弱者の戦略
異世界転生ーーーーーーそれはきっと神様からのご褒美。あるいは世界がはまだ私を必要としてくれている証拠。
理由は分からない。
意味なんて知らない。
だけど私は、今、ここに、生きているっ!
それだけが真実。
これこそが現実。
今日も今日とて異世界生活に邁進していた。見渡す限り森、森、森。昆虫の気配、鳥の鳴き声、川のせせらぎ、遠くで聞こえる音は動物同士が縄張り争いでもしているのだろうか。
ひたすらに獣道を歩いては辺りをきょろきょろと見回して警戒する。突如として襲われるかもしれない。天然の罠もあるかもしれない。神経を尖らせながら進むのだ。
「詩織さん、そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。今回は人の通れそうな道を進んでロードマップを作成することがメインですから。それに先に調査に入ったチームからの報告では、動物は我々が見知っているモノとほぼ同一だそうです。1体を除いて」
「それは分かっているのですが、どうにもその、素人なものでして。モンスターがいると思うと緊張してしまいまして。すみません。みなさんを信用していないわけじゃないんです。あと最後の一言が怖いんです」
「大丈夫大丈夫♪ 見たところ私たちが知っている山とほとんど同じみたいだし、常に探知の魔法をかけて概ねの地理と動物の生息域は分かって進んでいるわ。攻撃的な思考にも反応できるから奇襲対策もバッチリ」
そう言って自信満々の笑顔を向ける彼女は胡蝶の夢のギルドマスター。リン・メイリン。範囲系の魔法や結界系の魔法が得意で広域探知に関して右に出る者はいないと言う。
だから広い範囲の索敵や探索などには彼女がまず出向いて旅の安全を確保していた。それが後に続く人たちにとってどれだけ心強いかは計り知れない。
同行する私としても頼もしい。小柄な、しかも10やそこらの少女と見紛う容姿とは裏腹に彼女はとても頼りになる。
日頃から老若男女を問わず親しまれているし、荒くれ者の冒険者も彼女を目の前にすればすぐさま道を開けた。癖の強そうな科学者や魔術師からも信頼されている。
暁さんもそうだがメリアローザの女性は本当に強く気高く美しい。同年代のヘレナもエレニツィカも、年下のアルマちゃんだって大人にも子供にも好かれている。華恋なんかは女性を中心に男連中からも好かれていて、正直言って嫉妬してしまう。
私もあんなふうになりたい。
もっと楽しい人生を送りたい。
せっかく環境が変わったんだ。
挑戦しなければ、転生した意味がない。
挑戦しなければ、転生前と何も変わらない。
変わりたい。
変えたい!
もう何も知らない私じゃない。
未来は自分で掴み取るのだっ!
というわけで、今日のメインの仕事はロードマップのお手伝いと護衛なのですが、リンさんを観察していい女探しをしたいと思います。
まず最初にしゃべり口調。女性らしく、しかし年相応に成熟した話術は役割語だけではない。声の張りや抑揚の付け方。声量まで相手に心地よく届くように工夫されている。工夫、と表現したけど意識的なものではなく、無意識的に、日常的に発せられるものなのだろう。
こうなるためにはまず意識的にできるようにして、最後には自然にそうなるように訓練しなければならないだろう。
歩く姿も様になる。骨盤を大きくスイングさせて女性的な美しさを表現していた。大股ではあるものの下品に見えないのは背筋がピンと伸びているからだろうか。これくらいならすぐにでも真似できそう。
昼食時も見逃せない。
年上でありながらお茶を注いで回ったり、率先して聞き手に回っている。意見についても決して迎合するばかりでなく、自分の正しいと思うことを発信していた。しかし頭から否定することはなく、必ず受け止めて、そこから自分はこう思うと述べる。
相手を肯定してからの返し。
なるほどこうすれば角を立てずに話しを繋げることができるのか。勉強になります。
「詩織ちゃんもしっかり食べて体力をつけてね。今日の探索は日没前には終わる予定だけど、まだまだ歩くから。それに何かあっても対応できるように、ね♪」
