「でも、あんたの推測も完全に的外れって訳じゃないんだぜ。確かにあいつは炎そのものだからな」俺に背中を向けて歩きながら彼が言った。

「何で、その邪神が偽物だっておまえが知ってるんだよ?」俺は率直な疑問を口にする。愚問だとでも言いたげな表情で彼が首だけ振り返った。

「前回会ったときはまだ邪神じゃなかったからな。ただ、そういう計画はその時当人から聞かされた……本名はチャカで、サタンの息子だって言ってたけど」

 あんたが本当に地獄に住んでるなら会ったこともあるんじゃないか、と彼は肩を竦める。

 話に夢中になって道路の中央に寄ってしまっていたのだろう。前方から近付いてきた年代物の汚いバイクにパッシングされ、彼は少し驚いたように前に向き直った。会話が途切れる。

 確かに、チャカというその名前には聞き覚えがあった。魔王サタンの七番目の子供、炎で構成された体躯を持つ異形の放蕩息子。その呼び名の通り地獄にはほとんどおらず、俺も遠くから目立つその姿を何度か目にしただけだった。最近見ないとは思っていたが、まさかこんな所で邪神なんかを演じているとは思いもよらなかった。

 チャカは俺の事をどれくらい知っているのだろう。場合によってはいざ会った時にちょっと面倒くさいことになりそうだ、と俺は少し憂鬱になった。とにかく今は、どんな因果で知り合ったのかも分からない彼との関係が友好的であることを祈るしかない。彼が敵ではなく知り合いと呼称するあたり、目が合ったら血を見るような関係ではないと思うが……。

 ……でも、念のため。訊いておこう。

「……なぁ異端児。実際おまえ、敵ってどれくらいいるんだ?」速度を上げて彼に並び、声を掛ける。彼がちらりと横眼で俺を見た。

 周囲では徐々に民家が減り、道幅も狭くなりつつある。いつの間にか俺達は道の真ん中を堂々と歩くようになっていた。

「敵? さぁ、数えたことも考えたこともないな」彼の回答は素っ気ないものだった。「けど、俺を恨んでいそうな人なら、ああ、結構思いつくぜ。国単位だから詳しくはさっぱりだけど」

「おまえ一体今までどんな人生を送ってきたらそうなるんだよ」

 前言撤回。彼の回答は非常に不安を煽るものだった、に変更だ。

 俺が黙ると、彼は誤魔化すように少し歩調を早める。もう一度距離を縮めた俺は、おまえこそが悪魔だ、という言葉を辛うじて呑み込んだ。彼の事だ、全部冗談で心の中で大笑いしていることだって十分有り得る。というか現実的に考えてそうでしかない。

 ……それはそれで、悪魔だな。


 ……今度から呼び名を異端児からデーモンにしてやろうか……。


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