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幼馴染が俺を殺しやがった

 俺には一人の幼馴染がいた。名は物部 鉋。

 そいつは自分が興味を持ったもの以外には、とことん無頓着な奴だった。

 それは授業も同様。数学以外の授業を、まともに受けてる姿を見た覚えがない。

 基本居眠りこいて怒られてるのは、親の顔より見た光景だ。いや冗談とかじゃなくて。

 そのくせ、奴は赤点知らずの優れた男。

 そして優れた面を帳消しにできるほどに面倒くさがりで、俺の手を煩わせる奴だった。


 それに比べて俺は、勉強は苦手で身体を動かすのが好きな学生だった。だがプロになれるような才能もなく、卒業後は頼りない頭をフル活用してなんとか平社員として生活費を稼いでいる。


「そんな汗水流して稼いだ額を、お前は何もせずに手にできる。ホント凄いよお前は」


 厳密には違う。奴もちゃんと働いて稼いでいた。

 ただIT系に進んだアイツは、プログラミング言語の初心者向けから上級者向けまでの本をすぐに出版した。

 それがそっち方面の人の御用達になり、定期的な収入になっただけ。


「勝ち組はお前みたいなのを言うんだろうな。なのに…」


 軽い嫌がらせのつもりで、墓跡の前に缶ビールを置く。


「なんで俺より先に逝くんだよ」


 俺には一人の幼馴染がいた。名は物部(ものべ) (かんな)

