骨になってモテ期到来
何故だろう、食堂を掃除していても感じなかった疲労感のようなものを感じる。実際は疲れてはいないんだけど精神に負荷がかかっているというべきなのか、とにかく未知の体験とマッドでサイエンスな環境に疲れた。
それにしてもあれだなー、未知の体験というとあれだなー、あの美人な看護師さんの柔らかな胸が肋骨にふにふにした時はなんかこう素晴らしいかったなー。
顔を恥骨に押し付けられた時はなんかもーやばかったなー。ファーストコンタクトのキス&ディープキッスには驚いたけど、今思い返すとふわわ〜。
ただ、肉が付いている時に体験したかったんだなー。
「ようお疲れ! なんだ鼻の下伸ばして。なんかいいことあったのか?」
「鼻がないのになんでわかるんですか!?」
「いやいや、超わかりやすく顔に出てるよ。オーラにも出てる。ピンク色のやつ」
頭蓋骨だけなのに顔色を悟られるとは。いやもう心に描いたお花畑が気配として漏れ出していたのだろう。スケルトンになっても気が抜けないな。
「それでお医者さん達の反応はどうだった。理論的には可能だと思うんだけど」
「ええ、また明日来て欲しいということでした」
「つまりまた私は同伴しなければならないということですね……」
「まぁそういうな。こいつは世界を変えられる存在かもしれないんだから」
「それなんですけど、俺の皮膚や心臓、血液の記憶を蘇らせて観察してたんですが何の意味があるんですか?」
「そりゃあ内蔵の動きや血液循環の仕組みを見ることができれば治療や手術に利用できるからさ。ちなみになぜ人間でできないかといえば、記憶自体は再現できるが、実際にそこに皮膚や筋肉があって、それが邪魔で観察することができないんだ。お前ならそういう邪魔な壁がないから術の加減で透かして見える。それがお前の長所であり、お前にしかできないことだ」
はぁ〜なるほど〜。
そういう理由であの時、俺は世界を変えられるって言ったのか。そういえばロッカーから飛び出してきたお医者さんも、宗教上の理由で死体を解剖することは特別な理由がない限り許されない。ウォーキングデッドを防ぐために、神格化され霊廟に安置される以外の故人は火葬が義務付けられている、って言ってたな。
医療の為の人体の解剖のハードルが極めて高い、いやむしろ現状不可能な事実が横たわっているこの時代に、自然発生し無害で、人間の記憶を持つスケルトンは宝の塊。
最初は何事かと驚いたけど誰かの為に役立てるなら誇らしいな。
「明日は蘇らせた肉体の記憶に色々と実験をするそうです。とりあえず最初は癌について。癌の記憶を植え付けてどのように転移するかだとか増殖の条件や経過など観察するそうです。叩き台ですが簡単な計画書を作ってもらったので見てください」
「体に癌を入れるんですか?」
「実際には癌の記憶をあなたの肉体の記憶に移植するので人体に影響はないそうです。そういう面でもおそらく適任者は世界であなただけなんですよ。そもそもスケルトンって病気になるんですか。骨の病気はともかく癌にはならなさそうですが」
「あ〜、確かに……」
死んでるから多分病気にはならないんだろうな。そういう意味では生きてる人間でできない実験ができるのは俺にしかない強みか。
暁さんはしきりに俺のことを凄いやつだっていうけれど、俺を見た瞬間にそこまで考えて行動できるあなたこそ、俺なんかより断然凄い。
構想は思いついても俺は所詮モンスター。きっとこの世の何よりも孤独な存在。それを受け入れて仲間にしてくれるなんて、本当に良い出会いを得た。
だからこそ彼女と彼女を慕う人たちの為になりたい。自然にそう思えるようになっていた。
「あ、また病院に行く前に1つ聞きたいことが。実際聞いたところでどうしようもないんですけど、心構えというか、予め知っておくのと知らないのでは違うというか」
「病院のスタッフのことか?」
「俺ってそんな顔に出てます?」
「いや、初めて病院を利用した人間にはよく聞かれることだから」
「名物になってるんですね……とりあえずいきなり求婚してこられた美人さんなんですけど」
