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涙と太陽

 夕暮れ時。

 登って沈む太陽を眺めて確信する。

 これ夢じゃないわやっぱり。

 詩織ちゃんが戻って来てくれることに期待していたがそんな気配は感じない。これからの身の振り方を考えようにもモンスターになってしまった体では墓地ぐらいしか居場所がないだろう。


 はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………………。


 そりゃあため息も出るってもんですわ。

 首をがっくりと傾けると、突然背後から突き飛ばされて前のめりにぶっ飛んだ。

 何事か振り向いてもう一発吹き飛ばされる。起き上がってみれば目の前にひっくり返ったイノシシがおるではないか。


「すみませーん大丈夫ですか? 縛ってたと思った紐が切れちゃって。お怪我はありま、せ……んか…………」


 林の中から猟銃を持った女性が心配そうに現れて、骸骨を見るなり青ざめた。

 そうなるよね。かといって俺もどう反応すればいいか分からないから出方を見よう。


「まさかイノシシにぶつかった拍子に肉が弾け飛ぶなんて。やばいどうしよう」


 そんなわけないだろ。生身の人間にぶつかったとしても肉がなくなるなんてホラー起きないから。

 思わず大声で入れたツッコミは女性の後ろに並んでいるお仲間の耳を貫通して顔を真っ青にした。


「あ、大丈夫です。ほらこの通りぴんぴんしてますから」


 全員武器を構える。やばいどうしよう。

 どうにか無害だということをアピールしなければ。

 無我夢中で大丈夫大丈夫言ったり踊ってみたり、いないいないばぁをしてみたり、あぁもう俺何やってんだほらもう臨戦態勢のまま囲まれちゃったよ。


 女性は撃鉄を起こして狙いを定める。あとは引き金を引くだけ。やばい死ぬ。いやもうスケルトンだから死んでるんだけど。死んでる。いや死んでんのか俺。

 ああもう時間がねぇ。神さま助けてーーーー!


「いや撃たないでぇ! 異世界から転生してこんな姿になっちゃったけど元々人間なんですーー!」


 テンパりすぎて思ったこと素直に叫んだ。そうだよ全部本当さ。だから思いのままに心情をぶちまけた。だけどそんなん信じるやついないよね。異世界から転生したなんて誰が聞いてもモンスターの妄言。

 さようなら人生。


 スカスカの体を両手を突き出して必死にガードした。肉がないからそんなことしてもあんまり意味はない気がしたけど長らく生きてきた人間としての反応がそうさせる。

 撃鉄の音が聞こえ------ない!


 猟師たちはみな顔を見合って動揺していた。

 あんまりアニメとか漫画とか知らないけど、少なくとも異世界か転生、あるいはそのどちらともに関心がなければあり得ない反応。


「あなたは異世界からこちらへ来たの? 転生って言ってたけど、もしかして元々人間だったとか?」


「は、はいそうなんです。朝目が覚めたら突然この山にいて。もう何がなんだかわからなくて」


「しかもモンスターになってたものだから人里にも入らず立ち往生していたと」


「その通りです」


 なるほど、と言い残して彼らは円陣を組んで相談を始めた。これってもしかしてもしかすると期待していいやつなんですか。オケ○(まる)ですかダメ×(ばつ)ですか。


「同情はするけどやっぱりモンスターを生かしてはおけないわ」


 ひいいぃぃやあああぁぁぁ〜〜〜。

 ダメ×(ばつ)だった。銃口を向けられ心が骨折し地に崩れ落ちた。もうダメだいっそ死にたい。このまま土に還りたい。


 とんとん。

 肩を叩かれて、ゆっくり顔を上げるとそこに銃口を向けていた猟師たちが集まっている。

 すでに敵意はなく安心した表情が並んでいた。


「驚かしてごめんなさい。しゃべるスケルトンなんて見たことなかったから警戒したのよ。無害かどうか確認したくて銃を向けたの。どうか許して」


 オケ○(まる)ゥゥッ!

 やったーひゃっはー助かったー!




