予感
今回は詩織→華恋主観のストーリーで進みます。
序盤は詩織がやいのやいの暴れて、こいつ本当にないわぁー……という流れです。作者も書いていて、こいつヤバいなと思います。
おはようとともに報された内容は目を疑うもので、寝ぼけ眼の私の両眼がはちきれんばかりに見開いた。
アイシャから受け取ったその紙に書かれていた内容は、国中の男子はフジツボ群生女とキスをしたくないという署名。ご丁寧にギルド長の判子付き。そこまでやるかと引き裂いて、怪力アイシャの両手が肩に乗る。
「お話しは伺いました。これから毎日、栄養満点の食事を特別に出しますので、きちんと全部食べて下さいね。暁さんきってのお願いですから」
張り付いた笑顔と妙に力の入った拳のコントラストは恐怖の化身そのもの。とても華奢な女の腕力とは思えない。以前にアイシャは強いくていい女とは聞いていたが、まさか本当に化け物なのか。
身も心も抗う術なく椅子に座らされて料理が運ばれてくるのを待つ。別にいいんだけどさ。野菜は食べられないわけじゃないし、吐くほど嫌いな食べ物はないわけだし。ここの食堂の料理はなんでも美味しいし。
でもなぁ、誰かから強制されて娯楽をさせられるっていう一点において気に食わない。そりゃあこのくらいしないと私は偏食するでしょうよ。口が痛いのも背中が痒いのも、爪が汚いのも治るに越したことはない。
でもなぁ、やっぱり他人に言われて何かを強要されるのは腹立たしいなぁ。
よくもまぁ人の好意を無視してそんなことを思えるなと思うかもしれないが、これが五十嵐詩織という女。自分というのはなかなか変えられぬのだよ。
流れるように差し出されたお盆の上には、炊き込みご飯、味噌汁、シャケの塩焼き、お新香、ザワークラウト。
一般的な日本の食卓がここにある。おそらくだが。
いや現代において朝食のためにここまで気合いの入ったご飯は出てこないか。少なくとも私が経験したことのある朝食とは菓子パンかシリアル。ないしはコンビニ弁当。
それを鑑みればはやり豪勢そのもの。輝いてすら見える。
「食物繊維を中心に整えてみました。味にも自信があるので、ぜひご賞味ください」
「う、うむ」
くっ……普通にうまい味噌汁だ。
シャケの塩焼きも割と味濃いめで私好み。
大根の浅漬けもなかなか。
ザワークラウトは馴染みがないし酸っぱいのでパス。
問題は炊き込みご飯。明らかに白米と着色料を混ぜて変色した様子ではない。それに見慣れない粒もいくつか混ざっていた。黒豆か、レーズンなのか、妙なものが混じっている。
色の抜けた麦チョコのようなものもあるし、粉砕されたアーモンド、大きめのゴマのような黒い粒々も確認できた。一応食えるものなんだろうけど、得体の知れないものを口に入れるのは御免被る。
「ご飯は白米と玄米と雑穀米を5:4:1で混ぜたもので、栄養満点です。大きくて黒いものはイナゴの佃煮です」
「玄米ねぇ…………え、今、最後になんてった?」
「イナゴの佃煮ですか? 昆虫は味もいいしビタミン、ミネラル、タンパク質などなど、栄養たっぷりですからね。不規則な生活の冒険者さんたちにはうってつけです♪」
「はっ……ふざけんなし。虫なんか食べられるわけないでしょ。鳥じゃあるまいし」
「…………え?」
沈黙と静寂が訪れののち、アイシャは弁明と食事を促すのだが、私は絶対に手をつける気はない。虫とかそんなゲテモノを食べられるわけないじゃん。仮に栄養満点だからといえ、年頃の乙女がそんなものを口に放り込んでいたら世の男たちが泣くじゃない。
でもまぁ、味噌汁とシャケは美味しいから食べてあげるわ仕方ない。
はぁ〜〜御馳走様でした。
少し物足りないところもあるけれど、シャケが美味しかったので許してあげる。まだ小腹が空いてるし、お昼は早めに食べようかな。
「ちょ、詩織さん……まだご飯がこんなに、残ってるんですけど」
「いやいやいや、そんなの食べないから。片付けちゃって」
「そ、そんな……詩織さんのために一生懸命作ったのに……」
同性に泣き落としなんて効かないんだから。やれやれこれだから恩着せガマガエルは困ったものね。好意を向ければ素直に受け入れられると勘違いしている奴の相手なんてするもんじゃない。
なのでここは颯爽退場するとしましょう。
アイシャに背を向けて一歩踏み出すと同時に、背後から何かが迫り来るような轟音が聞こえた。まるで工事現場の横を通り過ぎたかのような機械音。この世界に来て初めて体験する奇妙な気配。
振り返るとそこには、私が残した残飯を手のひらの上に転がして、もとい掬い上げた残飯を見えないボールの中に収めてミキサーでかき混ぜているかのような仕草をする女将さんの姿。表情は固く、目を見開いて感情は無い。
周囲からもざわざわと囁く声が唸りを上げて私の心に不安という名の影を落とす。なんなんだ……何が起ころうとしているのだ!?
