置いていったらコレだよ
カンナsideの話です。
アマチがダンジョンに潜っている間、彼は何をしているんでしょうね?
「……気をつけてね」
「おう」
そう言ってアマちゃんは部屋を出て行った。
僕はと言うと、時計を見てから2時間ほど二度寝した。
ー
ーー
ーーー
「おはようカンナちゃん」
「おはよー女将さん」
満足したタイミングで部屋を出て、宿と併設されている食堂に足を運ぶ。
一晩二食付きのセットメニューで部屋を借りたから、アマちゃんが居なくてもこうしてご飯を用意してもらえる。
嬉しいなー。
「はいどうぞ。スープにはアナタ達が売ってくれたお肉、サービスで入れておいたから」
「やったー」
「フフ、美味しそうに食べてくれておばちゃん嬉しいな。でももういい歳なんだから、しっかりしないとダメよ?」
「わかってるよー」
「本当かしら?」
まったく。
こっちの事情も知らずに失礼な女将さんだ。
これでも僕にはやる事がいっぱいるんだからね。
「本当だよ」
「じゃあ何考えてるの?」
「…秘密〜」
説明するのは面倒くさいからパス。
でも女将さんは笑いながら厨房に戻って行った。
信じてないなー。
ま、一人になったし、今日やる事を改めてまとめてみようかな。
まず、最低限の目標である収入源はアマちゃんが既に確保してある。
できれば僕もEランクになって潜れた方が良いんだろうけど、試験内容が固定なら僕は受からない。
そうなると僕が同伴できるランクまで、アマちゃんが頑張るしかない。
それ以外の方法でダンジョンに入るとしたら……方法は2つ。過程を含めれば4つかな。
方法1と2は僕がEランクになる事でダンジョンに入る方法。
ならどうやってEランクになる?
1.僕でも受かる試験内容に挑戦する。
これは試験内容が固定じゃない可能性が前提の話だ。でもそうじゃなきゃおかしくも思うんだよね。
例えば回復職の冒険者。この世界にはきっと居ると思うんだよね。
ただ居たとして、その人もあの半透明のキツネを倒さなきゃいけないの?
きっと【Class】事に試験内容が用意されてる。
アマちゃんは忍だから、スピード勝負の魔物と戦わせた。
スピードで負ける相手にどう戦うかで合否が決まる…アマちゃんはスピードで買っちゃったわけだけど。
鍛冶師はどんな試験だろ…そもそも冒険者に鍛冶師が来て、受付さんは疑問にすら思ってないみたいだった。つまり鍛冶師の冒険者もいるんだよね。
いるとしたらダンジョンでの仕事は武器の整備とかかな。
だったら試験もそう言うジャンルになりそう。
「カンナちゃん?カンナちゃーん」
「んえ?」
「どうしたの。スプーンだけ口に運んで」
「……お恥ずかしい」
気付いたら朝食は食べ終わってたみたい。
もー、まだ1についてしか考えられてないよー。
ー
ーー
ーーー
「どーしよっかなー」
借りた部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。
Eランク昇格方法その1が可能だとしたら、整備の試験だよね。
…【アロイ・シャーの手癖】って見せて大丈夫なのかな。
「アマちゃんの忍も注目浴びてたしなー」
受付さんも驚いてたし。
じゃあ次の方法について考察しよう。
2.魔剣とか作って試験に挑む。
これは逆に試験内容が固定だったときの方法。
【アロイ・シャーの手癖】で作った武器性能だけでゴリ押しする作戦。
…合格できたとしても目立つよねぇ。
まずFランクがなんでそんな武器持ってんだってなるだろうし、実力に伴わない武器を持つのは、それはそれで危険。
そもそも武器を作る過程で問題あるし。
それは【付呪】。
………このまま行くと付呪の話に脱線するな。
ひとまず方法3と4について考察しよう。
3.強くなって戦闘試験に受かる。
つまり修行して僕自身が強くなるって事。
面倒くさがりの僕が。
未来を捨てた僕が。
無理!
4.Fランクだけど勝手にダンジョンに入る
ルールを破る。
法に触れるかも。
捕まる。
無理!
はい。考察終了!
じゃ、付呪について………
「…よっと」
昨日アマちゃんと手に入れた素材で作った練習用のナイフ。
まだ付呪は何もついていないそれを手に取る。
「………」
片手で持って、反対の手をかざし【アロイ・シャーの手癖】を発動させる。
更に付呪!
