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もふもふしっぽの永久魔法  作者: 大菅 戌彦
7/10

黒髪の魔法使いは強請られた

 イシュカによって尻尾を丹念に洗われたアルフは、水の滴る尾を大きく振った。

その勢いで水が飛び、イシュカの顔にかかる。


「わっ!」


驚きの声をあげ、両手で顔をかばう仕草をしたイシュカの表情は楽しげだった。


 そんな二人の様子を玄関の扉に寄りかかりながら眺めていたスキアは、微笑ましい光景に笑みを浮かべ、二人が戻ってくるのを待っていた。


 それから程なくして、満足そうな笑顔のイシュカの後ろに、どことなく疲れた表情のアルフが続き、スキアの元へ戻ってきた。


 「そのまんまじゃ風邪引くよ。」


室内へと戻ろうとするアルフに声をかけると、スキアは流れるように優雅な動きで己の赤い唇を右手の指先で撫でる。

そのまま踊るように空中に幾度か円を描いてから、アルフの濡れそぼった尻尾を撫でた。


その瞬間アルフの尻尾の辺りを中心に強い風が巻き起こった。


「……っ!」


あまりの風圧に目を閉じ、声にならない悲鳴を上げたイシュカの体が後方へと押され、そのまま尻餅を着く。


「ほら、乾いただろう?」


スキアの声にイシュカは閉じていた目を開けた。

視界に入ったのは(いささ)かボサボサではあるが、すっかり乾いたアルフの尻尾だった。


先程までは濡れてしんなりしていたはずの尻尾が、瞬時にして乾いている。


 不思議そうにスキアの顔とアルフの尻尾を交互に見ていたイシュカの耳に、多分に言いたいことを飲み込んで絞り出したようなアルフの声が聞こえた。


「……助かる。」


「魔法……。今のは、魔法なんですか⁉︎」


くわっと好奇心に目を見開いて、イシュカは立ち上がりスキアに詰め寄った。


対するスキアはそんなイシュカの反応に驚くでもなく、自らの魔法で起きた風により多少乱れた己の長い黒髪を指先で梳きながら口端を上げる。


「そうだよ。アタシは魔法使いだからね。」


スキアは()も当然という言い草だったが、イシュカからすると初めて間近に見る魔法使いだ。

輝く瞳には尊敬の色が見て取れる。


 「私を弟子にしてください‼︎  私、どうしても魔法使いになりたいんです!」


唐突な申し出に、スキアは目を丸くした。



 室内に戻りひと心地ついた後、アルフはテーブルに二人分のケーキと三人分の紅茶を用意し、ケーキは自分以外に、紅茶はそれぞれの前に置いて席に着いた。

 

 興奮したイシュカを(なだ)めて室内へと戻ってから、食べないなら捨ててしまうよとスキアに脅され、イシュカは再びテーブルに山積みになっていた食事へと向かった。

そうして八割がイシュカの胃袋に、二割がスキアのつまみ食いにより片付いた。


 空になった皿を井戸水を汲み溜めた桶の中へ浸し、スキアの無言の催促で冷蔵庫からケーキを取り出し、紅茶を煎れ、アルフは今ようやく席に着いたところだった。



 「で、アンタ魔法使いになりたいのかい?」


生クリームがたっぷりと乗ったケーキにフォークを突き立てながら、スキアはイシュカの顔をまじまじと見つめた。

ケーキに見とれていたイシュカはハッとして顔を上げるとスキアに真剣な眼差しを向ける。


「はい! なりたいです!」


ちらりとスキアの視線がアルフへと流れるが、アルフは我関せずと目を閉じて紅茶を啜っている。


「何故?」


「何故……? なぜ、『何故』なんですか?魔法使いですよ? これ以上素敵なものがこの世にあるんですか⁉︎」


 垂涎(すいぜん)の表情でスキアを見るイシュカが、魔法使いに強い憧れを抱いている事は容易に理解できた。

だが、魔法使いになるには最低限『才能』と『素質』と『それなりの理由』が必要だった。


「なんでアンタがそんなに魔法使いに憧れてるのか、その理由を聞きたいんだけど。」


広い世界にはそれこそ、魔法の力を使い悪事を働こうとする者もいる。

だからこそ魔法使いたちは、自分の弟子には細心の注意を払っていた。

スキアも例外ではない。


「……私、小さい頃はちゃんと家もあって、父も母も居たんです。でも、私が七歳の頃に父と母は、私を置いて出て行きました。理由は、魔法使いに呼ばれたからでした。」


「呼ばれた?」


スキアはフォークに刺したケーキを丸かじりしながら怪訝そうに目を細めた。


「はい。父と母は、魔法技師だったんです。」


「そりゃ珍しい。」


スキアは素直に驚いて魔法技師という仕事を思い浮かべて見る。



 魔法技師とは、魔法に必要な道具を作成する技師のことだ。


例えば、一般的なイメージで魔法使いは杖を持っているとされる。

その杖は魔法技師が作るものだ。

他には、魔力を増幅させると言われる装飾品や、触媒に利用される石や紙なども魔法技師が作り、そこに魔法使いが魔法を込める。


そのように幅広く魔法に関する知識と技術を持ち、魔法使い相手に商売をするのが魔法技師だ。

中にはお気に入りの魔法技師がいて、その技師の作ったものしか使わない魔法使いもいるような、実力がものをいう世界。

魔法技師として生き残れるのは限られたごく一部の者だけだったのだ。

それ故に両親が共に魔法技師である事は非常に珍しかった。


 「それで、魔法技師になりたいっていうのなら分かるけど、なんで魔法使いに?」


スキアの(もっと)もな質問にイシュカは真剣な眼差しで唯一の手荷物だった小さな巾着袋を取り出した。


 汚い巾着袋は幸いに湖で溺れた際も体から離れることなく、イシュカと共にアルフの家に運び込まれていた。


イシュカにとってそれは、命の次に大事なものだった。


 その巾着袋の紐を解き、手のひらの上で逆さにすると中から出てきたのは、深い青を宿した六角柱の石だった。


「これは、父と母が私に残してくれたものです。」


イシュカは手にした石をスキアに差し出した。

スキアはそれを受け取ると日に透かしたり、角度を変えてまじまじと観察する。


「これは……触媒だね。それもかなり上質な。でも、空っぽみたいだね。」


眉間に皺を寄せた難しい表情になっていたスキアはそう結論づけると石をイシュカの手に戻す。


「はい。空っぽなんです。空っぽの触媒は、ただの綺麗な石でしかありません。触媒は魔法を吹き込んでこそ、真価を発揮するんです。だから私……。」


イシュカは自分の手に戻ってきた石をギュッと握りしめ決意の眼差しでスキアを見た。


「魔法を吹き込むために、魔法使いになりたいんです!」

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