 山を下りながらこれまでの経緯を全て話した。

 どこで生まれ育ち、何をしていたのか。転生したことやスケルトンになった理由なんかは自分でもわからないからどうしようもないのだけれど、正直に全てを話すと彼女の所属するギルドへ案内してくれるという運びとなった。


 おお神よ感謝します。

 マジ助かりましたありがとう!


 ギルドの拠点に行くまで町の人に見られないよう、ローブと穴の空いた葉っぱを顔に被せて身を隠した。さすがに守衛さんには事情と顔をみせなくてはならず、マジかって顔の次にまたかってな諦めにも似た表情を浮かべる。

 その理由について言及しなかったけど、もしかしたら俺と同じ境遇のやつもいるのかもしれない。


「ただいま戻りました。今日はオオイノシシが3匹とれたので1匹丸々もらいましたよ。それと暁さんが好きそうな人……好きそうな方を連れて来ました」


「今日は来客が多いな。随分と細い体つきをしているがちゃんと飯食ってるのか」


「はじめまして宮本貴彦(みやもと たかひこ)と言います。いやぁスケルトンなもんで中身ホネホネで、飯も喉を通らないんですよスケルトンだけに。なんちゃって」


「勧善粉砕アヴァランチ!」


 ローブを取るタイミングをずっと悩んでいたから暁と呼ばれた人の言葉にエスプリを効かせて答えてみたら、みんな青ざめて静まりかえってしまった。

 ただ1人、くノ一風の女の子がおしゃれなこうべのエンカウントに即反応。それはそれは見事な右ストレートが胸骨に叩きつけられる。

 まぬけな叫び声が屋敷から飛び出して路頭に転がった。当然のように悲鳴が上がる。白骨死体が飛び出しただけでも顔面蒼白物なのに、それが動き出したとなればもうパニックか戦うか失神するしかないだろう。俺なら失禁する自信がある。


 明らかに間違えた。冷静になれば突然モンスターが現れれば臨戦態勢になるに決まってる。

 さっき猟師に会った時点でこうなることは学習済みだったはずなのにちくしょう。穴があったら土に還りたい。


「なんだこいつはあああぁぉぁッ! スカスカだぞ本当に中身がない。殴られてもバラバラにならないし喋ってるしこいつヤベェ! そりゃあ細いはな骨だしな!」


「ええぇーーッ! 驚かないんですか。だって俺モンスターですよ」


「雪子が連れてきたんなら安全なんだろ。それにお前魔力ないから魔法使えなさそうだし、なんか弱そうだしな」


「そうです戦闘力皆無なんで無害ですよろしくお願いします!」


「いやいやいくらなんでもスケルトンって……」


「おおぉぉ〜今のアヴァランチは見事だったぞ桜。一月前に教えたのにもう使いこなせているじゃないかさすがだ!」


 肋骨の間に平手をシャバシャバ入れて、桜と呼ばれる女の子に頬ずりして褒めちぎっている。燃えるような赤い髪に右目の眼帯がトレードマークのこの人がギルドマスター。

 オーバーなリアクションとフレンドリーな態度を見た周りの人は緊張がほぐれたのか、あれも暁さんの知り合いか、また変わったの連れてきたな、と守衛さんの諦め顔と同じ笑みを浮かべていた。もしかすると周りを落ち着かせるための演技かもしれないが、おかげで敵意を向けられることはなさそうだ。


「いきなり悪かったな。怪我はないかい、ってスケルトンって怪我するのかな」


「痛むところとか骨が折れてるとかは特にないみたいです」


「それはそれで自信なくします」


「こらこらそんなこと言うもんじゃないぞ。それに驚くのは分かるがいきなり攻撃しちゃだめだろ」


 優しくたしなめられてごめんなさいをする。いやもう考え無しにローブを脱いだ俺の責任の方が大きいし、きっと彼女は仲間の為を思っての行動だったのだ。殴り抜く瞬間の強い瞳はそれを物語っていた。


「まぁまぁとりあえずここ座りなさいな。自己紹介がまだだったな。あたしは紅 暁。暮れない太陽でギルドマスターをやってる。こっちは桜。基本的に戦闘系の仕事を受けてるんだ。ここへ来たってことはギルド加入希望ってことでいいのか?」


