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第1話:最弱の男

 

 嗚呼、これは夢だ。

 分かるんだ、何度も見てきたから。


 どこまでも青い空。雲一つ無く、太陽だけがその存在を主張している。


 ここはどこ?

 答えは簡単。空中だ。俺は今、頭を下にして落下中なのだ。

 頭頂部から背中にかけて風を感じている。夢の筈なのに、その強い風が余りにもリアルでゾッとする。

 そして、いつも通りの夢なら、俺はこの後……















 ……死ぬ。






 第1話:最弱の男





 ジリリリリリリリリリ!!

 ――ガチャン


 目覚まし時計の音で目が覚める。


「……またか」


 昔はよくあの夢を見ていた。意味がよく分からない、最後はあのまま地面に落ちて死んでしまう奇妙な夢。

 それにしても久しぶりに見た。最近は存在すら忘れていたのに……


 そんなことを考えながら、ごわごわとした布団とは言えないような布を押しのけて、固くなった体を伸ばす。


 今日も今日とて最悪の朝だ。硬い布団のせいで体中が痛い。まあ、布団があるだけマシか。


「ゴホッ……ゲホッゴホッ!」


 ……掃除しなきゃな。埃の量がとんでもなくなってきた。

 最近はより一層()()が酷くなってきたんでそんな暇もなかったが、そろそろ死活問題だ。


 ここは物置部屋。俺の兄弟達は皆自分の部屋を持っているが、俺には与えられなかった。


 何故なら、俺が落ちこぼれだったからだ。


 世界人口の99.99999%がなんらかの特殊な力、所謂超能力を持っている中、俺はそれ以外の0.00001%に含まれる外れ者。

 つまり、1千万人に1人いる、何も超能力を持っていない無能力者ってわけだ。


 しかしそれだけじゃ無い。俺の産まれたこの家は日本有数の名家。数十人もの使用人を雇い、家の敷地は凡そ1000坪を超えるそうだ。昔聞いた覚えがある。


 ああ、勿論俺専属の使用人もいる。一人だけだが。


 いつも使用人としての仕事をサボっては、事あるごとに俺の有る事無い事を家族にチクって金を貰っている。

 多分俺の監視役だろう。外面だけは良いのか、まあまあの信頼を得ているようだ。


 敷地に関しては事実かどうかを俺は知らないが、この部屋から敷地外まで歩いて最短10分はかかるし、もしかしたら本当の話かもしれない。


 まあとにかく、この家が他とは比べ物にならないくらいの名家なもんだから、その中で俺の存在は非常に浮く。

 俺の兄弟の中に、結構好き勝手やってる奴がいるのだが、そいつのせいで俺へのヘイトが凄い。前は机の中に大量の剃刀を入れられた。その時の傷は既に完治してるが、毎日似たような事やられてるせいで、いつも体中が痛い。

 しかも家では血の繋がった実の家族にすらズタズタのボロボロにされる。

 無能力者の俺を鍛えるという名目でだ。



「あーれ、起きてたんですかぁ?」


「……おはよう」


 いきなり俺専属の使用人である花木(はなき)が物置部屋に入ってきた。ノックや入室の確認もしない使用人なんて聞いたこともない。


「うっ、くっさ!?」


しかもこの言いようだ。これじゃどちらが雇われの身なのか分かったもんじゃない。


「……」


「掃除しといてくださいよ! 服に臭いが移るじゃないですか!」


 ……お前メイドだろ、とは言えない。言ったところで十倍になって帰ってくるだけだ。


「臭いのせいでこの私の経歴に傷が付いたらどうしてくれるんですか!? ただでさえアンタみたいなゴミの近くにいなきゃならない私の身にもなれよ!」


「……すまん」


「ほんっとにムカつく……! 早く死なねぇかなコイツ」


 聞こえてるし……いや、聞こえるような音量で言ったのか。

 ていうか最初の口調どこ行ったよ。


「……花木さん、今何時?」


「知りませーん」


 ……この家、広いからかなりの数の時計あるし、どこかで目に入る筈なんだがなあ。まあいいや。


 今日は急いで家を出なくちゃならない。

 ()()()に会いに行かなきゃならないからな。


 何てったって、今日は()()()の大好物の煮干しをあげる日だ!