 先月死んだ。死因は"癌"。面倒くさがりのその性格が原因で、気付けばステージが進み切っていた。


 最近の事なのに、親御さんと一緒に泣きながら激怒したのが遠い昔のように思える。


「お前が消えて俺が残る。ようやく俺離れしたと思ったら………ホントふざけんなよ」


 俺の未来には不安しか今はない。頼りない収入で必死に食いつなぐ生活だ。

 だが奴の未来は違う。目立ちこそしないし有名にもなっていない。それでいて不安を抱えず生きていけそうな基盤のある人生。少なくとも俺の目にはそう映っていた。


「大学で彼女できたんだろ?振ったらしいけど…最近新しい部署に配属されて大役任されたんだろ?何仕事残してんだよ」


 彼女いない歴=年齢で、誰にでも出来る仕事しか待ってない俺。比べてみれば比べるほど、死ぬには惜しく感じる。

 いや…惜しくなくとも、死んでほしくなんかなかった。

 少ない友達との何気ないSNS上でのやり取り。それだけが楽しみだった俺は、幼馴染が死んだ事で楽しみの大半を失ったわけだ。


「お前って実は寂しがり屋だったよな。何も俺には残ってねぇし、ついてってやろうか?お前一人じゃ、ろくな事もないだろうしな」


 周囲に誰もいない霊園の真ん中で、俺は不謹慎な言葉を冗談半分で言った。

 つまり半分は本気だった。それが原因か知らないが…


「え…ホント?……やった〜」


「……うん?」


 背後から死んだはずの幼馴染に抱きつかれたのに気付いたのは、意識が遠退く直前だった。

 無造作に伸びた前髪と数字の3を横にしたような口…俺の肩に乗せられた奴の顔の特徴を、付き合いの長い俺が見間違えるはずなかった。


 ー

 ーー

 ーーー


「………きて」


 声が聞こえる。静かで落ち着きのある声が…

 少し高い、人懐っこそうな声だ。


 その声に反応して目を開けるとそこには美少女……


「……起きた?久しぶりかな。アマちゃん」


 …ではなく、死んだはずの鉋がいた。


「鉋……何が起きた?」


「…もしかして説明を求めてる?この僕に?」


 至極面倒臭そうに言われた。

 その露骨に嫌そうな顔。面倒くさがりな所。本当に鉋だ。


「鉋、お前死んだはずだろ…なんで目の前に……夢じゃないよな!?」


「えっと………私がお教えしましょうか?」


 ここに来て第三者が口を挟む。

 声のする方を見てみれば、そこにはギリシャ神話とかに出てきそうな女神がいた。白いローブを羽織っているが露出のあるエッ……セクシーな出で立ちをしている。

 というか、気付けば知らない場所だ。

 霊園ではなく、大理石を基調とした遺跡の通路みたいだ。


「あなたは?」


「ウルムデュアル。物部 鉋さんの死に干渉する者です」


「死に干渉………アンタが鉋を殺したのか!?」


「違うよアマちゃん。この人は………何か…管理とかしてる……人で…えー」


「……直接聞くから鉋は口を閉じてろ。オニギリみたいな口しやがって」


「なんだと〜」


 緊張感もなく伸びた発音が少し懐かしい。

 もう少し懐かしんでいたいが、今は話をするのが先だな。


「ウルムデュアル、詳しく教えてくれ。アンタが何者で、鉋に何をし、何をさせるつもりなのか」


「質問に応じましょう」


 足にかかったローブの裾を持ってお辞儀してから、ウルムデュアルとか言う人は説明を始めた。


「アマちゃんよく一回で名前覚えたね」


「鉋は静かにしてて」


「私…ウルムデュアルは、ある世界の管理者をしています。管理と言っても、行うのはバランスを取るだけです」


「バランス?」


「人間に関わらず、別世界の生物を移して魔素の量を調整しているのです」


「ここで僕は説明聞くの諦めた〜」


「鉋、わかったから静かに」


 生前と一切変わらない鉋に聞きたいこともあるが、今は我慢して黙らせる。


「続けて。知らない言葉が出ても、ひとまず説明の区切りまで聞きたい」


「わかりました………私の管理する世界は、魔素が少なくなると補充しなければ成り立たない世界なのです。魔素は別世界の生物を移して、世界そのものを刺激することで補充されます。ただ生物なら何でもいいわけではない…そこで選ばれたのが鉋さんだったのです」


「マソってのがわからないが、そのために鉋を殺したのか?」


 展開的には、最近のフィクションでは馴染みのある異世界転生らしい。

 だが今重要なのはそれじゃない。鉋を殺したのかどうかだ。その答えは…


「違います。鉋さんの死はあくまでも事故…および本人の不注意。酷い言い方をするようですが、私は偶然の死を利用したに過ぎません」


「……まぁいい。じゃあ"生物を移して、世界そのものを刺激"って言ってたが、それって向こうの世界で何かしろって事ではないんだな?目的は移すことだけ」


「はい。向こうの世界に行ってもらうだけで、好きに生活なさってください」


「そうか………ん?ちょっと待て。その言い方だと、まるで俺に言ってるように聞こえるんだけど……」


「……実はですね…世界を渡ってもらう代わりに、願いを五つ叶える決まりでして…」


「へぇ。薄々思ってたけど、転生ものの創作小説みたいな事が今起きてんだな。鉋は何を願ったんだ?」


「鉋さんが一つ目に願ったのは"目"です。視界に捉えた物を分析する力」


 鉋は自分で調べるという行為を面倒がっていたな。それがたとえ興味を引く物であってもだ。

 調べなくても、見ただけで欲しい情報が出ないか。と譫言を吐いていたのを、俺は思い出す。


「二つ目は"創作"です。素材を元に武器や物を作る力。素材の加工、形状変化、特性付与、その一通りの力の籠もった創作を鉋さんは願いました」


 昔から物作りは好きだったな。転生先で鍛冶屋を開けそうだな。

 鉋なら欲しがる妥当な願いだと思う。


「三つ目は"魔力"。先程の説明にも出た魔素…それは己の中にも存在し、それを魔力と呼びます。使う事で魔法を使う事ができる力で、鉋さんはその魔力を大量に保有する事を望みました」