ーピロンー
…ステータスを表示するのと同じウィンドウが、音を立てて目の前に現れる。そしてそれには「使用する素材を選択してください」……なーんて事が書かれてる。
「…付呪にも素材使うんだもんなぁ〜」
付呪は使う素材によって効果が変わる。
ひとまず、余っていたネズミの歯を素材に付呪を続ける。
その素材で付けれる効果は【硬化】…駄洒落じゃないよ。
対象の強度を高める効果がある。
「………見た目は綺麗」
そのまま進めようとするとウィンドウは消え、代わりに複雑な立体がナイフの上に浮かび上がる。
なんて言うんだろう…立体にした魔法陣って言うのかな。
「結論!手段があるだけで、やり方が分からない!」
たぶんあの立体魔法陣の構成を独自で変える事で、魔力を強度に変えたりするんだろうな。
それだけ聞くと生前やってたITのプログラムみたいなものに思える。
でも残念。
生前やったプログラム言語は、こっちでは使えないときた。
「昨日フル装備作ったのに……屈辱!」
せっかくアマちゃんに作ったのは全て無付呪。
今アマちゃんは、なんの面白味もない装備を身に纏って戦っている。
「はぁーーー……付呪やってみたい……沢山やりたい……魔剣とか作りたい」
……勉強するかー。
ー
ーー
ーーー
この世界の通貨は全部コイン。紙幣は無い。
種類は【1G】の鉄貨、【10G】の銅貨、【100G】の銀貨、【1000G】の金貨、【10000G】の大金貨の5種類。
こっちも馴染み深い10進数でよかった。読み方も円ではないけど、ゴールドで分かりやすいし。
「一日二食セットが一部屋銀貨1枚。3日分で3枚。それを引いて残るのが…」
僕の掌から銀貨を3枚退かすと、残ったのは銅貨7枚と鉄貨3枚。
「…73G」
でもこの世界は3Gでパンが買える世界だ。
これで本が買えると良いんだけど…
「…甘かった」
1冊1000G…この世界の本は貴重なのか。
「……立ち読みはして良いのだろうか…」
「なんだいお兄さん。ソイツが欲しいのかい?」
「額が足りないので諦めます」
そっと商品棚に戻して帰ろうとすると、店主さんが親切にある事を教えてくれた。
「そりゃ、知識がそのまま綴られてるからなぁ。価値は高いよ………そうだ、それなら知本静館に言ったらどうだ?」
「ちぼんせいかん?」
「入館料さえ払えば、本が読み放題!物好きな婆さんが経営する店だ」
へー、図書館みたいなのもあるんだ。
「ありがと。早速行ってみる」
「気いつけてな!」
親切な人で助かるな。
そういえば、アマちゃんが僕の顔は人を和ませるって言ってたけど……いや関係ないか。
「おっとと…案内板だ」
通り過ぎかけた案内板を見て、【観察眼】を使用。
知本静館はここから……
「…そこじゃん」
案内板が立っている場所の隣の小道。
その先に、知本静館はあった。
煉瓦造りの外装に、自然と伸びた蔓が下から上へ壁沿いに伸びている。
そんな古びたお屋敷みたいな見た目だけど、ガラス窓の向こうには何人かの人々が座って本を読んでいる。
顔付きとか似てないし、読書タイムを過ごしている家族の家…なんて事は無さそうだ。
「失礼しまーす」
「いらっしゃい。坊や、ここは初めてかい?」
「坊や……15歳なんだけど」
「あら失礼。でもアタシからしたら、みんな坊やさ」
椅子に腰をかけて、カウンター越しに出迎えてくれたお婆さんがいた。
シワが多く、耳がやけにトンガっている。
もしかしてエルフかな。長命って聞くけど…
「それで?坊やは初めて?」
「あ、そうです」
「ここは知本静館。静かに本を読む場所さ。誰かと会話しちゃダメってわけじゃないけど、会話は小声でお願いね」
「はーい」
「利用料金は、30分で銅貨2枚。1時間で銅貨3枚。3時間なら銅貨6枚だよ。それ以上いたかったら、延長しなさいね」
「じゃあ…1時間で」
「はいよ」
僕は銅貨を3枚渡すと、お婆さんは砂時計を渡してくれた。
これが読んでいられる時間を示す目安になるんだろうな。
「砂が全部落ちても来なかったら、アタシが声かけるから。別に怒ったりしないよ。好きな本に集中しな」
ここのお婆さんも良い人みたいだなぁ。そんな雰囲気してる。
さて。時間が勿体無いし、目当ての本を早く探さなきゃ。
そんなわけで本を漁って読みふけたんだけど…
「………………」
結論から言うと、身に付けるのは時間がかかりそうだね。
付呪に関する本は見つけた。
読んでみたところ、効果によっては素材が無くとも付呪できるらしい。
なので付呪に最低限必要なのは「魔力」「付呪系統のスキル」そして「技術」。
最後の技術はトライ&エラーで身に付けるものっぽい。
それこそプログラムを書いては起動させ、エラーをはいたらバグを見つけるように。
「あの立体のどこに、どう言う意味のプログラムを入れればいいのか…これも片っ端から覚えないといけないのか…んお?」
待てよ……もしかしてあの立体魔法陣。
アレも【観察眼】で見れば分かったんじゃない?
