謙虚薬
日没も近づき、傾く陽の光に照らされて白く輝くお
城もこの時間は紅く色づく。遊びに出かけていた子供たちは別れの際には手を振って、温かな家族の輪へと戻り始めていた頃、あたしは少し早めの晩御飯と思い食堂へ赴いた。
教会の子供たちと食卓を囲んだ後、詩織の様子を見るために薔薇の塔へ出向いたが既に彼女の姿はなく、きちんと仕事をしに行っているんだなと感心。そのまま新階層で採取されたアイテムの見物をして我が家へ戻った次第です。
入れ違いか、フレナグランのテーブルに詩織がいた。何をするでもなく座っているようだが、きっと久々に体を動かしたので疲れているに違いない。頑張った子には労いが必要だろう。
せっかくだし一緒にご飯でもどうだと誘ってみるも返事がない。いつもなら、奢ってくれるんですか、と目を輝かせておねだりプリーズしてくるのだが……。
そういうところもまた可愛いのだが。
「どうした詩織。よほど疲れたのか?」
「ええ疲れましたよ。誰も声をかけてこないので立ちっぱなしで、もう足がぱんぱんです!」
………………ん?
今こいつ、『誰も声をかけてこない』って言ったか。
いや、自分から声をかければよくない?
中身がないくせに自尊心の塊の彼女はマウントを取る、あるいはマウントをとられないために受け身に徹したようだ。通常なら、やれやれ自分から積極的に行動しないと何も変わらないだろ、と責めたてる気持ちに駆られるところ。しかし詩織には逆効果。攻撃されていると思って余計にぷんぷん怒りだすに違いない。
きっと今までの人生でヒエラルキーの下層に押し込められていたのだろう。もう嫌な思いをしたくない。いい思いをしたいと臆病になっていると思われる。
ある意味では自己中心的な考え方ともいえなくもない。だがつまり、そうではないと態度で示してやればいいのだ。
ここは切り口を変えて接してみようじゃないか。
「そうか。つまり仕事をしてこなかったんだな。そうなると稼ぎがなくて…………腹の虫を鳴かせていると」
「ぐぐぅっ!」
怒ってる怒ってる。『してこなかった』と相手を責める言葉をぶつけられて、他責にしたいハムスターが頬をぷっくりと膨らませて怒ってる。だけど事実だと分かっているから反論できないでいる。
いやぁ、可愛い顔をしてるなぁ。残念だが眉尻を釣り上げて睨んでもあたしの母性本能をくすぐるしかできないぞ♪
「それで……その……お金がなくて、お腹すいて、でもお金なくて…………」
「あたしは言ったよな、稼ぎがないなら、餓死するしかないって」
「そ、そんな! もう頼れるのは暁様しかいないんです。後生ですからどうかお金を恵んで下さい!」
「そうか……こうなる前に頼りになる人を増やしておくべきだったっな」
「そんなッ! このままじゃ餓死しますよッ!」
「そうか……じゃあ餓死するしかないな」
青天が霹靂したような顔をして青ざめた。
あたしがいればなんとかしてくれるという目論見が外れて白目をむいてる。ほんとにもうしょうがない子ねぇ。ギルドマスターといえど限度はあるんです。
わんわん泣きついて顔を腹に埋めてくる詩織の可愛らしさたるや抱きしめたくなる。これで彼女のおっぱいがもっちり触れてくれれば文句無しなのだが、詩織のサイズでは相当に押し付けてくれないと柔らかさを感じるのは不可能。
ルクス同様にあたし専属のキャバ嬢になってくれればいくらでも金を払うのになぁ。ルクスが包容力のあるお姉さん系。詩織は甘えん坊さんなわがまま妹系キャラ。あぁ〜〜残念だなぁ。
「しょうがないなぁ……明日はあたしが引率してやるから、塔に登って採取クエストでもしに行くか。でも2人はしんどいから即席でパーティー組むぞ。もちろんお前が勧誘するんだ。頭を下げてな。それが約束できるなら、前払いで晩ご飯代を出してやる」
「ぐぅっ…………そ、それは」
「じゃあ餓死するしかないな」
「わ、わかりましたっ! やりますっ。がんばりますぅっ!」
分かればよろしい。ぽんぽんと頭を撫でてやると喜び勇んで満面の笑み。やっぱり笑顔の詩織が1番可愛いな。
腹を空かせたハムスターはご飯が目の前に現れるなり、あたしのご飯が運ばれるよりも早く食べきって、明日のために床へついた。
せめて一緒にご飯の時間を楽しんだり明日の打ち合わせをしたりとかしたかったんだけど。ご飯代の代わりに時間を買ったつもりだったんだけど。少し寂しいな……。やれやれ。
結局一人飯か。まぁいいんだけど。そんなあたしの心中察してか、むさい冒険者の一団が同じテーブルについてきた。傷心の少女としては美人のお姉さんが来てくれると嬉しい。
そう告げても彼らは席を離れない。なにやらあたしに言いたいことがあるようだ。
なんだろう……心当たりがありすぎる。
「暁よぉ……ギルマスの仕事のひとつだって分かっちゃいるが、詩織に甘すぎるんじゃあないか? 突き放すのも愛情だと思うけどなぁ」
「あいつは突き放すと死ぬぞ。なまじっか『能力』があるだけ厄介だ。しっかりと手綱を握っておかないと。それに放っておけないしな」
「能力? 芝刈り機としてか?」
「芝刈り機としても大木伐採要員としても。やたら斬れる剣と呪いの防具もある。最もヤバいのは嘘を見抜く目だ。悪用されたらたまったもんじゃない。一応、明日に簡単な採取クエストを受けさせて自信をつけてもらう。承認欲求を満たして徐々に心を開くように導いていくつもりだ」
「あぁ〜……その、なんだ、ややこしいことはよくわからんが、それでまともになりそうなるのか?」
「それは誰にも分からん。詩織次第だ。しかしまともになったら凄い戦力になるぞ。それは間違いない」
「そうか……しかし逆に、お前さんでもどうにもならなくなったら…………?」
「その時は……その時だ」
彼らとしては具体的な未来が欲しいのだろう。しかしこればっかりはその時になってみないと分からない。運否天賦と言ってしまえばそれまで。あとはどれだけ周囲が努力できるかだ。
主にあたしの頑張りなんだけどね。
他の人はあんまり協力的じゃないからね。
彼女にいい思い出がないだろうからね。
…………さぁさぁ寝るか。明日はマジに簡単な採取だけの予定だし。戦闘が少しあるかもだけど、レンタルの棍棒で倒せる敵だし。大丈夫でしょう。
正直、これがダメならもうどうしようもない。どうしようもなくなる前に、どうにかしたいもんです。
今朝は妙な目覚めだった。天気は良くカラッと晴れて心地よい風が吹いているというのになんというか、嫌な汗が吹き出して台無しになってしまう。大抵の場合、こういう時は何か良からぬことの前触れである。心当たりはあるのだが……さっそく詩織が問題を起こしているのではないかと心配になった。
まさかそんなと思いながらも足早に支度を済ませて1階の食堂へ。
いつもの朝の様子だ。誰かが大声を出すでもなく、いつもと変わらぬ静かな朝食の姿。冒険者たちの元気な挨拶とカチャカチャと鳴る食器の音。
あたしの好きな朝の光景が広がっていた。
だからこそ、少しおかしいとも思う。
珍しく詩織が朝早く起きて朝食を摂っているのに問題が起きていない。いや、何もないのがなにより良いのだけど。
問題が起きていないと思うあたしに問題があるのだろうか。随分と精神のやつれた性格になってしまったものだ。
気を取り直して朝飯にし…………いやちょっと待て。
なんで詩織は朝食を食べているのだ。無一文のはずなのに。あいつの性格からしてお金を持っていたら昨晩の飯代に使っているはず。金が無いならあたしに催促してくるはず。奇妙だ。これは実に奇妙だ。まさか誰かが詩織に投資しているのか。
たかピコには詩織に対して絶対に金を貸すなと念を押している。他の人たちも彼女に容赦することなど無いはず…………であれば、なぜ、誰が、どうして?
