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マリア戦記 ~タンネンベルクの戦い~

作者: Maria Brunhilde

この作品に興味を持っていただきありがとうございます。今後、イラストも添付していきたいと思いますので、そちらも楽しんでいただければ幸いです。

 ここはドイツ騎士団国の首都マルボルク。ノガット川沿いの広大な面積を持つゴシック様式の赤レンガの城塞が遠くからでもその威容を誇る。今、朝に行われるミサが終わったようで、修道院内のあちこちを修道服に剣を帯びた者たちが行き交っている。その中に修道女の服に身を包んだ者の姿が見える。


挿絵(By みてみん)


その後ろから男が近寄り声をかけてきた。


「よう、マリア。昨日の槍試合見たぜ。また、優勝か。すげえな。これで何度目だ?」


その声に反応して修道女は振り返る。小柄で澄んだ青い瞳をしており、ベールを被っているためはっきりとはわからないが、年の頃はまだ十七、八といったところか。       


「おはよう、カール。もうその話はいいわ。私は亡き父の代わりに出ているようなものだから。それに元々戦うことは好きじゃないの」

 

そう素っ気なく言うと再び踵を返し歩き出す。父バルテルはマリアが十一歳の時にジャマイティヤ蜂起の鎮圧に赴きそこで戦死した。ジャマイティア蜂起とは、ドイツ騎士団の支配を嫌ったジャマイティヤ人が、宿敵ポーランド・リトアニア連合の支援を受けて立ち上がった反乱で一度は鎮圧されている。バルテルはドイツ騎士団の原形といわれる、聖地巡礼者を保護する病院を創設したドイツ人夫妻の血筋の者らしく、敬虔なキリスト教の修道士であった。その他にも馬上試合を行えば一度も負けたことがないほどの槍の達人として名を馳せていた。マリアの願いもあって、父は幼少時より彼女に武芸を仕込んでくれた。おかげで今では父に代わるほどの存在となっている。そのため、マリアは女ながらに総長よりナイトの称号を授けられ、騎士団の一員として修道と軍役に忙しい日々を送っていた。


挿絵(By みてみん)


 ドイツ騎士団は、元々十字軍によって聖地エルサレムに土地を持っていたドイツ貴族が、その領土を守ろうとして、現地の病院に土地や財産を寄進して武装化させたのがその始まりである。その後、ローマ教皇や神聖ローマ皇帝によってプロイセン地方の領有を認められ、そこを拠点にして領土を拡大していく。今では現在のバルト三国とポーランド北部にまたがる広大な地域を支配するまでに至っていた。


 マリアはリトア二ア領のサマイテンという反乱を起こしたジャマイティア人が住む地域で生まれた。彼女が五歳の時、この地を併合したドイツ騎士団によって家族を殺され、身寄りを無くした彼女はバルテルによって引き取られた。マリアは当初、自分の家族を奪った騎士団を憎悪した。実際、隙を見てバルテルを殺そうとしたこともあったが、彼はそんな彼女を許し実の娘のように育ててくれた。それでもマリアの憎しみが完全に消えることは無かったが、年を重ねるごとに幼い頃にはわからなかったことも徐々に見えるようになってきた。そしてある時、彼の敵は外にでは無く内にいたのだと理解する。


 この頃の騎士団内部はかなり堕落が進んでいて、行き場のない下級貴族の寄り合いとなっており、中には文字すらまともに読めない者もいた。彼らは騎士の立場を利用して行政や法律を自分たちに都合のよいようにねじ曲げたり、農村に侵入して農家の娘を襲うなどの狼藉をたびたび働いた。だが、当時の国家財政は穀物の輸出や農民からの地代収入などによって潤っていたため、こうした問題が表に出ることはなかった。父バルテルは修道士としての原点に戻り、騎士として恥じぬ振る舞いをするよう、総長をはじめ他の騎士たちにも説いて回ったが、彼らの行いは改善されず、次第に領民の心は離れていった。そういった事情もあり、繁栄の裏で確実に衰退の兆しが見えはじめていた。


 数年前には敵対国リトアニアが隣国ポーランドと合体し、さらにキリスト教に改宗した。これには当時の騎士団総長のコンラートも焦りを覚えた。というのもドイツ騎士団は聖戦の名の下、異教徒をキリスト教に改宗させるために戦うことが、設立当初からの義務であり存在意義でもあったのだ。この時、ドイツ騎士団国の周囲はすべてキリスト教国家となり、戦う大義名分がなくなってしまったのである。同時にそれは敵対的大国が目の前に出現したことをも意味する。そのため、これに危機感を覚えた現総長のウルリッヒは戦争に備えて軍隊を大幅に拡充していった。今、マルボルク城内では来たるべき日のために着々と準備がそこかしこで進められている。


