解剖か毒か簀巻きか
目が覚めると日が傾いているのか夕焼けが頬を照らしていた。なんだか久々にベッドの上で横になった気がする。柔らかい布団の匂いはお日様の匂いがした。
ということはこれは私のベッドじゃない。
私のベッドはもっとこう消臭剤の淡白な匂いのはず。
そうだ。異世界転生したんだった。それから街を色々見て回って…………腹パン喰らったんだった!
「あらあらやっと起きたのね。1日以上眠っていたけど調子はどう?」
「あ、はい……まだお腹に殴られた感覚があります」
「あらそうなの。元気そうでよかったわ」
確かこの人はギルマス代行のババアだ。他人事だと思って笑ってんじゃねえよ。どこが元気だよ重傷だよ!
こんな目にあったのはお前のせいだろふざけんな。
腹パンしやがったあの女もだ。次に会ったら容赦しねぇ。
「おう、ようやくお目覚めかい。ほんとよく寝るなーお前」
「まぐれで勝ったからっていい気になってんじゃねぇぞちくしょうめがッ!」
「はっはっはっ。まぐれでも勝ちは勝ちだ。取り決め通りあたしの言うことちゃんと聞けよな」
「は?」
「は?」
うーんそう言えばそんなこと言ってた気がするな。いやちょっとまてよ。もう一度記憶をリプレイしてみようじゃないか。
『おうよ。まぁアタシが負けるはずないけどね!』
『どの口がほざいてるの。コテンパンにしてやるわ』
『それでは両者構えて。始め!』
いや。いやいやいやいや。言ってない言ってない。コテンパンにしてやるって言っただけ。負けたらあんたの言うこと聞くなんて言ってないから。
合意なんかしてないから。
なによちゃんと確認しただけなのにまた暴力振る気なの?
顔真っ赤にして拳振り上げるなんてとんだ暴力女ね。生まれが知れるってもんだわ。脳まで筋肉でてきてるなんて恐れ入るわ。
ハァーーーー……なんか文句垂れてるけど聞こえない聞こえない。
それよりお腹空いちゃったな。ご飯まだ?
「まだ夕飯前だけど、そうよねお腹空いてるわよね。今支度してあげるからついてきて」
「こんなやつに飯食わせてやる必要なんてありませんよ姉さん。さっさと放り出しちまえばいいんだ!」
「まぁまぁそう言わないの。困った時はお互い様よ」
そうそう困った時はお互い様だっつーの。流石そこんとこはババアなだけあって心得てるな。
独り身の美少女を見知らぬ土地に放り出すなんて気が触れてるんじゃないのまったく。
それはそうとお腹が空いた。
勇み足で食堂に向かうと美味しそうな夕餉の支度が始まっている。夕飯前だから簡単なものしかできないと言っておにぎりを3個手渡された。
物足りないけどあんまり食べ過ぎても晩御飯が入らない。
仕方なく1個目のおにぎりをぺろり。抜群の塩加減で中身は昆布か。まぁまぁね。
2個目をぺろり。梅干しの混ぜ込みごはんかなかなかじゃない。
3個目もぺろり。なんとも形容しがたい味だわ。薬っぽいような鼻につく味だけど、ここではこんな味付けがポピュラーなのかしら。なってないわね。
さて、全部食べ終わって自称美少女は意識を失った。
この隙に簀巻きにして海へ放り出してやろうか。それとも炉にくべてやろうか。
おっといけない現役時代の感覚が蘇っちゃったわ。
この国では殺しは最後の手段だもの♪
「姉さん……顔が……」
「ん、なぁに?」
「なんでもないです!」
「それにしてもこの子どうしましょう。しょぶn…………最後の手段は国王陛下の御裁可が必要ですし。秘密裏にメイリンちゃんのところへ持って行って人体実験用のモルモットとして使ってもらうわけにもいかないし。かと言ってウチからは絶対追い出しておかないといけないし。でもきっと他でも雇ってもらえるとは思えないし。困ったわねぇ……」