 ゲームとかでも聞く"MP"か。

 それがないと魔法が使えないなら、あって困らないな。

 鉋の事だ。物作りの途中で魔力が切れ、作業が中断されるのを嫌っての願いだろう。


「そして四つ目が………その」


 とたんにウルムデュアルが言い淀む。

 しかしその先をちゃんと説明してくれた。申し訳なさそうにだが。


「鉋さんは、アナタに会う事を望みました。天地(あまち)さん」


「俺?」


「できれば一緒に連れて行きたい。でもそれは天地さんが困るから、別れを言いたい。そう願ったのです。それで現世で合わせたら丁度……例のセリフを」


「アマちゃんがついてってやるって言うから、連れて来ちゃったの」


 補足するように言う鉋。

 そうだ、鉋は死んでいるんだ。その鉋に連れてかれるって事は…


「……お前、俺殺した?」


「え………あー、そうなる…のか。そっか」


「そういうとこやぞ鉋。ほんとそういうとこ」


 その後は軽く、鉋を説教した。

 だが不思議と焦りはなかった。本当に自分は死んでも困らなかったらしい。それに気付いて、少し気持ちが下を向く。


「ごめんアマちゃん。ちゃんと確認取るんだった…僕嬉しくってつい」


「いやいいよ。マジで連れてかれたのに驚いただけで、ついて行ってもいいかなと思ったのは事実だ」


「殺されたのに随分と軽い………いえ、話を戻しましょう鉋さん。さぁ…最後の願いを……」


 ウルムデュアルはそう言って両手を広げた。よく見れば全身が薄く発光している。

 俺を連れて行く願いが四つ目なのだから、まだ一つ願いを叶える事ができるのか。


「どうすんだ。食事も面倒で断食するお前は、筋金入りの面倒くさがりだ。優秀な使用人でも頼むか?」


「アマちゃん連れてけなかったら、頼むつもりだった」


 俺は使用人か。


「ごめん!極力甘えないようにするからさ…」


「で、願いはどうすんの?」


 鉋は口元をへの字に曲げ、糸目で元々開いてたか分からない目を閉じて考える。こう見ると鉋、漫画みたいな顔してるな。


「…アマちゃん」


「おう?」


「合意の上とはいえ、僕のわがままで連れてくわけだからさ」


 合意の上かどうかは怪しいが。


「最後の願いはアマちゃんが使ってよ」


「……いいのか?」


「うん」


 鉋は本気のようで、残り一つの願いを叶える貴重な権利を俺にくれた。


「私は構いませんよ。鉋さんの最後の願い…それが天地さんに使われるだけですので」


 流れ的に、俺が新たに五つ願える事はなさそうだな。それなら…


「向こうの世界の常識、情報を俺にくれ」


 そう答えると、ウルムデュアルはキョトンとする。


「鉋さんもですが、高位の能力を望んだりしないのですね」


「別に俺は無双したいわけじゃないからな」


「僕も〜、のびのび生活したいだけ」


 ウルムデュアルは困ったように頭を掻く。


「願いを叶える理由は、向こうの世界で生存する可能性を上げるためなのですが…あなた達の言う生活と私の言う生存は、どうも違うようですね」


 諦めた様子で、ウルムデュアルはまた両手を広げた体勢に戻る。そして薄く光っているだけだったが、その光は俺を包むように強くなる。


「わかりました。汝の願いを叶えましょう。ただ、欲張らない天地さんに少し特典をあげますね。せっかくの願いが勿体無いですし」


 包んでいた光か消えると、見た目は何ともないが身体の何かが変化したのを感じる。


「願いは叶えました。先へ進みましょう。残りは道中でお話しします」


 ー

 ーー

 ーーー


 遺跡を進むと大きな扉のある部屋に着いた。

 その道中で、願いとは別に与えられた最低限の機能について教えてくれた。

 まず名前…向こうの世界に漢字の文化はなく、名前が浮く可能性があるとの事だ。

 ただ俺と鉋…いや、カンナの響き自体は向こうでも問題ないとの事。なので苗字は使わなくなるが、親からもらった名前はそのまま使う事にした。

 俺の名前は変わらず"アマチ"だ


 そして今は…


「ステータスに関しての説明は以上になります」


 ステータスの説明が終わった所だ。


「……カンナさんは大丈夫でしょうか」


「気にしないでください。昔はこんな感じです」


 俺が一緒になったせいか、カンナは説明を聞くだけの集中力を失っていた。

 代わりに俺が全てを把握していた。それがカンナを腐らせる行いだと知って、高校からは俺離れするよう親御さんと共に努力したが……


「苦労してますね。アマチさん」


「いえ。側から見ればそう思われますが、誰かの面倒を見るのは自分の性に合ってるんですよね」


「そうですか………それと、最初の時のように敬語でなくて良いですよ?」


 本人から説明はなかったが、ウルムデュアルは恐らく神的な存在だろう。さりげなく敬語にしたつもりだが、普通に指摘されてしまった。


「では次に…向こうの世界で起こり得る危険について。向こうで付き纏う危険は、主にモンスターによるものだと思います。あなた達が現世と呼ぶ世界の野生動物。雀、野良猫、虫…この世界では、街の外に出ればあのくらいの頻度で魔物と呼ばれるモンスターと遭遇します」


