もふもふしっぽは絆された
「ほ、本当にごめんなさい……。」
イシュカは涙で赤くなった顔を両手で覆いながら、鼻声で謝罪した。
あの後しばらくの間、今しがた身体に入れた物が全部流れてしまうのではないかというほど、イシュカは泣いた。
噛み殺した嗚咽が漏れるその姿に、スキアもアルフも何も言わず、ただ時に身を委ねていた。
声をかけ事情を問うべきか。
二人は顔を見合わせたが、かけるべき言葉は見つからなかった。
だがイシュカにとっては、己の尻尾が涙や鼻水で汚れるのを厭わずアルフがそのままじっとしていてくれたことが、とても優しく感じられた。
「……なんか、気の利かない二人でごめんね。」
だからこそ、気まずそうにスキアが声をかけてきた時にイシュカを襲ったのは、激しい羞恥と申し訳なさだった。
そうしてイシュカは冒頭の謝罪を口にすることになる。
「もう大丈夫です!」
力強く言ったイシュカの声はまだ鼻声だった上、泣き腫らした目も真っ赤なままだったが、二人をまっすぐに見据えていた。
「……なら、そろそろいいか?」
アルフの言葉足らずな問いかけに、イシュカはきょとんとして首を傾げる。
「……離してもらえるか?」
理解していない様子のイシュカに、アルフは控えめに尻尾を震わせた。
「ああ!ごめんなさい!!」
二度目の謝罪の言葉と共にイシュカが手を離すと、所々濡れて毛羽立った尻尾はようやく解放された。
解放されたアルフの口からため息が溢れるのに気づいたイシュカは、即座にキッチンと思しき場所へ小走りに向かった。
確かにそこはキッチンだったが、思っていた設備がない。
慌てた様子のイシュカを見かねて、スキアが声をかける。
「そんなに慌てて、何を探してるんだい?」
「み、水です!」
被せ気味に応じながら、イシュカは勢いよく振り向いた。
その剣幕にスキアの目が丸くなる。
ふとイシュカは自分が考えなく動いていることを、恥じ入るように小さくなって呟いた。
「だって私……アルフさんの大事な尻尾を汚してしまったから……。」
スキアは腰掛けた姿勢のまま隣に佇むアルフを見上げた。
視線を感じたアルフの槿色の瞳はスキアを見返す。
その瞳にあるのは助けを求める困惑の色だった。
何を言っているのか分からない。
訳のわからない生き物が目の前にいる。
アルフの瞳からはそんな考えが容易に読み取れた。
アルフは思っていた。
そんなこと、必要なら自分でできる。
彼にはイシュカの気持ちが汲み取れなかった。
イシュカもまた、人ではないが優しいアルフが何を考えているのかわからなかった。
スキアはそんな二人を交互に眺めて呆れ顔で簡潔に告げた。
「水は井戸から。井戸は外。」
助け舟を得たイシュカは走って玄関へ向かうと、ぶつかるようにドアを押し開け、目に入った井戸へと駆け寄った。
地面に置かれていたバケツを吐き出し口の下へ設置し、手押し井戸に手をかける。
予想していたよりも重い。
体重をかけ、何とか3回ほど漕ぐことができた。
1/3程度水の入ったバケツを両手で掴み、玄関に戻ろうと振り返ると、すぐ後ろにアルフが立っていた。
イシュカは驚きそのまま固まってしまうが、アルフは極力優しくその手からバケツを奪い取り、溜め息混じりに呟く。
「危なっかしくて見てられん……。」
踵を返し、手近な切り株に腰掛けたアルフの目線は、先程までよりもずっとイシュカに近くなった。
「……ほら。」
言葉少なにイシュカの前で、アルフが尻尾を左右に振る。
本当は汲み上げた井戸水など、冷たくて御免だったが、懸命なイシュカの好意を無下にできないと、アルフは思ったのだ。
アルファポリスさんに掲載分と少々内容を変更していますが大筋の話は変わりません。
※横書派の方用に、小分けにしたり、改行したり、文を変えたりしているためですのでご了承ください