 最近はアイツに会えてなかったし、さぞ大喜びしてくれることだろう。


 アイツというのは、俺が偶然橋の下で見つけた黒い捨て猫の事だ。名前はクロ。

便宜上俺はそう呼んで可愛がっている。

そして、とてつもなくキュートなクロは煮干しが大好きだ。

 唯一俺に癒しを与えてくれる存在。黒色とは言え、もはや天使といっても過言ではない。


 そんな天使の事を俺以外の誰かに知られる訳にはいかない。俺の事を知っている奴には尚更だ。

 最悪、クロに危害が及ぶ。だから俺は人の少ない朝、もしくは夜にクロに会いに行く。時間がかなり限られるもんで、最近は会えてなかったんだ。


 たとえ今日一日名前も覚えてないクラスメイトや兄弟にボコボコにされようと、クロと一度でも触れ合えるなら俺は生きていける。








 ……筈だったのに


「……クロ?」


 クロがいない……


「……クロ〜、隠れてないで出ておいで〜」


 何処を探してもやはりいない

 いつもなら俺がここに来た瞬間飛びついてくるのに……


「……ん?」


 ここら辺、草が不自然に折れてるな……

 足跡だ。しかし俺のではない。ここ最近は来れてなかったしな……

 誰かがここに来て、クロを持って帰ったのか?

 叶うなら、その誰かが善良な心を持った人間であって欲しいのだが……





 俺の癒しが無くなった……


「……ま、マジか」


 将来家を出て、何処か遠くで一緒に暮らそうって約束したのに……!

 何処に行っちまったんだ、クロ……!






 ☆★☆★☆





 日が昇りきった昼ごろ。まだ春の初めなのに教室の中は結構暑い。こんな日だというのに、俺は未だにクロの事を引きずっていた。


 もしクロがいるのなら、例え殴られようが蹴られようが、こんなに落ち込みはしない。

だからこそ、俺の中で唯一俺のそばにいてくれた存在が突如いなくなったこの喪失感は表現し難いほど大きいものだった。



 ……最悪だ。朝はそこまで酷くなかった頭痛が、時間が経つ毎に悪化してきてる。

 これも、クロの癒し成分を朝に摂取する事が出来なかったからか。それとも只の寝不足か。


 嗚呼、俺の愛しきクロよ、どうか幸せに……



「おい屑」


 ん?

 ゲッ! 陸奥(むつ)……!

 俺の一歳下の弟が、なぜ二年生の教室に……

 しかも取り巻きまで引き連れちゃってまぁ


「朝、何処に行ってたんだ?」


 何処って言われてもな……

 何でわざわざ聞きに来たんだ? お前の教室下の階だろ……


「ふ、普通にゴミ出しに行ってたけど……」


 嘘だ。本当はクロに会いに行っていた。


「おいおい」



 次の瞬間、陸奥の拳が俺の目の前にあった。



鈍い音と痛みが同時に響く。


「ぐぁ!?」


「敬語はどうした、敬語はぁ〜!?」


「う、ぐぅ……」


 い、痛え……!

