格好いい人悪い人
もふもふの掛け布団。カーテンの隙間からこぼれる陽の光が心地よい朝の目覚めを誘う。
窓の隙間から吹く柔らかな風が頬を撫でれば、素晴らしき一日を予感させた。
背伸びをして深呼吸。眠気まなこをこすって二度寝。
嗚呼、素晴らしきかな人生!
「おーい、二度寝してる暇なんてないぞ。今日は街を見て回るんだからな」
「そうだった! 異世界転生したんだった!」
ここは異世界、理想の地。ここで大活躍してちやほやされる予定なんだから寝てる場合じゃない。
あ、やっば。異世界転生したって言った私。言っちゃった!
「顔洗って着替えたら飯にするぞ」
あれ聞こえてなかった?
よかったあぶねー。
それにしてもいつのまに寝たんだっけ。記憶が曖昧でよく思い出せない。最後の記憶といえばここでレディースランチを食べて…………そこから記憶がない。
しかし暁さんの様子を見る限り無事にギルドに受け入れられたようだ。ここから私の人生の第2幕が始まるのだ!
柔らかい繻子折りのワンピース。エスニックな柄と清楚感ある青みがかった白のグラデーションが美しい。まさに私にふさわしい一品。
暁さんの古着で着なくなったからいただいた。随分高そうだけど、そこはさすがギルドマスター。古着ですら一級品。いつか私もリッチになるのだ!
朝食を済ませ街の様子を見て回る。一緒に同行してくれるのは暁さんとアルマと呼ばれる金髪ツインテールの小柄な少女。
金髪ツインテールといえばツンデレのテンプレだけど、現実は普通に礼儀正しい女の子。特徴的なところと言えば、長い袖から手を出さずバタバタと振り回しているところ。これが袖萌えというやつか。今度やってみるか。
「詩織さんはどんな魔法を使えるんですか?」
「私は戦乙女だから神聖系全般と火と雷系の魔法なら少し使えるよ。共通魔法は上位魔法までと最上位魔法を少しだけなら」
ぽかーんと口を開け目を丸くして見上げている。もしかしたら以前の世界とこの世界にある魔法の名称や属性、使用方法や原理など諸々相違があるのかもしれない。だから理解できずに呆気にとられているのだろうか。
もしかしたら私が凄すぎて驚かせちゃったのかも。
暁さんが言うにはこの子はこの国で1.2を争う魔法使いだということだからきっと私の凄さを理解できたのかもしれないわね。良きに計らうといいわ。
しばらく歩いて宿場町に出た。観光客や薔薇の塔の攻略を夢見て各地から集まった猛者が住み着いている区画。それだけ聞くと野蛮な連中の集まりを想像していたが、街並は整っていて明るい雰囲気。
道をゆけば気さくに挨拶をしてくれる人々の笑顔が見てとれる。最初は違う価値観の者同士いざこざが絶えなかったそうだが、ギルドマスターの暁さんによって説き伏せられていったそうだ。主に暴力で。
「おう暁じゃねえか。今日こそ俺様が勝つ!」
「朝から元気だなぁ。今日は新入りを連れ回してるんだ。後にしてくれないか?」
「だったらアルマが相手します。ちょうど新しい魔法のサンドb……試してみたかったところなんです!」
「バカヤロウ。女、子供を殴れるか。俺はそんな野蛮じゃねぇんだよ」
「おいちょっと待て。お前今なんつった?」
「女、子供は殴らねぇっつったけど」
「そうか。そいつぁ殊勝な心掛けだ。アルマちょっと刀持っててくれ」
「そうこなくっちゃな! しかしお前素手で俺様と勝負する気か? 随分甘く見られたもんだな。それでも勝ちは勝ちだぞ後悔するなよ」
自信満々の大柄な獣人が突然現れ、出会い頭にファイトとはなんとも異世界っぽい展開。
他人事だけど少しわくわくしてしまう自分は不謹慎だろうか。……あれ、なんか既視感があるような。まぁいいか。
ギルドマスターと言えばギルドで最強なわけだが、見てくれはどうしても獣人の方が強そう。身長2メートルを超える逆三角形の巨体にムキムキの筋肉。
握った拳は丸々と太ったスイカを思わせるほどの肉質。
今日こそ俺が勝つと言っていることから暁さんがいつも勝利を収めているのだろうけど、会話から察するとそれは刀を使ってのことのようだ。