「姉さん、素が出かかってますぜ」
「あらやだいけない。あの人と結婚した時に出来るだけなんとかするって約束したのに〜☆」
あらやだ逆に怖がらせてしまったわ。こういう時の笑顔って恐怖を感じるものだけど、かといって怖い顔をするわけにはいかないから難しいわ。
それはそうとエレニツィカの話しではこの後、ギルド【胡蝶の夢】へ案内するって言ってるけど、このままだと本当に解剖されてしまいそうだし、それを回避しようとすれば最初に訪れた暁ちゃんのところに再相談するのが筋だけど、初見とは言えあの子が放り出したとなればきっと用無しと判断したに違いない。
困ったわ。本当に困ったわ。
「どうするんですかい姉さん。この性格じゃあどこも引き取ってくれませんよ」
「そうねぇ、とりあえず暁ちゃんに事情を説明して引き取ってもらえるかどうか相談しにいきましょう」
かくかくしかじか。
うまうままるまる。
なるほど予想通り猫被ってたか。
キャッツウォークで迷惑をかけた挙句、ドラゴンテイルでは暴挙を働いたばかりか約束を屁理屈で反故にしたと。しかも悪びれる様子もなく。
まさかそこまでとんでもない性格をしていたとは想像だにしていなかった。どこか引き取り手があるかと思って放り出したが、どこにも手を差し伸べてもらえず返ってきてしまったか。
「そういうわけで解剖される前に暁ちゃんに相談に来たというわけなの」
「懸命な判断ですね。この様子だと身寄りもないようですから足もつかなさそうなですし。しかしまぁよく寝てますね」
「念には念を入れて超強力な眠り薬を使ってあげたわ。中途半端に目覚められたら困るもの。永遠に眠ってしまうほうを使おうか迷ったけど、それはやめておいたわ。それでこの子どうするの。ここだけの話し、ウチならアリメラ漁にかり出して事故死ってことにでないこともないけど」
「ここだけの話しをみんながいる前でしないで下さいよ。そうですね、一応あたしのほうで使い道がないか探ってみます。せめて何か一芸に秀でていればよいのですが。ただしどこも引き取らないのをウチで面倒見るので、ある程度の容赦を覚悟しておいて下さい、と猫と蝶にも伝えておいて下さい」
「承ったわ。それからせめてもの心付けなんだけど」
そう言ってエレニィが持っている藤折りの手提げ籠を広げて中身を見せた。鉛筆大の四角柱に加工された20センチの棒がカラカラと音を立ててひしめき合っている。重さ約3キロ。時価20万シエルはあろうアリメラの根を渡された。
「これは?」
「彼女を引き取ってもらう代わりにせめてもの……ね」
どんだけ嫌われてるんだよ。
せっかくなので受け取っておくが、これは幸先が悪い。料理長のアイシャとしては興奮冷めやらぬ勢いではあるが、相対的にあたしのテンションは下降の一途を辿っている。
エクシアさんとエレニツィカは方々に触れ回ってくると言ってそそくさと長椅子で爆睡している彼女のもとを後にした。とりあえず空き部屋にいれて軟禁しておくか。
「ただいま戻りました。そこで横になってるのは?」
「はぁ……戻りました。あれそこで横になってるのは詩織ちゃん?」
「おい、まさか昨日話してた、お前を山に置き去りにして行ったっていう後輩ってコイツのことか?」
「ええまぁそうです。でもほんとにそのことは気にしてないので。俺みたいなモンスターと一緒にいたら彼女まで誤解されかねないのは事実ですし、きっと異世界転生したばっかりで混乱してたんですよ」
「そうは見えなかったが?」
目ぇそらすなよ。
とはいえたかピコの言い分もよくわかる。見知らぬ土地に突然放り出されればパニックにもなるだろう。まして先輩がスケルトンになってしまえばなおさら気が動転する。