 理不尽すぎだろ……


 しかし、俺がここで少しでも歯向かったら即座に死刑だ。実際に死にはしないだろうが、社会的な死刑を執行されるに違いない。


 殴られてボヤけた視界の中で、そのガタイの良さに似合わぬ垂れ目の陸奥がやけにニヤニヤしている。

 普段はあまり表情に変化がない陸奥だが、ある時にその表情が変化する。

 その『ある時』とは……


「ご、ゴミ出しに、行った……だけです」


「ハッハッハ! そ〜かそ〜か」



 ……弱者を痛めつける時だ。




「相変わらずダッサイな〜、五輝(いつき)は〜」


 この声は……詩音(しおん)か……

 お前まで何でこの教室に。


「五輝みたいな無能力者でダサい人間が近くにいると〜、鳥肌が立ってしょうがないよ〜」


「む、無能力かどうかは関係ないだろ……!」


「ん〜? ゴミ五輝のくせに生意気だな〜?」


 詩音の大きな目が細められる。

 俺と同い年、つまり俺の双子である詩音はその女のような顔と小柄な体格から、俺とは違って周りからよく可愛がられている。

 そして兄弟の中で一番俺の事を馬鹿にしてくるのも、この詩音だ。


「ま、その事は後できっちり躾けておくとして〜」


 詩音が陸奥に眼を配る。それを見た陸奥は、より一層薄気味悪い笑顔を深めて俺に言う。


「お前の下駄箱にとあるプレゼントを入れておいた。放課後、帰る時に箱を開けて中を見ろ。絶対だぞ」


「……あ、ああ。分かった」


「あ?」


「ぅ……分かりました」


 絶対に何かある。正直見たくないが、まさか上履きで帰るわけにもいかない。

 泥だらけになった俺の靴とかじゃないだろうな……


 それだけ言い残し、陸奥は取り巻き数人を引き連れて下の教室へ帰って行った。

 残ったのは俺の双子の兄、詩音。


 まだ何かあるのか……?


「んふふ〜、絶対驚くよ〜? 皆で厳選したプレゼントだからね〜!」


 そう言って、顎に人差し指を当て、キョロキョロと首を動かしながら教室の生徒達に眼を向けていく詩音。

 仕草が一々あざとい奴だ。うざったい。

 それに答えるように俺を見てクスクスと笑うクラスメイト達。

 なんなんだ…… 本当に気味が悪いぞ?


「それじゃ〜、また放課後で〜」


 手をプラプラと振りながら、詩音は教室を出て行った。

それと同時に、一気に教室が盛り上がる。まるでスターを生で見たようなはしゃぎっぷりだ。


「は〜! 今日も詩音くんは可愛いわ〜」


「ホントそれ!」


「どっかの屑と違って、気品さが溢れてるよね!」


「さすが赤澤家。レベルが違うな」


 ……一応俺も赤澤の人間だよ。なんて言っても蹴られるだけだ。

 あいつらが来るといつもこうなる。小さい頃からずっと、俺は赤澤家の人間としてカウントされた事がない。


 赤澤家は古くからある伝統的な名家で、数多くの強力な超能力者を世の中に排出してきた有名な家だ。

 そんな赤澤家の始まりは、物置部屋にあった本によると鎌倉時代まで遡るらしいが……まあどうでもいい話か。


「それに比べて、あの無能ときたら……」


「マジありえねー」


「親のコネでこの高校入れた癖に、なにあの態度?」


「気持ちワリーんだよ!」


 無能とは俺の事。無能力者だから略して『無能』。そのまんまだが、俺の事を端的かつ正確に表していると思う。

 親のコネで進学高校の『国立大帝(たいてい)高等学校』に入学したのもまた事実。

 屈辱的な事に、今のクラスメイトの言葉に、俺が否定できる部分などなかった。


 その後もしつこく俺の悪口を言い合うクラスメイト達に辟易しつつ、陸奥や詩音が言っていたプレゼントについて考える。


 何だろう……

 箱を開ける事で作動する爆弾とか?

 あり得る話だ。赤澤家の権力を持ってすれば小型爆弾の用意なんて余りにもたやすい事だろう。超能力を駆使すれば、爆弾を使わずとも爆発を起こす事も出来る。

 それとも……











 ……今、俺の頭の中に最悪の可能性が顔を出した。


 まさか、いや、あり得ない。流石にそれは……



 どちらにせよ、悪い結果になる事は確定だ。覚悟してプレゼントを受け取るしかないな。




 ☆★☆★☆




 この時が来てしまった。


 放課後、俺は陸奥の言っていたプレゼントを手にして突っ立っている。


 周りには、詩音、陸奥、そして二人の取り巻き。俺のクラスメイトがちらほら。


 場所は校舎裏だ。下駄箱の付近でプレゼントの箱を開けると何か不都合があるのか、人のいない校舎裏で開けるように言われた。


 結構な数の人が俺を見ている。その視線は全て、俺に対する何らかの悪感情を含んでいるようだ。


「早く開けなよ〜」


 詩音が俺を急かす。口角が上がり、目は細められている。なまじ顔が整っているせいで余計に不気味だ。

 他の奴らも、顔に笑顔の仮面をつけたみたいな気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「…………」


