幼馴染が働かない
【クルミ草】
雑草だが、その葉に付いた実は洗えば食べることが出来る。
子供達のオヤツとして親しまれている。
葉を煎じて紅茶にする事も可能。
【ハブナの木】
樹液と花の蜜が可燃性の油と類似した特徴を持っている。
枝は良く燃え、焚き火の原料に使われる。
建築には向いていない。
「改めて見るとそれぞれに特徴があるんだね」
「さっきから【観察眼】使ってるけど、そんなに燃費良いのか?」
「うん。全然減らない」
なら良いけど。
俺たちは関所を出た先の森に来ていた。
エステアを目指して歩いた草原とは、別の方向だ。
「カンナ、ちゃんと依頼の薬草も採取してくれよ」
「………」
「返事しろよ」
どうやらフィールドワークに熱が入ってしまい、色々と見て採取したいようだ。
聞こえてるのに返事をしない…無視するというのは、カンナにとっての一種の意思表示でもある。
「………はぁ。あんま離れるなよ」
「はーい」
「主人殿」
「ん? おぉ! ナイス」
ナハトが手提げ鞄を持ったまま、俺の元に飛んで帰ってくる。
鞄の中には【魔香草】と呼ばれる薬草が入っていた。
「薬草採取の薬草って言ったら、やっぱりポーションの材料だよねー」
「そうだな……って、また関係ないの拾ってるし」
「むふふー」
カンナが集めているのは関係のない物。
俺は【魔香草】を集めているが、見本を片手に探しているからか遅い。
それでも依頼品が集まりつつあるのは、ナハトのおかげだ。
「もうナハトだけで良いんじゃないかな?」
「【観察眼】持ちが働けば、もっと良い成果が出るんだけどな」
「そういうアマちゃんだって……」
「俺はナハトと協力してるんだよ」
薬草探しは諦めて、俺はナハトが集めた魔香草の整理をしている。
ナハトの仕事も完璧というわけではなく、身体がカラスだから束ねたりする事ができないからだ。
「………内職してるみてぇ」
指定された量で束ねて紐で結ぶ。
できた束はバッグに入れ、また次の束を作る。
のどかな仕事も嫌いじゃないし、ほのぼのとしててたまには良いかな。
「これで7束目」
「もう? はやーい」
「お前は働けー。ネズミ狩りでも良いぞー」
「………」
「だから返事しろって」
俺に背を向けて土弄りするカンナ。
本格的に子供に見えるが、ただ土弄りをしてるのではなくそこら辺の石で細工を作っていた。
「憶測。辺りの魔香草の数が激減。場所を移す事を推奨」
「そうするか…カンナ、行くぞ」
「んー」
カンナは石を弄りながら立ち上がり、俺たちについて来る。
その様子は"ながらスマホ"みたいだな。
「転ぶぞ」
「んー」
そう返事するが、立体のように浮き出た魔法陣を弄るのをやめない。
何かの付呪を試しているようだ。
「おい」
「ん?」
「ブヘ」
俺が立ち止まると、背中にカンナが案の定ぶつかって来る。
「なんだ?」
話しかけてきたのは大剣を背負った強面の男だった。
クエストを受ける時に押し除けてきた奴だ。
「"なんだ"じゃねぇよ。"なんでしょうか"だろ?」
「……で、何のようだ?」
「あ?」
下手に出るつもりは無く、口調はそのままで用件を聞く。
「チッ…冒険者テメェ舐めてんだろ。せっかく先輩が助けてやろうと思ったのによぉ」
「アマちゃん。すごいね、あんなカッコ悪いセリフ本当に言う人って居るんだ」
「…フッ」
「何こそこそしてんだよ!」
耳打ちして来るカンナの言葉に、不覚にも笑ってしまった。
「僕たちは別に、助けてもらいたい事なんてありません。お気遣いありがとうございます」
「まぁそう言うなよ。なぁ、これは提案なんだが俺たちのクエストを手伝ってくれないか?」
俺の肩から顔を覗かせてカンナが言うが、相手は聞く耳持たずにある提案をしてきた。
「クエスト?」
「あぁ。オルグボアっていう蛇の討伐だ」
オルグボアって、こっちに来て初めて見た魔物じゃねぇか。
「俺たちが手伝う? それのどこが助ける行為なんだ?」
「はぁ、初心者にはこの行為が如何に重要か分からないか」
男はヤレヤレと首を振って挑発的に笑って見せた。
「新米狩りっつぅ無粋な事を考える奴らもいるんだよ。ちょっと噂になって良い気になってるお前を妬む奴もな」
それはお前らじゃないのか?
