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第2話:居場所を求めて

 


 頭が……痛い……。

 目が覚めてはじめに思った感想がこれだ。辺りを見ようとしたが、既に太陽は沈み、辺りは真っ暗闇で何も見えない。

 ああ、そういえば此処は校舎裏だったな。道理で灯りがないと思った。


「クロ……」


 こんな灯りのない夜の中で、黒猫であるクロの遺体が見つかるはずもない。まるで、クロがこの深い闇に溶けて消えてしまったかのようだ。

 本当に……何も無い。



 分かってる。考えるだけ無駄な事だ。最早手遅れで、クロが帰ってくることなんて……あり得ないのだから。


 そんな事……俺が一番、分かってる筈なのに……











 なんで涙が、止まらねえんだ……


「うっ……ぐぅ……あぁ……! ああぁあ!」


 虐げられた可哀想な動物に精一杯同情して、精一杯怒り狂って、結局何も出来なかった。


 クロ……俺の唯一の友達……どうか、どうか、こんな情けない俺を、許してくれ……!






 第2話:居場所を求めて






 あれからどのくらい、ここで項垂れていたのだろうか。


 数分?

 数時間?


 ……どうでもいいか


 ついさっき雨に降られて、漸く項垂れていても意味がないことに気付いた。でも、だからって、じゃあ俺は何をすればいい?

 もう分からねえよ。何も見えない。


 ああそうか。

 何も見えないなら、何も出来ないなら……







 ……死んじまえばいいんだ。

 こんな世の中、生きてて何になる。いや、むしろ生きてるだけで誰かを不快にさせるなら、尚更俺は、死ぬべきなのかもしれない。


 生きる意味も、魂の価値も無い俺は、さっさと死ぬべきだった。




 少し歩いて落ち着こう。

 いくら抑えてもフツフツと湧いて出てくる、このどうしようもない怒りを、完全に抑え切るために。


「クロ……」


 街灯の眩い光が俺を攻め立てているように感じられて、あまりの心細さに思わず声が出る。


「寒い……」


 蕭々と降る雨の、その冷たさに、現実を叩きつけられているような気がして……悔しかった。




 ☆★☆★☆




「ただいま……帰りました」


 いつもの数倍は重く感じる玄関の扉を開けながら、俺は小さく声を出した。いや、無意識の内に出ていた。クロが死んで悲しい筈なのに、染み付いた癖はなかなか消えてくれない。

 こんな自分が嫌になって、腹が立ってしょうがない。俯いて歩いていると、ふと声をかけられた。


「おや? 奇遇ですね、五輝君」


 ズキリと、頭痛の鋭さが増した気がした。


「あなたは……」


 俺の目の前に、白衣を着こなす壮年の男性がいた。

 旧くからの父の友人で、精神科の医者、名前は確か、篠原(しのはら)……だったか?


 こんな俺に声をかけてくれる優しい人……と言うわけではない。

 俺には分かる。この人は心の奥底で俺を見下してる。卑屈だとか偏見だとか、きっとそんなものではない。ずっと誰かの顔を伺って生きてきたんだ。だから分かる。この人の顔は、俺を痛めつける兄弟たちと同じ顔。

 信用なんて、してはいけない。


「ボロボロではないですか! 一体どうしたと言うのです?」


 試しに、正直に話してみよう。


「……喧嘩しました」


「……それはそれは。ちゃんと相手に謝ったのですか? 私達は人間。なにかいけない事をしてしまうのは稀にあることです。それは仕方のないこと。しかし、その次に謝るか謝らないかでその後の全てが変わるのですよ?」


「俺はなにもしてません!」


「正直に話してください……。誰でも、そう、貴方でも出来ることでしょう?」


 ほらこれだ。なんの事情も聞かず、俺が悪いと決めつけてやがる。

 そもそも、この人はどっちもどっち、喧嘩両成敗なんて考える人ではない。合理的に、どちらが悪いかを決めて謝罪を促す。今まで何度も兄弟と俺を心の天秤で測り、今まで何度も俺を“軽い方だ”と判断したくらいだからな。


「それとも、また下らない兄弟喧嘩ですか」


 下らない……?

 違う……!