「え、あ、はい。お気遣いありがとうございます」
屈託のない笑顔で話しかけてくれる彼女のなんと包容力に満ちた行動だろうか。こんな私なんかもきちんと気にかけてくれるなんて……感情のままに暴れ回って迷惑をかけまくっている私にも笑顔をむけてくれるなんて……。よし、この人には気に入られるように頑張ろう。
しばらく歩いていると山独特というか、何やら異臭を放つ空間にでくわした。どこからだろう。右を見て左を見て、もう一度右を見ると林の先から異様な気配を感じる。
敵意ではない。それよりもっと異質なモノと出会う予感。
嫌悪を感じながらも、これも調査と理性で感情を抑え込みながら足を踏み入れる。そこには問題視されている動物の死骸が1つ。異臭を放ちながら静かに横たわっていた。肉は崩れ、毛並みはバラバラに砕け、奇妙な色合いの液体が周囲を汚染している。
そう、これは間違いなく汚染だ。
先に入った調査隊の調べでは、この生き物は口から毒性の息を吐き、獲物を捕食する際に了解するのだそう。強酸性なのか、息を吹きかけた小動物の身動きを止め、毒の唾液で肉をグズグズにしてから食事を始めるのだそうな。
内臓が喉の奥か、どこかは分からないが毒液の元があるはず。今、地面を侵食している濃い紫色の液体はきっとそれに違いない。
しかもグロいことにお腹の辺りを食い破って貫いている赤紫色の影がある。にょこにょこと飛び出て群を成すそれはキノコ。自然の分解者としての役割を果たしているのだろうが、どうしてそんなところから生えているのか。もしかすると毒を分解して土壌汚染を防ごうとしているのか。理由は不明だけど、とにかく見た目がエグすぎる。
腐乱臭だけでもキツいのに毒も、しかも見た目も最悪とは……生きていても死んでいても厄介な個体である。
しかし近づかなければとりあえずは無害。後に入る人のために死体のマッピングだけをしてその場を後にします。
「それにしても……凄い匂いでしたね。なんだか少し体が痺れている気がします」
「それは気のせいじゃないわ。毒気を吸ってしまったのね。すぐに毒消しをするから。そうね、この下に沢があるから一旦そこで休息にしましょう」
「賛成です。それから今日の探索はこのへんにしておきましょう。ここから先はどうやら先ほどの大型動物がたくさんいるようですから。調査隊の調べでは好戦的な個体ではなく、社会性も低い。とのことですが、念には念を入れて引き返しましょう。足跡を見る限り、ここから個体数が増えてきそうなので」
「そうね、少し早いけど終わりにしましょう。とりあえず平地のロードマップは完成したし。あとは山の麓から頂上までだけど、それは準備を万端にしてからだわ。それにしても死骸には用心をして結構な距離を取っていたつもりだけど、経験からしてかなり強力な毒みたい。探索と同時に解毒剤の精製が急務ね。でも毒の採取だけはさせて。生きている個体から毒を採取するのは難しいだろうから」
一同異議なく帰路へ着くことに。
それにしてもまさか、毒予防の魔法をかけた上で状態異常耐性を持つ防具を装備してなお、体が痺れるほど冒されているとは。これは想像以上に手強い相手のようです。
しかも大きさも半端ではない。体高約2m。全長はおよそ3m。軽自動車並みの重量。足も太く角も頑丈そう。体当たりをされただけで体が吹っ飛んでしまいそうな体躯。それだけでも脅威なのに、さらに毒まで持ち合わせているとは…………絶対にまともにやり合いたくない手合いです。
唯一、毛並みは魅力的だった。毛皮にして冬用コートにできたらあったかそうだなと思う。夏も来ていないのに冬の心配をするのは早すぎるかもですが、準備しておくにこしたことはありません。
なんとかもふもふ毛布を手に入れたい。でなければ寒さで死んでしまうだろう。現在借りている部屋は夏に涼しい木造建築。風が漏れて部屋に入り込むことはないにしろ、きっと冬は激烈に寒いはず。なんせエアコンなんて気の利いた装備はないのだから。
そのためには仕事をして、稼ぎを出して、装備を整えねばならない。頑張れ私。頑張る私っ!