「な、何……何してんのあんた」
「お、あれは……我が息子よ、このフレナグランで食べ残しをするとああなるから気をつけるんだよ。まぁどの料理も美味しいからそんなことはないだろうけど」
「アイシャお姉ちゃんたちの作ってくれるご飯はお母さんのより美味しいから、食べ残しなんてしないよ!」
「はっはっはっ! それはお母さんの前で言っちゃあダメだぞ」
ああなるってどうなるの?
なんだか凄く嫌な予感がする。
さっさと逃げようとしたのに振り返るとそこに桜が待ち構えていた。なぜだかわからないが立ち塞がってくる。肩を掴んで押し退けようとした途端、それより先に私の肩を掴んで膝を地につけさせる者がいた。背後から無感情のアイシャが手に鼻くそを摘んで、クソでも見るかのような目で私を見下ろしている。
「鼻くそではありません。あなたが食べ残したご飯を、私の固有魔法・再強化で圧縮した丸薬です。ぐちゃぐちゃの流動食を圧縮したのち、更に圧縮して固形にしました。お腹の中に入れば少しずつ元に戻るようにしてますので、胃の中でいきなり膨張して内臓が破裂する心配はありません。栄養もそのままです。ままで食べられないならこうやって摂取していただきます」
「は、離せッ! 虫やらなんやらごちゃぐちゃになったもんなど絶対食べんゾッ! 桜もふざけんなよ。私に腹パンしたことを懺悔するならともかく、なんでアイシャに肩入れしてんの!?」
「え、腹パンしたことについては後悔するところなんてありませんけど。ただ強いて言えば病院送りにしたことについては反省しています。戦場より厳しい場所に送ってしまったことについては反省しています。なので、汚名を雪ぐためにも詩織さんの健康管理の一助となるべく、こうして貴女を拘束している次第です。大丈夫です。あの丸薬は舌にさえ触れなければどうということはありません」
「何それつまり死ぬほどマズいってこと!?」
「死ぬほどではありません。マズすぎて宇宙が見える程度です」
「ふざけんながぁあああッ!」
化け物みたいな怪力で口を鷲掴みにされてアイアンクロー。無理やり口を開けさせられて鼻くそが投下された。すかさず水をぶっかけて飲み込ませようとするがそうはさせぬと反撃開始。
思いっきりのけぞって、投下された爆弾を口内奥の鼻穴に通ずる壁でキャッチ。そのまま左の砲弾へ装填…………発射ッ!
黒い爆弾は見事にアイシャの眉間に命中。
ざまぁみさらせクソアマめ。
やり返してやったぜちくしょうめがっ!
コロコロと床を転がる薬莢を放心した様子で眺め、一粒拾って目にも止まらぬ速さで私の頭を抑えた。顎も左太腿でガッチリガード。上下を押さえ込まれて口が塞がる。また放り込もうとしているのか。しかし今度はそうはいかない。絶対に口なんて開けてやるもんか。この勝負は私の勝ちよ。負けを認めて泣きさらせ。
そもそもこの状態では口に放り込めないじゃん。自縄自縛とはこのことよ。
「仕方ない人ですね。左の穴から出てきたら、右の穴に入れなきゃね」
右の鼻の穴にねじ込まれて空気圧よろしく鼻の頭を本気で叩かれた。超いてぇし。ふざけんなし。これで終わると思うなよ。鼻の穴に入れられたら口から吐き出してお前の耳の穴に入れてやんよ。
喉を通る前にゲロを吐き戻す要領で逆流させて口の中へ装填。舌で砲向を整え、いざ爆撃…………ッ!?