しかし……しかしだな。あたしが見る限りそんな素振り全くなかったんだが。嬉々として頭のおかしなことを平然と口走っていたようにしか見えなかったし、不安とか動揺とかとはかけはなれて、むしろ逆に未来への展望を心待ちにしているかのようなキラキラした瞳をしていた。
エレニィのところであった事件も相まって詩織には悪感情しかない。気持ちも分からんではないが知人を見捨てて走り出すところが特に気に食わん。
こいつほんとに簀巻きにして川に流してやろうか。
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♪アリメラの木♪
エレニツィカ「はい、今回から始まりましたプチ情報コーナー。今回のお題は【アリメラの木】だよ!」
ヘレナ「エレニィがいっつもおやつにしゃぶってるアレのこと?」
エレニツィカ「そうそれ。薔薇の塔・三層の激流の中に棲息してる超珍しい木なんだ」
ヘレナ「私はあんまり採取クエ受けないからよく知らないんだけど、木なのに水の中で大きくなるんだよね」
エレニツィカ「その通り。普通、木って土に根っこ張って育つんだけど、アリメラの木は激流に流されながら成長していくのだ。その幹は耐水性に優れていて栄養を外に流さないためか密度が高く、同じ大きさの木と比べて重さが2倍以上あるよ」
ヘレナ「それでアリメラの木を採りに行く時は、漁に出る、って言うんだ」
エレニツィカ「そうなんだよ。しかもこれが超大変でさ。重いわ流れが速いわ木は流れに乗って回転するわで、記録に残る限り死傷者の数は述べ3万人を超えてるんだよ」
ヘレナ「え!? そんな壮絶なの?」
エレニツィカ「そうなんだよぉ。そんかわり根っこはたくさん栄養を蓄えていておいしいし非常食になるし、昆布や鰹節みたいに出汁がとれるんだけどこれが絶品なんだ。幹は頑丈で魔力を受け付けないから家具や武器の持ち手や鞘、盾に使われたりして需要が高いんだ」
ヘレナ「それでアイシャちゃんがアリメラの根っこを仕入れた時はやけにテンション高いのか。それにしてもアリメラ漁に出てるのってエレニィ以外に聞いたことないんだけど。やっぱり危険だから?」
エレニツィカ「まぁそれもあるし、あたしと漁に出れば安全ってのもあってあたし以外に主導してやる人がいないんだよね」
ヘレナ「へぇ、信頼されてるんだね」
エレニツィカ「え、あぁうん、まぁな(照)」
ヘレナ「どんなふうに漁をしてるの? 命綱を使って捕まえるとか?」
エレニツィカ「基本的に縄を枝の間に通して、木が回転するのを利用して絡ませて綱引きみたいにして岸に引き寄せて引き揚げるんだよ」
ヘレナ「激流の中に入っていくとか凄いね」
エレニツィカ「いや、木の枝に鉤爪のついたロープを投げるんだよ」
ヘレナ「そんなんでうまくいくもんなの?」
エレニツィカ「あたしは普通に投げて普通に絡めて引き寄せてるだけなんだけど、みんな下手クソでさー、全然決まらないんだよね」
ヘレナ「そういう理由でみんなエレニィのこと凄いっていってるのか。でも命綱付けて水の中入って掴んで取ってくるとかダメなの? そっちの方が確実な気がするけど」
エレニツィカ「それなぁ……さっきも言ったけど円柱状の物って流れる水の中だと回転するのよ。しがみつこうものならグルグル回されて溺死しちゃう。綱も絡んで手放そうとした時には木にハリツケにされて逃げられなくなるってな。流れに対してまっすぐに流れてるやつは回らないんだけどえっちらおっちらやってる間に、後から来た丸太に挟まれて骨折したやつもいた」
ヘレナ「…………怖っ!」