 このやけに重い箱を片手で支えているせいか、それとも緊張ゆえか、手が震えて上手く動かせない。手汗も滲んできた。


笑い声が聞こえる。消えたクロ、気味の悪い同級生達、そしてこのプレゼント……


 怖い。事実を確認するのが怖くて仕方がない。


もしかしたら、もしかしたらこの箱の中には……




「命令だ。開けろ」


 陸奥が冷たい声音で俺に命じる。

 ……開けるしかない。



 ゆっくり、ゆっくりと蓋を持ち上げる。

 その中にあったのは……




「……ヒッ!?」




 手足のなくなったクロの死体だった。


「あ、ああ、ああああぁっ!? そんな、嘘だ、嘘だろぉ!?」


 血と肉の腐った匂いが俺の鼻を狂わせる。

 腰が抜け、ペタンと俺は地面に尻をついた。


「あっはっはぁ! そう、そうだよ五輝! その顔を待ってたんだよぉ〜! 嘘なんかじゃない。本物の猫の死骸! 気に入ってくれたよねぇえ〜!」


 詩音が何か言っている。

 だが俺の耳に、頭に、言葉の内容は入ってこなかった。


 ……信じられない。

 こいつら、気が狂ってる……!


「なんで……こんな事を!?」


「ん〜? ……暇つぶし〜」


「最近は面白い事も無かったしな。これで暫くは退屈を凌げる。感謝するぜ? 屑の五輝にしては上出来なリアクションだよ。ふっ……はっはっは!」


「ふざ……ふざけんなよ! 命をなんだと思ってんだ!」


「蚊を叩き殺すのと何が違うんだよ。ゴミと仲良くしてた猫なんざ、ゴミ以下の存在だろ?」


「こ、こいつは捨て猫だったんだぞ!? 人に裏切られたんだ! それを……お前らは……!」


 橋の下でクロを見つけた時、クロは死にかけていた。まだ冬で、そんな中クロは必死に耐えて生きていたんだ。

 クロは、クロは報われるべき存在だった……!

 なんの罪もない、ただの無垢な小動物だ!


「あーもう、うるさいうるさい。とっととその猫処分してよ〜。汚いったらありゃしない」


「ッ! お前……!」


「まあいいじゃねぇか兄貴。最後に教えてやれよ。その猫は……」


 ……まだ、何かあるのかよ。もううんざりだ。早く、早くここから逃げ出したい。



「その猫は、お前の住み着いてる物置部屋の中で死んだんだよ」




 ……は?

 クロが、俺の部屋で……?


「……あっ、ああ!?」


「あ、気付いた〜。そう、いつ気付くか楽しみにしてたのに、五輝ったら全然気付かないんだもん〜」


「そろそろハエも湧いちまうし、急遽サプライズプレゼント作戦に移行したのさ」


 あの異様な臭いは、クロの臭いだったのか……!

 そんな……俺はてっきり、だれかが食べ物でも捨てて腐った結果の臭いだとばかり……!


「花木は、俺の使用人は、知ってたのか……?」


「うん!」




 ああ、ダメだこいつら。

 何人かは周りに合わせて必死に笑みを浮かべているようだが、それでも大多数が心の底から俺の無様な姿に悦んでいる。


 ……クロ。ごめん。

 俺が、不甲斐ないばっかりに……!