異変を感じたのは黒い爆弾を舌の上で転がしていた時だった。鼻くそでもなく、汚泥でもなく、言い知れぬ映像が味覚を通して脳裏に浮かぶ。マズすぎるというかマズいを通り越してもはやマズいのかどうかも分からないくらいマズい。そこには確かに宇宙を破滅させる邪悪な何かがいた。強制的に思考はかき消され、不味さ無我の境地に至った私は気絶した。
素晴らしい朝と布団を飛び出して、食堂へ出て1番最初に見た光景はアイシャの怒髪天。聞くところによるとアイシャは暁さんに頼まれて詩織の栄養管理を仰せつかっているらしい。責任感の強いアイシャは暁さんとの約束を果たすべく、固有魔法まで使って栄養だけの丸薬を彼女の口の中へ放り込んでいる。
あろうことか詩織はそれを鼻から発射。
負けじとアイシャは彼女を羽交い締めにして、逆に鼻から鼻くそを食べさせる。
それをまた反撃しようとして口から出そうとしていたみたいだが、生憎と黒い丸薬はこの世のものとは思えない味に仕上がっていた。
非常食としても利用されるアイシャの丸薬。それは何もかもの料理をぐちゃぐちゃに混ぜ、小さくするために圧縮魔法をかけたうえ、その圧縮魔法をアイシャの固有魔法を使ってさらに圧縮するという荒技。
栄養価だけはそのままに、体へ吸収しやすいようぐちゃぐちゃにしてしまうものだから異次元へ行ける味になっている。
聞いた時にはそんなまさかとは思ったけど、白目を向いた詩織を見る限り噂は本当のようだ。
いつもなら心の中で、ざまぁみろ、と囁くのかもしれない。だけど今の私は、ああならないように気をつけないと、と人の振り見て我が振り正す心持ちである。
なぜなら、恥ずかしながら、先日の健康診断でイエローカードが出てしまったからだ。16歳の乙女が健康診断に引っかかるなんてあり得ないと思っていた矢先に晴天の霹靂。かなりショックです。
原因は……詩織と同じで偏食。丼物、つまり糖質と脂質多めな生活がこうさせた。一人暮らしの学生が体調不良を起こす原因その1と同じで、好きなものばかりを食べて過ごしていた。桜に指摘されるまで丼物ばかり食べていたことにすら気づかないほど健康管理を疎かにしている。穴があったら埋まりたい。
なので朝昼晩ご飯には必ずサラダを一品加えることにしています。ブラードが言うにはこれだけでも全然違うらしい。彼女は看護師ではあるが、メリアローザの病院では看護師も医者と同じで専門知識をもって患者を診断できる地位にいる。だから彼女の言葉は正しく、従わなければならない。
最初はあの詩織と同じ状態かと思って肩を落とした。嫌いなやつと同じ境遇にいるというのは、なんというか悔しいというか腹立たしいというか、とかく同列に扱われるのだけは避けたいと思う。
栄養管理をきちんとしていかなくてはいけないという反面、普段は自分で選ばない物を手につけるという感覚は悪いものではない。本でも食事でも、基本的には自分の好きなものばかりを選ぶ。一途と言ってしまえばそれだけだが、視野狭窄と言えなくもない。1つのことを深く追求するのも悪いことではない。
しかし他人の干渉が入って新しい発見をすることは多い。不慮とはいえメリアローザに転移してそれを強く実感する。
普段はトーストとバターにミルクの朝食。今日はコールスローを付け加えていた。それはとうもろこしとにんじん、グリーンピースの粒をバターで軽く炒めたもの。
目の前に出された時は手抜き料理にも感じたそれは以前の世界とは別物に見えた。
スーパーの冷食コーナーで買えるものも、この世界では1つずつ手作業で育てられ、手間をかけて選別と調理が施されている。
もちろん、以前の世界だって農家の人達が丁寧に作って我々の食卓に運んでくれていることは分かっている。でも、その過程を、作り手を知っているとそうでないのとでは印象が違う。こういう考えが頭に浮かぶ私は、もうすっかりメリアローザの住人なんだなと思った。
だからこそ、詩織の行動には心底怒りが湧いてくる。