己を鼓舞しながら歩き、リンさんが毒の採取を始めた頃、周囲を警戒していると遠目にアイツの姿が見えた。
まだ死んではいない。しかし息絶え絶えといった様子で天寿を全うしようとしているようだ。動く気配はない。自然と息を引き取る時間を待っているのだろうか。独りぼっちで、なんだか寂しい思いになる。
そういえば私も……きっと最期はこんなんだったんだろうな。
たった1人で、孤独で、絶望して、最後の最期に抱いた希望に救われた。本当に幸運だった。死んだから今なら分かる。生きてるっていうのは奇跡的なことで、幸福なことなのだ。
ここで突如、天啓が脳天に落雷。
死んで動かない個体から毒を採取……。死んでいるなら素材も取り放題ということではないだろうか。グズグズになった死骸の毛皮は無理にしても、角や蹄は朽ちるのが遅いはず。であれば、あの毒さえなんとかできれば採取可能ということ。
しかし状態異常異常に強い防具を装備してなお、この体の痺れ。もっと近づいたなら動けなくなるかもしれない。それはまずい。誰かが先を行っているならいいが。いや、そんな都合の良い阿呆はおるまいて。
そもそも近づけたとして、どう採取するか。毒液は角や蹄の下にも広がっている。毒キノコらしきものも生えている。素手で触るのは論外。木の枝でつっくにしても、動物すら溶かす毒なら木の枝などボロボロにしてしまうだろう。
ぐぬぅ……やはり無駄なのか。
毒対策さえ整えればなんとか。
そうするとリンさんが作る解毒剤を待つしかない。
しかし解毒剤が出来てからでは手遅れ…………利益を独占するのは難しい。
できることなら、誰も近寄りたくない今のタイミング。未開拓の領域を踏破して情報や技術を独占、あるいは販売して利益を生み出したい。
なにせ私には借金がある。加えてこれまでの悪行の数々を打ち消すだけの行動を示さなければならない。だってきっと私にはここ以外の居場所がないから。
最も恐ろしいのは、ここで不要になって、転生前の世界に逆戻りすること。それが何より恐ろしい。それだけは絶対にあってはならない。
全力で、なんとかして、なんとかするしかないっ!
無い頭を使っても元が無いので良案が浮かぶわけもなく、探索を終えて帰路についた。探索の報酬として金銭を受け取り、今日はこれで晩御飯を食べる。ついていっただけでお金を貰ったようで申し訳ないが、ここはありがたくいただきます。
ところ変わってフレナグラン。
本日いただいたお金を握りしめて晩御飯です。
今日は沢山収穫できたという旬の杏子茸を使ったクリームパスタ。杏子に似た甘酸っぱい香りと濃厚なクリームソース。ショートパスタがおしゃれな一品です。
美味しい料理に舌鼓を打てるのも、仕事に誘って下さったリンさんとネロさんのおかげ。
いやはや、ありがたやありがたや。
食べながら、私は辺りをつぶさに見渡してある人たちを待っている。まずは暁さん。先日、砂漠エリアで独り占めしようとしたランプの件の轍を踏まないように相談と確認をするためです。
内容は、ハニカムウェイの森林エリアについて。既に探索済みであるが採取したアイテムは自分の所有物になるかどうか。これを聞くときっと、自分で確認すればよくないか、と言われそうだが、探索に出かけた自分から質問すると何かを見つけたのではないかと勘付かれてしまう危険がある。