嫌な予感というのはどういう訳か凄いよく当たる。詩織の隣に座っている女性の口元が弧を描いていたのでその理由はすぐに分かった。
リン・メイリン。
ギルド【胡蝶の夢】のギルドマスター。薬学、魔法及び物理的な医療術全般、陣地系魔法に長け、十年前の戦争では最高指揮官を務めるほどの超天才。
そして詩織を人体実験の材料に使えないかと相談を持ちかけてくるほどの変人。見てくれは少女でも中身は二十八歳であたしより八つも年上。
基本的に凄くいい人なのだけど、あたしとしては少し苦手。子供っぽい振る舞いに癒され、成熟した大人の理性と理論で畳みかけられるとついつい身を引いてしまう。とにかく押し切るのが上手い。それも天才且つ変人の所以である。
さてさて……どうも詩織と仲良さそうにしているけれど、いったい何の話をしているのだろう。彼女たちに共通点はないはず。詩織も蝶の領内には殆ど出入りしてない様子だったが。どこかで知り合ったのかな?
「おはようございます、暁さん。本日はなにとぞ、よろしくお願いいたします!」
「お、おおう。こっちこそよろしくな。リンさんもおはようございます。朝早くからフレナグランにいるなんて珍しいですね。お仕事ですか?」
「ううん。今日は詩織ちゃんに用があって来たの。せっかくだから私も塔を登るわ。どの階層に行くのかしら?」
「今日は2階層で薬草採取。それから少しだけモンスター退治と素材集めを予定しています」
「回復薬草を取りに行くのね。そろそろ在庫が切れそうだったから誰かに依頼しようと思っていたところなの。それなら採取した分を私が買い取るわ。だから詩織ちゃん、いっぱい頑張ってね!」
「はい、お任せください。ハーブの採取くらいなら私でも大丈夫です。しかし、私はリンさんのことをよく知らないのですが、モンスターも出るそうです。大丈夫なのですか?」
「心配してくれてありがとう。これでも魔法には自信があるの。だから大丈夫!」
詩織が……きちんと挨拶をしている。
詩織が他人の心配をしている。
くちゃくちゃと音を立てて食べてない。
目上に礼儀を尽くしている。
なんだこれ、きもちわるっ!
しばらく様子を見ていたがいつもの詩織とは明らかに違う。なんていうか、実に普通。普通よりもずっと礼儀正しい。むしろ凄く良い子になってる。
いったい彼女の身に何が起こったのか。あるいは何かされたのか。できれば後者じゃないことを祈る。
朝食を済ませ、塔を登る準備をしてくると言って一度自室へ戻っていく背中はやる気満々の少女の背中。ダラダラとしていない、ハツラツとした足取り。
やっぱりこれ、絶対何かしましたね?
「何かしただなんて人聞きの悪い。私はただ、詩織ちゃんに新作のおやつを食べてもらっただけよ?」
「新作のおやつ?」
「白胡麻と黒胡麻をまぶした胡麻団子。たっぷりの餡子ともちもちの皮。それからどんな傲慢な人間もたちどころに謙虚になる新薬の【謙虚薬】入り」
「ごまだ………………最後になんて言いました?」
「誰でも謙虚になれる【謙虚薬】」
思考停止すること10秒。
盛ったんですね、と呟くと猛反発。詩織ちゃんのため、あたしを含めギルドのみんなを思ってのことだと言い張る。無論、詭弁である。詭弁ではあるが、今後のことを考えるとこうでもしないと彼女の命が危ないのは確か。クエストに出向いて事故死にされかねないところまできていた。
しかし国際条約は人の性格を変容・加工、及びこれらに準ずる魔法・薬物等の使用は固く禁じている。言及するも、これは彼女の中に眠る謙虚な心を呼び覚ますものだと主張。まさに詭弁の極地。
続けてリンさんは、彼女は謙虚の素晴らしさを知らないから傲慢でいる。謙虚になって幸福や成功を体験できれば、その方が自分にとって利益になると身を持って知ることができる。これはその機会だと目を爛々と輝かせて訴えた。
言い分は分かる。成功体験がないから失敗を繰り返すという論拠。甘い蜜を知ればそれを得ようと心変わりする可能性は大。
…………やり方はともかく、好転のチャンスであることは間違いない。気がかりなのは薬で性格を捻じ曲げられてやりたくないことをやらされたとヘソを曲げる可能性があるということ。
頭ではリンさんの方法論は正しく、同時に倫理的には間違っている。こうなるとあとは利益の問題。そしてあたしが目を瞑れるかどうか。
詩織にはみんなと仲良くしてほしい。みんなにも仲良くして欲しいし、活躍して成果を上げ、本当の意味で慕われる存在になってくれることを願っている。
今までなんとかならないか試したきたが、どれもこれも上手くいかない。本人の問題であり、自分自身でどうにかしないといけないのに、本人にはその気が全くない。
となればあとはドーピングか?