 カールは前を歩くマリアに並んで言った。


「それにしても最近、城内がピリピリしてるよな。これは近いうちにきっと大いくさが起きるだろうぜ」


マリアは無言でうなずく。そう……今、鎮圧したはずのサマイテン地方で 再びジャマイティア人による反乱が起こっているのだ。その背後でポーランド・リトアニア王国が糸を引いていると聞く。もはや彼らとの衝突は時間の問題だろう。しばらくカールと隣り合って話をしながら歩いていると、前方にマリアの住居が見えてきた。


 そこは退役した騎士が住む終の住み処でもある。本来ならば騎士たちは厳しい規律のもと、城での共同生活を強いられるのだが、マリアは女性であることを理由にここの一室が与えられている。カールに別れを告げて部屋に入ると中はとても暖かい。それはスチームバスから出る蒸気のためである。ここマルボルク城では最新の暖房設備が備えつけられているため、寒い冬でも室内はとても快適であった。

 

 マリアはスチームバスで身を清めると、鎧に剣を帯びた騎士の姿となり、その上から徽章が縫い付けられたマントを羽織る。騎士団創設時に教皇より授けられた黒十字の徽章がその存在感を放つ。支度を整えて、早速、城へと向かった。今日は総長自ら重大な話があるという。この城は下城、中城、高城に分かれており、マリアは中城にある大食堂へと向かう。彼女が到着した時には、すでに多くの騎士が所狭しと総長の到着を待ちかねていた。しばらくすると立派な甲冑に身を包んだ壮年の男が左右に部下を引き連れて現れた。第26代ドイツ騎士団総長ウルリッヒ・フォン・ユンギンゲンである。同時に全員が直立不動の姿勢をとり彼に敬意を表す。彼は台座に上がりこちらに向き直る。その表情からはいつもとは違う強い決意が感じとれた。彼はサマイテン地方の反乱を積極的に支援する、ポーランド・リトアニア王国に最後通牒を発し、もし彼らがこれ以上の干渉を繰り返すのであれば、ただちに宣戦布告をすると語った。それを聞いた騎士たちは興奮した面持ちで拍手をしたり、腕を振り上げて雄叫びをあげたりと、皆一様に異論は無いといった様子である。そんな中マリアの心境は複雑だった。彼女は故郷でもあるリトアニアと戦争になることは正直望まなかった。そして、堕落しているとはいえ総長以下すべての騎士が、今日まで彼女に対し本当の家族のように接し、騎士団員として受け入れてくれたことにも恩を感じていた。だからこそ両国がともに共存し共栄する道はないのか…と考えずにはいられなかった。


挿絵(By みてみん)


 そんなマリアの願いもむなしく、数ヶ月後、総長ウルリッヒはポーランド・リトアニア王国に対し宣戦を布告する。戦いはポーランド・リトアニア王国軍(以下ポ・リ軍)が国境を越えてドイツ騎士団国の首都マルボルクを目指して侵攻したことにより始まる。


 これに対してドイツ騎士団はマルボルク南方にあるドレヴェンツ川沿いに防衛線を張り、渡河するポ・リ軍に攻撃を仕掛けるつもりであったが、ポ・リ軍はその危険を回避するために川を迂回し始めた。それを見た総長ウルリッヒは迎撃するために川を渡って追撃を開始し、グルンヴァルト村付近でポ・リ軍を捕捉した。


 こうして1410年7月15日に中世最大級といわれるタンネンベルクの戦いの幕が切っておとされた。兵力はドイツ騎士団二万二千、対するポ・リ軍三万三千で、当初、互いに相手の出方がわからず膠着状態が続く。しびれを切らせた総長ウルリッヒは、ポーランド国王ヴワディスワフ二世とリトアニア大公ヴィータウタスに抜き身の剣を送りつけ、勇気があるならこの剣で向かって来いと挑発した。周囲がいきり立つ中、ヴワディスワフ二世は冷静に対応し使者を送り返した。


 その後、戦闘はリトアニア軍がドイツ騎士団の左翼を攻撃する形で始まり激しい戦闘が繰り広げられる。マリアは騎兵として左翼にいたためこの戦いの渦中にいた。彼女は得意の槍を右に突き、左に払い獅子奮迅の働きをする。


挿絵(By みてみん)


その活躍もあってかリトアニア軍は崩れだし総退却を始める。一隊はリトアニア軍の追撃にかかり、マリアを含むもう一隊で今度はポーランド軍に襲いかかる。すでに右翼では一進一退の戦いが繰り広げられており、ポーランド国王はこの動きに対し予備兵力を投入して防御を固めるも、騎士団の猛攻を防ぎきることができず、ついには彼の本営にもドイツ騎士がなだれこんできた。