「あの人は骨ばった人間が好みでな。そういう患者には頬を赤らめるほど優しいけど、そうじゃない一般ピーポーには塩対応だ。塩対応を求めて来る患者もいる。美人だからな。悪い人じゃないんだ。好きのベクトルが個性的なだけ」
「それで突然求婚してきたんですか。生きてる時に求婚されたかった」
「生きてたら塩対応されてたと思うぞ」
「それはそれで……いやなんでもないです。今日会ったのはあと2人。1人は小柄な赤髪の女の子で」
「小動物のような雰囲気であわあわしてるところが庇護欲をかきたてられる妹系看護師か! 脈を採りに来たんだろ!」
「……そ、そうです。よくわかりましたね」
「あの場にいたのでお前に近づいていきそうなのはラララとブラードだと思ってたんだ。ブラードは血液大好きっ娘だからな」
「血液大好きっ娘!?」
「ああ、健康診断の時なんだけど、脈を採る時めちゃくちゃ興奮しててな。献血の時なんか、しゃっきまで血管の中をにゃがれてたゃ血液ちゃんがこんな細い管のにゃかにはいちゃって……輸血袋のにゃかにこんにゃにたくさ、ぶぶっぶばあぁっ! 、って興奮しすぎて鼻血だして倒れたほどだ」
「こ、ここの看護師さんは大丈夫なんですか?」
「腕だけは確かだ。他に気になる女子はいたか?」
「腕だけは……ああ、ええと。俺が休憩室に入るたびにバラードを歌う女性がいたんですけど彼女は?」
「ネイサン女医だな。彼女は癌の摘出手術が専門なんだ。固有魔法の音楽療法のせいもあって趣味は音楽。話しでは癌が黒くてプルプルするところが、どういうわけか興奮するらしくて、摘出後は気持ちの昂ぶるあまり手術室でギターをロックで奏でるそうだ。切開したのを放り出して」
「大丈夫なんですか。患者さんは」
「彼女の固有魔法のおかげで音楽を奏でると傷を治療できるらしい。趣味と実益を兼ねた天職というわけだ」
医者が手術中に音楽を聴くというのは聞いたことがあるけれど、執刀中にギターを弾く人なんて初めて聞いた。異世界ならではなのかもしれないけど、ほっとかれる患者さんはたまったもんじゃないな。
それはそうと、と切り出して暁さんは俺の横で寝こけている少女に目をやった。
できればこっちの話しは避けたかったけど、彼女と俺が知り合いとなればそうもいくまい。渋々【暮れない太陽】で引き取った彼女との関係と知り得る限りの情報を共有する。
以前はどんな風体だったか。普段どんな様子だったか。面と向き合った時とゲームでの性格の変貌ぶりだとか。
正直知り合って間もないのもあり、あまり有益な情報を持っていないというのも事実。
知りたかったのは彼女の粗暴かつ無礼な振る舞いの原因。
転生の副作用的なやつで彼女の性格が残念になってしまっているのかそれとも元々なのかと疑われていたみたいだが、生来、匿名性を得ると普段から内に秘めていた暴力性が外に出る性格ということが昨日と今日の彼女の態度と転生前の話しから結論付けられた。
転生前と後で別人のような姿を得たことで自分が自分ではない、あるいはペルソナを持ったと勘違いしていると仮説が立てられる。
そうとなれば彼女の姿が嘘偽りない本当の自分であると認識させる必要があった。そうすればもしかするとこの迷惑千万な言動が治るかもしれない。
穏やかで引っ込み思案な性格も粗暴な性格も、勿論どちらも彼女自身のもの。直したり抑え込んだりという矯正は必要ない。
このままだと自分も他人も傷つけてしまうと自覚してもらえれば、穏やかな性格が続き、暴力的な面が突出することも少なくなるだろう。
地道に諭していくしかないのである。
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✴︎薔薇の塔✴︎
たかピコ「プチ情報コーナーを始める前に聞きたいことあるんですけどいいですか?」
暁「スリーサイズ以外ならいいよ。まぁあたしのは大したことないけどね」
たかピコ「たかピコって呼ばれ始めたんですけど、なんで?」
暁「そりゃあお前のニックネームだよ。格好がそんななんだから愛称くらいは面白可愛い方がいいだろう?」
たかピコ「……そぅっすね!」