リンさんの試みしかないのか。大手を振って肯定はできないけど、試す価値はあるのかも。
根拠と利益を提示されると弱いあたし。
結局、リンさんの猛説得で折れました。
まずは様子見。これを機に詩織の曲がった性格が矯正されることを祈る。結果よければというわけではないのは分かっている。分かっているが、食わせてしまったものはどうしようもない。
ちなみに副作用・持続時間ともに不明の新薬。これが正真正銘、最初の実験。
大丈夫なんだろうか……。
支度を終え、満面の笑顔で現れた彼女の顔のなんと晴れやかなことか。モルモットになっているとも知らず、リンさんの知識欲の犠牲者になるとは……可哀想に。
まぁでもまぁなんとかなるでしょ。
なんかもう考えても仕方ない気がしてきた。
それに謙虚で可愛い詩織のほうが好みだ。
これを機会に変わってもらおう。
完全に洗脳された暁であった。
薔薇の塔・集会所内。
王城内に設けられた待合室にはたくさんの冒険者たちが集まって今日これからの予定を話しあっている。受付には人の出入りを管理する受付嬢が数人。出入管理、武器の貸し出しの管理、帰還後のアイテム管理、各種アイテムの買取単価の案内人などなど、奥には医療班も待機していたりと塔に登るサポートは十全。
それほどまでに塔がもたらす恩恵は多く、個人としても国としても利益のある活動なのだ。
中には塔に住み着いて暮らしている人もいる。アールロイをはじめ、人付き合いが苦手な人、街の暮らしより狩猟生活のほうが向いている人、居つきたいほど愛着のある人。理由は様々あるが、みな楽しそうに暮らしているのでなによりである。
さて、昨日の話では詩織が声をかけて友達百人、とはいかなくとも、誰か一緒についてきてくれる人を自ら探すことを厳命した。普段の詩織なら大変な難関も薬を盛られ謙虚になった彼女は物おじすることなく、且つ丁寧に会話を切り出して続けている。
これを見ると、リンさんの作った薬を常備薬にしようか悩んでしまうなぁ。心揺れるなぁ。頭じゃダメだって分かってんだけどなぁ。どうしようかなぁ……。
「よぉ! 暁じゃねぇか。おめぇが塔を登るなんて珍しいじゃねぇか!」
「このデカい声は……ゴードンか。最近は36層の開拓に出向いてるんだったよな。今日もか?」
「おうよ。ついでに新入りも連れて行くつもりだ」
ゴードンの隣に真新しい顔がいる。ゴードンがデカくて小さく見えるが167cmの少年。あたしよりもひとまわり背の高い彼は狐の獣人のセイラン・ウォン。13歳。1年前ほどに奴隷商人に連れられて新天地へと移住してきた新顔の1人。
しばらくはみんなと同じように鉱山で働いていたものの、ゴードンたちのような外からやってくる人の話を聞いて、自分も塔に登ってみたい、力をつけて世界を見てみたいと希望に胸膨らませる若き芽のひとつ。
今日はそのデビュー戦。なのだが、いきなり36層の開拓に加わるのはどう考えても時期尚早。もう少し経験を積んでからのほうがいいに決まっている。
故郷でいくらかの狩りの経験はあれどブルーラプトルを始めとする魔物に出会したことなどないはず。ゴードン基準で大丈夫でも彼目線では危険極まりない。ここはもっと簡単な仕事から始めたほうがいい。分不相応な背伸びは自滅を呼ぶ。
だったら、とリンさんの提案で我々と薬草採取に出かけようと切り出した。弱い魔獣もーーー2階層の場合は昆虫ーーーいくらか出てきて実践を積める。採取した薬草はリンさんが買い取ってくれるから収入も約束されている。文句なしの好条件。詩織とセイランにも都合が良い。
まず大事なのは成功体験だ。いきなりつまづいていては後が続かない。堅実に、ひとつずつ。それが大事。
36階層で開拓班の予定を組んでいたゴードンとはここでお別れ。詩織の声かけも……まぁ今の性格でやらせてもあまり効果はないので中断させる。詩織の元の性格を知っているみんなに声をかけたところで首を縦に振ってくれる人は皆無。薬で謙虚になっているとも言えないし、これは後日の課題といたしましょう。
薔薇の塔には主に採取層と狩猟層が存在する。名前の通り採取を主に行うか、狩猟を重きに置くかという違い。採取層に関しては共通の道具を利用するということで、薔薇の塔の受付で道具の貸し出しをしてくれていた。
2階層の場合は、手袋・麻袋2種・棍棒。この3種類。手袋と麻袋は薬草を摘むためのもの。ではなぜ麻袋が2種類なのか。2階層には2種類の薬草があり、1つは回復薬草と呼ばれるブルーハーブ。2つ目はブルーハーブの変異種であるレッドハーブ。悪魔の舌とも呼ばれるこれはどんな毒をも強力にしてしまうという特徴がある。
ブルーハーブに関しては素手でも構わない。問題はレッドハーブ。こいつの葉や茎には致死毒ではないものの、痒み成分を含んだ粘液をまとっている。これに素手で触れると3日は痒くて悶絶するのだ。
特効薬はなく、専用の痒み止めで抑えるしかない。それでも触れた場所によるとまともに仕事ができなくなることから地味に冒険者に嫌われていた。
収入の不安定な冒険者が3日も仕事ができないとなると死活問題。障らぬ神に祟りなし。
希少で効果も強いから高値で取り引きされるレッドハーブ。だけどそういう事情もあって見つけても取りたがらない人は多い。
花粉ではなく粘液だから飛び散らないし、きちんと手袋をして取れば問題ないのになぁ。もったいない。
あとは昆虫型の魔物だけど、中宮手前の鍾乳洞までであれば毒予防の魔法と簡単な解毒薬、短剣や棍棒を持っていけば十分。これはどちらもリンさんが扱えるし持ってきてくれているので受付で申請する必要はない。
それではさっそく行きましょうか。
2階層【群青鍾乳洞】
ひんやりとした空気は洞窟全体にしたたる冷たく静かに流れる水のせい。摩擦によるわずかな熱で光る鉱石でできた洞窟は虫や人の動き、風が吹くたびに青白く輝いて幻想的な光景を映し出している。
群青鍾乳洞はゲートから始まり、広い鍾乳洞の通り道と魔物たちが生息する【宮】で構成されている。手前から初宮、中宮、上宮、蠱毒と呼ばれ、奥に進むにつれて広い空間となり、モンスターも大きく凶暴なものが増えていく。
特に最後の蠱毒はモンスター同士が争い合い食い合い殺し合いをしている最悪のステージ。どうやらその奥にもまだ道が続いているようだけど、怖いしモンスターが暴れ回って通れないしで探索はそこで終わっている。
今日はそんな危険な場所にはいかないので奴らの心配はしなくていい。初宮のモンスターは穏やかな性格をしているからこちらから危害を加えなければ実に無害。
月蛍と呼ばれる発光する虫は乾燥させて粉々にすると漢方薬になるのでそれだけ捕獲したい。しかも簡単に捕まえられる。それこそ手で包むだけで捕まえられる。むしろ手に乗ってきたりする。お金が向こうからやってきてくれるのでみんなの人気者になった。
虫かごよろしく麻袋に入れて持ち帰ろう。
移動して、一歩歩いて足元が光る。踏み出したわずかな風で辺り一面がふわっと広がる光に子供たちは大はしゃぎ。仕事だなんて忘れて光と幻想のダンスホールでステップを踏んでいる。
こういう無邪気な姿っていうのは見ていて楽しいなぁ。新しいものに出会い、喜びに打ち震えて感動する。なんて素晴らしい光景だろう。見ているこっちまで幸せになる。
さぁさぁ、そろそろ初宮も近い。鍾乳洞は岩と水ばかりで草はあまり生えていない。対して宮の空間は土がある。ブルーハーブは宮の中に生えている。宮の入り口と出口にもわずかに生えているけれど、栄養が少ないせいかこれは少し小さめで効果が薄い。
なのでこれらは無視して宮へ入る。
と、まるでそこは星空のような印象を受ける世界。小さな虫が岩を這い、星の瞬きのように岩が光る。それが360°に及んで広がっているのだからたまらない。
いつ見ても本当に美しい景色だ。とても洞窟の中とは思えない。
「す、すっげぇ……外の世界にはこんなもんもあるのか……」
「これだけじゃない。世界っていうのはとんでもなく広い。しかも多い。外国も、異世界も、まだ見ぬ景色で満ちている。こんなんで目を回していたら大変だぞ?」
「マジすか! すげぇ! すげぇっス!」
「本当に綺麗……。命の鼓動を感じます。あ、これが目的のブルーハーブですか? 筋の部分が青いんですね。草花にしては珍しい色」
「これがブルーハーブと呼ばれる所以よ。たしかに葉っぱって基本的に緑色だものね。黄色や赤もあるけれど、真っ青っていうのは珍しいわ」
「言われてみれば葉っぱって緑色ばっかりっス。白とか青とか見たことない」
「新しい発見も世界を見る醍醐味だな。それじゃ、さっそく摘んでいくとするか」
ブルーハーブを薬草として使う部分はあくまで葉っぱのみ。茎を傷つけないようにして取ると、そこからまた新しい葉っぱが生えてくる。
基本的にハーブって雑草だからな。茎から摘んでもまたすぐに生えてくる。だけど、最小限にしておけば再生も早い。わざわざ余計なことをする必要もない。
葉の根元を掴んで手折る。不必要な部分を傷つけないように丁寧に採取してやる。薬を飲まされる前の詩織であれば、めんどくさいとか言って適当にちぎりまくりそうなものだけど、謙虚になった彼女は一枚一枚、葉をちぎっては麻袋に入れる作業をたんたんとこなしていく。
それは朝露に輝く茶葉を丁寧に摘み取る淑女のよう。
どうしよう、やっぱり常備薬にしようかなぁ。
元気いっぱいに暴れ回る詩織も可愛いけど、おしとやかな詩織はちょっと色っぽくていい。素が可愛いから映える。あたしはいったいどうすればいいんだ!?