素手で相手をするのは初めてのようだがどうだろう。実は刀より拳の方が強いとか、剣より魔法の方が得意ですよとか漫画やアニメでよく見る設定だけど、そんなの現実にあるのだろうか。
仮にもギルドを背負って立つ暁さんが負ける為に武器を手放すことはないだろうけど。
アルマが2人の真ん中に立ち開始の合図を行う。
振り下ろした裾が風の抵抗でバタバタと音を立て、始めの声が響いたと思った瞬間、間合いを取っていた暁さんの姿が消えた。
そして________。
「あたしは女だーーーーーー!!!!」
小さな拳がエイトパックスに直撃。
空に浮いたまま一直線に吹き飛んで、街中を抜け門を飛び出し山の木々をなぎ倒して中腹に激突。ゆうに10キロは空中浮遊していた。
これが本気の暁さんか。上には上がいるもんだ。力量とか以前に、絶対怒らせないようにしよう。
「やれやれ。ま、あいつが女、子供を殴らない時点であたしの勝ちは確定だったけど。すっきりしたっ!」
「さっすが暁さんです。カッコいいです!」
「だろ〜。さ、街歩きの続きといこうか」
まるでなにごともなかったかのようにすたすたと歩いていく。騒ぎを見守っていた野次馬も、今日は一段と派手にやられたな、くらいで仕事に戻っていった。
メリアローザの東側に位置する暮れない太陽は、中心にはギルド本部。その西側が中央機関。北部から北東にかけて居住区になっており、そのまま右回りに観光客や破塔者の集う宿場町。アイテムや狩猟した動物を取引する卸売り市場。
中央機関とギルド本部の間に一般家庭向けの市場がある。
ここにこんなところが何故あるの。というような場所も入れると面白そうなところはたくさんあるけれど大まかな配置はこんな感じ。
昼を過ぎて一周回りきった。といっても居住区は避けて通ったし内枠を小さく回っただけだから大雑把にしか見れてない。それなのに5、6時間歩き回るということは本気で全部回ろうとすると1日以上かかるに違いない。
「なんだもうへばったのか。ギルド本部の周りをぐるっと回っただけだぞ」
「それでも本部からは1、2キロ離れた所にはいますけどね。そんなことより詩織さん。この後詩織さんの魔法を実際に見せてもらってもいいですか?」
「え、私の魔法……そりゃいいけど、度肝抜かさないでよ?」
キラキラした瞳で私を見てくる姿は愛らしい。私以外に向けられた視線は実に腹立たしくて仕方ないものだけど、憧れを浴びるってなかなか悪くないじゃない。
得意満面で仁王立ち。ここは外壁を取り除いてそれまで野原だった敷地を併合して整備した訓練場ということだ。噂を聞きつけたのかギャラリーも多数。
なんとわたしのワンマンステージ!
「それじゃあさっそくお披露目しちゃおうかしら! まずはとっておきのお気に入り。聖なる千羽光鳥!」
胸元から膨れ上がる聖なる光の玉が弾け、半円形を描いて四散する。3次元的に飛び散る光線は空からの敵をも迎撃できる性能。なによりお気に入りなのはこの魔法の光線には色がついていて、あたかも花火が咲いたような美しい演出。
名を叫んで指先を天に振るった。のだが……。
どういうわけだ、魔法が発動しない。ゲームやラノベだと心の内側に問いかけると魔法のイメージが湧いてきたりしてちゃちゃっと発動するはずなのに。
何度も試しても結果は同じ。声だけが空に散っては消えた。
頭の中で記憶を思い出し、イメージを探すも空回り。何も浮かんでこないし、そもそも魔法ってこんなんだっけ。ワンクリックで簡単発動するもんじゃないの?
「もしかして詩織さんって本当は魔法使えないんじゃ……」
「そ、そんなことない! 今日はただ調子が悪いだけっていうか、私が魔法を使っていた環境と違うから調子悪いだけっていうか!」
「まぁ詩織には剣もあるしな。剣魔両道だもんな」
「そ、そうそうそうそれ! 魔法も得意だし剣だって一流なんだから!」
なにそのじっとりとした視線は。
剣だってちゃんと使いこなせるし剣技だってあるし。魔法だって使い方を思い出せば断然大丈夫だし。
今日はこの世界に来て日もないから体が本調子じゃないだけ。嘘じゃないし。嘘じゃないし!