 流石異世界と呼ぶべきか。

 ただ俺は戦闘力よりも常識が必要だと判断した。カンナは自分が欲しい能力を忠実に望んだ。

 その結果、戦うための特殊能力はない。戦えないキャラが二人できたわけだ。

 ウルムデュアルが危惧してるのはそこだろう。


「俺たちは傭兵とかになるつもりはない。向こうの世界でも、戦いとは無縁な職と生活はあるだろ?」


「あるにはありますが、戦えた方が良いに越した事はないです。そちらの世界で言う就職率でしょうか…生活基盤を作るのに必要なお金。それを稼ぐ一般的な職で、就職しやすいのが冒険者なので…」


「危険な世界〜」


「だが俺たちは願いを使い切った。取り消すにしても、俺の要望は変えられない。どうだカンナ?」


「この能力は手放したくないなぁ…」


「………はぁ。ですので」


 ため息を吐いてから、ウルムデュアルは説明を続ける。


「ですので特典を差し上げました。それについて説明しますね」


「お願いします」


「ウーさんお願〜い」


「おいカンナ!」


「フフッ、アマチさんもそう呼んで構いませんよ?」


「遠慮しておきます。ウルムデュアルさん」


 恐れ多いだろ。


「では特典について……その特典とはジョブ適正の事です。ジョブ適正によっては、能力やステータスに補正が入ります。例えばジョブ適正が戦士の方は、戦士にとって重要な【STR】…筋力が成長しやすいと言った感じです」


 ジョブ適正…職業の才能みたいなものか。


「カンナさんは願いの関係上、"鍛治士"にしました。二つ目の願いで得た力が増幅され、ステータスは【STR】と【CON】と【SKI】の三つに補正が入ります」


「イェーイ」


【CON】は体力、スタミナ。【SKI】は器用を指す言葉だ。


「そしてアマチさん。アナタのジョブ適正は"忍"。そして本来なら盗賊から初めてレベルを上げないと体得できないジョブですが、特別に最初から忍をジョブに追加します。【DEX】と【SKI】に補正が入り、隠密系の技能が取得できます」


「忍…忍者?」


 忍は敏捷と器用の両方に補正が入るらしい。だが何故"忍"?

 首を傾げる俺に、ウルムデュアルは意図を告げてくれる。


「私なりに考えました。常識と情報は確かに大切ですが、一度に詰め込むのは脳に負担がかかります。そして情報も、新たな物でないと価値がない」


 それで忍?自分で情報を集めろと言うわけか?


「まずは忍に出来る事を説明しますね。戦闘では一対一を得意とし、魔道士は覚えない特有の魔術を覚えます。その一つに"口寄せ"があります。アマチさん。好きな動物は?」


「え……カラス…かな」


「では口寄せで知能の高いカラスを呼べるようにします。成人男性相応の常識と情報を持っています。更に得た情報を全て記録してくれるカラスです」


 なるほど。そのカラスに負担の掛かる常識や情報を加担してもらい、俺は"忍"として多少の戦闘力が確保されると…いずれ自分が常識を身につけた後も、記録要員としての役割を振れる仲間か。


「少しワクワクしてくるな」


「ねー」


「説明は以上です。質問が無ければ、この扉の向こうへ進んでください。潜ると転生が完了します」


 部屋にあった扉は、声に反応するように開かれた。

 その先は光っていて見えない。


「この先はどこに…」


「よーし!行くぞー!」


「カンナ!?」


 ウルムデュアルに質問するより早く、カンナは扉の先へ走り出す。

 俺は慌てて、追いかける形で扉を潜った。


「カラスに追加情報を与えます!質問はその子に!」


 彼女も慌てたのか、背後からは大声でそう告げてくれる。

 そうして俺たちの第二の人生が始まった。


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