「リンさん、この虫食いの部分はどうしますか? これも摘んでしまえばいいのでしょうか?」
「虫食いの葉は残しておいて。摘んでもすぐに腐って薬としての効果が薄いから。これは虫たちのご飯よ」
「食われてる部分だけちぎっておくとかでもダメなんスか?」
「傷ついていることには変わりないからやめておきましょう。それに全部取ると虫さんのご飯がなくなってしまうから、綺麗な葉を摘み取るのも半分が限度って暗黙の了解にしているの」
「なるほど、了解っス!」
聞き分けのいい子は大好きだ。
詩織も今はリンさんの言葉に納得して素直に従っている。いつもなら虫の餌なんて知ったこっちゃないとあるだけ麻袋に詰めそうなもんだけど、謙虚な詩織は腹8分目の量で抑えていた。
これで700g。100g=1800シエルで買い取ってくれるから12600シエルの収入。そこから10%の税金を引かれても10000シエル以上は手元に残る計算になる。
簡単な仕事だから初心者優先で常時募集されているクエストの中でも日当計算でなかなか美味しい仕事である。ちなみにベテランの付き添いのあたしたちは売却額の50%を税金として納めることになっていた。万が一にモンスターに襲われて盾役を義務付けられている割には厳しめな設定です。
売却額が高いので護衛は採取をせずに護衛に専念する。ただし、レッドハーブだけは非課税。希少だけど誰も取りたくない。かぶれたくない。
しかし薬師からすると取ってきて欲しいアイテム。なので採取を推奨する意味で税金を取っていない。葉っぱ1枚で2000シエル。5枚もあれば10000シエル。決して悪い話しではない。他はともかくせっかくなのであたしは赤い葉っぱがないか目を凝らす。
10000シエルもあれば子供たちに本を買ってやれる。お姉ちゃん大好きと言ってもらえる。想像しただけでもうウハウハですな。
まぁ、見つかればの話しなんだけどね。
辺りを見渡してもどこにもない。
遺伝子が変異した希少種だから数が少ない。仕方がない。あわよくばと思ったが今日はどこにも生えていないようです。
「最近は初心者も少なくなって採取をしていなかったから結構生えてたね。それじゃあ初宮と中宮までの鍾乳洞を覗いてから帰りましょうか。その前にみんな、体を虫に噛まれてたりしてない? 気づかない内にとかあるから、念のため」
「えっと……大丈夫っス」
「私も問題ありません。中間の鍾乳洞には何かあるんですか?」
「確率的には鍾乳洞の中にレッドハーブが生えている傾向があるの。それと中型のモンスターも。弱いから簡単に退治できるけど油断はしないでね」
モンスターもそうだけど常に水気を含んだ岩石の足場は滑りやすいから要注意。実際、モンスターより転んで怪我をした事例のほうが多い。
足元に注意を払いながら無用な毒虫を踏んで怒らせないように細心の注意を向け、反面、触れるたびに光る石に幻想的な想いを馳せては心躍らせた。
こんな体験ができるのは薔薇の塔でもここしかない。なかなかに貴重な場所。虫型モンスターさえいなければだけど、そういう危険なモンスターがいるところこそ秘境と呼ばれる由縁かな。
さて、さっそく中型モンスターのおでましですわ。
体長10mほどの巨大ムカデ。これでもここでは普通サイズ。大型は3倍近くあるうえに胴回りも立派。装甲も硬く初心者用に貸し出している棍棒ではダメージを与えられない。
幸いなことに初宮から中宮にかけて吹き抜けるこの鍾乳洞は狭いから、それほど大きなモンスターは入って来られないという事情もあって大型とでくわすことはまずない。
なので中型クラスがうようよいる。ベテランのあたしとリンさんは平気な態度だけど、初心者にとっては脅威でしかないムカデを見て腰を抜かしている。たしかに自分よりも大きい存在に見下ろされれば慄きもしよう。なのでここは玄人のあたしの出番。
棍棒を持って突進してくるムカデの頭に一撃。これで即死かあるいは失神。あとは念のために頭部と胴体を切り離しておく。
こいつの脅威はその長大で頑強な装甲と足の付け根にある毒腺と呼ばれる毒物を分泌するもの。彼らは敵にしがみつき、鋭い足で擦り傷を作ってそこから毒を流し込むというエゲツない方法でも敵を葬るのだ。
巻きつかれる前に先手必勝。巻きつかれたら……覚悟を決めてもらうしかないかな。この手のモンスターは蛇もそうだが【締め殺す】または【毒】で敵を倒す。毒がそれほど強いほうではないことから締め殺す方に舵を切って進化したムカデのようだ。だから少量の毒なら解毒できるけど、大量に流し込まれた時は死ぬかもしれない。なんせ全長10m越えのムカデだから。
どちらにしても恐るべきモンスターです。
「とまぁこのムカデの説明はこんなところ。頭を叩いて首を斬る。簡単だろ?」
「いや……なんと言いますか、言うは易しと言いますか、普通に怖いです……」
「そうか? じゃあ5m級の小さいのが来たら相手してもらおうかな。ちょい大きめのはあたしがやるな」
「ご、5mで小さい……」
「大丈夫。後ろには私がついてるから。援護も解毒もお任せあれ♪」
「援護はされても解毒はされないように頑張るっす……」
いい塩梅に新人を脅したところでもう少し進んでみましょうか。目当てのレッドハーブの代わりに無数のムカデが現れる。8m、12m、7m。なかなか本日は大量ですな。通常のムカデも漢方や薬の材料になるように、これらの巨大ムカデたちも乾燥させて粉々にすると薬になる。特に毒の部分は弱めると麻酔薬として流通できるからあって困ることがない。何かと使用頻度の高い薬剤の材料は高値がつくのでやる気が出る。50%は税金として納めるけど……まぁそれが誰かのためになるならやりがいもあろうというもの。
強硬な外皮は軽くて強靭。加工も容易く量を確保できることから鎧の素材として人気を博していた。耐火性の塗料で色付けをしたり、内側に革を張って扱いやすくしたりできる。
硬度は鉄並みでありながら遥かに軽く安価。魔術回路を付与すれば様々な効果を得られるとあって、初心者から上級者まで愛用される愛すべきモンスター。
この群青鍾乳洞にはまだ愛すべきモンスターが存在している。ムカデと双璧を成す蜘蛛型のモンスターがそれだ。
彼らは常にムカデと縄張り争いをしており、ひと月ごとに支配権が入れ替わる。今月はムカデのターン。
蜘蛛型モンスターは全長3m級が中型クラス。やつらは鋭い爪と口から吐き出す粘液状の物質を出して獲物を捕獲する。外皮は柔らかく、なめして使えば牛革のような使い方ができるのでこれまた方々で大活躍。
