第15話 ゴースト。
まだまだ続きます。
ガサガサと茂みからなにかが迫ってくる。この暗闇の中、その音は皆の恐怖心を煽る。
「何か来るぞ! みんな警戒しろ!」
「誰だ! 俺の睡眠妨害する奴は!」
全員が身構えて、体制を整えた。
「ニィ! ニィニィ!」
それはあまりにも小さな訪問者だった。黄色い虎模様の小さな子猫の様ないきものが現れて俺に頬擦りしている。モンスターなのだろうか。俺には虎柄の仔猫にしか見えない。
スリスリと頬擦りする姿が愛くるしい。
「なんだ。仔猫か。ふふ! やめろよ。くすぐったい!」
「これは魔物の子供か?」
グリーズも知らないようだ。
「赤ちゃんだとなんの魔物なのかわからないわね。それにしてもかわいい子ね!」
その後、みんなで何度も引き離しても俺に付いてくるので仕方なく親が見つかるまで俺が保護してやることになった。
仮の名だが"ネロ"と名付けた。この子は男の子だったようだ。
そして交代で見張りをしながら皆仮眠をとっていた。見張り役はアマンダ。
俺はあまり寝付けず目を瞑り横になっていた。こんな樹海の真ん中で熟睡など出来るものか。
見張りが居たとしてもこんな場所では落ち着いて寝られない。何故ならば、すぐ横のグリーズのいびきがうるさい。
しばらく横になっていると俺の顔の前にフッと冷たい息のようなものを吹き掛けられた気がした。
「なんだ!?」
俺は驚いて飛び起きる。他の皆は静かに寝ていた。
「キャーーッ! 出たーーー!」
アマンダが俺の肩の後ろに急いで隠れた。
「どうしたんだ? 何があった!」
「うぅぅ。で、出た! 周りにゴーストが居る……!」
俺は大声で皆を叩き起こした。
「みんな起きろ! ゴーストが近くに居るぞぉー!!」
《アマンダに『お前を守ってやる! 僕の胸に飛び込んでおいで!』と言うんだ。そうしたらお前は英雄だ》
(そんな事やれるかアホーー!!)
「何があった!?」
「ピノ! アマンダがゴーストを見たそうだ。すぐ近くに居るぞ!」
「何だと!!!」
「ゴーストが出たのね、任せて! …強化魔法・看破!」
リリナの魔法により、辺り一帯の空気に光の粒子が帯びてキラキラと舞いだす。
暫くすると茶色いボロ布を被り、人の頭から両腕を生やした奇妙な浮遊物体が6体も姿を露にした。
その風貌はまさに幽霊。蒼白く血の気の無い顔と宙に浮いている2本の腕。気持ちが悪い。
「う……ううう……うーー」
アマンダは泣きながらグリーズの腕を掴み、そばに寄る。
「…能力解析魔法!
幽霊
脅威度(C)
(アンデッド族)
魔物進化ランク(2)
攻撃意思:高
彼らの攻撃意思はかなり高いわ。危険よ!!」
「全力で殲滅しろ! 完全に囲まれているぞ! シンは神聖魔法でゴーストを仕留めてくれ。リリナは後方支援。 グリーズはアマンダを守れ!」
ピノが指示を出し、皆が頷く。声を聞くにかなり緊急事態なのかもしれない。
だが奴等の方が早かった。前に居るゴースト3体が一斉に魔法を詠唱しはじめたのだ。
「即死魔法が飛んでくるぞ! 防げ! ‥大火炎!」
ピノは炎系魔法で3体のうち1体を仕留めた。
「詠唱速度なら負けねえ! …聖葬円陣!」
「なんて早い詠唱だ……。シン、凄いぞ……!」
バニッシュの光が2体のゴーストを包む。これで即死魔法を回避出来る筈だ。だがここで不測の事態が起こる。
バニッシュを食らった2体のうち1体がバニッシュを抵抗しやがったんだ。こんなタイミングで何故だ。やはり不完全なのか……?