「あいつらは、なんの罪もない捨て猫を殺したんですよ!?」


「……」


 そ、そうだ!


「篠原さん! 花木……俺の専属の使用人は今どこに……!?」


「さあ? 私に頼らず、自分で探せばいいでしょうに。これだからボンボンは……」


「……あの、今何か言いました?」


「いいえ? 気のせいでは?」


 なんて言ったのかは分からなかったが、どうせろくなことではない。

 ……まあいい。今はあの女に事情を問い詰めないと……!


「痛っ!」


 頭痛が酷い……なんだよこれ!?

 足を踏み出す度に、痛みが俺の頭に突き刺さるように増していく。

 これは無理だ。花木を探すのはやめて、少し休もう。あぁ、宿題と明日の予習復習をしなくては……

 それに、あの人の扱きもまだだ。


 物置部屋には絶対に戻りたくない……。

 だからって、寝る場所はそこ以外に無い……。



 

 あぁ、死にたい。このクソみたいな家からとっとと逃げ去って死にたい。


 みんながみんな、俺に嫌な感情を向けてくる。まるで害虫でも見ているかのような、そんな感情を。

 俺に近づいてくれるのは、そう言った差別のない動物だけだった。


 そうだ、人のいない場所へ行こう。誰も俺を傷つけない、そんな楽園へ。


 なんで今まで気付かなかったんだろう。人は俺を嫌い、拒み、そして暴力を振るった。なら、人のいない場所へ行けば良い。幸い、過去の大戦のお陰で、人が離れた地域もごまんとある。


 そんな場所で、俺は一人で朽ち果てよう……!

 何処か遠く、美しい自然に囲まれた場所で、歌でも歌いながら……



「何処へ行く気じゃ? のう……五輝よ?」


「お爺……様……!」


 何でこんな所に……

 扱きの時以外はいつも家の奥の方にいるのに……!


 今日に限って……!


「ぬ?先程まで、篠原君がいたはずじゃが……」


「篠原さんなら……玄関の近くに……あれ?」


 い、いない。もう帰ったのか?

 あの人は何をしにここへ……


「帰ってしもうたか。なんと嘆かわしい事よな、五輝よ。客一人もてなすことが出来ぬとは……」


「え、で、でも……!」


 そんなの、理不尽だ!

 何も知らされてないのに行動できるわけないだろ!?

 なんのルール説明もなしで初めての事が出来る人がこの世にいるわけがない!


「黙れ! 弱者の言い訳など聞きとう無いわい! この儂直々に槍術を教えてやっておると言うのに、いつになったら貴様は一人前になる!? この無能めが!」


 教えて欲しいなんて言ってない!

 元はと言えば、勝手にそっちがやり始めたことじゃないか!


「……申し訳……ありません」


 なんて言える訳がない。だって、だって怖くて仕方がないんだ……!

 体に刷り込まれてる。

 この人には逆らうなと、幼い頃からずっと続く特訓と言う名の暴力によって、俺はこの人が怖くてたまらなくなった。



「フン! よくよく見ればお主、泥だらけではないか! その無様な格好はどうした!」


「これは……」


 頭が痛い……

 考えが纏まらない……!

 くそッ!

 なんなんだよこの頭痛は!


「情けない……情けないぞ! もう我慢ならん! 貴様にこの家にいる資格は無い!」


「!」


 いま、なんて?


「物覚えも悪い、体力も才能もない、更にはなんの超能力もない! 貴様は勘当じゃ!」


 そ、そんなの……





「……願っても、無いことだ」


 前言撤回だ。てっきり、出ていくなど許さん、的な事を言われるのかと思っていたが、まさかあっちから出て行けと言われるなんて思いもしなかった。

 これは多分チャンスだ。ここでほんの少しの勇気を出して反抗すれば、きっとここから逃げられる!


「なぬ?」


 言え、言ってしまえ!

 正直怖くて仕方ないが、それでもなんだか行けそうな気がした。


「……こんな家、こっちから出て行ってやる!」


 そう言って俺は、ズタズタに切り裂かれた俺の鞄を床に叩きつけた。

 その次の瞬間、俺は杖で顎を殴られていた。その衝撃で、そのまま床に倒れこむ。


「なんじゃその態度は……」


「あ、ぐぅ……あ?」


 頭の痛みが、何故か引いた。ほんの少しだけど、その分だけ勇気が湧く。なんだか、目の前の老人が大したことのない存在のように思えてきた。


「今のも避けられん軟弱者が、よくぞそんな生意気な態度を取れたものよ……! 五輝、覚悟はできておるな?」


 うるせえ……

 旧時代的思考の老害が……!