 お前の仇は、俺が討つ。



「……殺す」


「あ?」




 俺は、詩音目掛けて拳を振るった。

 本気だった。今まで喧嘩なんてした事もない俺の、本気の一撃。


 その一撃は、詩音に届く事なく、陸奥の大きな手に掴まれた。


「屑のくせによぉ、なにイキっちゃってんの?」


「あれ〜、もしかして僕のこと殴ろうとしてた〜?」


 さっきまでニヤニヤとしていた二人の顔が、陸奥は真顔に、詩音は更に笑顔を深めた。


 動かない。俺の腕が、まるでコンクリートの中に閉じ込められたかのようにビクともしない。


「お前が死ねや!」


 そして、昼の拳の速度とは比べ物にならないくらいの速さで拳が迫る。それに対し俺は、あまりになにもできなかった。


 顔が歪みそうなほどの衝撃。

 殴る直前に掴んでいた腕を放したのか、俺の体がフワリと浮いて校舎に激突した。



「ガハァッ!?」


 体にヒビが入ったような感触。陸奥の超能力の詳細は知らないが、この拳の威力はまず間違いなく超能力を使って……


「ありゃ? 超能力使ってねえのに吹っ飛びやがった」



 嘘だろ……?

 これで、本気じゃないのか!?


 俺の体はこんなに痛いのに、俺の心はこんなに怒っているのに……なんで、全く届かない!?



 痛い……痛い……!

 死にそうだ……


 笑い声が聞こえる。

 ここにいる奴ら全員が、俺を見て笑っている。馬鹿にしている。蔑んでいる。


 許せない。クロもこんな風に殺したのかと思うと、体の痛みなんてどうでもよくなってくる。




 おい、クソども。俺は、まだ……!





「待て。これは一体、なんの騒ぎだ?」


 唐突に、聞きなれない声がした。その方向を痛みを我慢して見てみると、何処かで見たような二人の男女が立っている。

 確か、生徒会の……


「あれ〜? 誰かと思えば、生徒会副会長の嘉門(かもん)先輩じゃないですか〜。どうしてここへ?」


 そうだ、副会長の時雨(しぐれ) (れい)だ。長い前髪で目が隠れている上に、表情に一切の変化がない。ロボットのようだ。


「赤澤家の次男、三男、四男が揃いも揃って校舎裏に向かっていくのを、生徒会(ウチ)の庶務が見たというものだから、気になって来てみたのだが」


「なるほどな。その庶務ってのが……」


「アタシのことッス!」


 そう言って元気よく手をあげるポニーテールの小柄な女子。校章の色からして一年生か。


「で、この状況の説明をしていただきたい。勿論、あそこに転がっている……」


「ゲッ!? ふくかいちょー! あそこに猫ちゃんの死体が転がってるッスよ!」


「今気づいたのか……」


 漸く彼らはクロの存在に気付いたらしい。なら話は早い。この状況を説明すれば、流石の赤澤家の人間でも停学は免れない!


「ん〜、話すと長くなるんだけど〜」


 詩音が俺の方をチラリと一瞥する。そしてその次に、俺の近くにいたクラスメイトの一人を見る。


 なんだ……?

 今何か合図を送ったのか?

 まあ良い。とにかく、生徒会に事のあらましを伝えなければ……!


「……? ッ!?……!……!」


 こ、声が出ない……!?

 まさか……


 超能力か!

 さっき詩音が取った行動は、俺の口を封じるための合図!

 詩音が合図を送った俺のクラスメイトを見る。

 そいつは俺を見下し、顔に微かな笑みを貼り付けていた。


「……!……ッ!」


 ダメだ!

 唇どころか、舌まで動かせない。肺の中の空気がただただ鼻から漏れるだけだ!


「僕たちは、今校舎を背に倒れてる五輝…あぁ、そこのアイツの事ね。アイツに呼び出されたんだ〜。折角の実の兄弟の頼みだし〜、みんなも呼んでここに来てみると、急にアイツがそこの猫の死体を投げつけて来たんだよ!」


「何? あの死体を?」


「……それだけじゃねぇ。アイツは事もあろうに俺たちに殴りかかって来たんだ。恐らく、猫の死体で俺たちの気を引いて攻撃しようとしたんだろうよ」


「可哀想だと思わない〜? あの猫はなんの罪も無いのにさ〜!」


「ふくかいちょー! これは即報告すべき事案ッスよ!」



 違う!

