互いの向き不向き
オルグボアから逃げ切ったその後、俺たちは北に向かって移動していた。
ナハトに近場の街の場所を聴いたのが事の発端で、その返答で提示された街が北にあるそうなのだ。
ただ問題もあった。
「…ハァ……ハァ………アマちゃーーーん!」
「ダメだ。休んだばっかりだろ」
問題…それはカンナ。
コイツの低い【DEX】は、移動という行為でスタミナをガンガン削っている。【CON】は俺よりもあるはずなんだけどな。
「アマちゃんは【DEX】お化けだから疲れないだけ!休もうよー!」
「はぁ……わかった。」
「……ヤッター」
覇気がない様子で喜ぶと、その場で座り込んで水筒を取り出した。
口をつけて傾ければ、自身の喉を潤す事ができる旅の必需品だ。
ちなみにそれは適当な木材を加工して、中身は道中の小川から汲んで持ってきた。
「その水筒、完成度やけに高いな」
「【アロイ・シャーの手癖】が凄いスキルなんだと思うよ。想像通りに分解、加工ができるからね」
「だろうな。ナハト、辺りの警戒を頼む」
「御意」
指示を出せば異論もなく飛び立つナハトを見送っていると、同じように空飛ぶナハトを見上げていたカンナが口を開く。
「アマちゃんのスキルも便利だよね」
「ナハトには少し申し訳ないけどな」
あの後、ナハト本人についても教えてもらった。
ナハトは俺の魔力を元に身体を構成させた思念体。つまり元は思念体という、形の無い魂の様な存在らしい。
よってカラスの形をした身体をやられた所で、ナハトは無事。
本体である俺が死なない限り、ナハトが消失する事はないと言っていた。
これは式神共通の特徴らしい。
そして間違えて使い魔と呼んだら、使い魔との違いも教えてくれた。
使い魔は【テイム】というスキルで野生の魔物を味方にした存在で、死んだら終わりの仲間だ。
その点、式神は召喚するたびに魔力を使うが、死ぬ事はほぼ無い。
「だからいざと言う時は囮にしろって言われてもねぇ」
「んー、後味悪いけど、本人…本鳥?が言ってるんだから良いんじゃ無い?」
ま、本当にそういう機会があったらそうさせてもらうか。
今もリスクの高い見回りをしてもらってるわけだしな。
「…ん?何か近くにいねぇ?」
「え、嘘。僕には分からないんだけど」
なんか居る気がする。
気配察知とか、そんな感じか?
感覚で確証は無いが何となくわかる。
そこまで驚異には感じないから、試しに気配のする茂みに石を投げ込んでみる。
「わ、本当に居た」
「チッ!?」
「チチチ!」
「チーチチチ!」
茂みから出てきたのは、20cm程の野ネズミの群れだ。
石を投げられて驚いたのか、俺らから逃げる様に一斉に走り出した。
「デカ、ちょっと気持ち悪い」
「キモ可愛いって言ってあげなよ」
「お前、アレにキモ可愛いと言うだけの可愛さを見出したのか?」
「…やっぱキモい」
にしてもアイツら、ナハトが飛んでった先の茂みに居たな。
スルーしたとすると、無害な魔物なのか。
「…ん?アマちゃん。一匹に当たったみたいだよ」
「え、マジだ」
茂みからは先ほどのネズミの尻尾がはみ出ていた。
木の棒で突いて動かないのを確認してから、俺はゆっくりと引っ張り出してみる。
もちろん手袋はしている。これもメイド イン カンナだ。
「当たりどころが悪かったのかな」
「まー、軽く投げた…とは言えないしな」
石は偶然にも、ネズミに当たったらしい。
それも投げた石は尖っていて、それが頭に刺さっていた。
貫通はしていない。
「………」
キモいと言ったが、何というか…これは罪悪感があるな。
「忍と【SKI】の補正かな」