「糞爺!!」


「ぬ?」


 飛び起きて、その勢いで鼻っ柱目掛けて拳を振り上げる。手加減はしない。詩音の話では、能力者の体はとてつもなく頑丈。人間の急所でも突かない限り、決してダメージはないものと思え!


「遅い」


 避けられた、今の距離で!?

 なんつー反射神経してんだこのジジイ!


「うおあぁ!」


「十七年この家で生きていてその態度とは……もはや何も言わぬ。眠れ」


 そう言って、ジジイは俺の鳩尾を杖で突き上げ、そのまま再び顎を殴る。


「ガッ!?」


「フン、これだから阿呆は最初から最後まで使えぬ。せめて人の役に立て。人以下の虫ケラが」


 まだだ!

 まだ俺は立てるぞ、ジジイ!

 俺から視線を外し、背中を見せて歩き去っていく。

 余裕ってか。

 今度は音を立てずに立ち上がり、拳を強く握る。せめて一矢、この苛立ちをぶつけたい。たとえ卑怯な手だろうと、一発でも当てなければ、この家を出て行きたくても出られない。

 この拳は、決別の拳だ。なあお爺様、頼むから……頼むから俺を……




「解放してくれ……」


「なぬ!?」


 後ろを振り向き、杖を構える前に、俺の拳はたしかに当たった。




 見えない壁に


「これ……は……」


「まさか、お主に能力を使う日が来るとはな」


 超能力……!

 そんな、どこまで俺を苦しめる!?


「ふむ……まあ、及第点かの」


 見えない壁……いや、何かが違う?

 だとしても、なんとかして向こう側に行けないものか……


「五輝よ、まさかお主が……な。虫ケラから出来損ないにまで成長しておったとは……! 儂は嬉しいぞぉ? のう、これからもビシバシと鍛え上げたやろう! クカカカカ!」


「そんな……!」


 その不愉快な笑い声とともに、壁のような何かがグニャリと蠢き、俺のみぞおちに向かってくる。それは偶然にも、俺が詩音に放った拳のようで、それでいて威力も速度も何もかもが全くの別物だった。

 鳩尾に入る。嫌な音が鳴り、一瞬で意識が遠のいていく……


「ふざ……けん……な……! 俺は、ここ……か……ら……」


「クカカ、明日の夜、12時に庭に来い。みっちりと相手をしてやるわい! クカカカカカカカ!」




 ☆★☆★☆




 逃げよう。

 この家には居られない。頭がおかしくなりそうだ。

 実際、クロがいなければ、俺の頭はとっくの昔にやられていただろう。


 見向きもしてくれない父も、いつも俺に暴力を振るう母も、俺を人と見ていない兄弟達も、話を聞かずに痛めつける祖父も、俺をいないもの扱いする祖母も、俺には必要ない。


 何処か遠くで、俺はひっそりと死にたい。


 今は朝の五時。昨日、気絶したままあそこで放置されていたせいか、首や腰が痛くて仕方ないが、それはしょうがない。



 授業で知った事だが、今この国、というか世界中には、かつて起きた第三次世界大戦で居場所を追われた人々が残した家や物なんかが沢山あるらしい。

 特に沿海部なんかは、津波を恐れて避難し、そのまま死んでしまった人が大勢いたらしく、未だ所有者の見つかっていない家もあるようだ。


 目指すは海だな。

 と言うことは、南の方へ行けばいいのか?