他の魔法も試してみたけど何も出ないし何も感じない。なんなのこれ。なんの冗談なの?
もしかしていやまさかそんなはずない。はずないはずだけど…………もしかして、魔法使えないの?
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⌘固有魔法⌘
アルマ「魔法についてはアルマにお任せ! ぷっちぷち情報コーナー!」
華恋「未だに魔法について知識も耐性もないんだけど、どういう原理で使えるの?」
アルマ「え、魔法耐性は読んで字のごとく魔法に対する抵抗力のことですよ。最近は防具に魔術回路を織り込んだりして手軽に付与させられて便利になってきてます」
華恋「あぁ、ごめん。そういう意味じゃなくて。私は異世界から転移してきたのは知ってると思うけど、その世界には魔法なんてなかったから、まだ慣れてないっていう意味。少し練習してみたけど全然感覚も分からなかったし」
アルマ「大丈夫です。華恋さんには素晴らしい固有魔法があるじゃないですか!」
華恋「私に固有魔法?」
アルマ「はい。1つのことを延々と繰り返し続けることができる固有魔法です。私含めてみんな感謝してます。華恋さんが来てくれて本当に嬉しいです!」
華恋「いやそれは固有魔法じゃなくて、ただ単に私が事務仕事が好きだってだけで……。まぁ喜んでくれてるならいいんだけど(照)」
アルマ「そんなわけで今回は固有魔法のお話しです。固有魔法はその人が先天的に持っている自分だけの魔法、あるいは能力を言います。基本的には1人1つ。ごく稀に2個3個持っている人がいますが、そんな人はとても稀有で数々の逸話を残しているんですよ。勇者とか英雄とか、魔王とか言われる人の殆どは複数の固有魔法を持っていたと言われています」
華恋「アルマの固有魔法は魔法の祝福だったっけ」
アルマ「そうです! 見たり聞いたりした魔法の魔術回路を看破して複写する能力です。使用に関しては自分の能力以上の物は使えませんが、魔法の巻物に魔術回路を転写して、魔力を込めるだけで簡易的にその魔法を行使したりできる便利な能力です。魔力の扱いができるようになれば華恋さんにも使えますよ」
華恋「魔法……使ってみたいけど戦闘をするのは嫌だな」
アルマ「大丈夫です。華恋さんは華恋さんの戦場を生きて下さい。アルマはそっちに行く気はないので!」
華恋「あぁ、うん。頼りにしてくれてありがとう。アルマの固有魔法は魔法関係だけど、それ以外にも多種多様な能力があるよね。お祭りの時に迷子センターにいた女性もそうだよね」
アルマ「あの人は凄い能力ですよ。家族の絆って言うのですけど、手を握ったその人の血縁を脳裏に映し出すんです。迷子も迷子を探してる人もすぐに見つけられるというわけです」
華恋「それは地味に凄いな。それで迷子センターの女帝って変わった仇名をつけられてたんだ」
アルマ「そうです凄いんですよ! せっかくお祭りに来てくれたんだから最後まで楽しんでもらいたいって、彼女は率先してあの場にいるのです!」
華恋「能力も凄いけど、その汚れなき魂が眩しすぎる!」
アルマ「でも一歩間違えれば命を狙われかねない危険な側面も孕んでいるのです」
華恋「え、なんで? 迷子を探すだけなら、そこまでのものではなさそうだけど」
アルマ「もしも彼女の能力で見た人が、親と公言する人以外だったら…………」
華恋「……ッ! それってつまり」
アルマ「以前、王族の内輪のいざこざで、その子供が自分の子供かどうかを確かめるために彼女に仕事を依頼してきた人がいたそうです。もしかしたら女性が浮気してできた、自分の血の繋がりのない子ではないかと…………」
華恋「やめよう。その先はディープでダークな話しなのが分かるからやめておねがい」
アルマ「どんな固有魔法でも使い方次第ってことですね!」