リンさんもネロさんも百戦錬磨の冒険者。ただ一言で私の心中を察してしまうだろう。2人は口が硬いだろうけど、私の計画を知る者は少ないほうがよい。
もう1人はタカピコ先輩。彼は毒沼にどぼんしても毒沼になって巨大化した。巨大化はともかくとして、毒が効かない可能性がある。酸性の毒に触れると溶けて消滅してしまう可能性もあるが、それなら溶岩流にどぼんした時点で溶けて消えているだろう。
彼に毒キノコを払ってもらって、私は安全に素材の採取。いくらになるか分からないが、アイテムを独占できるなら高値で売れるはず。何より死骸なら安全に採取できる。戦わなくてもよいのだから、これほどありがたいことはない。
毒の息を吐く巨大なバッファローもどきとなんか真っ正面から戦って勝ち目があるはずないのだから。
食べ終わった頃に暁さん現る。相変わらずの人気者っぷりで屈強な冒険者から子供たちにまで、隣にきてご飯を食べようと誘われていた。さすがギルドマスター。みんなの太陽はいつでも眩しい。
じゃなくて、暁さんに相談することがあるんだった。見惚れている場合ではない。誰かに捕まる前に捕獲しなくては。特に冒険者のところへ行かれると話しを切り出すのも難しくなる。人はみな詮索好きだからあれやこれやと質問されてはたまらない。
ここはなんとかして、なんとかして暁さんを奪取しなくてはならないっ!
「あ、暁さん、付き合って下さいっ!」
「えぇっ!? 悪いけどあたしにはもう旦那と嫁がいるから」
「そうじゃないですっ! 相談したいことがあるんですっ!」
「それはいいが、言葉は選んでくれ」
しかし、と繋いでまずはご飯。ご飯を食べながら今日の進捗を聞く態度で隣に座れと催促された。違う。他人に聞かれてはまずい話しなんですよ。
耳元で囁くなり、何か良からぬことをしたのかという疑いの目を向けられた。自分のこれまでの行いを鑑みれば、そういう目を向けられても仕方がない。仕方がないのだがやる気を出している私は頬をぷっくりと膨らませて肩を大きく上下させる。
これからは頑張っていくって決めたのに。水を差されたみたいで悔しいですっ!
自業自得ですけどねっ!
自分ではそうと思っていなかったけど、この時の私は親の仇を睨むような顔をしていたらしいです。自分のことというのは自分では分かりにくいものですね。
意味もわからず心中穏やかならざる晩ご飯を堪能した暁さん。面倒な相談じゃなければいいんだがなぁ、という表情を隠すことなく露わにして事務所の扉をくぐる。
そんな彼女の視界には、ごそごそと机の中やら棚の天板やらを調べている女の姿があった。そう、私です。
盗聴器とか小型カメラが隠されていないかチェックしていました。壁に耳あり障子に目あり。誰がどこで聞いているかわかったものではありません。こういうことは徹底して探し出すべきです。私の人生を守るためにっ!
「そういうことは徹底的にやるんだな……」
「こういうことは徹底的にやるべきです。私の人生に関わることになるかもしれませんから」
「…………で、話しってなんだ?」
さぁここからが本題です。
まずは探索中の36層ハニカムウェイ。森林地帯の探索がひとしきりの完了を見たわけですが、そこで採取したものは私の手柄になるのでしょうか。
答えは、現状では判断できない。
探索の結果を知らないからなんとも言えないとのこと。暁さんならなんでも知ってると思ったのに。薔薇の塔攻略がギルドの目的の1つなら、進捗は細かく把握しておくべきなのでは!?