特に素晴らしいのは粘液。掻っ捌いた腹から取り出した状態では液体をしており、空気に触れないように取り出した粘液は加工することで強力な接着剤の役割を与えられる。これを使うことで普通は接着や溶接が困難なものも強力に組み合わせられて重宝するのだ。
残念なのは肉の部分は食用に向かないこと。リンさん曰く、普通の蜘蛛が食べられるのだからあなたもちょっとは頑張ってっ! とのこと。
慣れた手つきでぽこんぽこんと叩いては首をサッと斬って始末をつける。簡単な作業ですわ。玄人からすれば。
鮮やかな手際に感心する反面、いざ相対するとなると腰が引けてしょうがない。と、及び腰でくっついてくる2人のなんと可愛らしいことか。たまには先輩らしいこともしてみるもんですな。
「暁ちゃんのおかげで防具の新調や修理をしたがってる人たちは大喜びね。龍の遠征先で防具の交換の要請が来てるから新品を送ってあげましょう!」
「そうですね。記録ではあと10日もすれば蜘蛛が出てくるので接着剤も手に入ります。ムカデの外皮を加工し終わった後に新鮮な接着剤が手に入るので、タイミングとしてはどんぴしゃですね」
「防具ですか! 俺もカッコいい防具が欲しいですっ!」
「そうかそうか。それじゃあいっぱい仕事してお金を貯めないとな。ちなみに防具のレンタルもあるから最初はそれ使っていって、お金が貯まったら装備一式を購入ってのがセオリーだ。あとは使ってみながら微調整してもらうといいぞ」
「了解っス! ちなみに詩織さんの防具は鉄製なんですか? めちゃくちゃ綺麗ですね」
「ありがとう。これは熾天使の法衣と言って、着用者の物理・魔法防御力の向上。デバフ・状態異常耐性が付与されるの。着用可能クラスは戦乙女だけで特別な防具なのよ。オリハルコン製で頑丈だけどとても軽いの」
「へぇ……なんかよく分からないんスけど、とにかく凄いっス!」
着用者が鎧のサイズに合わせて変身するっていう呪い付きだけどな。いつか鎧が脱げなくなって締め付けられた挙句、圧死するんじゃないかって心配してる。
想像するだけでも恐ろしい……。
今のところは無事みたいだけど大丈夫かな。
恐竜型のモンスターに襲われても無傷だったことから防御力はたしかなんだろう。しかし出来れば着用しないで欲しい。中身がクズとはいえ詩織が死ぬところは見たくない。
足元の石灯りを頼りに一歩一歩踏みしめる。
足場の悪い鍾乳洞。滑って転ぶなんて格好悪い姿は見せられない。セイランも詩織も周囲に気をつけながら無理はしない。初心者の冒険者はテンションアゲアゲで無謀なことをしがちだが、2人にその心配はなさそうだ。セイランはともかく今の詩織も。
堅実に、臆病に、時に大胆に。でないとすぐに死んでしまう。そういう冒険者はごまんといた。あたしにできるのは過去の教訓を伝え、育てること。常に声かけを怠らず、必ず前を歩く。それだけで彼らは気が楽になる。地道なことだがとても大切なことなのだ。
ーーーーーーと、思った矢先に事件発生。
振り返ると巨大なムカデがセイランの背後に!
振り向いて応戦しようとするも、あたしの背後にも巨大ムカデ。しかも2匹。
いつの間にか最後尾のリンさんがいない。やられたなんてことはないだろうがどこに行ったのか分からない。人が動いているなら連動して岩場が光って生存の合図になるもどこにもそれらしい気配は見当たらない。
手際よく2匹のムカデを葬って振り返ると、そこにはセイランを庇って倒れた詩織。防御力が高くても体力のない彼女は打たれ弱い。そんな彼女を守るようにモンスターと相対する青年。力強く棍棒を構えるも足は震えて声も出ない。口角は下がり、あからさまに怯えている。
これはまずいな。
不意の2体をきっちり倒したあたしには余裕ができたので少し様子を見ようかと思っていたけどそうもいかなさそう。トラウマができる前に割って入ろう。
と、空気の読めないムカデが背後から迫って来ていた。まさかのおかわり。もうお腹いっぱいだっての!
振り向きざまに3匹目を撃破。同時、セイランの悲鳴が洞窟内に木霊する。
まさか…………血の気が引くのを感じた次の瞬間、暗闇に膨大な光が溢れていた。目を覆いたくなるほどの閃光。いったい何が…………。
光源は詩織の持つ剣。鞘から抜かれた刀身が光り輝いている。普段は絶対に見せない精悍な顔つきの戦乙女は仲間を守るため、ムカデの間に割って入った。
「ーーーーーー無垢なる一閃!」
振り下ろされた輝く剣は硬い頭部を一刀両断。衝撃が全身に走り、巨大ムカデは真っ二つに割れて動きを止めた。
あの詩織が、自分のことしか頭になかった彼女が他人を助けた…………謙虚薬、すげぇッ!
いやもう謙虚っていうかそれ以外のところもなんかすごくいい感じになってるじゃん。身を挺して仲間を庇うなんて謙虚なだけじゃできっこない。胆力とか勇気とか、そういう讃えられるべき精神力がなければ身体が動くはずもない。
これらは副作用か何かで引き上げられた才能なのか。もし、もしも謙虚薬がその人の謙虚さだけを引き上げるのだとしたら、詩織はもともと勇気を持ち、何事にも恐れない強い心を持っていることになる。
思い返せば謎の積極性を発揮することは多々見受けられた。アールロイの時は1番大きな獲物に突進していたし、ネロの時は反撃も構わず恐竜型のモンスターに突喊して行ったし。
蛮勇と勇敢は違えども、恐れず突っ込むタイミングさえ間違えなければ戦力になる。これは面白いものを見たかもしれない。
「大丈夫か2人とも。怪我はないか?」
「私は大丈夫です。セイラン君を診てあげて下さい」
「俺は……こけた時に少し膝を擦りむいたみたいです。でもこのくらい、あたっ!」
「少しの傷でも今日の所は帰還しよう。ここは暗くて処置がしづらい。何よりサイズが小さいとはいえ毒虫がいるからな。消毒して回復だけはしておくか」
「周囲の警戒は任せて下さい。そういえばリンさんはどこに?」
「あぁ〜ごめんなさい。倒したムカデを回収していたら遅くなっちゃって。それよりさっき凄い悲鳴と光りが見えたけど、何かあったの?」
何かあったの、じゃないですよ。後衛のリンさんが背中を守ってくれないと隊列の意味がないじゃないですか。普通ならそう言うのだろう。言ったら言ったでてへぺろが炸裂するに違いない。
しかしあたしは見てしまった。詩織の持つ剣が洞窟を照らし、岩陰からわくわくした表情で実験体を観察している彼女を…………。
確信犯じゃねぇか!
きっと背後からムカデをけしかけたのもリンさんであろう。謙虚薬の実証実験のためにここまてするとは……まぁ、ムカデが第三者に攻撃的な接触をした瞬間、体がバラバラになる術式を背中に張り付けて送り込んでいるから安全は保証されていたとはいえ、そういうことをするなら前もって教えて欲しいかな!
