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優しさと好奇心

 今日はもう疲れたろうと部屋を一室貸してくれた。ギルドメンバーは専用の部屋をもらってそこで暮らすのだという。社宅みたいなもので部屋のレイアウトや改装なんかは自由に行っていいらしい。


 トイレ、風呂、洗濯機、ベランダ、リビングなどがついている。家賃もなくタダで使わせてくれるというのだからありがたい。そのかわりかキッチンがない。

 この世界には食材を適切に保存する道具がまだないのか、それとも自宅で料理する習慣がないのかわからないが、飯を食うなら食堂へ行かなければならないということだ。


 スケルトンだから飯食わなくてもいいんだけどね。

 モンスターになったとはいえ元は人間。備え付けの布団を敷いて床につく。

 1時間……。

 2時間…………。

 3時間………………あ、もう無理。

 全然眠くならん。もう完璧おめめばっちり。よくよく振り返ってみれば、睡眠欲も食欲も疲れも感じない。

 モンスターになったからなんだろうとは思うけどこうなってくると恐ろしく時間の流れが遅くてしかたない。

 町を見て回りたいけど夜に徘徊しようものならそれこそホラーだ。なにより暁さんたちに迷惑をかけてしまう。

 眠れないのがこんな辛いことだなんて思わなかった。しかし暇だ。


 しょうがないので食堂の掃除でもしておくか。勝手に道具使ったら怒られるかもしれないけどそん時はそん時謝ろう。

 指が細くなっても握力は人間の時と変わらず普通にホウキも持てるし雑巾も絞れる。夜明けまで3時間。無心で磨き続けた。


 戸から木漏れ日が射し始めて朝の訪れを告げる。

 いつのまにか陽が昇り始めたようだ。やっぱり何かしていると時間が経つのが早い。どれだけ動いても疲れないし眠くならないし、最初は悲嘆していたけど使いようによっては俺って最強なんじゃね?


 なーんて自惚れるのはよしておこう。調子に乗るとろくでもないことしか起こらないということは誰だって知っている。


「あれ、宮本さんですか。こんな朝早くからどうされたのですか?」


 たしか厨房で指揮をとっていた、アイシャ・ワルクマンと名乗る少女。クセのついたショートヘアがチャームポイントの小柄な大黒柱だ。

 昨日は11時頃に厨房を後にしたのを見ているから、寝たのはそれより遅いはずなのに誰よりも早く起床している。若いからって無理は禁物と諭すと、心配してくださってありがとうございます、と丁寧なお辞儀をしてくれた。

 か、かわえぇ〜〜……。

 なんと心洗われる笑顔だろうか。お兄さんもう骨がズキズキしますわ。いい意味で。


 少女は食堂と厨房を一周して掃除の具合を確かめている。見える限り完璧に仕上げたつもりなんだけど、いざ確認されると緊張が走った。


「すごいです。油汚れも完璧に落ちてます。ずっと食堂の掃除をしてくださってたのですか? ありがとうございます! すごく助かります!」


「いやぁなんかスケルトンになったせいか眠気も疲れもなくて。なんかしてないと時間が経つのが遅すぎて逆に落ち着かなくって。それより勝手に雑巾とかホウキとか使っちゃったけどよかったかな」


「はいそれはもう全然問題ありません。もしよろしければ使った雑巾を片付けて屋上に干しておいて欲しいのですが」


「それはもちろん」


「ありがとうございます!」


 掃除させといて片付けまでさせてしまってすみません的な顔しなくていいんだよ。俺が勝手に始めたことだし最後まで始末をつけるのは当然なんだから。でもそういう申し訳ないみたいな気持ちがあるだけ嬉しいです。


 多量の雑巾をバケツに詰め込んで屋敷の裏手に鎮座ましましている業務用の自動洗濯機の中へ放り込んだ。

 形はドラム式のようで材質や形も微妙に違うけど、要領としては以前俺がいた世界と同じ。洗濯物と水をグルグルかき混ぜて汚れを落とす。


 しばらく時間がかかるようで俺はそのままグルグル回る洗濯機が止まるのを待った。アイシャは食堂で仕込みがあるということで先に戻る。

 雑巾は外階段を登りきった屋上に干すそうなのだが家屋はなんと6階建て。重い洗濯物を持って、これを毎回登って降りてしてたらしんどかろう。

 それでも彼女は、毎日好きなことをさせていただいているんです。こんなのへっちゃらです、と笑顔で言うのだ。なんと健気か!

 しかも別れ際には、あとできちんとお礼がしたいので食堂に寄って下さいね、とウィンク。

 可愛すぎかっ!


 浮き足立って雑巾にキスしながら用事を済ませ食堂へ。そこにはアイシャと同じエプロンに着替えた女性たちが集まっている。みんなアイシャより年上のお母さんやお姉さんが、年不相応に得た貫禄の持ち主を中心に井戸端会議をしていた。


「あ、宮本さん。お掃除から片付けまでしてもらってありがとうございました」


「いやぁこれくらいなんてことないですよ。喜んでもらえたようでなによりです」


 アイシャの後ろでみんなそわそわしている。

 彼女があらかじめ俺のことを話してくれているようで、飛び跳ねるほどの反応はないが、さすがにしゃべるこうべを前にしてざわつきが波立った。

 かと言ってここで引き下がるわけにはいかない。歩み寄るには自分から行動しなければならないのだ。それがたとえモンスターの姿になったとしても。


「ところで今何してるんですか。何かお手伝い出来ることがあれば協力しますよ」


 ふわあぁ…………。


 微妙な怯え声がご婦人方の口から漏れる。

 仕方ないよね。まずは慣れてもらうところから始めなければならないよね。しばらく時間はかかるかもしれないけど誠実に接していけばうちとけられる、はず。


 とりあえずは朝一のお掃除を2日に1度承った。

 毎日でも大丈夫、というかマジで暇だから毎日やりたいと言ったのだが、それは申し訳ないし疲れも眠気も感じないとはいえ毎日働かせるのは気が引けると断られてしまった。

 最後に、あなたと私では種族が違って、勿論生活リズムも違うとは思います。人間の目線でしか物は言えませんがご無理は禁物ですよ? と追い討ちされる。

 惚れさせる気かっ!