「坊や、時間だよ。延長するかい?」
「……ううん、大丈夫。ありがとうございました」
「あら行儀のいい子だこと。またおいで」
僕は砂時計をお婆さんに返し、知本静館を後にした。
……あ、本しまい忘れた。
ー
ーー
ーーー
「……おや、お嬢ちゃんも時間だね。延長するかい?」
「いえ」
カンナの斜め前に偶然座っていた少女は、老女に声をかけられて立ち上がる。
「この本は………えっと、どこから出したかしら」
「いいよ。アタシが戻しておくから」
聞こえないように小声で言ったが、老女には聞こえていたのかそう返される。
「お嬢ちゃんは鍛冶屋の娘だね。勉強熱心だけど…後を継ぐ気なのかい?」
「…はい。実は父が王都に行く事になって…」
「なるほどね。無茶するんじゃないよ」
「ありがとうございます」
少女はその一言を最後に帰路についた。
「おや?あの坊やが読んでたのは付呪の本じゃないか。最近の若いのは難しいのを読むねぇ」
そんな老女の言葉が後ろから聞こえ、少女はチラリとその本を見た。
その本は初心者向けの付呪の本だった。
「………………」
自分と同じくらいの歳の子が付呪について学んでいる。
そんな子が居るのかと興味を持ったが、それ以上の好奇心は無く帰路についた。
ー
ーー
ーーー
宿の借り部屋に戻った僕は、練習用のナイフを手に持ってベッドに座り込む。
「………さて」
【アロイ・シャーの手癖】使用。
付呪…対象はナイフ。
素材は…無くても出来るみたいだし、ひとまず無しで。
そう頭の中で決めると、「素材を選択してー」っていうウィンドウは消えた。
そして例の立体魔法陣が浮かび上がる。
「ここから……」
【観察眼】使用。
「……わかるじゃーん」
案の定、目の前に大量のウィンドウが現れて、何処をどうすればどうなるのかがわかる。
ただ量が多い…時間が少しかかりそうだな。
素材無しで付呪出来るのは【軽量化】【錆び付き防止】…【魔纏】ってなんだ?
………ふむり。【魔纏】は魔力を纏わせる能力ね。
付呪された武器は、魔力を込める事で切れ味や威力が上がったり、込めた魔力を飛ばす事ができるんだ。
他には【衝撃軽減】【振動】…振動?何に使う付呪だろう。
ま、いっか。これにしよ。
「ここの幾何学模様…じゃなくて、その上の線か。その縁に沿って書かれてる文字をこう書き換えて…その模様の端を、こっちと曲線で結んで……こっちは囲むのか………あー!そういう意味があるのね」
楽しくなってきたー!