「だろうな。命は粗末にしたく無い…カンナ、何かに使えないか?」
「見せてー」
そう言うと、カンナの目が薄紫色に光る。
【観察眼】を使うと、あーやって目が光るのか。
「普通に大きなネズミだね。目立った特徴は無いけど、これで何か作ってみるよ」
カンナは両手を合わせて祈ってから、ネズミにその手を向けた。
「骨は脆いけど歯が硬いね。骨を背にして刃を作ろうか。持ち手は皮で巻いて、肉は食べれそうだから分けておこう」
普通ならナイフを使って剥ぎ取ってから、手作業で加工をするものだとナハトは言っていた。
勝手に姿を変えていくネズミの死体を見る限り、ナハトから聞いた手作業加工にはとても見えない。
道具を使わずに切断し、熱も無しに溶接する。
【アロイ・シャーの手癖】はそう言うスキルらしい。
「…頂きます」
やがて完成したナイフを手にして、カンナは額に完成した刃の面を押し当てた。
ちなみにこれは必要な手順では無い。
命を頂く事に敬意を示しているだけだ。
見た目だけの綺麗事と思われるかもしれないが、俺はそれを咎めないし、俺も同じ事をする。
「はい、アマちゃん」
受け取ったナイフは刃渡り20cm程の短い物だった。
僅かに暖かく感じるのは出来立てだからか、先ほどまで生きていたからか。
「……頂きます」
丁寧に両手を持って一度、頭を垂れる。
「少し前までただの日本人だった俺らには、命をいただく実感が少しキツイな」
「慣れるべきだってナハト言ってたね」
「肉はどうする?」
「木の樹皮とかで入れ物作るよ。食べれない胃とか肝臓は…埋める?」
「埋めるか」
石ころから簡単なシャベルを作ってもらい、俺は一人で穴を掘った。
カンナはそれを見てるだけ。まぁ、カンナのための休憩でもあるしな。
ただ穴を掘って底にネズミの死骸を置いた後、思いついたようにカンナは地面に手を向けた。
すると地面はひとりでに穴を塞いだ。
そんな簡単なら、最初からして欲しかった。
「アマちゃん、そろそろ行こ」
「ん。わかった」
俺は頭の中で、ナハトの姿を思い浮かべる。
『ナハト、出発するから戻ってこい』
『 了』
これもあの後教えてもらった事だ。
式神と使い魔は、主人とテレパシーで会話ができるらしい。
レベルが上がれば、感覚共有というスキルも覚えると言っていた。
「じゃ、引き続き北に向かうか」
ー
ーー
ーーー
「ナハトー、あとどれくらい進めば着く?」
「応答。出発地点から目的地までを数値化すると…残りの道のりは2割を切るかと」
あれから休みを挟みながら数時間は歩いたが、一向に景色は変わらなかった。
だが確実に進んではいるようだ。
でも日没までには間に合わないな。
「謝罪。休憩回数の誤差による計算ミス」
「遠回しに僕のせいって言われたー!」
「仕方ない。野宿するぞ」
「うわーん!」
涙も出さないくせに、カンナは言葉で不満を露わにする。
ただ自分のせいと言うこともあり、それ以上は言わなかった。
「…はい。ハンモック作ったよ、二人分」
「仕事はや…」
森の中で地べたに寝るのは危険だからハンモックは助かるな。
「じゃあ俺は火をつけるか。火遁とか使えれば楽なんだけどな」
「助言。ならば習得する事を推奨」
「え、出来んのか?」
「肯定。主人殿は例外故に下忍で習得するスキル【火遁】を覚えていない。補足。ゆえに条件さえ満たせば今すぐにでも習得可能」
それもそうか。レベルだけはもう達しているんだもんな。
「どうすればいい?」
「応答。本来ならClassが下忍になった際に習得可能ゆえ、下忍にジョブチェンジする為の条件を満たせば習得可能かと」
「その条件は?」
「応答。条件、すなわち瞑想なり」
……瞑想?