やれやれと肩を落とすも、彼らにとってはいい経験になったと思うあたしがいる。セイランにとってはちょっぴりトラウマになる体験かもしれない。だけど詩織に守られたことによって一層強くなろうと張り切っている。
恐怖より憧れが勝る心は才能だ。
こういうプラス志向に物事を捉えられ、恐怖を乗り越える力を持つ者は意外と少ない。きっと彼はこれから強くなる。
残念なのは少しおつむが弱いところかな。単純は最高の知性だ。しかしそれだけでは世の中を渡るには心許ない。これからはゴードンのもと、力をつけながらその辺の機微を学んでもらおう。おつむの強化は別で行おう。
問題は謙虚薬を飲まされて無理矢理に謙虚になってしまった詩織。元に戻ったらどうなるのか。そもそも元に戻るのか?
いやもういっそ元に戻らなくていいや。いやいや実は本当の詩織はこっちなんじゃないのか?
そんな希望的観測で思考が停止し始めた。
セイランの応急措置が終わって踵を返そうとした時、緊張の糸が切れた詩織がその場にへたれこんで深呼吸している。そういえば実際に1人で戦ったのはこれが初めてだ。命のとりあいよりも先に仲間を守ることを優先させて、今になってようやく自分の身を危険にさらしていたことに気づく詩織。
一歩間違えていたら死んでいたという恐怖と仲間を守り切ったという高揚感。その小さな体には収まりきらないほどの熱量が彼女の心を焦がしている。
本当に……本当によくやった。
抱きしめて、褒め称えて肩を貸す。
震える足を支えながら、壁に手をついて立ち上がった…………と思ったらまた足元がおぼつかなくなる。今度は体の力が抜けて倒れるのではない。先程の戦いの衝撃でヒビの入った鍾乳洞の壁が崩落したのだ。間一髪のところで詩織を引き寄せ、落石事故は回避。最後の最後でテンションの下がるイベントは避けられた。こんなので大怪我をして戻ったらこれまでの気分が台無しになる。さらに言えば病院に行って血を抜かれベッドに簀巻きにされるなんて最悪の中の最悪が待っていたであろう。それだけはなんとしても避けなければ。
「ねぇ見て見て。崩れた壁の向こうに空間があるわ。行ってみましょう!」
「ッ!? まさかこんなに大きな空洞があったなんて……この宙を彷徨っている光は?」
「ま、まさか霊魂じゃないっすよね……?」
「もしかしてセイランは幽霊とか苦手なやつ?」
「苦手です」
「断言したわね。素直でよろしい。でも安心して。これは霊魂じゃなくて月蛍よ。それもこんなにたくさん」
「月蛍の幼虫を見ないと思ったら、こんなところから発生していたんですね。どこか別の空間の存在は示唆されていましたが、本当にあるとは…………今、向こうで水面に何かが跳ねる音が聞こえましたよ」
洞窟の中は静寂。わずかな音も反響して大きく聞こえるこの空間で聴きなれない、ちゃぽん……という音。鍾乳洞のような氷柱状の岩から雫が落ちる音ではない。たしかにあれは魚が水面に跳ねる姿。
地面は生い茂るブルーハーブの群生地。それこそ足の踏み場もなく、踏んでしまうくらいなら回収しましょうと摘みながら進んでいく。同時に警戒心皆無の光る虫も麻袋へ放り込んでいった。ちょうど使うところのなかったレッドハーブ用の袋が余っている。これみよがしに詰めまくる。
音のするところまでたどり着くと、そこにはやはり魚影が確認できた。半径10m程度。深さも10m近くはありそう。魚が泳ぐたびに池は小さな波をたて、光る岩は呼応するようにキラキラと輝いている。
なんて幻想的な世界だろう。澄んだ水は限りなく透明。青く白く輝く湖はまるで夜空の星々を映し込んだかのような景色。いつまで見ていても飽きない、自然が作り出した芸術が広がっていた。
もう少しここで眺めていたいけど、そろそろ昼時だし新しいステージの発見には調査が必須。それじゃあそろそろと切り出して帰還した。
受け付けで報酬の整理と報告書をまとめてランチへGO。
今日は2人とも頑張ってくれたし。ここはお姉さんたるあたしが昼飯を奢ろうではないか。いつもこんなだったら詩織にも気持ちよく奢ってあげられるのに。そんな言葉が脳裏によぎっては即捨てる。これを機に改心してくれれば、謙虚になることで自分にも良い結果が訪れると知ってくれれば、きっとこれからの彼女の人生はより良いものになるに違いない。
そう願うばかりです。
セイランは少し単純すぎる。なんでも信じてしまう。純粋なのは素晴らしいけど今のままでは悪人に騙されてしまいそう。途中で何かおかしいと気付いても気にしなさそう。
この部分は知識と経験で補ってもらいましょう。肉体的な修行はゴードンに任せるとして……知識や経験面は太郎や華恋の横について学んでもらおうかな。
文字は読めるが書くのが少し不安という点に関しては修道院の子供たちと一緒に精進してもらおう。
やることは山積みだな。だけどそれだけ楽しみが多いとも言える。なによりもっとずっと世界が広く見えることだろう。
「うまっ! この料理めっちゃうまいっす! なんて料理なんすか?」
「ホノオガニのパスタだよ。ミートソースをベースにカニ味噌とボイルしたカニの身をふんだんに使ってあって美味いだろ。こっちはシロミウオのマリネ。カボチャの冷製スープもいけるぞ」
「久しぶりにミストルティンに来たわ。秋風亭とは違う賑わいがあっていいわね」
「秋風亭は景色を楽しみながら静かにご飯をするっていうイメージですが、賑やかな時ってあるんですか?」
「夜に酒盛りを始めるとどんちゃん騒ぎよ。みんな歌って踊ってたいへんなんだから。それがまた楽しいんだけどね」
「酒飲みが多いですからね。特に蝶の人々の気質はハレとケがはっきりしているので、祭りの時は楽しいです。あたしはあまりお酒が強くないので途中で一歩引きますが……」
「へぇ〜……まだ胡蝶の夢には行ったことがないっす」
「それじゃあこのあと、ブルーハーブの納品ついでに回復薬の工房見学にでも行ってみる? 基本的に市販されたものが売ってあるんだけど、何かあった時のために自分で作れるようにしておくと便利よ」
「回復薬って自分で作れるんですか?」
「それほど難しいものじゃない。まずブルーハーブを乾燥させて粉々にしておく。魔力を込めたエーテル水に粉末を混ぜて溶かして飲む。これだけだ」
「かなり簡単なんすね。でもそれなら自分たちで作ればいいんじゃないんすか? わざわざ素材を渡して作ったものを買わなくても」
「工房は集中的かつ専門的に研究してるから高い品質の維持と安定供給ができるの。保存が効く独自の加工もしているから携帯に便利だし、戦闘中にすぐ使える。自前で作ってもいいんだけど、戦闘中に作るわけにはいかないでしょ? それに自前で作れるとはいえ、一般人が作ったものは時間が経つと効果が薄れてきちゃうから応急措置用の簡素なやつになるし、分量によって効果にも違いがでるからなかなか難しい。さじ加減が難しい物の扱いはプロにお任せ、ってね♪」
なるほどと頷いてみせるセイラン。実際は殆ど分かっていないだろうキョトン顔を見せていた。
