拳と剣
意気揚々とついてきたここは、ギルド【キャッツウォーク】の生活圏内。煉瓦造の家々はカラフルな長方形で積み重ねられてまるで魔法の国。
暮れない太陽は煉瓦と木造で渋い大人のイメージだったけど、ここは真逆でガーリーな印象を受ける。
この国のギルドは以前の世界で言う企業の形態に近い。中央機関とはお役所のような所で、ギルドから税金を回収し、その税金で国家公務等を運営するという。
一応この国のトップは国王様ではあるが、実質国を支えているのはこの4つのギルドがあってこそ。もちつもたれずを維持して国を繁栄させているんだとか。
その中でキャッツウォークはイベントや祭りの企画・運営、飲食店や娯楽施設の管理・運営を主に行なっている。中には他ギルドと連携して戦闘に赴いたり織物や日用品の生産に携わる人もいるらしいが、殆どが対人スキルを必要とするもの。
話しを聞くだけで自分に向いていないということが丸わかり。
【ドラゴンテイル】はゴリゴリの体育会系戦闘ギルド。8割が高難度の遠征。国外からの討伐依頼を受け、モンスターを狩ることを生業としている。
討伐だけなら他のギルドもやっているが、なぜドラゴンテイルで仕事をするかというと、見知らぬ土地に旅をするのが好きなんだからだそう。
無理!
体育会系ってだけで鳥肌が立つのに、そのうえアウトドア同好会の集まりなんて。そんな頭の悪そうなパリピの輪になんか入りたくない。
最も大きな土地を持つ【胡蝶の夢】は生産系ギルド。衣服と食料の生産。薬草から薬を精製したり採取したモンスターのパーツを研究・開発する。
そういった専門的な知識はないけれど前者の2つよりはまだましそう。
せっかくヴァルキリーとして異世界転生したんだから冒険的なやつを希望したい。凄腕の仲間たちにちやほやされながらロマンスを味わいたい。そんな乙女として当然の贅沢を満喫できないなんてありえない。
案内されるまま街を見て回るが、どこもかしこもガーリーでハッピーな笑顔で溢れている。特に目立つのが男女のセット。リア充爆発しろ!
他人の幸せを見ていると無性に腹が立って仕方がない。ここはあれだよ毒沼だよ。
吐き気を整えてキャッツウォークに踵を返し次はドラゴンテイル向かう。意外にも街の雰囲気は穏やかで今日歩いてきたなかで最も静か。日常会話や鉄を打つ音が遠くから聞こえてくるぐらいで、パリピが垂れ流す喧騒や、戦闘系と聞いて想像していた筋肉ダルマの取っ組み合いなんかとは縁遠い。
ここのギルマスは厳格かつ物静かな人で、若い頃ドラゴンを殺したという逸話があるそうだ。そこからギルドの名前がきているしギルマスはドラゴンスレイヤーの異名で語られている。
今は遠征に出かけていて留守のようだが代理で奥さんが事務を担当していた。
ここにもリア充が。しかしまぁギルマスともなれば所帯も持つものか仕方ないだろうと無理やり自分を納得させる。
「あらまぁ珍しいわね。外からギルドに入りたくて来たの? 1人で? よほど腕に自信があるのね。素敵なことだわ」
「はい。ギルドで活躍してちやほやされたくて来たんです」
「……そうなの。まぁどこのギルドも戦闘員は引く手数多だからいい所がきっと見つかるわ。暁ちゃんのところへはもう行ったのかしら。あそこは手広くやっているからやりたいことを探すにはうってつけよ」
「あ、そうだ小腹が減ってないか。いいもの持ってきてやるからそこで待ってな。あねさんちょっとこっちに」
何かおやつでもくれるのかな。受付で待っていると緑色のゴボウのようなものを持って帰ってきた。彼女はそれを口の中へ放り込んで、同じものを私に渡す。
「ほらこれアリメラの木の根っこだよ。おいしいから食べてみな」
「え、あ、はい……」
根っこかじるとかマジかよ。綺麗に洗われていて衛生面は大丈夫みたいだけどこんなん食うの!?
口に運ぶ前にもう一度彼女の顔を見る。それはもうおいしそうに木の根をくっちゃくっちゃさせてしゃぶりあげていた。突き返すのも悪いしひとまず噛んでみるか。もしかしたらおいしいかもしれないし。
かてぇよ!
なんだこれめちゃくちゃ硬いじゃん。この人どんな顎してんだよ鰐かよ。
奥歯で噛み切ろうとしても前歯でガジガジしてみてもいっこうに変化なし。こんな木の根っこなんかにバカにされてたまるか。
「なんだ噛めないのか。意外と貧弱だな」
「は? 貧弱? 私がですか」
「他に誰がいるってんだ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやそんなわけないじゃないですか。どこが貧弱ですか。すぐに結論を求めようとするのはよくないですよ。頭大丈夫ですか」
「はぁ? なんだてめぇ喧嘩売ってんのか」
「喧嘩売ってきたのはそっちじゃないですか」
「なんだとっ!」
「ほらほら2人とも落ち着いて。ここはドラゴンテイルの領内なんだからうちのルールに従って解決しなさいね」
「ルール?」
「そうルール。話し合いで解決できない場合はいつもこれで解決するの。暴力でね」
そんなわけで武器を構えることになった。広場にはどこから湧いたのか大勢の観客が集まっている。
私に喧嘩を売ってくれたおバカさんは自信満々な表情。それにしてもトンファーなんて地味な武器を使ってるなんてたかが知れるわね。
職業で言えばモンクかファイターってところかな。対して私は最上位職である戦乙女。負ける要素が見当たらないわ。
「ルールは1つ。殴り合って負けた人は勝った人の言うことを聞くこと。その点に関して改めて合意して下さい」
「おうよ。まぁアタシが負けるはずないけどね!」
「どの口がほざいてるの。コテンパンにしてやるわ」
「それでは両者構えて。始め!」
まずは下位魔法で牽制してそれからああああああああああああああああああああああああああああああアアァァアァァァァァァァァぁぁぁぁあアァアーーーーーーーーーーーー!!!!!!??????
気付いたらみぞおちに右ストレートが入っていた。数メートル先にいたはずなのに、一瞬で間合いを詰められている。殴り抜けられたまま地面に這いつくばって身動き1つできない。
そんなバカな。ゲームで最強を誇っていた私が負けるはずなんてありえない。何かの間違いだ。
思考に反して体がいうことを聞かない。視界も暗くなっていく。喧騒も遠のいて何も聞こえなくなっていった。