そんな焦る俺たちを無視するかのようにゴーストはリリナの方を向いて口を開いた。
「…………暗魔法・死ノ言葉」
「くそ。まずい! 俺の魔法を耐えやがった」
「リリナ!! グリーズ!! 頼む!!」
ピノが必死に叫ぶ。
「ごめんねみんな。……あたし、もう……」
だがその時だった。なんとグリーズがリリナの前に立ちはだかり、身代わりとなったのだ。
グリーズには魔法が効かなかったようだ。
「グリーズ!!! 流石だ!!!」
ピノはホッとしている。
「暗魔法を使って良いのはアンデッドじゃない。黒騎士だ!! …魂奪取」
グリーズの魔法でリリナを狙うゴーストは消滅した。一瞬の出来事である。
「あ、あたし助かったのね・・」
「よくやったグリーズ!‥大火炎!」
ピノの魔法でゴーストの残党が燃え上がり消滅した。残り2体だ。
だが残りの2体がグリーズの方を向いて即死魔法を詠唱しだした。
「遅い…。昔から学ばんのかゴースト共…暗魔法・魂死の舞踏」
グリーズの魔法を食らったゴースト2体は楽しそうに躍り、狂うようにして倒れ消滅した。なんて恐ろしい魔法だ。敵でなくて良かった・・。
「……。アマンダ、大丈夫か?」
グリーズがアマンダの肩に手を当てて心配している。
「う……うん……」
「リリナ、本当にすまなかった。俺のせいでリリナを失うところだった」
「いいのよ。デ・スを抵抗出来るかは心の意思の強さに依るの。もしかしたらレジスト出来たかもしれないし。グリーズは特性で100%レジスト出来るお陰で助かったわ。気にしないで。シン君!」
「みんなわりぃ…。あたし……いや、俺はなにも出来なかった……。クソ……ゴーストなんか・・ゴーストなんか!」
「……お前が受けた幼少期の傷はなかなか克服出来るものじゃない。結果的にみんな無事なんだ。気にするなアマンダ。皆、反省会は樹海を抜けた後だ」
「みんなグリーズの言う通りだ。街に着くまでは嘆いてられない。僕達の居る場所はまだ大樹海の中間地点。反省会はその後だ!」
「ニィー! ニィニィー!!!」
「この子もそうだと言ってるわ! 頑張りましょ!」
「「「ははは」」」
皆が笑顔になった。
その後、幾度も戦闘になったが全員無事に勝利し、一週間かけてメイガス大樹海を踏破した。ピノとグリーズの魔法のカリスマ性には驚いた。
ピノは詠唱がとても早くて狙いも安定してブレない。かなりの熟練者かもしれない。それにまだ全然本気を出していないようにも見えた。
グリーズは暗魔法と悪魔魔法を駆使して敵を一網打尽にしていた。本当に頼もしい存在だと思う。
だが一方でネロの親は見つからず、樹海の出口付近に置いてきた。……のだが、大泣きしながら幾度と付いてくる。いくら剥がそうにも俺から離れようとしないのだ。でも……かわいい。
仕方ないので俺の鞄の中に入って貰うことにした。
ピノが何かを見つけたようだ。
「みんな、入国審査所だ! あそこをくぐれば神聖魔国ルメリアの入口さ!」
俺たちはピノを先頭に審査所を通る。審査といっても身分証を見せるだけだ。だが持ち物を検査される。まるで空港だな。ちなみに俺は最後尾だ。
門番兵から1人ずつ審査を受け、全員無事クリアした。そう、俺以外は。
門番兵は俺の前で手を開き制止のポーズをとっている。
しかもみんな振り返りもせずどんどん先へ歩いていきやがる! 俺は叫んだ!
「お、ちょまてよっ!」
やっとみんな止まりやがった! まじで助けてくれーー!
「貴様! その小さな生物はモンスターではないのか!?」
「この子はネロと言います! 正ぢ…"正銘"、俺のペットです! ほら、猫ですよ! ご存知無いのですか!?」
「何? ネコさんだと?」
まずい…緊張して台詞を噛んだ。しかもこの世界には猫が居ないのか? この男、ネコにさん付けまでして気難しそうな顔している。
「なーんだ! 君のペット、"証明"審査をクリアしてるのか?
なら早く言ってくれたまえ。ペット証明審査協会会長のネコ・ブラウンさんの許可が有れば問題無い。
通って良おーーし! おっと。入国許可章を渡すのを忘れていた。あとこれはペット入国許可章な!」
ええーー! そんなすんなり!? ペットなんちゃら会長の名前がネコって……。まあでも通れたしラッキー! こいつなついててかわいいしほんとにペットにしようかな。
「なんか手こずってたようだけど大丈夫だったのか?」
「よく言うぜ! 門兵にネロの事で絡まれたんだよアマンダ。正真正銘俺のペットです。ほら、猫です! って言ったら会長がどうこう言って、通してくれた! ラッキー!」
「僕も聞いた事がある。それはルメリアのペット証明審査協会のネコ会長の事だろう。よくそんな嘘がまかり通るもんだ。シン、君はラッキーだな!」
「だろ? ははは…!」
はは…嘘じゃないのにぃ。でも説明も面倒だし嘘でいっか!