目頭をぴくりと動かした暁さん。理不尽に責め立てられれば怒りもする。たとえ仏顔の彼女でもだ。しかし今はそんなことなどどうでもいい。あとで怒られそうな気がするけど、問題はそこじゃない。
自分から進捗結果を聞きに行くと何か見つけたと疑われる。だこら貴女を頼っているんですよ。ギルドマスター且つ、探索に赴いていない彼女であれば進捗を聞きに行っても不自然ではない。何かを見つけたという疑いも掛けられない。掛けようもない。
「だからわざわざあたしに聞きに行けと……探索が終わった時にそれとなく聞き出せばよかったじゃん」
「過去の話しはいいんです。聞きに行ってくれるんですか。聞きに行ってくれなくもないんですか?」
「…………別にそのくらい問題ないが、そこまで疑われることを恐れているということは、何か見つけたってことか?」
「はい。まだ仮説であって確証はありませんが。もしかしたら森林地帯のアイテムを採取できるかもしれません。あっ、これは他言無用でお願いしますよ!」
「安心しろ。そういう独占的な狩場っていうのは誰しも持ってるもんだ。本来なら秘密を共有する仲ってことで報酬を山分けするのが一般的なんだが、まぁあたしはギルドマスターだし、お前の面倒を見る立場だからそれはしないよ」
「当たり前じゃないですか。何言ってるんですか」
両の拳に力が入っている。
なぜだろう。理由は分からない。が、まぁ、報酬を山分けしないって言葉が嘘じゃないことが分かったのでよしとしましょう。
まずはひと安心。
それでは仮説を説明いたしましょう。
本日発見されたドロドロの死骸。
あそこまで腐敗してしまうと素材を回収するどころの騒ぎではない。とても近寄ることなどできるはずがない。
しかし、運のいいことに死に絶え絶えと言った様子の個体を発見した。あれはもう長くない。つまり死にたてほやほやなら素材の回収も楽ちん。概ね質の良い毛皮や角、蹄などの金に成りそうな素材を安全に手に入れることができるというわけ。
まだどのくらいの値段になるかとかは分からないけど、少なくとも毛皮くらいは高値で売れるはず。質にもよるが蹄や角なんかは加工して高級な印鑑になるはず。水牛のなにかでできた印鑑もあったはず。
「なるほど、弱っている個体を狙って安全に素材の回収をするわけか。そして分解者が生まれるより早く回収する、と」
「そういうわけです。でも体内に毒があるということなので、素材の回収はタカピコ先輩にやってもらおうと思います。彼ならノーリスクで剥ぎ取りできますから」
「そういう理由もあってあたしに相談しに来たわけか。タカピコには詩織に対して接近禁止令を出していたからな。よし、そういうことならネロに進捗を確認して、3人でこっそり森林地帯へ向かうとするか」
「それはいいんですが、素材の査定やらなんやらで薔薇の塔の受付に保管するじゃないですか。私が採取したってバレますよね?」
「そういう誰が何を手に入れたかっていうのは守秘義務があるから、受付の人たちは口外しないよ。みんな自分だけの狩場みたいなもんはあるから。自分から口外する分には別だけど」
「ということは、市場に並んでいる商品の中には、どうしてこんなもんがあるんだ、っていうような物も並んでるってことですか。出自が分からないなら、外からバッタモンが流れてきて偽物を掴まされるとかないんですか?」
「受付と流通を管理する商業組合は商品の出自を管理してるから安全だ。小売を生業にしている店主も何がどこから入って来ているか把握してる。とはいえ、そこは信頼ありきってところもあるがな」
「つまり、出自は保証されているので安心して買い物ができる。なおかつ、生産者、この場合は採取者の独占的な利権は守られている。ということでよろしいですか?」
「そういうことになる。もっとも、本人が酒の席でうっかりバラしたりとかもある。マナー違反だが跡をつけられて狩場がバレたりっていうこともある。でもそういうことをすると殺し合いになったり、聞き取りでバレてたいへんなことになる。突然人が消えたらすぐに分かるし大騒ぎになるからな。だからそういうことはしない。たまに不可抗力とかはあるけど」