多くの人が丹精込めて作ったものを『いらない』とあっさり立ち去る姿。それは父と喧嘩して家出したあの頃の私によく似ていて、凄く嫌な気分になった。
そう思えるようになっただけ、私は成長してるのかも。
朝から嫌な物を見てしまった。
しかしながら彼女は失神して沈黙。通院のために病院へ強制送還。となれば今日はもう詩織を見なくてすむはずだ。その点において喜ぼう。
それに今日はリィリィちゃんがオーダーしてくれた装飾品をとりに龍の工房へ取りに行く。どんな仕上がりになっているのか楽しみだ。
7月7日七夕の日。リィリィちゃんの友達が遠くから遊びにくるということで、何かプレゼントをしたいと切り出した。だったら簡単なアクセサリーでも手作りしてみるかと提案きたところ、話が膨れに膨れ、一般人ではとても叶わないような願いが飛び出した。
なんでもその友達には耳の後ろからルビーのような真っ赤なツノが生えているらしい。そのツノに似合うツノ飾りを作ってあげたいとのこと。
人の頭にツノが生えている……どんな飾りにすればいいんだろう?
メリアローザにもちらほら亜人種はいるけれど、ツノが生えている人は極めて少ない。私が知る限りではチーズを作っているチックタックさんだけ。彼女に助言を乞うたところ、ティアラのようなものをツノに引っ掛けたり、レースの絹糸をツノに被せたりするらしい。
そんなわけで私は想像力をフル回転させ、スケッチに投射すること百数枚。その中からリィリィちゃんに選んでもらい、詰めの話し合いの末、今日、空想が現実のものになる。超楽しみ♪
午前中の事務作業を終え、身なりをバッチリ整えてからいざ出陣。暮れない太陽から龍の工房まで歩けば2時間。だけどここには転移陣がある。予め用意されている転移陣に移動できるというのだから優れもの。
当然タダではない。
いや、お金はかからない。
発動に必要な魔力がいるのです。
やはり物体を瞬間的に跳躍させるわけだから、相当な量の魔力消費を伴う。私は魔力の扱いはからきしなわけだけど、暁さんの厚意とアルマの試作品のテストプレイヤーとして借り受けた『一定量の魔力を保存しておけるマジックアイテム』通称マギ・ストッカーのおかげで転移陣を使用可能。
しかし1日に4回限定。それも距離によって消費量が異なる。太陽と隣同士にある龍と蝶は1回分。対角線上にある猫には1.5回分を消費するので無駄打ちは厳禁。太陽光に当てていれば魔力の補充は自動でしてくれるが、ゼロから満タンにするまで1週間かかる。余計に無駄打ちは出来ない。
ダイエットもかねて歩いていこうかと思ったけど、一歩踏み出しただけでやる気が失せた。よし、遠慮なく転移を使いましょう。あるものは使わなきゃね。
龍の工房は熱気が立ち込め、近づくにつれて心地よい金属音が響いてくる。カンカンと鉄を打つ音。鋳溶かした鉄が流れてじゅう〜と弾ける音。職人同士の息のあった掛け声。どれをとっても素晴らしい。力強い音たちだ。
「よう嬢ちゃん、待ってたぜ。これが注文の品だ。うちのせがれが作ったんだが、なかなかよくできてるぞ」
みなに親方と呼ばれて親しまれている彼は御年76歳の大ベテラン。日用品から武器まで鉄のことならなんでも知ってる頼れる御仁。
頼りすぎて困らせてしまう時があるのだか、最後にはいい仕事をさせてもらったと言ってくれる。
まだまだ若いもんには負けんと、それが親方の口癖だ。
有言実行とは輝くものかな、意気軒高な彼の外見は贔屓目に見て50中盤。筋肉もしっかり張っているし、肌艶もいい。精力的に活動している人は健康的だ。一体何を食べているのか。やはり運動か。ついつい不健康な自分と比べてしまう。
さてさて、それでは品物を拝見させていただきましょう。今回はいつもの職人さんではなく、親方の末の息子さんに依頼しました。いつもの職人さんというのは親方の長男。宝飾と宝石商の二足の草鞋を履いている。
タイミング悪く宝石商の仕事が忙しくて依頼できないとのことだったが、代打として末の弟さんを紹介してもらったのだ。