 お金が無いので、どうしても徒歩になってしまうが、果たして目的地まで行けるだろうか……。


 なんだか急に不安になってきた。


 取り敢えず、遠くにある『壁』の向こうに行かなくては話にならない。


『壁』と言うのは、ここ東京を囲む、高さ千メートルの大きな壁のこと。正式名称は無く、人々は『壁』だったり『防壁』だったりと、様々な名称で呼ぶ。

 何十年か前、超能力によって建てられたらしく、非常に頑丈な素材で出来ている。


 あれを超えてようやく、人の数は激減する。居るには居ると聞いたが、それも結構昔の話らしいし、今ならもしかしたら、誰もいない可能性もある。


 死に場所には丁度いいかもしれないな。

 壁から飛び降りることができたなら、一瞬で死ねる……


 なんて事を考えながら、俺は街を歩いていく。

 こんな朝早くだ。

 人は見当たらず、鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。

 今から俺は死ぬ。だと言うのに、不思議と恐怖はない。あるのは圧倒的な開放感と、無事に壁までたどり着けるかと言うほんの少しの不安のみ。



 この時間は、少し空が白みを帯びているんだな……

 初めて知った。

 今までは下を向いて歩いていたのに、今では前を向いて歩けている。この違いから発見できた事だ。

 それがなんだか嬉しくて、つい深呼吸してしまう。


 いつもはどうと言うことのない太陽が、今だけは俺を応援してくれているような気がした。




 ☆★☆★☆




 あれから数時間が経った。

 今では空もすっかり明るくなり、先程までの静けさは消え、あるのは人の発する音のみ。


 俺は未だに壁に到着出来ていない。

 それもそうだ。何せ壁まで後十数キロメートルもあるらしい。

 嫌になる。


 だが、大きな苦難を乗り越えてこそ、その次の達成感は比例して大きくなる!

 頑張れ俺!


 あと少……


「きゃあああ!!」


 なんだ!?

 爆発音とともに、女性の悲鳴らしきものが聞こえた。

 発生源を見てみると、焼けて倒れている人がいる。恐らくはもう……

 その隣では、先ほどの悲鳴をあげた張本人と思われる女性が、必死に倒れた人を揺らし、泣き叫んでいる。

 その近くで更に悲鳴が上がる。


 今度は建物ごと燃えてしまっていた。

 その原因は、あそこで笑い声をあげながら人を殴っている男だろう。何故なら、そいつの手には火が灯っていたからだ。

 その顔は不気味なマスクで隠されており、笑っているという事しかわからない。


 地獄のような光景だった。


「テロだーっ! 逃げろーっ!」


 と誰かが叫ぶ。

 その声は男にも聞こえていたらしく、殴っていた手を止めて前に突き出し、今度は巨大な火の玉を作り出した。

 アレがこの町を燃やしている原因、許されざる悪そのものだった。


 男は何も言わずに火の玉を放った。それは一直線に飛んでいき、大爆発を起こす。


 何人もの人が吹き飛び、その命を散らす。

 それを見て俺は、あまりの恐怖に何も出来ずにいた。



 逃げようにも、足が震えて言う事を聞いてくれない。

 声を出そうにも、口が乾ききって息だけが出てくる。


 こんな事になるなら、ここに来るんじゃなかった。

 そんな事を思っても最早何の意味もなく、あの男の標的にならない事を祈るばかり。


 他人の事など、頭になかった。




 泣き叫ぶ子供を見るまでは。


 親なのだろう女性は、倒壊した建物の柱に足を潰されて動けないようだ。それを見て、子供はただひたすらに泣いている。

 あのままでは、テロリストに標的にされるのも時間の問題だろう。


 周りの大人は、そんな子供に目もくれずに逃げ去っていく。

 その光景が、なんだか、つい昨日までの俺を見ているようで、悔しかった。



 だけど、違った。

 泣いていた子供は、それでも勇気を振り絞って、倒れた柱をどかそうとした。

 自分ではなく、母親を助けるためだけに、あの子は自分の命を賭けていたのだ。


 あの子は俺とは違った。

 勇気を持った、尊敬すべき人間だった。




 俺は俺が恥ずかしい。

 あんなに小さくても、諦めずに頑張っている子供がいると言うのに、俺ときたら、ただここに突っ立って見ているだけ。


 そもそも俺は、死ぬ気でここまで来たのだ。

 どうせなら、あの子供の為に、俺の命を使おう。


「ママ! ママぁ!」

「逃げ……て、早く……!」


 近くに寄って見れば、どうやら女性の足は潰れているわけではなく、柱や瓦礫が邪魔をして、足が抜けないだけのようだ。


 これならいける!