「てことは、あんまりこそこそしなくてもよかったんですね」
「こそこそしながら堂々とはしたほうがいいよ。あんまりそわそわしてると詮索好きなやつに絡まれるから。それから、こっそり旨いところをかっさらわれたりしないようにな」
「ぐぬぬ……気をつけます……」
「それと、死に絶え絶えにしても死骸にしても、敬意を持って扱うこと。採取が終わり次第、お前の手で土に還せ。でないとあたしは協力しない。いいな?」
「土に埋めて証拠隠滅ってことですねっ!」
「………………それもあるが、命を奪ったり素材を剥ぎ取ったりっていうのは我々人間側の都合だ。だからせめて命に敬意を払って、丁寧に、自然に還すべき。ということだ。分かったな?」
「わっかりましたーっ!」
満面の笑みで布団へ飛び込んでいくのであろう彼女の背中を見送って、やはりため息が一つ、溢れてしまう。やる気が湧いてきてくれたのはいいが、なんとも詩織らしい、せこいというか、こすずるいというか。まぁこれも弱者の戦略と言えばそれまでか。
今回の件に関して言えば、誰にも迷惑をかけることなく仕事をこなせそうなので成長したと評価すべきでしょう。あとは奪う命に対して最大限の敬意を払ってもらえれば、あたしとしてはそれで十分。
でもため息が出るのはなんででしょう。
安堵のため息なんでしょうかね?
「不安な気持ちが拭えないからじゃない?」
「うわっ!? なんだリンさんじゃないですか……。突然後ろに、っていうか人の心を読むのはやめて下さいよ」
「顔に書いてあったのよ。それからごめんなさい。詩織ちゃんの様子を見に来たんだけど、聞いてはいけない話しを聞いてしまったわ。このことは他言無用にするから。許して★」
聞き耳を立てていたんですか……。これではいつになってもあたしのため息は終わりそうにありません。
謙虚薬の効果を確認するためにやってきたリンさん。どうやら収穫があったようで嬉しそうな笑顔を浮かべていた。あたしとしてはあんまり嬉しくないんだけど。正直、まだ薬の件に関しては納得がいっていない。
できれば素面で真人間になれるように教育していきたい。力不足は理解しているものの、そういうので薬の力に頼るのはいかがなものか。
「暁ちゃんを前にして口で言って聞き入れるならとっくに真人間よ。それより、どうやら時間が経つにつれて効果が薄れていくみたい。昼ごろまでは謙虚な詩織ちゃんだったのに、今は傲慢な詩織ちゃん寄りの性格になってたわ。寝て起きてリセットされると思ってたけど違うのかも。効果時間を伸ばすように調合し直さなきゃ」
「あぁ〜たしかに朝と比べて覇気が違いますね。元の詩織に戻っていく途中って感じです。困ったも
「元の詩織ちゃんに戻られたら困っちゃう? 困っちゃう!?」
「ぐっ……傲慢なのは詩織の悪徳ですが、薬を提供しているリンさんの責任はそれはそれでとって下さいね?」
「もっちろん♪ まぁ〜かせてっ!」
あ、間違えた。。責任問題うんぬんではなくて薬物の在り方について議論するべきだった。
モルモットを手に入れたマッドサイエンティスト……もとい、新しいオモチャを手に入れた子供のように目を爛々と輝かせ鼻息を荒くしているリンさん。バラバラにされるよりは100倍マシかもしれないけれど…………悩みは尽きませんなぁ。
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●カトブレパス●
暁「今回遭遇したデカい牛はカトブレパスって名前になったのか。毒の息を吐くんだっけ?」
ネロ「そうなんですよ。個体差はありますが、発見した中で大きいものは体長2〜3mほど。それだけならよかったんですが、毒を吐くということで討伐はしないでしょうね」
暁「冒険者の1番嫌がるタイプだな。強靭な肉体を持つうえに毒まであるとか。食性も肉食だからクソ不味いだろうし」