まだ顔合わせをしたことはないのだけど、今日、都合が合うということで楽しみにしていることの1つであります。
作り手と直接会って仕事の話しをするのは楽しいし、これから大切にされるであろう物をどんな思いで、どんな感情を抱いて作ったのか、そういう背景を知るのは物を作って売る人間にとって大切なことだと思うから。
「親父、丁度仕事が終わったところなんだが、例のツノ飾りってやつの依頼人はまだ来てないのか?」
「今目の前にいるこの子がそうだ。紹介するよ。こいつがワシのせがれでディザってんだ。これから付き合いもあるだろうから、よろしく頼むぜ」
「初めまして。私は鬼ノ城華恋と申します。何卒、よろしくお願いします」
「あ、おおぅ。俺はディザ・ガングレーだ。よろしく」
「はっはっはっ。こいつは少し口下手でな。話上手じゃねぇけど腕は保証するよ。ビシバシしごいてやってくれ。いつもみてぇにな」
「あはは……いやぁ……あはは……」
言葉が濁るのは過去の私に対する後悔と、巻き込んで色々と迷惑をかけた工房の人達への申し訳なさからきていた。宝石の形やら色味やら、要求値を上げまくったおかげで、私は龍の中で無理難題をふっかける、ろくでもない依頼人として今でも広まっている。
そんな無茶をやってみようかと腰をあげたのが親方の長男さん。私の仕事を聞いて唯一、面白そうだと笑ってくれた恩人である。彼がいなければきっと、私はアクセサリーを趣味として作り続けることはなかっただろう。
何よりも私の作り出した、私たちで作り上げた物で誰かを幸せにする現実を知ることもなかったはずだ。私が考え、工房が作り、ウララが求める人に渡す。そして受け取った人は、満面の笑みを返してくれる。
それがなんだか、すっごく誇らしくて、そこに至るまでは大変だったけど、報われたような、こそばゆいような、胸が熱くなってこっちまで幸せになった。
また誰かを幸せにしたいなって、心の底から思ったんだ。
今回のものもそう。リィリィちゃんの大切な友達に渡すツノ飾り。喜んでくれるだろうか。きっと笑顔になってくれるはず。
四角柱の真っ赤なルビー。光に当てると優しい赤色が目に飛び込んでくる。情熱的で、強く、優しい色合いはその友達に最初に出会った時の印象から来ていた。
三面は透過率を高くしているが、残り一面はすりガラスのように曇っている。これは後にリィリィちゃんの手で護摩を刻むことになっていた。
次は六角柱にカットされた短いイエローダイヤモンドが2つ。リィリィちゃんを象徴するかのような黄色の宝石は産出量の少ない希少種。気高さと気品さを兼ね備えたイエローダイヤモンドはリィリィちゃんとその友達との固い絆を願ってのこと。
最後はカットに違いをつけたキューブ状のダイヤモンドが3つ。石に穴を開け、細い鋼線で繋ぐそれは同じ材質だがカットの違いで個性的な輝きを演出するというもの。どれも違ってどれも良い。普遍的な美しさを象徴している。
正直言って今回は過去に例を見ないほどに無茶を言った。ルビーやダイヤモンドなどの透過率の高い貴石をわざわざ角柱型にするなんてどうかしている。貴石はその身に受ける光を屈折させて輝いてなんぼのものという常識からあまりに外れていた。
カットの面積が多ければそれだけ石の内部で光は屈折し、キラキラと輝いて見えるからだ。対して四角柱や六角柱は乱反射するようにカットしない。光が入ったらそのまま通り抜けるが道理。
しっとりとした石本来の色合いを楽しむなら最適かもしれないが…………と言葉を濁らせたのは記憶に新しい。職人の常識としてある、輝きを究極の理想とする宝石に対してこれはどうなのか、という願望にも似た考えと葛藤させてしまった。
個人的には煌びやかな輝きも好きだけど、慎ましやかに微笑む宝石というのも好みである。前者が社交界の貴族であるならば、後者は朝露に輝く町娘のようなイメージ。
リィリィちゃんの希望は後者寄り。だから2人をイメージしたルビーとイエローダイヤモンドは透過率が高く良質なものを選び、しかし光を乱反射させない形をチョイスしたのです。