「いやそりゃあまぁ行き場がないんで居場所ができるならそれにこしたことはないんですが、でも俺モンスターですよ。望んでこんな姿になったわけではありませんが、なんていうか紅さんたちにも体裁というか、立場というかあるんじゃあ」


「ああ気にするな。確かにモンスターが人間と暮らすのは困難なこともあるだろう。しかしなこの国の法律に違反してなければいいんだよ」


「法律ですか」


「そうだ。たった1つの法律。それは《みんな仲良く楽しく暮らしましょう》だ」


「…………え、それだけ?」


「これだけさ。まぁ細かい取り決めなんかは一応あるけど、最終的に刑罰やら処罰の判断は法の執行者である国王だ。国王の気分次第だ」


 …………それ1番怖いやつじゃん。

 久しぶりに、いや生まれて初めて背筋、もとい背骨が凍る感覚に襲われた。

 この法律は一見するとなんも考えていないような気がするがそうじゃない。裏を返せば仲良く出来ないなら国王の気分次第で処刑もありうるってこと。

 場合によっては私刑で殺人を犯しても、それが真っ当なものと判断されれば正義となる。そんな異常な法律を敷かれてなおこの国の、少なくとも周りに見える人々の楽しそうな笑顔を見る限り、極めて高い道徳を備えていなければ夜も眠れやしないはず。

 素晴らしい半分、恐ろしい半分で身を砕かれそうだ。


「お、なんだお前。その様子だとあたしの言った言葉の意味がわかったな。相当頭の回転早いな。実に素晴らしい」


「いやあそんな。前の世界の常識とは全然違って異世界っぽいなぁ〜って思ってただけです」


「異世界?」


「あっやべ。…………いやもういいか!」


 普通なら異世界から来たなんて言えば頭のおかしい異常者か妄想野郎だと思われるに違いない。

 だから雪子さんにワンクッション置いてもらってから話しだそうとしてたのに口を滑らせていまった。

 でももうなんかスケルトンになっちゃったしそういうリスクなんかどうでもよくなってきた。

 どうせもうモンスターだし、この際全部素直に吐き出して身軽になっちまおう。スケルトンだけに。


 勢いに任せて薄っぺらい身の上話をぶちまけた。

 本当に薄い、多分5分も喋ってない。生まれた町の名前やどんな生活をしていて、以前は学生だったとか普通に人間だったとか、ゲームやってて目が覚めたら転生してたとかかくかくしかじか。


 そんなモンスターの妄言を紅さんは真剣に聞いてくれている。真剣に聞き流しているだけかもしれないけれど溜まったものを全部打ち明けられてスッキリした。

 さぁどうだ。モンスターのうえに変態だぞ。どうでるよどうでるよ。


「それはさぞ不安だったろう」


 涙腺があれば号泣していた。

 なにこの人、聖人なの?

 震える声で、声にならない声が出た。嘘かもしれないのに、モンスターなのに、同情してこのか細い身を案じてくれる。

 目をそらしてきたけど本当に不安だったんだ。元は人間だったのに見知らぬ土地に放り出されて、しかも白骨死体ってなんの冗談だよ。ふざけんなよ。心の底から神を呪った。そんな地獄にも仏がいるなんて。


「そりゃあ半信半疑のところはあるけど、今のお前をみてたら本当だって思うよ。安心しろ。もうお前は1人じゃない。あぁ…………それとなんだ。この流れでこれを出すのもちょっとタイミングが悪いかもなんだが、ギルド加入についての書類にサインしてもらいたいんだ。これにサインしてくれれば私がお前を正式に認めることができる。この国の人間にお前は無害なスケルトンで良き隣人だと胸を張れるようになる」


「いいんですか。本当に俺なんか」


「いいに決まってるだろ。それにな、お前は世界を変えられる存在になると断言しよう!」


 これが暮れない太陽の所以か。

 いつまでも滅ぶことなく人々の心を照らす しつづける輝ける太陽。まさに彼女そのものであり全てのギルドメンバーがそうであろうと心に刻んでいる。

 もう何も迷いはない。俺はここで新たな人生を歩むのだ。スケルトンになっちまったけど、認めてくれる人がいるならば、もう何も怖くない。

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