-----神聖魔国ルメリア・教会区-----
神聖魔国ルメリアは大きく分けて5つの区に分けられていた。
教会区…この国の教祖の本拠地。大教会や大聖堂がある街。今回俺たちの目的はここだ。
王政区…政治の中枢の街。
軍本部区…ルメリア神聖魔軍の本部がある街。
民間居住区…一般国民の大半はここに住む。商店街、教会、学校等なんでもある。民間居住区は国の至るところにあるがまとめて1つの区らしい。
未開拓区…まだ開拓されていない山地や森林などの土地は何処でもこう呼ばれている。
その日は教会区に到着して直ぐに宿に入った。
アマンダはシャワーを浴びに行ってるようだ。
俺はピノにある疑問を投げ掛けた。
「なあ、ピノ。その……アマンダはゴーストに対してなんであそこまで怯えていたんだ? 確かに初めて見た時は俺もビックリしたけどさ。気味が悪いなとしか思わなかった」
「アマンダはいずれ君に言うと言っていたが、あの子は6歳の頃ゴーストの群れに自分の両親や、親戚、祖父母、親しい友人を目の前で殺された。
アマンダの6歳の誕生日のお祝いをしている時に悲劇が起こったそうだ。
当時グリーズがたまたま近くの宿に泊まっていて悲鳴を聞きつけ彼女を助けたそうだ」
「そうだったのか……」
グリーズが口を開く。
「その場に着いた時には既に20名程のご遺体がアマンダを囲んでいたのだ。皆完全に死んでいた。
アマンダはゴースト達の妬み憎しみの標的となり苦しめられたのだ。私はゴーストどもを始末し、保護した。
三日三晩彼女は泣いていた。事件後その町では誕生日を祝う行事を一切禁止としたのだ」
そう言う事だったのか。頭の中でトモが泣いている気がした。気のせいだろうか。
「それでアマンダは心に傷を負っているんだな。聞いているだけでも本当に心が痛む・・・・」
「そうね……。アマンダは本当に大変な思いをしてなんとかここまで成長出来たのよね」
ガチャ……とドアが開いた。
「そしてその少女は里親グリーズに育て上げられ、乙女心を持ちつつも隠し、女を捨て立派な武闘家として育て上げられたのだった!!」
「「「アマンダ!!」」」
皆は驚いた。いつの間に聞かれていたのか。
「アマンダ、聞いていたのか。すまない。そんな過去が有るとは知らなかった」
「シン。その話は全然大丈夫だ。わざと自虐にしてまで克服しているし。……ただゴーストだけはほんとに苦手なんだよ。あいつを見ただけで心が壊れそう……」
《シン。ちょっと身体借りるぞ?》
ん!? ゴニョゴニョ……!?!? トモーー!?
「安心しろアマンダ! ゴーストは俺が全部ぶっ倒す!
この国で神聖魔法に磨きをかければ前みたいなヘマしない! ゴーストは俺に任せてくれよ! 俺がお前を絶対に守ってやる! 俺の大事なアマンダには指一本触れさせない!」
(おいトモ。お前。俺の口を……操りやがったな!)
《すまんな!男には、か弱い女性を守る義務があるんだ》
(俺の口返せよ、ったく! 本業ナンパ野郎め!)
「俺のアマンダ……。あ、ああ……! サンキュー! 悔しいが暫くはそうさせてもらうよ。その……シン。なんかしゃべり方変わったか? いや気のせいか?」
「アア、トモ 二 アヤツラレタンダ!」
(おいトモ! よくわからんがうまく口がハマってねえ)
《ははは! 引っ掛かったなーー! ぐわはは!》
(お前!! 俺身体で勝手に遊ぶなって!)
「ぷぷっ。シン君。なんかしゃべり方可笑しいわ!」
「トモがいじりやがったんだよーー!」
少し嬉しそうにアマンダが近づいてきた。
「あ、あの、さっきはありがとう……」
「あ、ああ。とりあえずゴーストは俺たちに任せてくれって!」
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「さて、明日からの予定だが教会区の大教会にて神聖魔法を学びに通う事になるだろう。
予定期間は2週間。これより過ぎた場合、習得の有無に関わらず撤収する。
尚、参加は僕、リリナ、シンだ。グリーズとアマンダは自由行動で構わない。だが2週間以内にはこの宿には帰ってきてくれ。みんな頼んだ!」
神聖魔法を本気で習いにこの国に来た俺たち。ここで神聖魔法を極めいずれは死神を倒す! という野望を胸に俺は神聖魔法に励む。
次回タツの場面に移ります。
次回。魔法戦士軍ドラゴン・ウォーリアー。