最後のダイヤモンドについても鬼門難問の鬼注文。
通常、最も美しいとされるブリリアンカットやブリオレットではなく、ビーズのような球体に、しかもそれぞれ違うカットにして、別々の角度で見た時に光の反射がそれぞれ違う方向を向くようにしてくれと言うのだ。自分でも何言ってんだって思うほどの文章。追い討ちには穴を開けて鋼線を通すという。レーザーなんてない世界。職人に光学系魔法を習得してもらってなんとか実現した。
ほんと、いつもいつも無茶言ってごめんなさい。
でも凄く良いものができました。
「毎度無理難題を切り出してくる依頼人だって言うからどんな女性かと思えば、礼儀正しくて普通の人じゃないか」
「見た目わな。中身は面白いぞ。で、これから依頼主に会いに行くんだろう。まぁその前に昼飯でも食ってこいや。ほら、これで好きなものを食べなさい。お前も行け」
「俺はまだ途中の仕事があるんだが」
「馬鹿野郎ッ! てめぇ今日一番の仕事は依頼人に会いに行くことだ馬鹿野郎ッ! それにこんなか弱い女の子を1人で歩かせるってのか馬鹿野郎ッ! いいから黙って飯食って恋ってんだ馬鹿野郎ッ!」
めちゃくちゃ馬鹿野郎と言われてる……。
聞き間違いか、最後の『こい』の部分だけ発音が違ったような。気のせいかな?
無茶振りをする小娘が思っているよりもはるかに親方からの評判は良いらしく、彼としては歳の近い末の息子と私をくっつけようと画策していた。
幼い頃から工房で仕事一筋の息子の目がなかなか異性に向かないことを懸念して、親バカらしく気を利かせている。
そうと気付かぬ我々は背中を叩かれるままに食堂へ向かった。
親方の気遣いに気づかなかったけど、年頃の乙女としては異性が気になるお年頃。10cmほどの身長差。火に焼けた褐色の肌。厚い胸板。なだらかに隆起した腹筋。男性らしい精悍な顔つき。どこをとってもストライク。
硬派だが間違いなくイケメンの部類。爽やかとか、カッコいいとかではない、男らしいイケメン。
やばい……隣を歩いてるだけで緊張する。
初対面ということもあって余計にてんぱる。間がもたない。何か話題を振らなきゃ。
「ええと、ディザさんは工房と宝飾の二足の草鞋を履いていらっしゃるのですか?」
「ん、二足の草鞋というようなたいそうなものじゃない。ガキの頃から親父の仕事を手伝っていて、その派生で兄の仕事に興味を持ったんだ。一応、武器職人のつもりではいる」
「派生で、というと?」
「近年の武具は魔術回路やルーンを刻んで能力を底上げしたり付け加えたりするだろ。魔術回路ってのは魔法を発現させるために必要な、一種の機構だ。しかしルーンってのはそれだけで護摩としての役割を果たせる。だから生活のあちこちにある。でもよく考えたら、ルーンの起源ってなんだろうなって思ってな。それで兄に聞きに行ったんだ。そこでまぁ、ルーンの起源やら一つ一つに込められた意味ってのを教わるのと同時に兄の仕事を手伝ってたんだ」
「なるほど……たしかにルーンは玄関や柱、街の石壁にも彫られていますよね。この形にはこういう役割があるというのを知っているだけで、言われて見れば詳しいことは知らない……」
「装飾品はもちろん、盾や剣にも魔術回路やルーンを刻む。だから作り手として、漠然と知っているんじゃなくて、もっと深く掘り下げてみる必要があるんじゃないかと思ったんだ」
「作り手として……とても勉強になります。ディザさんは勉強熱心なのですね。今度、私にもルーンのことを教えていただいてもいいですか?」
「お、おおぅ……構わない」
「ありがとうございます。さぁ、お昼ご飯にしましょう」
1つ礼をして海街食堂の暖簾をくぐる。
ここの売りはなんといっても新鮮な海産物。朝獲れたばかりの魚を捌くから鮮度は抜群。工房に立ち寄った際、海鮮丼を食べるのが楽しみなのです。
特に好きなのはキスの刺身。海の貴婦人と名高く、天ぷらにしても焼いても干しても美味しいキス。水揚げすぐの新鮮なキスのお刺身はそれはもう絶品なんです!