暁「だろ? さて本題に戻ろうか。メリアローザの中心にある薔薇の塔。名前の由来はその塔の周りを薔薇が蔦を張っているからなんだ。春になると町中の薔薇が一斉に咲き乱れて壮観だぞ。開花の時期に合わせて春祭りも催されるから、外からの観光客も大勢押し寄せてくるんだ」
たかピコ「それはなんとなく想像できたんですがどうして塔なんですか? この食堂ぐらいの広さしかなさそうですけど」
暁「外からみたら確かにな。実際入ったら分かるんだけど、中って外から見るより明らかに広いんだ。転移門を通るとまるで別の世界にでも飛ばされたんじゃないかって思うような空間に出会う。土もあれば空もある。様々な仮説があるけど古くから塔と呼ばれているから、とりあえずそれに倣って塔と呼んでるんだ」
たかピコ「あ〜なるほど。もしかしたら異世界転移してるのかもしれませんね。昔の人はそんなこと思いもしなかったから、階段を登るように塔って表現したんでしょうね」
暁「かもな。現在踏破されてる階層は32。詳しい説明は省くがそれぞれ特徴があってな。1層は草原や湖がある。第2層はムカデとクモのモンスターと回復薬になるハーブが生えた鍾乳洞。先にもあった第3層は森と流れの速い川ばかりの層。ここまでは主に危険な存在もない採取層とよばれる区域。ここから上は獰猛な獣やモンスターがいる狩猟区域」
たかピコ「そこで採取したアイテムや狩猟したモンスターで武器や料理を作るわけですか」
暁「飲み込みが早いじゃないか。さらに上層への扉を開いた者には報酬として扉のある階層のアイテムを1部独占する権利が与えられる。例えば31層の扉を開いた子は30層にある古代の遺物を私有している、といった具合だ」
たかピコ「それはまたロマン溢れるシステムですね。でも古くからあるという割には32層まで踏破されているってのは少ない気がしますが」
暁「それはこの国の豊かさゆえの少なさなんだ。国として栄えた時に塔もあったが、同時にここには肥沃な大地に山から海へ流れる複数の川。山の麓も海沿いも衣食住に関して申し分なく整っていた。そんな環境で生きているのに、わざわざ危険を冒して未知の冒険にでようとするか?」
たかピコ「それはないですね」
暁「だろ? だけど国としては資源の山なわけだし、他国と貿易をする際に特産品があれば外貨を獲得できる。でも国内で挑戦する人は少数。だから好条件を付けて外から挑戦者を募集したんだ。そのまま住み着いてくれれば一石二鳥だしな。最初は順調だったらしいがしばらくして封鎖する事態になった。挑戦者に紛れて死に場所を求めてやってくる人々が現れ始めたんだ」
たかピコ「でも今は入場規制があって許可証がないと入れないですよね。当時はそういうのなかったんですか?」
暁「その頃規制は緩くて衛兵は挑戦者同士のいざこざの対応が主な任務だったそうだ。元々出自の分からない奴らばっかりだったから身元の確認もやってなかったらしい。時期も悪くて各地で国家間の戦争や大から小まで紛争が絶えなかったと。戦争で身寄りのなくなった人や犯罪者が絶望と希望を燃やしてかけこんだんだとさ」
たかピコ「それは……世知辛いですね」
暁「だからコトが落ち着くまで封鎖されたんだ。あたしはそこに目をつけて踏破をメインにして稼ぎを出すギルドを立ち上げたんだ。ちょうど戦争も終結したころだったし良い機会だと思ってね。それでも細かい取り決めや外からの人間の受け入れ体制の確立やら、道徳と教育の両立やら大変だったけどね。同じ轍を踏まないためにさ」
たかピコ「へぇ〜、なんか壮大で凄いですねって陳腐な言葉しか出ないですけど、凄いですね!」
暁「だろ〜! もっと褒めていいんだよ!」
たかピコ「あ、それだと俺も暮れない太陽にいるわけですし塔に登るとか」
暁「お前が希望するならウェルカムだよ。桜のアヴァランチを耐えたところを見ると、とりあえず防御力は高そうだし。そもそも死んでるから死なないし毒とかの状態異常かからないだろうし……あれ、お前無敵じゃないか?」
たかピコ「火とか聖なる感じの魔法に弱いかもかも。とりあえず武器を扱えるように頑張ってみようと思います」
暁「そうだな。まぁとりあえずお前はしばらくマッドでサイエンスな白衣の天使とデートの続きを楽しんできなさい」
たかピコ「あ……はい…………」