「アマちゃん遅いから、コッチで火を付けるね」
「あ、悪い!」
ー
ーー
ーーー
焚き火の前で目を瞑り瞑想。
「本当にこれで良いのか?」
「肯定。下忍にジョブチェンジする条件は、火、水、風、雷、土の気配のどれかを感じとる事。補足。感じ取れた属性の術を覚え、初めて下忍になることが可能」
だから火の気配を感じ取れれば覚えられるって事なんだろうけど。
「……火の気配ってなんだ?」
「知らないよ。火についてまず考えてみれば?」
考えるって……
カンナが点けてくれた焚き火は、パチパチと音を立てて燃えている。
それは暖かく、触れれば熱い。
……ん?本当に熱い…
「ってアチャチャチャチャ!?」
「わ!?どうしたのアマちゃん!!」
「何って火が………あ?」
…おかしい。本当に燃えたような気がしたんだが。
「助言。続ける事を推奨」
「……?」
あぐらを組み直し、両手を膝の上に置いて目を瞑る。
……さっきと同じ事を考えると、また身体が燃えるように熱くなってくる。だが集中したまま目を開けてみると、自分が燃えてないのがわかる。
普通、考えただけでこんな痛みは感じないはずなんだけど、前の世界で言う普通で考えるのはやめた方がいいらしいな。
「…でも熱い」
「助言。幻覚に近い現象なり。補足。集中すれば、痛みはないことが理解可能」
言われてみればそうだな。かなり熱いが熱特有の焼ける痛みは感じない。
肌が焼けてる気がする…するだけだ。
「…よし。続けるか」
今肌で感じてる本物の熱は焚き火だ。
それはほのかに明るい灯火で、風で揺らめきながら上に伸びている。
…風が強くなったな。
ーカコン。
合わせてカンナが木を継ぎ足した。足された木材に燃え移った火に、風が酸素を運びより高く燃え上がる。
「……わぁ」
大きさに応じて更に強くなる光と熱量。
俺の全身が、炎で包まれる感覚に陥る。
熱いが痛くはない。
…でももし包まれたら苦しいだろうな。
燃え上がる炎は煙を出し、それに包まれた俺の呼吸は困難になる。
焚き火の周りは土だが、俺は木に寄り掛かっている。そこから更に燃え移り、この森も……
「警告!瞑想を止める事を推奨!」
「え?」
目を開けると、今度は本当に俺は燃えていた。更に寄り掛かっていた木にも…そして森にもそれは広がっていた。
だが、それは俺の集中力が途絶えると同時に、嘘のように消え失せた。
「…何が起きた?」
「途中で焚き火の火が大きくなって、それがアマちゃんに燃え移って」
イメージ通りになったのか…そうだ!結局スキルは習得できたのか?
「ステータスオープン」
Name:アマチ
Class :中忍 Ⅱ
Level :20
HP:80/80
MP:52/140
STR:15
CON:12
DEX:32(20)
SKI:30(20)
INT:12
Skill:【口寄せ:烏】【火遁:一】
Skin:【耐熱 Ⅰ】
「増えてるね、やったじゃん」
「何気に【耐熱】まで習得できたな。レベル1だけど」
クリックすると、その説明もちゃんとでてきた。
火を出し、操る忍術。と、
簡単に記されていた。
「目開けた時にヤバいと思って、無意識に消したのかな」
「操れるもんね。そうかも」
「よし。この調子で他のも覚えようぜ」
「非推奨。スキルの習得で【MP】が減少」
見てみれば確かに減っていた。習得にも【MP】は使うのか。代わりに最大値が"20"増えてるな。
ナハトの口寄せで"20"使ったから、今減ったのは"50"足らずだけど…
「…あと一回できるな」
「アマちゃん。明日に響くよ」
「えぇー」
「せめて先にご飯食べよ。焼けてるし」
それもそうだな。
俺はカンナからネズミ肉のステーキを皿ごと受け取り、フォークを片手に持つ。
もちろん食器類もカンナが木を加工して作った。
だがネズミの肉か…はたして美味いのか。
「頂きます。あむ………!」
おっかなびっくりに肉に齧り付くと、これが思いの外美味い。
ただこの味は香辛料が混じっている気がする。
そういえば道中で見つけた木の実を、カンナは選んで採取してたな。
気づけば、俺はあっという間に完食していた。
「ご馳走様でした…さて、じゃ続きを………」
俺はここで意識を手放した。
「……疑問。カンナ殿、食材に何を?」
「ネムリゴケをフリカケにした」
「理解」
ー
ーー
ーーー
翌日。
俺はハンモックの上で目を覚ました。
…カンナめ。一服盛ったな?