 それからしばらくして朝早い暁さんは黒髪ストレートのクールビューティを連れて同じ机に座らせた。

 彼女は俺を見るなり無言で目を見開いて口を真一文字に結ぶ。何を考えているのかわからないが少なくとも警戒しているのは間違いない。俺だったら全力で逃げる。


「紹介するよ、彼女は鬼ノ城華恋。お前と同じで異世界から来たんだ」


「はじめまして鬼ノ城華恋です。似た境遇ということで分からないことは私に聞いてくださいということです」


「あ……はい……」


 すごい嫌そうな顔で言われた。モンスターの世話係なんてこんな嫌な役回りはないだろう。

 こっちとしてもこれほど申し訳ないことはない。かといって誰かに町の案内やら人の紹介やらしてもらわないといけないのも事実。

 華恋はなんくせつけて暁さんに嫌々アピールをするものの、その嘆願は一蹴されてがっくりとうなだれる


「それじゃあ飯食ったらさっそく中央病院に行くぞ。たかピコには骨の髄まで仕事してもらわないとな」


 仕事をするのはいいけど骨の髄まではさすがにちょっと。そもそも病院で何をしろと。まさか骨髄移植用のドナーとして使われるんじゃないよね。


 病院までの道中、生きてきて経験がないほど注目されていた。理由は言うまでもないが白骨死体がウォーキングデッドしているとなれば誰だって距離をとる。

 また変わったのを連れてるぞ。

 暁さんも物好きねぇ。

 耳を澄ませばこんなひそひそ話しが聞こえてきた。俺も相当だが暁さんも大分変わり者らしい。


「暁さんもアイシャちゃんもあなたを信用しているようなので出来るだけ努力しますが、私は彼女たちのように肝が据わった人間ではないのでその点よくよく留意しておいて下さい。それからホラー系は一切ダメなのでおちゃめで驚かそうとしたならば、もう決してあなたのことを信用しないと思っておいて下さい」


「華恋はまだお前みたいなのに慣れてないから警戒してるんだ。まぁその内慣れるさ」


「それはもう覚悟の上ですので」


「華恋のいた世界にはこんなスケルトンいなかったのか。異世界から来たんだろう」


「こんなのいるわけないじゃないですか。魔獣とか魔法とか剣ってだけでいっぱいいっぱいなのに……」


 もしかしたら同じ世界から来たのかもと親近感が湧くけど、顔を合わせるたびに睨まれるのでしばらくはそっとしておこうと思う。


 中央機関は焦げたパンケーキみたいな建物を中心にぐるっと円を描いてそびえ立っている。病院は東側の建造物群の中に入っており、出入り口のすぐ目の前が受付。向かって右側が内科。左側が外科の診察室。2階からは患者の病室だったり、医療の研究室だったり色々と備わっていた。


 前の世界でも国によって様子は違えども、病院はやはり病院でどこも同じような造りになっている。ここもそのようで、異世界とはいえそこは病院。共通している部分も多く心なしか安心した。


 受付を済ませついて行った先は白衣の天使の楽園。そんなところに地獄からの使者が入ります。

 瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図。天使たちが部屋の隅っこに集まって涙目になった。


 しかし

 ただ1人

 向かってくる人がいる!


 20代後半のような色気ムンムンの妖艶な雰囲気を持つ女性。無言で近づいてきたかとおもえば両手で頭を抑えて熱烈キッス。

 ジュバッ、と音を立てて唇を離し、次は舌を入れて歯の裏側をかき回してきた!


「いいいいいいやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあああぁあああぁぁぁッ!!!!」


「ありがとう暁ちゃん。この人は私の運命の人だわ!」


「それは知らんけど、副医院長いる?」


「彼なら今休憩中よ。そこのロッカーに入ってるわ」


「やぁ暁ちゃん久しぶりだね。僕に何か用事かな」


「昨日ウチに来たスケルトンのたかピコだ。こいつを使えば医療の発展に貢献できると思って連れてきたんだ」


「ほうほうほうほう。これは珍しい。動く白骨死体とは恐れ入った。なるほどなるほど。どういう原理で動いているのかな。見たところ関節の部分は軟骨がないようだがどうして可動しているのだろうね。実に興味深い」


 ロッカーから飛び出してきた白衣のメガネは恐れることなく俺の体を舐め回してくる。興奮しているのか見るだけにとどまらず味を確かめてみようとか言ってほんとに舐めてきた。


 あいかわらず頭をホールドしている女性はうっとりした表情で体を押し付けてくる。

 人は恐怖を前にすると体が痙攣して動かなくなるというがこのことか。ああヤバイ何この状況。


 誰か助けてッ!

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