親方の厚意に甘えてランチメニューの海鮮丼を1つ。
さらにヒラメのカルパッチョを1つ。
最後に最近ハマりの冬瓜の甘酢漬け。秋風亭からもらったレシピを海街食堂風にアレンジされていて、唐辛子も一緒に漬けて刺激を足し算。ねっとりとした美味しさの海鮮丼を食べた後にさっぱりできるものはないか探した結果、大当たり。
シンプルだけど美味しい。
これがなんとも素晴らしい!
「華奢な体付きの割に結構食べるんだな……」
「え、ああいえ、その……工房に用がある時に来るだけなので、海街食堂に来た時はいつも贅沢してるんです。あはは……」
うぅむ……がっつきすぎたかな。
数を増やすかわりに量を減らすようにどの皿も小ぶりにと頼んでみたのだが、大食いな女だと思われただろうか。
悪印象を与えないように最新の注意を払ってみても、そこは女と男の価値観の違いが邪魔をする。女として気にしていなくても、男子にとってそれが求めるべき女らしさだったりするのは理解していた。彼にとっての求めるべき像というのが分からない限り、石橋を叩いて渡る必要がある。
女の子らしくおしとやかに……脇を締めて、小さな口でも入るくらいの量を箸ですくって、ぱくり。
うまいっ!
キス、さより、しめ鯖、どれをとっても美味極まれり。ぷちぷちと弾けるすじこの食感も楽しい。見た目よし、味よし、コスパよし。
丼、それはまさに究極の食べ物。
幸せすぎてほっぺた落ちちゃいそう!
さて、でわでわお楽しみのヒラメのカルパッチョにも箸を伸ばすといたしましょう。生肉料理を魚に置き換えたカルパッチョ。薄切りの玉ねぎにトマト、フラッシュなロメインサラダ。バジルソースのかかったヒラメの身がキラキラ輝いて誘惑している。
いやぁ……いいですなぁ。
美味しいものを毎日食べられるなんて、幸せですなぁ。
丼を置いて視線を置くと、そこにあったはずのものがない。左側に置いたんだっけ……。冬瓜の小皿と一緒に隣に置いておいたはずなのに。
ディザさんのほうを見るも何もなし。
彼は彼が注文した牛丼をかきこんでいる。その食べっぷりたるやワイルド。男らしくて素敵。箸の使い方も綺麗だし、辺りに迷惑をかけないように気を遣いながら食事を楽しんでいる配慮も尊敬できる。
「もしかして……ヒラメのサラダを探してるのか?」
「え、えぇ……どこに置き間違えたのか、見つからなくて」
「それなんだが、華恋の隣の子が何も言わずに食べていたんだが…………」
隣の子?
はて、さっきまで誰もいなかったはずなんだけど、誰だろう。無断で人のものを取る、という行為に既視感があるのは間違いない。いや、まさかそんな……やつは病院にいるはず。
悪い予感というのは当たるもので、1つ席を跨いだ向こう側に悪鬼羅刹のクソ女。ブタのようにぶひぶひ音を立て、飛沫を撒き散らしながら汚らしく餌を食べていた。
苛立ちより先に悪寒が背筋を伝わる。
なぜここに、なぜに無銭飲食……そんな疑問が湧くより先に、私の目に見える所に近づくなという嫌悪が脳裏を駆け巡った。
反射的にディザさんの後ろに隠れて嵐をやり過ごそうにも相手はブタ女。黙って立ち去ってくれるはずもなく、私の忌避ある視線に難癖つけて迫ってくる。
「何よその目は。まるで汚いものを見るような目で見てさ。ちょーしつれーなんですけどー」
「勝手に人のものを食べておいてよくそんな口がきけるわね。もういいから……勝手に食べたことは謝らなくていいから早くどっか行って!」
「何よ! 同じギルドのメンバーなんだから仲良くしてあげようと思ったのに、あーあー、そんな風に言うんだったらもういいわ。こっちから願い下げよ。でもその前に……」
嫌らしく気味の悪い笑顔をして冬瓜をひとつまみ。咀嚼して…………吐き出したッ!?