 その猫は、クロはアイツらが殺したんだ!

 確かに殴りかかったのは事実だ! でも、俺は動物を殺したりはしない!


「確か、赤澤 五輝先輩はなにも超能力を使えないんッスよね? だとしたら、この猫ちゃんを利用して先輩たちに襲いかかったってことッスよ!」


「真性の屑だと思いませんか〜?」


 詩音、陸奥、少なくともお前達は……!

 殺す!


「……!」


「おい、この屑まだ何かする気だぞ」


「キモいよね〜」


 屑は、気持ち悪いのはお前らの方だろうがぁ!


 あぁ痛い! 体中が千切れそうな痛みだ……!

 だけど俺は、ここで折れる訳にはいかない!


「うへぇ……。ふくかいちょー、なんかあの人気持ち悪いッス」


「同感だな」


 手が震えている。だがこれは、さっきまでの震えとは別物。

 怒りだ。はち切れんばかりの激情が俺の体内で渦巻いている。


 俺は、一直線にあの屑どもに飛び掛かる。


「お前はまるで獣だ、赤澤五輝。初対面でなんだが、お前を今後人間として扱うことはないだろう」


 その声が聞こえた瞬間、俺の体は見えない壁に衝突した。


「……!?」


「へっへー、アタシ自慢の念動力の壁はどうッスか?」


 念動力……!?

 あの一年が……!


「口の軽い後輩がいると困る……。まあ良い。赤澤 五輝、これで理解したか? お前の行動の無意味さを」


 黙れ!

 こんな壁、回り込めば!



「ッ!?」


 体が動かない!?

 これも念動力か!?


「無意味だと、何度言えば理解してくれる? ああいや、そう言えばお前の知能は人間には遠く及ばないのだったな。もう結構だ」


「ヒュー! 相変わらずえげつないなぁ、念動力は」


「A級がよく言う。皮肉にしては不出来だぞ?」


「え、A級!? そ、それホントッスかふくかいちょー!?」


「ホントだよ〜。こう見えて陸奥は超エリートなんだから〜」


「チッ」




 動かねぇ!

 重力が何倍にもなったような錯覚さえ感じるほど、体が重い……!


 ぐ、あ……あぁぁあああ!

 動け!

 動けぇ!


「うーわ、見てくださいよふくかいちょー。あの人死にかけのトカゲみたいになってるッスよ!」


「お前はああなるなよ」


「分かってるッスよ!」


「……まあいい」








 何故だろうか。初めて直に超能力に触れた筈なのに、段々と体が慣れてきたぞ……!

 手は、十分に動かせるようになってきた……

 次は足だ、その次は胴体、最後に首……


 声も出せそうだ!

 理由はよく分からんが、体が超能力に順応している!


「ふぅ……ふぅ……」


 視界の端で、俺の口を封じた奴の顔が驚愕したものに変わる。だが、副会長はまだ気づいていないらしいな。

 アイツがこの事を周りに知らせる前に、コイツらの不意をついてやる……!


「さて、そろそろ気絶したか?」


「あ……あの!」


「ん? どうし…」


 今ッ!


「死ねぇぇぇええええ!」


「ほう、まだ動くか」


 雄叫びをあげ、拳をアッパーのように振り上げる。狙いは詩音。理由は一番ムカつくから。


俺の口を封じた奴と副会長以外全員が俺に反応できなかった。



 確かな手応え……!

 詩音を……実の兄を……ぶん殴ってやった!


「五輝……お前今、僕を、僕を殴ったのか……?」



 その小柄な体を仰け反らせた詩音が、ゆっくりと体勢を元に戻しながら俺に問う。


 嘘だろ……!

 全く効いてない!?


 顎を殴ったんだぞ!?

 その衝撃で、脳は揺らされた筈なのに……!