「ちょっとごめんね! 今助けるから!」

「おにいちゃっ、だ、だれ?」

「あぁ、ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 礼を言うべきはこっちだ。こんなに小さな子供に勇気付けられてしまった。


 幸いにも、柱は円柱型で、瓦礫も細かいものばかり。

 先ずは柱を転がして、瓦礫は慎重に……!


 くそっ、手が震えて……

 冷静になれよ俺!


 近くで爆発音がする。

 あの男が、ここら辺を次の標的にしたらしい。

 今はまだ建物の破壊に夢中なようだ。早く救出しないと……!


「ふんっ! ぐぅううああああ!」



 よし!

 なんとか柱をどかす事が出来た!

 後は瓦礫だけだ!


「あと少しだから、大丈夫! 安心して!」

「おにいちゃんすごい!」

「いや、君のおかげだ。ありがとう」

「?」


 どうやらこの子供は、自分がどれほど凄い事をしたのか分かっていないようだ。

 だけど、何故だろう……こんな状況なのに、胸が高鳴る。

 人にお礼を言われたのは初めてだ。

 人生で初めて、誰かに認められたような気がして、とても、とても嬉しかった。


「ママ!」

「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……!」

「そんな事より、早く逃げて! ここは危険です!」


 なんとか救出に成功した。子供は母親に抱きつき、泣きじゃくっている。

 安心したのだろう。だが、まだその時ではない。

 テロリストは未だ破壊活動を行なっている。止まる気配は一切無かった。


 母親はそれを思い出したのか、最後にもう一度頭を下げて、急いで子供を抱えて逃げていく。




 それを、テロリストが見つけてしまった。


「まずっ!」


 放たれる火の玉。その速度は、母親の走る速度を大幅に超えている。


 反応が遅れてしまった。もっと早くに、あの男の注意を引くべきだった!


「あ、あぁ……」


 母親がそれに気づき、絶望した顔で火の玉を見る。避ける事は出来そうに無かった。

 彼女は子供を庇うように抱き抱える。





 爆発音が響く。

 狙われた親子は……


 体の半分が無くなった俺を、見上げていた。


「ゴフッ!」


 口から血を吐きながら、俺は倒れる。

 こうするしか無かった。

 放たれた火の玉をどうにかして防ぐなんて、俺には体で受け止めるという方法しかない。


 意識はある。

 呆然と俺を見つめる母親と子供。二人はどうやら、パニックのあまり思考が停止してしまったらしい。



 足音が近づいてくる。

 あの男だ。町を地獄に変え、破壊の限りを尽くしたテロリスト。

 許すわけにはいかない。だが、もう数秒で俺は死ぬだろう。


 結局、俺に出来たことなんて、ほんの僅かな時間稼ぎだけだった。


「ひひ、ひ……。お前らが、わ、悪いんだからな……」


 テロリストの声……だろうか。想像してたより若々しい声だ。


「だから俺は…い、言ったんだ……やめとけ……って! しょうがないだろ……!? あ、ああぁぁぁあ、ふ、ふざけんなぁ! あ、あひひへひひ、ひ、なんで、こんなこ、事にぃ……」


 意味不明な事をひたすら口に出しては、時折狂ったように笑い出す。

 こんな奴に、俺は殺されて、あの家族も……

 嫌だ。俺はともかく、あの二人だけは、こんな男に汚させる訳には……!


「やめ……て……」


 あの子供の声が聞こえる。必死に泣くのを我慢して、男に立ち向かっている。

 母親の腕を抜け出して、今度は子供が母親を庇うように……



 こんな物見せられて、諦める訳には行かねえよな。


「お、おにいちゃん!?」

「あ……ぐっ、大丈夫、大丈夫だから……早く、逃げるんだ……」

「うそだ! だっておにいちゃん、血がいっぱいでてる!」

「いいから……走れぇっ!」


 びくり、と子供は体を震わせる。

 それでも、動きそうにない。


 なんて、強い子だ。これはテコでも動かないだろう。何とかして守らなくては……!