「俺たちは"ダマ・スカル"っつう名の知れたパーティだ」
「俺たち?」
俺たちの後ろから、双剣を持った男が姿を現す。
カンナは気配を探る力はない。
気付かなくて当然だろう。
「クフフ、私に気付かなかったのか? まぁ無理もない」
「あと1人いる。左の木の後ろだ」
「……ホントだ。弓持ってる」
振り向くフリをして、俺はカンナに耳打ちをした。
「でだ。話を戻すが、俺たち"ダマ・スカル"と共にクエストに挑んだ。そんな噂が流れれば、お前たちに手を出す奴は居なくなる。更に俺たち熟練の技が見れるんだ…いたせり尽せりだろ?」
「結構だ。気遣いには感謝するが、必要ない」
……今更だけど、強く出過ぎたか?
だがコイツの態度が気に食わない。
生前働いてた会社の上司にもこんなありがた迷惑な奴がいた。
こっちに来てまでテメェみたいなのに、頭下げたくなるわけがねぇ。
「あーそうかよ。なら新米狩りに会おうと文句は言えねぇよな?」
そう言って大剣に手を伸ばす強面。
背後でも刃物を構えた音がした。
「アマちゃん。僕戦えないんだけど」
「今からカンナだけでも謝るか?」
「戦うより嫌だ……でも」
そう言ってカンナは身構えた。
「殺しはしねぇから安心しな!」
強面は自慢の筋肉で、大剣を横に振るう。
「……カンナ?」
俺は問題なく避けれたのだが、カンナは逆に前に出た。
「戦うとは言ってなーーーい!」
「オラァァァア!!」
カンナは横殴りの大剣を腹で受けて、そのまま宙を舞った。
「ハッハァー! 鈍臭い奴だぜーッ!」
足の裏は地から離れ、なす術なく空へと飛んでいくカンナ。
そしてカンナは落ちることなく………
「………飛びすぎじゃね?」
「アマちゃんあとよろしくー!」
そんな事を言いながら、カンナは木々を飛び越えてこの場にいる全員の視界から外れた。
「………」
「……逃げやがった」
「ま、まぁ良い。オイ、あの小僧を追え」
「クフフ……任せて」
双剣を持った男は、カンナが飛んでいった方向を見据えて走り出した。
「驚いたか?」
「何が?」
「奴の【DEX】は"28"。俺でも目で追うのがやっとの盗賊だ。いくら忍とはいえ、無理も無い」
「………あっそう」
「舐めた口きけるのも今のうちにだっ!!」
驚異的な力で大剣を縦に振るう強面。
だが筋力に特化しただけで短調な攻撃だな。
援護で動きを制限して、初めて活躍しそうな冒険者だ。
「なっ! どこに消えた!?」
………なんか相手するコッチが恥ずかしくなってきた。
これまた見事な噛ませ犬じゃねぇか。
俺ツエー……みたいな事は恥ずかしくてしたくないんだけど……
「【水遁】」
「ハバボガボォ!」
顔面に水の塊をぶつけて、怯んだ隙に大剣を奪い取る。
これで降参してくれれば楽なんだが………
「………………」
「……え、気絶!?」
え、あ……へ?
な…なんで?
なんで喧嘩売ってきたんだろう。この人。
ー
ーー
ーーー
「わー! 高ーい!」
僕は今、いかつい顔した人の攻撃で空を飛んでいた。
「んー、にしても軽すぎたかな。失敗かー」
【軽量化】の付呪をした鎖帷子。
暇だったからもっと軽くできないから弄ってたら、対象のみじゃなく、使用者も軽くできそうだったから書き直してみたんだよね。
まだテストしてなかったんだけど、【追加軽量】が【軽量化】とは別に付いたんだよね。この鎖帷子。
試しに魔力流してみたら、軽くなる軽くなる。
多分今の僕は全裸の時より軽い。
「……着地大丈夫かな」
感覚的には月面を飛んでるように感じるし、フンワリ着地できると思う。
………いや、月に行ったこと無いけど。
「………おぉ」
30秒くらい飛んだんじゃ無い?