 周りの人間が余りの驚きに硬直する中、困惑する俺に、詩音が引きつった笑顔を向けながら話しかける。


「あっは……教えてあげるよ五輝ィ。超能力の源は、体中にある特殊な細胞が持つエネルギー。その細胞は、通常の細胞と比べてかなり頑丈なんだよぉ。……つまりねぇ? 超能力者じゃないお前の拳なんてェ……これっぽっちもォ……、効かないんだよぉおおお!」



 そんなもん知らねぇ!

何回も殴ってりゃそのうち効くだろ!


 と、思ったが、そうする前に詩音が地面を思いっきり殴りつけた。

 その次の瞬間、詩音の殴った辺りの地面がとんでもない勢いで俺に向かって伸びてくる。


「はっ!?……あがっ!」


「甘いんだよぉお! お前はぁ!」


「なっ、なんでアタシの念動力から逃れられたんスか……!? 間違いなく完璧に捉えていたのに……!」


「知らないよぉおおぉぁああぁぁぁあ!もう許さないからな!? ゴミクズクソカス五輝のくせにぃいいぃいぃいいぃ!」


 気が狂ったように腕を振り続ける詩音。そして、殴られて動き出した地面が詩音の感情を代弁するかのように激しく脈動し、巨大な鞭のようにしなりながら俺を攻撃する。


 何度も弾き飛ばされ、何度も何度も押しつぶされ、何度も何度も何度も滅多打ちにされる。


 余りの痛みに気絶する事も出来ない。そんな痛みの中で、体中が折れ曲がってしまったような感触を感じた。


「落ち着け兄貴!」


「ひぃ〜! 助けてふくかいちょー!」


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇええ!」


「あぁくそっ、正気に戻れ! 兄貴!」


 陸奥が蠢く大地を押し分けて進み、詩音を羽交い締めにした事で漸くその乱撃は収まった。

 どうやらアイツらはもう俺の意識は無いものだと勘違いしたらしく、必死に詩音を説得している。




「……はぁ、はぁ……ごめんみんな、見苦しいところ見せちゃったね〜……」


「いや、これは五輝の屑野郎が悪いぜ」


「そ、そうッスよ! だから気に病む事なんて一切ないッス!」


「……ふむ」



 取り巻きやクラスメイト達も詩音の変貌に心底恐怖したのか、顔を青ざめさせながらご機嫌をとる。

 その姿が、俺にはなんだか滑稽に見えた。


 何故だろう。あんなにもボコボコにされてもう動けない筈なのに、まだ立てると、まだ手は動くと、そう思える。




 ……動けた。

 しかも、驚くほどスムーズに。未だ痛みは引かないし、制服に血が滲んでいる感覚はある。

 でも、動くんだ。なんなら健康な時よりも体が軽い。


 あぁ、でも頭が割れるように痛い。どこか当たりどころが悪かったのか……?


 ここは、気絶したふりをして見逃してもらおう……






 なんて、言うとでも思ったか!

クロの仇はまだ討ててないんだぞ……!


 幸い、アイツらは俺を見ていない。詩音の行動に注意を向けすぎて、俺の事を頭の隅に追いやっているらしい。


 そりゃそうだ。アイツらの中で俺は、詩音にやられて気絶したことになっているのだろう。


 だが、どうする?

 詩音の話が本当なら、いくら俺が殴りかかっても意味は無い。

 っていうか、詩音はなんでそんな事を知ってるんだ?

 授業ではやってなかった筈だし……


 いや、とにかく今は攻略法を探さねば……


「うっ……?」


「ど、どうしたんッスか?」


「いや〜、なんだろうね〜。今ちょっと目眩が……」



 ……もしかして、少しは効いてるのか?

 さっきは全く効いてないかと思ったが、もし、詩音の今の目眩が俺のアッパーが原因で起こったものだとしたら?


 勝機はあるぞ……!

 アッパーは勿論の事だが、他にも目潰しや鳩尾、金的なんかもありかも知れない。

 詩音は見た目は女っぽいが、確実にアレは付いてる。



 ……行けるか?


 いや、行くんだ!