「あ、あぁ、ひひひ、ひへ、お、お前らも、邪魔するん、だな……」

「お前に、これ以上好き勝手させる訳には行かない!」

「黙れやぁあ!!」


 男は叫んで、いくつもの火の玉を作り出した。


 火の玉が勢い良く飛んでくる。腕が千切れ飛んだ。

 火の玉が勢い良く飛んでくる。頭が削れた。

 火の玉が勢い良く飛んでくる。足がもげて倒れた。


 後ろに立っている子供は、傷一つ付いていない。

 精神には、大きな傷が残ってしまうだろうが……


「はぁ……はぁ……はは、ひひひひ、ひひはははは!!」


 笑い声が聞こえる。泣き声が聞こえる。

 こんな所で、俺は死ぬ。












 それでいいのか?

 こんな結末(おわり)で、本当に良かったのか?











「良いわけ、ねえだろ……」

「は?」


 笑い声が止んだ。泣き声が止んだ。

 ようやく俺は、立ち上がる事が出来た。


「な、なぁっ!? ききき、傷が、治って!?」

「おにい……ちゃん?」


 どういう事だ、これは……?

 体についた傷の全てが、跡形もなく消えていく。

 まるで、()()()()()()()()()()()()……


 俺は、生き返ったのか……?


「ひ、ひひひ、ひ、ひぃぁぁぁあ!!!」


 無数の火の玉が飛んでくる。その全てが俺に命中し、体のあちこちが爆散する。


 だが、たちまちその傷が消えていった。


「ど、どうなって、どうなってんだよぉおおお!?」


 何が起きているのか、俺にはサッパリだが、一つわかる事がある。


 これで、アイツをぶっ飛ばせる。


「ひぃっ!? く、来るな、来るなぁ!!」

「黙れよ」


 それだけ言って、俺は男の鼻っ柱をぶん殴った。


「ひぎゃあ!?」


 今度は鳩尾を殴った。


「ぶげぇっ!」


 最後にもう一発、思いっきり顎をぶん殴ってやった


「おぐふうぅっ!」



 そして、テロリストは完全に気絶した。

 あの子供と母親が俺に駆け寄る。二人の声を聞きながら、俺は安心したせいか、呆気なく意識を手放した。





 ☆★☆★☆





 ここは病院。

 あの後、気絶した俺はどうやら救急車に乗せられ、この病院で検査を受けたみたいだ。

 聞けば、体には傷一つ無く、問題も一切無しとのこと。


 そして驚くべきことに、俺に能力がある事が判明した。

 監視カメラなどの映像や、細胞の検査などの結果、俺の能力は【自己再生】らしい。

 だが、ただの【自己再生】では無いようだ。

 もう少し検査が必要らしく、詳しい事はまだ分かっていない。



 すると、扉をノックする音。恐らくあの二人だろう。


「どうぞ」

「おにいちゃん!」


 勢い良く部屋に入ってきたのは、あの時俺の側にいた子供。名前は速水(はやみ) 快斗(かいと)君というらしい。

 あれ以来、毎日俺の病室を訪れてくれる、優しくて元気な子供だ。


「こんにちは」

「わざわざ毎日、ありがとうございます」

「いえいえ、気になさらないで。好きでやってる事ですから」


 少し遅れて、この子の母親、速水 秋葉(あきは) さんが入ってくる。


「何かお礼が出来たらいいんですが……」


 二人のおかげで、俺は退屈せずにいられる。いつも元気をくれる、素晴らしい人達だ。


「そんな! 此方こそお礼させてください!」


 彼女はそう言って、持ってきた袋から沢山の果物を取り出した。


「これ、つまらないものですが……」

「あ、ありがとうございます!」


 その優しさに、涙が出そうになる。

 こうして、誰かから優しくされるのは人生で初めてのことだった。


 この二人には、俺が赤澤家の人間であると伝えていない。とある事情で家を離れたとしか言っていないのだ。

 そうした方が、ありのままの俺を見てくれる気がするから。


「美味しい……」

「欲しい物があればなんでも言ってくださいね」

「え、流石にそれは」

「あなたは命の恩人なんです。遠慮なんてしないで、ね?」

「おにいちゃん! きょうはなにするー?」

「今日はね……」


 ようやく出会えた幸せな時間。

 快斗君と一緒に遊びながら、俺はこんな時間がいつまでも続けばいいのにと、そう思った。








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