簡単に言うと専門の職人が作った回復薬の方が自分で作るよりもいい物になる。と説明して霧が晴れたような笑顔で頷いた。分かりやすい性格をしている。
胡蝶の夢の回復薬を作る工房はそのまま直売所として機能している。回復薬他、毒消しや一般家庭で扱われる痛み止めや消毒液。ガーゼや包帯などなど、医療品関係から朝に採れた野菜まで並んでいて蝶で暮らす人々の生活の支えになっていた。
販売所の裏手に回り、リンさんの口利きで特別に工房を見学させてもらえることになる。ここでの役割は主に2つ。研究と量産。効能の向上や新しい用途を探るべく日々研鑽を積む部署。それからひたすらに同じ物を作り続け、大量生産に勤しむ部署。
今回の月蛍も未だ研究段階にあることから研究室にお邪魔します。
「ひゃっはぁ〜〜! リンさんなんですかこれこれなんですかリンさん! 新種の虫ですか鉱物ですか!?」
「世紀末ッ!?」
「普通の月蛍とその幼虫よ。詩織ちゃんが群青鍾乳洞で新しい空間を発見したの。そこでたくさん見つけたわ。今日は確保していないけど、新種の魚もいた。また研究材料が増えるわよ」
「ひゃっはぁ〜! たまんねぇぜぇ〜!」
「…………あの、この人は大丈夫なんですか?」
「大丈夫。いつもこんなだから」
「研究室って黙々と作業しているイメージがあるけど、ここは本当に賑やかだな」
彼の背後からも叫び声から歓喜の声。呻き声やらロックな音まで阿鼻叫喚……じゃなくて、さまざまな音色が聴こえてくる。廊下を歩いていた時の静けさとは正反対。
また失敗しただの成功しただの、うまくいかねぇだのなんか本当にもうすごい楽しそうにしている。恐怖を通り越して遠目で見守っていたい気分になります。断じて近寄りたくはないけど。
中へ入ろうとするも怯えた2人の足が動かない。まるで巨大ムカデに睨まれたかのように微動だにしない。むしろあとずさんでいる。露骨に嫌がっていた。ここは彼らには早すぎたようだ。
なかったことにするかのように扉をぴしゃり。また日を改めてと解散になる。
夕方、大浴場で体を洗ってさっぱりしたら新生☆詩織のプチお祝い会を催した。初めてまともに仕事をこなしたうえ、新しい発見までしてくれた彼女に感謝とこれからの発展を祈って乾杯です。
彼女は謙虚にも、あれはたまたま壁が崩れたから。それより助けてくれてありがとうございました。と自分の功績をひけらかすことなく謙虚にこうべを垂れるのだから可愛いやつよのぉ!
セイランも褒めてちぎっては酒を飲み、褒めちぎっては酒を注ぎ、命の恩人に感謝の言葉をガトリング。素直な彼は謙虚な詩織を尊敬と羨望の眼差しで見ていた。
ーーーーーーそう、謙虚な詩織を。
元に戻ったらどうなることやら。
リンさんにもいつ薬の効果が切れるのかわからないという。多分寝たら元に戻るだろうと曖昧な返事をしていた。願わくば、もう元に戻らないで欲しい。願ってはいけないのかもしれないが、今までのことは全て嘘だったと言って欲しい。
「群青鍾乳洞にて新しいステージを発見したということですが、どれくらいの価値があるのですか? ロイヤリティの話しもありますし、報酬が多ければ多いだけ国や人々への貢献度が高いということになりますからね。気になります」
「それはまた調査隊の調査が終わって、あそこにある物が役に立つかどうかで決まってくるからまだ分からん。月蛍の成虫も幼虫はも光石とブルーハーブを主食にしているからなにかしらに加工して扱う見込みはありそう。それに新種の魚もいた。踏破報酬が手に入るのは間違いなさそうだよ。額にもよるけど感覚的には売り上げの4%ってとこだろう。幼虫が漢方薬とかになったらいいなぁ」
「蚕なんかは幼虫を乾燥させて粉々にすると栄養満点の食べ物になりますからね。月蛍の幼虫もその要領で使い道がありそうです」
「虫を食べる、ですか…………えぇと、ロイヤリティの話しなんですが、実は既にリンさんに相談してお断りすることにしました。具体的にはロイヤリティの半分を修道院に。もう半分は回復薬の代金の値引きに使って欲しいと伝えました」
「「「「「なん……だと……ッ!?」」」」」
「どうしてまた……」
「私、ロイヤリティなんて貰いはじめたらそれに頼って仕事をしなくなると思うんですっ!」
「「「「「ッ!?」」」」」
「実はそんな気はしていたが、本当にいいのか?」
「いいんです。このままじゃダメだと思うんです。元々ダメなんですが……でも今日のことで少し自分に自信が持てました。戦うのは怖いけど……」
「「「「「戦うのが怖いッ!!??」」」」」
「採取っていう方法で仕事もできますし、剣も扱うことができたので並行して努力すれば」
「「「「「努力ッ!!!???」」」」」
「きっとみなさんのお役に立てるようになりますし、自立だってできると思うんです。自立したいんですっ!」
「「「「「自立ッ!!!!????」」」」」
「そういうわけで、どうか今後ともよろしくお願いしますっ!」
「詩織ネェさん超カッケーっス! 尊敬しまスッ!」
「「「「「暁、ちょっと話しが……」」」」」
良きかな良きかな。なにはともあれ詩織が前向きになってくれて良かった。薬のせいだけど……うわぁーーーー………………あたしのほうに薬の副作用が来てるんじゃないのコレ?
祝いの席を外れて2階の広間へ押し込まれる。振り返ると食堂でご飯を食べていた殆どの人たちが集まっていた。
あぁ〜〜…………これは隠しきれない。
詩織のあまりの変貌ぶりに不審より恐怖が勝る大人たち。気味の悪い怪物退治を前夜に控えた討伐隊みたいな顔が並んでいた。
これだけの人数の前で『ここだけの話し』と言う変な言葉の使い方をしてリンさんが作った傑作のお披露目をする。謙虚薬。飲ませた相手を強制的に謙虚にさせる劇薬。成分不明。副作用不明の丸薬の瓶。これを……どうしたものか相談してみるか…………。
「え、いやいいんじゃね? まともになるなら」
「そうですね。モンスターに突っ込んで行かなくなるならいいんじゃないでしょうか」
「剣は使い物にならないと聞いていましたが、副作用のせいで使えるようになったのでしょうか。デメリットが見つからないならしばらく様子を見てもよろしいのでは?」
「ダメダメな詩織さんも可愛いですが、謙虚な詩織さんは清廉で可愛いです」
「リンさん、マジにファインプレー!」
まるで宴会さながらの笑い声で満たされる大広間。人ごとだと思ってお祭り騒ぎ。本当にそれでいいのかお前ら……。
とはいえ喜ばれている最中に水を差すのも興が覚める。あくまで今は詩織のお祝いなのだ。少なくとも今日の功績は詩織のものだから、みんなもめいいっぱい褒めてくれとだけ頼んでおく。
元の詩織は承認欲求が強い。リンさんの言う通り、性格だけが変貌するなら記憶はそのままのはず。自分の頑張りでもって褒められることを知れば、彼女の中で何か良い変化が起こるかもしれない。
食堂へ戻るなり詩織はさっそく、剣と魔法の修行をつけてくれる人を紹介して欲しいと頭を下げてきた。くっそぉ〜〜可愛いなぁもう!
あたしの心が……謙虚な詩織を求め始めている。
ある意味で偽物の詩織を愛おしく、同時に本物の詩織を遠ざけようとする自分がいるーーーーはっ!