やっと地面が近づいて来た。
着地は予想通り、軽すぎてなんの負荷もなかったよ。
大剣を食らった時、鎖帷子が守ってくれたのもあるけどダメージがほぼ無いのは【軽量化】のおかげだろうな。
にしても…
「…中々楽しいじゃないか」
それはそれとして、アマちゃんが3人倒すのにどれくらい掛かるかな。
「【観察眼】」
飛んできた方を見てみたけど、遮蔽物の木が多くて見えないや。
「んあ? 何だろあれ」
木々の向こうから、チラッと何かが見えた。
「魔物…でも、恐ろしい魔物はこの森に居ないって言ってたし………だから前もココでネズミとキツネを狩ったわけだし………」
臆病な魔物だし、僕を追うような事は………
となるとさっきのパーティの誰かが追っかけて来た?
「………どうしようかな」
武器は一応ある。
アマちゃんに作っとけって言われたから。
でもこれ護身用の投擲タイプなんだよね。
外したらお終い。
「別の武器の方が良かったかな」
そもそも正面でぶつかって戦うなんて、僕の性に合わないよ。
戦うにしても援護とか裏方じゃないと…一人で戦うなんて無理だし……
「………戦わなければいっか」
まずは………
ー
ーー
ーーー
ダマ・スカルと名乗った一団の弓使いは、カンナが着地したと思われる場所に来ていた。
時間にして、カンナが着地してから1分も掛かっていない。
「チッ! どこに隠れやがった?」
この辺りにカンナが落ちた所をこの男はその目で見ていた。
辺りには走って逃げた形跡は無い。
「ここらの土は柔らかい。足跡は残るはず……あん?」
「………あ、バレちゃった」
「へへ! 短い"かくれんぼ"だったな!?」
葉の密集している木の上。
カンナはそこにいた。
運動神経のないカンナがどうやって木の上に登ったのかと言うと、【追加軽量】で軽くなって跳んだだけである。
「わー(棒)どうしよー(棒)」
「今ならまだ許してやってもぉぉぉぁぁぁああああ!?」
枝についた葉が邪魔で狙いづらかった弓使いは、カンナが登っていた木の下まで移動した。
そしてカンナを見上げていた男だが、急な浮遊感に襲われて情けない声を上げる。
「あーあ、上ばっかり見てるから〜」
「お、落とし穴!? あの短時間で!?」
「これも食らえー」
カンナが投げつけたのは、指先で摘むような小さな包み袋だった。
それは男に当たると簡単に破けて、中身が辺りに充満する。
「まさか毒か! ………うぐっ!? お、おも……」
毒を警戒して口元を手で塞いだ男だが、途端に身体が重くなり口を押さえていたその腕も上げれなくなっていた。
身体を起こすことも出来ず、その場で横になる男。
それを見て、カンナは及第点といった感じで頷いた。
「お前! 一体何をした!?」
「ちょっと待って、今木から降りるから」
カンナが投げたのは包みに入ってたのは、ロッカーの外殻を砕いた塵だった。
カンナは仮に【ラグラビティ】と呼んでいた。
【追加軽量】とは逆の効果…【追加重量】と、時間差機能をつけた塵。
それを袋に入れただけの投擲武器だ。
魔力を流した後に投げると袋が破け、塵に触れた人や物を重くして動けなくする使い捨て武器……ついでにいうなら完成してない試作品である。
「ついでだからこれも試そー」
「な、何を………Zzz」
またカンナが包みを投げる。
すると深緑色の粉が充満し、男は深い眠りについた。
説明不要の【ネムリゴケ】である。
「なんか見た目が凄いね」
【アロイ・シャーの手癖】で掘った大きな穴と、その真ん中で倒れた男。
この場面だけ見れば、カンナが真上から強い衝撃を与えて大地ごと陥没させたように見えた。
「な、なんだこの有り様は!?」
そこへダマ・スカル。最後のメンバーがやってくる。
ー
ーー
ーーー
「………おいおい。どういう事だよこれ」
ギルドカードは、無くさないように首から下げるタイプの物もある。
そしてそれが【水遁】で気絶した大剣使いの首にかかっていた。
「何が熟練パーティだ」
俺はすぐにカンナを追おうとしたが、視界に入ったギルドカードの情報ですっかりやるせない気になってしまっていた。
「…一応向かうか」
万が一ということもあるので、今更だが俺はカンナが飛んで行った方へ走った。
「む、無理無理無理!! わ、私には無理ですよ、みんなぁ!」
するとすぐに双剣使いが立ち止まっているのを見つけた。
こちらに背を向けて、後退りしている。
「わははー、お前たちが悪いんだぞー」
「ヒイィィィ!?」
そんな双剣使いを追い詰めているのは、丸腰で躙り寄るだけのカンナ。
アレの何に怯えてその表情がだせる?