ネロ「ですね。しかも毒でドロドロに溶かした肉を捕食しているので最悪極まれりです。強酸性ってことですからね。毛皮はよさそうなんですが、倒すには苦労しそうです。死体も体内の毒が外へ流れ出て周囲がたいへんなことになっていました。タカピコさんなら近づけるかもですが、彼は今、それどころではありませんからね」
暁「タカピコは筋萎縮性側索硬化症の子供の完全回復のために治験や人体実験をかって出ているからな。医者のほうを休ませないといけないから、それに合わせて休みがあるけど」
ネロ「タカピコさんはスケルトンなので疲れないし眠らないし、なによりノーリスクで実験台になるので助かりますね。医者のほうも一刻も早く治療方法を見つけないといけないので、躍起になっているそうですが彼らは不眠不休というわけにはいきませんからね。元々筋力が発達しているわけではない少年が患者なので拍車を掛けて急いでいるということですが」
暁「医者に倒れられたらどうしようもないからな。そのへんは理解しているから我慢してるそうだ。しかしタカピコの存在とヘラさんの旦那さんが渡してくれた薬のおかげで希望がみえてきた。おかげで患者の少年もだいぶ元気を取り戻したらしくてな。近々、聖アルスノート王国の医者と一緒にこっちに移ってくるそうだ。これで医師が交代で研究を続けられるから、研究が一段と加速できる。タカピコは缶詰めだが。それはあいつも了承済みだけどな」
ネロ「いやぁ、タカピコさんとお医者様方には頭が上がりません。一刻も早く治療法を確立していただきたい」
暁「まったくだ。ところで話しが戻るんだが、カトブレパスのいる森林地帯。カトブレパスは討伐対象から外すとして、他の動物はどうなん?」
ネロ「それについてはまだ調査中です。僕たちの知る動物と似たような格好ですが、もしかしたら中身が違うかもしれません。カトブレパスの肉や死骸から生まれた毒キノコを食べているのだとしたら、十中八九食べられません。フグみたいに特定の部位に毒を溜め込んでいて、他の部分は大丈夫かもですが、完全に判明するまでは誰も手をつけないでしょう」
暁「あいつがいるだけでその森の生態系とか変わってそうだもんな。そもそも同じ階層の中に他に安全に食べられて美味しいやつらがいっぱいいるし」
ネロ「怪鳥エリアにいる四足歩行する鳥と、衣笠茸に似たキノコ。本マグロ並みの巨大なグレートキングサーモン。こっちのほうが断然オイシイですからね。毒も無いですし」
暁「毒は本当に面倒くさいからな。試作で食べさせてもらった、衣笠茸似のキノコの出汁で作った鍋料理を使ってサーモンの身でしゃぶしゃぶしてみたけど絶品だった。最後のおじやまで最高に美味。こっちのほうが人気出るわな」
ネロ「ですね。当分はサーモン祭りです。それから楽園と名付けたエリアも素敵なところでしたよ。色とりどりの花々に蝶や鳥、可愛らしい小動物が遊んでいて、まさにこの世の楽園のようでした。ある個体を除いて」
暁「ちゃんと問題だけは孕んでいるのか」
ネロ「巨大な三つ首のわんちゃんがいます」
暁「わんちゃんって可愛らしい動物ではないな?」
ネロ「どうやら陽の光の元に出られないようで、ずっと洞窟の入り口で胡座をかいています。近づかなければ無害ですが、もしかしたら夜間は他のエリアもうろついているかもしれないので、夜間のハニカムウェイへの出入りは禁止しました。近寄っても威嚇したりって敵対行動はとらないので、現時点では要警戒です」
暁「またとんでもないのがいたもんだ。しかしそれならペットにできるかもな。意思疎通できればいいんだが」
ネロ「またとんでもないことを考える人がいたんもんです。とかくまぁ、今後の調査はスタート地点の熱帯林から岩山、森林、怪鳥、エデンのエリア以外の未開拓地区に出向く予定です。何があるか分からないので、暁さんやミーケさんたちも急行できるように支度だけは常にしておいて下さい」
暁「任せなさい。そん時は最優先でかけつけるから!」