違う違う。薬を飲まされただけで傲慢な詩織も謙虚な詩織も本物の詩織じゃないか。あっぶねぇーー……商人としての道を外れるところだった。あたしの心を乱す詩織、くっ、可愛いやつめ!
翌日、さすがに昨日は朝から夕方まで動き続け、晩は宴会でよく酒も飲んでいたせいか詩織は昼前になっても姿を現さなかった。まぁ今日は休養日にすると言っていたのでぐっすり寝ていることでしょう。
最初はどうなることかと思っていたけど大事もなくて良かった。これを機に詩織が活躍してくれれば彼女の悪評も過去の笑い話になろう。笑い話にできない黒歴史が既にいくつかあるけど。
さて、ひとまず詩織はネロが面倒を見てくれるということになったし、あたしはあたしの仕事をしましょうか。現在進行している街道建設。その会談の日が迫っている。相手は海千山千の猛者を泣き寝入りさせてきた怪物。こちらも気を引き締めてかからねば。
魔法的な障壁はあたしの右眼で看破できる。物理的な嘘ならセチアの固有魔法で対応可能。それ以外は詩織の一芸、魔法やユニークスキルに頼らない、超人的直感力で嘘や謀りを見抜く。
完璧かどうかは分からない。
だけど完璧を目指して国を守る。
これが今、あたしがやらなければならないこと。
なんとしても愛しい人々の住むこの国を守らなくてはならないのだ。
大きく息を吸って吐く息に熱を込める。
排熱した体を椅子から遠ざけ、打ち合わせのために作成した進行表を束ね、その日その場所に関わる人たちが集まる会議の場へと赴こう。本来であれば骨子案を作ってお互いに擦り合わせるだけでいいのに、悪徳商人対策のために余分な人件費を割かねばならない。実に不合理且つ燃費の悪い仕事だ。
想定していたよりひと回りも支出している。この支出を現場で働いてくれるであろう皆々様に還元したかった。とほほ……。
肩を落としていても仕方がない。やれることを全力でやり遂げよう。下げた椅子を戻すために振り返り、椅子に手をかけた瞬間、邪悪を帯びたオーラが柱の影からあたしを覗いていることに気付いてしまった。
右眼は眼帯をしていても特殊な龍の眼であるために左眼以上によくものが見える。人の心しかり。魔力の流れしかり。邪悪なオーラ…………は、眼で見なくても肌で感じられた。
親の仇を睨むようにして蝉のように柱にしがみついている。嫌な予感しかしない。しかし目が合ってしまったからには無視もできない。こういう時は右眼の龍眼が疎ましい。
「おはよう詩織。昨日はよく眠れたか?」
「あ、暁さん……いくつか聞きたいことがあるんですけど…………」
「あぁ……悪いがこれから会議なんだ。夕方には戻ってくるからその時にま
「私、群青鍾乳洞で手に入る予定のロイヤリティを全部放棄するって言った気がするんですけど。これって夢ですかね。夢ですよね。なんの話しか分からないですよね…………?」
「いや、たしかに聞いたぞ。半分は恵まれない子に、もう半分は回復薬の値引きのためにって。自分が怠けないためにとも言っていた」
「はぐぅあッ!?」
「言っておくが撤回はできんぞ。契約書にサインしてしまったからな。それに本当にいいのかって聞いたよな」
「うぐぉおあッ!」
あぁ……薬の効果が切れて元の詩織に戻ってる。
いつも見せる苦虫を噛み潰したような顔。本当に楽しそうな人生を送ってやがんなぁ。ま、全ては己の選択ゆえ。詩織には能力があるんだから、それらを存分に発揮してもらいましょう。
倒れ込む彼女の肩を叩いて昨日の武勇伝を褒めちぎり、最後にはこれからも頑張れと檄を飛ばす。普通の人はこれで少しはやる気が出るのだが、このろくでなしはそうではない。一緒に頭を下げに行ってくれと懇願する始末。あぁ、本当に元に戻ってしまったんだな。
気持ちは分からなくもないが今はマジに時間がない。相談に乗ってやることも提案する余力もない。あたしには大事な会議が待っている。そういうわけで愛しいギルドメンバーを突き放して脱兎の如く走り去った。
追いかけてくる詩織。
小石につまづいてこける詩織。
泣きべそをかいて哀願する詩織。
これはお前のためだと無視するあたし。
さぁさぁ、今日はどんな夕日が見られるのか楽しみだ。
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○回復○
ブラード「ブラードのぷち怒コーナーですよ暁さん!」
暁「なんでいきなり怒ってるの!? あたしなんかした?」
ブラード「なんで回復なんて魔法が使えるんですか! 暁さんって体外に魔力を放出する系の魔法が使えないんじゃないんですか! 暁さんがヒールして怪我を治すと誰も病院に来てくれないじゃないですか! 採血できなくなるじゃないですか!」
暁「おこポイントそこかよ! 安心しろ。正直言ってあたしがヒールの魔法を使えるのは本当にちょっぴりだけだ。ヒールを使わなくても大丈夫そうなやつには使わない。だからそいつらは全員病院送りにしてやるよ」
ブラード「暁さん、大好きですっ!」
暁「くるしゅうない。愛いやつよのぉ〜♪」
ブラード「それにしてもヒールだなんて看護師や医師でも習得するのが難しいうえに才能に依るところの大きい魔法をよく使えますね。私もまだ勉強中で使えないのに。魔力を体外に出しにくい体質の暁さんはさぞ習得に苦労されたのでは?」
暁「毎日練習して5年かかった。普通は毎日の反復練習と適切な指導があれば1、2年で使えこなせるようになるらしい。体質的に時間がかかったが、あたしが唯一使える愛しい放出系の魔法だ。ちなみに魔法には主に2つの種類がある。他者に干渉する放出系。肉体強化や千里眼など、自己にのみ影響を与える内燃系。あたしはもっぱら内燃系だ。というかヒールを除いてそれしか使えん」
ブラード「毎日練習して5年! 努力の賜物ですね。でも消毒の魔法も重要になってくるのでは? ヒールで損傷箇所を修復する前にバイ菌を殺すクリアをしないと、体内に菌を残したまま傷口を修復することになりますから」
暁「そこは道具で補完してる。ブルーハーブから作った回復薬は経口摂取では傷の治癒に、かけ流して使えば消毒液になるからな。元がハーブのせいか味はよくないけど。通常の消毒液と同じような味がするし。ぶちゃけ不味い」
ブラード「なるほど。使い分けてるわけですね。味に関しては確かに良くないです。所詮はハーブですからね。でも最近はセチアさん率いるフェアリーさんたちのおかげでだいぶん良くなっていますよ。この前なんかはイチゴ味のポーションの試作を見せてもらいました。まだハーブっぽい清涼感はあれども飲みやすくなってたと思います」
暁「セチアたちがやってる『移り香プロジェクト』だな。果物や花から採取した香りを香料にして色んなものに使おうっていう。アロマキャンドルやバスボムの試作品は知ってるけど、飲み薬系にも使えるのか。他にも使い道がありそうだな」
ブラード「バスボムはオススメですよ。毎日の入浴が何段階もレベルアップします。今はなんとかしてスイーツの香りをバスボムに出来ないか頼み込んでるところです」
暁「入った後がたいへんそうだな……」
ブラード「そんなことはとりあえずいいんです。大事なのはスイーツのお風呂に入っているという陶酔感です。後のことは後で考えればいいんです!」
暁「さすが乙女脳。後先考えない行動力は凄まじい」