 その時、一人の男がドイツ騎士たちの前に立ちはだかった。それは一瞬の出来事だった。次の瞬間には、攻め込んできた騎士たちは全員倒されて朱けに染まっていた。マリアはその光景を目にしていた。


(あれは、まさか……)


 彼女は戦慄を覚える。その男は黒い立派な馬にまたがって、見事な装飾が施された槍を携えていた。全身も黒い甲冑に覆われており、何より彼の内から見る者を畏怖させる圧倒的なオーラが発せられていた。間違いない、あれは当代随一といわれる槍の達人、黒騎士ザヴィシャ!その武名はヨーロッパ全土で知れ渡っており、マリアもその噂を聞いて一度手合わせしてみたいと願っていた。今、その男が目の前にいる。彼は槍をしごいて突撃を開始した。瞬く間に味方の騎士たちが次々と討ち取られてゆく。それを見て一度は瓦解しかかったポーランド軍は息を吹き返し、反撃に移った。マリアはこの流れを断ち切ろうとして、周囲のポーランド兵を蹴散らしながら、単身、ザヴィシャに向かっていった。彼もマリアの存在に気づき彼女の方へと真っ直ぐに馬を進める。


 互いの距離が縮まり同時に槍を突き出す。すれ違いざまに


(重い!)


それが初めて槍を交わして感じた印象だった。危うく喉を貫かれそうになったが、紙一重でその一撃をかわす。ザヴィシャは馬を返し再び攻撃を仕掛けてきた。マリアも負けじと彼との打ち合いに臨む。それにしても何というパワーだ。加えて針の穴を通すほどの正確無比な攻撃を繰り出してくる。さすがに騎士の中の騎士と言われるだけのことはある。このままだとやられる。マリアは一計を案じ、横に動きながら彼のプレッシャーをさばきつつ、タイミングを見計らい身につけていたマントを脱ぎ、それを彼に向かって投げつけた。一瞬、ザヴィシャの視界が遮られる。マリアは渾身の力を込めて槍を突き出す。確かな手応えがあった。彼女の槍はザヴィシャの右肩に深々と突き刺さっていた。が、彼の槍もマリアの脇腹を貫いていた。マリアはザヴィシャの槍を掴むと同時に、自らの槍を引き抜きトドメをさそうとする。


 その時、後方から味方の叫び声が聞こえてきた。


「リトアニア軍が来たぞ!」と


(バカな!奴らはついさっき完膚無きまでに打ちのめしたはず……)


マリアは自らの戦いを忘れて声のする方に目をやると、そこにはどこから現れたのかリトアニア兵の姿で埋め尽くされていた。さらにそこで複数の敵を相手に奮戦しているカールの姿も見える。


(戻らないと……ううっ)


激痛がマリアを現実に引き戻す。彼女の体から槍が引き抜かれたためだ。


(そうだった。今、私は黒騎士ザヴィシャと戦っていたのだった……やられる!)


顔を前に向けるとザヴィシャと目が合う。すると彼は槍を下ろし、首を少し横に振って自らの思いを伝える。行け!と……彼にはもうわかっているのだ。すでにこの戦いの趨勢が決したことが……マリアは彼に一礼をし、馬を返して後方で苦戦している仲間の元へと駆けつける。


 今や完全に左翼は包囲され仲間の騎士たちが次々と戦死していく中、マリアは敵の攻撃をしのぎながら、周囲に目をやる。


(総長……総長はどこ?早く助け出さないと……)


確かに彼もこの包囲網の中にいるはずだ。しかし、乱戦の中でその位置が全く把握できない。マリアは何とかカールの元へとたどり着き、包囲を突破しようと薄れゆく意識の中で必死に血路を切り開く。彼女が最後に覚えているのは、包囲を突破し生き残った少数の味方とともに戦場から離脱したという記憶であった。


 この戦いはポーランド・リトアニア王国の完全な勝利に終わり、総長ウルリッヒは戦死した。ドイツ騎士団国は多額の賠償金の支払いや領土の割譲などによって、これ以降急速に衰退の一途をたどっていく。しかしながら、マリアの活躍もあり、敗走しながらも少数ではあるが左翼にいた騎士団員は全滅をまぬがれ、その後も戦い続けることができた。そして、この戦いを最後にマリアは忽然と姿を消し、その消息を知る者は誰もいなかったという。

最後までお読みいただきまして誠にありがとうございます。最後に作品の感想や評価などいただけますと大変励みになりますので宜しくお願い致します。

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