「んんーーー!」
背筋を伸ばして身体の調子を確かめる。
元々疲れはそこまで無かったし、野宿だが快眠だったのは間違いない。
「…まだ暗いな。ステータスオープン」
東の空は僅かに明るくなっている。夜明け前だ。
そしてステータスを確認してみれば、残り"52"だった【MP】は"113"まで回復している。
…少し冷えるな。
「【火遁】」
カンナが加工した木材を焚き火に足して、新しく覚えたスキルで火を入れる。
『ナハト。いるか?』
『肯定』
頭の中で呼び掛けると、暗闇からナハトが戻ってきた。
「寝てる間は見張りしてたのか。悪いな」
「否定。我は主人殿の式神であり、この行為は至極自然なもの。謝意を向ける必要は皆無」
「…じゃあ、ありがとう。助かった」
そう言うとナハトは、照れ隠しするように毛繕いを始めた。
「カンナを起こすのは出発前でいいか。その間にナハト、また色々聴かせてくれ」
「御意」
「今度は…俺たちについてだ」
ー
ーー
ーーー
日が完全に顔を出した頃、眩しかったのかカンナは勝手に起きた。
俺はと言うと、ナハトの話を聞きながら昨日見つけたネズミと同種を見つけ、命を頂いた。
起きたカンナにまた処理を頼み、朝食もその肉で済ませる。
あとは口直しに少量の木の実を食べただけだ。
「アマちゃん、これ」
「今度は……小手か」
手首と手の甲しか守れないサイズだが、これで多少の攻撃を受ける事はできる。
「盾よりは振り回しやすいな」
「でしょー」
新しい装備を左手につけ、ナイフを納めた木の鞘は右腿にぶら下げる。
「今更だが、装備はどうする?」
「………あ、僕の?戦えないし、ひとまず街に行くまでは守って貰いたいな」
「それもだが違う。ナハトに聞く限り、俺らの服装が浮くらしいんだ」
俺たちは互いの服装に視線を向ける。
身体は15歳まで若返っているとナハトは言ったが、服装までもが15歳当時に着ていた服だったのだ。
「コッチに学ランないの?」
「らしい。模様の少ない洋服が一般的で、オシャレをしたい人はその上からスカーフやアクセサリーを付けるらしい」
「学ランとワイシャツはダメ?」
「まずボタンの文化がないらしい。ズボンのチャックもな…まぁチャックは目立たないから大丈夫だろうけど」
「ふーん。てっきり、ウーさんが用意してくれた服だから、大丈夫だと思ってた」
「浮くんだなそれが」
「じゃあ街に着く前に服を作れば良いんだね。任せて」
そう胸を張るカンナには悪いが、やる事はまだある。
それを伝えると、ちょっと面倒くさそうにカンナは笑った。
「それは資金源の確保。ネズミは丸々使って道具にしたが、新たに狩った魔物の素材は、向こうで買い取ってもらう」
「道具にして売っちゃダメ?」
「需要によって値段が変わるし、相場が分からないだろ」
「それはナハトが知ってるんじゃない?」
「肯定。最もそれは日常品などのメジャーな物に限り、商人としての知識は皆無。補足。本来なら秘匿情報である"忍"の情報は、主人殿の【Class】であるため特例」
「僕鍛治師だけど…その情報は無いの?」
「………ウルムデュアル様に代わって謝意」
神様も万能じゃ無いってことね。
願いは叶えて貰ったけど、慌て具合とか年相応の女の子って感じだったし。
「補足。名の売れていない製作者の武具は、相場での売買が困難」
「まぁ、そんなわけで俺は服と資金用に魔物を狩るわけだが、ついでにカンナは武器でも作ったらどうだ?」
「はぁ……考えてみるよ」
「にしても"忍"は珍しいのか。目立ちたいわけじゃ無いから、最初は秘密にしておくか。その場合は問題ある?」
「応答。黙認する事で新たな問題が生まれることはないかと」
「なら秘密にしとくか」
今後の方針を決め終え、俺たちは朝食を済ませてから歩き出した。
相変わらずカンナの体力が保たないので休憩を挟みながらだが……
ただ残り2割の道のりなら、作業しながらでも今日中には着くだろう。
最初はそう思ってた。
「アマちゃーーーん!」
「カンナーーーッ!?」
道中でカンナが巨大な鳥に誘拐されたり。
「…なる………ほど?」
「おバカ!」
カンナが天然の痺れ毒を見つけて試したりしなければ、最も早く着くと思っていた。
「やっと着いたね。疲れた」
「主に心が疲れた」
「ごめん」
俺たちはこの世界に来て初めての国…"エステア"の関所を、今潜った。