 行くしかない!



 ゆっくりと立ち上がる。よし、やはり体が軽い。

 これなら……!




 足を前に出せ!

 一歩ずつ、しっかりと踏み込め!


 やけに驚いた顔をしてこちらを見ている周りの奴らは無視だ。


 そして、俯いている詩音の首を、ガッシリと掴む。


「……え?」


「よぉ」


「ッ!?」


 詩音が、陸奥が、生徒会の一年生が、俺の方を勢い良く見てくる。副会長だけは、此方を見向きもしない。

 ……興味ないってか。


 今度はアッパーではなく、鳩尾。

 抉るように、速く、鋭く……!


「ぐはっ!?」


 拳が詩音の鳩尾を捉えたと同時に、陸奥の腕が俺を薙ぎ払う。


「な……なん……!?」


 誰かが驚きの声を上げる。吹き飛びながら、俺はまだ大丈夫だと確信した。


 たしかに痛い。

 だが、陸奥の拳は、詩音の唸る大地は、庶務の念動力は、俺の肉体を傷付けこそすれど、俺の心の火を消したりはしない。


 まだだ。まだ俺は立ち上がれる……!

 挑む事ができる……!


 勝てる!



「はぁ……はぁ……まただ! また僕を殴ったなぁ!?」


「ひぇ〜! 気味が悪いッスよ〜!」





「こんなもの……か」





 あ……?

 今、何て……


「?……ぐっ、あ、ぐああぁぁぁぁぁあ!?」


 じ、地面が!?

 なんだよこれ!?

硬い筈の岩が蛇のように唸って、俺の四肢と首を縛り付ける。しかもただの岩ではない。炎に包まれているのかと錯覚するほどの、とんでもなく高温の岩だ。


「おいおい、五輝(アイツ)の周りに、なんだアレ……」


「おおー! 流石ッス、ふくかいちょー!」


「そろそろ、すばしっこい鼠も捕まえなくてはな」


「あ……が、あ……」


「これは、岩か? 兄貴のとはまた違うみたいだが……」


「流石にもう動けない筈ッスよ〜。副会長のこれでもまだ立ち上がるんならもう……殺されるのも覚悟の上って事ッスよね!」


「か…あ………」



 


 くそ、くそくそくそぉおおお!!

 もう少しなんだ……!

 もう少しで、クロの仇を……


 ああぁ……意識が……もう……

 こんな……ところで……








 


【超能力について】

体を構成する細胞の一つ、通称「特異細胞」の持つ特殊なエネルギーを消費する事で発生する。

また、特異細胞は非常に頑丈かつ体中に存在するため、一般人でさえハンドガン程度なら跳ね返す事が可能

超能力は大きく四種類に振り分けられ、それぞれに相性が存在する。


『放出系』……体表から何らかの物体を放出する事が可能。『触れたものを操作する』という能力もこれに分類される。

例……生徒会庶務の念動力


『変化系』……肉体もしくは接触している物体を変化させる事が可能。放出系に弱い。

例……赤澤 陸奥の硬化


『干渉系』……主に、近くの物体の性質もしくは超能力そのものに干渉する事が可能。放出系に強く、変化系に弱い。

例……赤澤 詩音の錬金


『特殊系』……上記三つのどれにも当てはまらない超能力。相性はその能力によって変わるが、総じて強力。

例……???



出力や操作性、応用力などから細かくランク分けされている。このランクが、その人の生活レベルの指標と言っても過言ではないほど、生活に直接的に関係してくる。基本的にE〜A級Lv.1〜9と表記される


E級……日常的な行動で、あったら便利程度


D級……喧嘩などで多少有利になれる


C級……喧嘩などで絶対的なアドバンテージとなる


B級……ある程度の地形破壊、建造物の破壊が可能


A級……B級とは比べ物にならないほどの出力。「B級とA級の差は人と化け物の差」、と言われるほど。


特級……1億人に一人と言われるほど希少な存在。たった一人でも世界を壊せると謳われ、国が厳重に管理している




???級……[削除済み]

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