「………何やってんだ?」
「ヒャワッ!!」
心が擦り切れ切っているような奴だ。
背後から声を掛けただけで肩を大きく跳ねさせ、錆び付いた人形のように振り向く。
そして2度。左右に身体を揺らせてから、泡を拭いてその場に……
「あふぅ………」
「え、こいつも気絶?」
「アマちゃんヤッホー」
倒れた双剣使いからカンナに視線を移す。
とくに怪我を負った様子無し。
「ねぇねぇアマちゃん。この人たちを【観察眼】で見たんだけどさ…」
「見たのか。だいぶ酷いステータスしてるだろ?」
「お! ご名答〜。なんでわかったの?」
「いや、ただの勘だ。ただ大剣使い…アイツのランクはFだったぞ」
「………ほう?」
糸目に三角形のような口。
緊張感の欠けた表情のまま、カンナはでかい穴に落ちていた弓使いを指差す。
……なんだこの穴?
「なんだこの穴?」
「それよりアイツ、【SKI】が"20"だった。でも【STR】が"6"で、それ以外が平均前後。そっちの双剣は【DEX】が"28"で、それ以外が平均ちょい下くらい」
「大剣使いも【STR】しかなさそうな奴らだった」
「いったい何がしたかったんだろうね」
確認してみると、ダマ・スカルとかいう3人は全員Fランクだった。
目をつけられた以上、目的をハッキリさせて解決しなくっちゃあなぁ?
「カンナ。全員縛って吐かせるぞ」
「オッケー。あ、でも弓使いは最後にしよう。今触ると重くなるかも」
「重く?」
ー
ーー
ーーー
そんなわけで、3人をロープで縛って並べる。
ちなみにロープはいつも通りカンナが作った。
そして武器は全て取り上げ、頃合いを見て3人を叩き起こした。
「………うぅ」
「………ヒッ!」
「むにゃ……あ?」
大剣使いと弓使いは現状に理解できず、双剣使いはすっかり縮こまっていた。
「さて……なんでこんな事をしたか教えてもらおうか?」
「……………」
俺の問いには誰も答えない。
全員バツが悪そうに、そっぽ向いている。
やけに攻撃的なイメージがあったが、今はやけに大人しい。
あの時は見栄を張ってイキっていただけのように思える。
「推奨。主人殿の問い掛けに答えよ。さもなくば我が、貴様らの脳を咀嚼させてもらう」
「ヒャァァア!! ごめんなさい! ごめんなさい!」
仲間が一緒にいる事に気付き、少しだけ平常心を取り戻していた双剣使い。
だが、ナハトが双剣使いの肩に止まって耳たぶを嘴で突くと、それは呆気なく瓦解して可動域が許す限り首を振りまわした。
「やめろよ。みっともねぇ」
「ヒグッ…私はぁ…フッ…こんな事したくなかったんですぅ〜」
仲間の声には耳を貸さず、双剣使いは半泣きのままそう打ち明ける。
「全部こいつらがぁ〜」
「てめッ!? 俺らを売る気か!!」
「私は命が惜しいんですぅ〜!」
仲間同士で言い争いが始まる。
これは聞き出すのに時間がかかりそうだな……ん?
「大地の──なんとかかんとか巨大な──剣?」
後ろで少しキリッとした表情をしたカンナが、小声でブツブツと何かを言っている。
そして右手を地面に向けた後、勢いよく上に振り上げた。
すると……
「……………あ……あ………」
「イャァァァァア!!!」
「嘘………だろ………?」
天に向かって伸びる巨大な剣が、地面から垂直に伸び出てきた。
それはカンナが手を傾ける事で連動し、3人の頭上スレスレまで傾いた。
騒いでいた双剣使いはまた気絶し、大剣使いと弓使いも硬直して動かなくなっている。
そんな3人を前に、カンナは俺を突く。
………はいはい、やれば良いのね。
「……オイ」
「「はい!」」
「もう一度聞く…なんで、こんな事を、した?」
ヤンキー座りをして、目を見開いたまま真っ直ぐ睨みつける。
すると気絶した双剣使いを除いた2人は、器用な事に縛られたまま体勢を変えて正座する。
「すみませんっしたぁーーー!!」
「洗いざらい話すんで、どうか命だけはッ!!」
脅してみればこの変わり身の早さ。
これなら時間をかけずに聞き出せそうだ。
カンナ
「僕なりのやり方で戦ったよ?」
アマチ
「…魔香草は何束集めた?」
カンナ
「……………」