「でここに…模様を描く?何の模様………オリジナルでいいんだ。どんな模様にしよう…なんでもいっか。食品メーカーのロゴにしよう」
最後にその模様に魔力を流せば完成かな。
どれくらい流せば良いんだろう。
あ、流した分だけ吸収して、効果が上がるのか。
「───これで良いかな。初の魔剣、振動さんの完成だ」
流していた魔力を止めると、浮かび上がっていた立体魔法陣は消えた。
そこに残ったのは、作業前から手にしていたお手製ナイフ。
見た目に変化は無いけど……【観察眼】
○振動さん C++
付呪効果:振動
「名前付けれるんだ。不本意な名前をつけてしまった」
あとデザインは少し加工して変えておこう。
アマちゃんが今使ってるナイフと同じデザインだと、間違えて持ってっちゃうかもしれないし。
魔剣らしく、刃先を赤色に変えておこう。
染色料が必要…余ってた木の実使えるかな。あ、使えた。
「………できた。今度こそ完成!」
さて、では早速試運転を…
「……どうすれば動くんだろう。魔力かな?………うわっ!?」
魔力を込めてみると、持っていたナイフから紫色のエフェクトが一瞬だけ飛び出した。
見間違いじゃなければ食品メーカーのロゴマークだった!
「…わ……わわ………わわわわわわ!」
そして振動を始めるナイフ。
ちゃんと動いてるし、試験テストは成功だね。
………うぇ…ずっと持ってると気持ち悪くなってきた。
振動強すぎだよ…付呪中の魔力が多かったのかな。
ひとまずナイフに流していた魔力を止めてみる。
「…あ、ああれ?とととまらないぃぃ……」
これは…【観察眼】!
………うん。魔力はバッテリーに流す電力であって、バッテリーが空になるまで止まらないんだね。
魔力流しながらずっと持ってたから直ぐには止まらないだろうな。
「ひとまず置いておこう」
ーカタカタカタカタカタカター
「……なんか呪われてるみたいになっちゃった」
ー
ーー
ーーー
「ん、ん、ん………プハー」
僕は宿屋の庭に出ていた。
そこには井戸があり、水を飲みたかったらセルフで組む必要があったからだ。
「ふぅ…ステータスオープン」
Name:カンナ
Class :鍛治師 XXX
Level :20
HP:100/100
MP:36000/60000
STR:14(10)
CON:19(10)
DEX:5
SKI:32(20)
INT:20
Skill:【観察眼】【アロイ・シャーの手癖】
Skin:【捨てた未来の見返り】
「うわ、【MP】すごい減ってる」
この【MP】はどこに使った奴だろう。
どの工程でどれだけ使うのかも検証しなきゃな。
「立体魔法陣を弄った時かな…ロゴマークに魔力を流した時?それとも検証する時に魔力を込めた時?」
んー。いつだろうな。
「あらカンナちゃん。こんな所でどうしたの?」
「あ、女将さん。喉渇いたから、お水頂いてます」
「そう。セルフサービスだけど、好きなだけ飲んで良いからね」
「はーい」
ーパリィンー
「………ん?」
「キャッ、な、何!?」
突如として耳に飛び込んできた音は、ガラスが割れる音だった。
それも上の方から。
見上げてみると、割れた窓ガラスと一緒に赤いナイフが落ちてきた。
「ヒッ!?」
「………えぇー…」
刃先の赤いナイフだった。
そのナイフは、結構な勢いでこっちに飛んできた。
「うわっ!」
すんでの所で避けたけど、着ていた服が裂けてしまった。
「みんな!危ない!!」
そして避けられたナイフはと言うと、そのまま道路に飛び出してしまう。
僕の声を聞いた人は、動くナイフに気付いて避けてくれた。が、壁に当たった衝撃で方向を変え、ナイフは道に沿って動き出す。
「……ヤバイ」
流石にヤバイと思った。
窓が割れた部屋は僕らが泊まっている部屋で、そこから飛び出した赤いナイフ。
振動さんだ。
「追わなきゃ」
「ハァ…ハァ……」
「お、女将さん?」
走り出す前に、直ぐそばで息を荒げた女将さんの存在に気づく。
「…腰が……抜けちゃって………」
振動さんは身体を小刻みに震わせ、その動きで徐々に加速していく。
そして目の届かぬところまで行ってしまった。
「………………」
鏡を見なくてもわかる。顔面蒼白だ。
「…女将さん、肩貸すよ」
「ごめん…なさい……」
ひとまず女将さんの部屋まで送ろう。
振動さんは………どうしよう、アマちゃん。
せめて電池が早く切れますように……
エステアでは血塗れのナイフが、自分を捨てた冒険者を探してひとりでに彷徨っている。
そんな怪談話ができたとか、できなかったとか……