曰く、草の味がして不味い、と言う。
まだ食べてない冬瓜の上に爆撃。
こ、こいつ…………コロスッ!
っと、いやいや待て待て……深呼吸深呼吸。
こんな低俗自己中クソ女を相手にしてはならぬ。
伏して嵐が過ぎ去るのを待つほかない。
触らぬ神に祟りなし……触らなくても障るけど。
我慢して、彼女が消えゆくのを待つ。
耐えろ華恋。
ここが勝負の分かれ目よ。
「はぁ〜……あ、何これ。ねぇねぇこのバッグの中には何が入ってるの?」
なんにでも興味を持つ赤子が如く、封を巻いていたバッグの中身を勝手に漁ろうとする詩織。所有者の許可なく本人の持ち物を物色するなど言語道断。
しかもバッグの中身はリィリィちゃんの贈り物。
いかに箱自体に強度強化の魔法がかけられ、外部からの衝撃に備えているとはいえ、蓋を開けられてしまったら最期、光物を見てよこせと言うに違いない。さいあくの場合、破損することもありうる。
詩織が絡むと最悪の事態が更に最悪になることを私は知っていた。先日も草刈りに行って独断先行。周囲の人々は不意戦闘になって大変な目に会ったらしい。
ともすれば、ここで私がぷっつんするだなんて自明の理。何も不思議なことではない。
彼女へ対する不満感。
約束を守らない不誠実感。
人の心を踏みにじる外道魔道の所業。
それらを実感しているからこそ、私は生まれて初めて暴力を振るった。
詩織の顔面に渾身のグーパンチ。
馬乗りになって箱を奪い、顔面にグーを入れようとして腕を掴まれた。腕力のないどうしのケンカだから、力が拮抗して白熱のバトルに見える。
我を忘れて暴言を吐く姿に周囲の人々は普段の私の態度から外れすぎて、何が起こっているのかと、硬直して動けない。
思いっきり腕を振り上げて、誰かに手を掴まれた。
振り返ると、やれやれといった表情をしているエクシアさんの顔。食堂を通り過ぎようとした途端に聞き覚えのある声が響いていたものだから、気になって覗いてみると、目を吊り上げて詩織に襲いかかっている私を見て止めに入ってくれたのだ。
彼女になだめられ、正座をさせられて事情聴取が始まる。
「つまり、詩織ちゃんが華恋ちゃんのご飯を盗んだと。挙句、詩織ちゃんが華恋ちゃんのバッグから大事な箱を盗もうとしたということね」
「ちっげーし! ご飯を残したらもったいないって思って食べてあげただけだし。バッグは中身が気になって開けようとしただけなのに、いきなり殴りやがって」
「はぁッ!? 黙って聞いていれば勝手なことを」
「華恋ちゃん、落ち着きなさい。で、ディザくんから見て2人はどう映ったのかしら?」
「いや、あんまりよくは見てなかったんですけど、少なくとも華恋がそっちの子に自分が注文したものを差し出している様子はありませんでした。バッグは、まぁ、気になったから開けようとしたんでしょうけど、俺も人の許可なく封をしているものを開けるのはどうかと……」
「なるほど……なんとなく分かりました。詩織ちゃん、人の物を許可なく取ったり開けたり食べたりしちゃダメよ。でも大丈夫。詩織ちゃんのためにスペシャルメニューを用意しています♪」
「スペシャルメニュー! それを早く言ってよぉ〜♪」
こいつ、本当に反省してるのか……?
疑問符を浮かべる私にエクシアさんは1つウィンクを放って…………すごく悪いことを企んでる人の笑顔になった。
エクシア・ロードバイロン。
ドラゴンテイルのギルドマスター代行。
元凄腕のくノ一。
結婚してからは随分と丸くなったと噂されている女性ではあるが、元々気性の荒い性格だったためか、その人の過去のトラウマが蘇るのか、今もなお衰えぬ威光を持って職人気質と力こそ正義な龍のギルドの人々を跪かせている。
一体何が出てくるのか。
初見でおにぎりに睡眠薬を盛って詩織を沈黙させたとか聞いたけど、今度も同じような手を使うのだろうか。個人的には詩織が目の前からいなくなってくれれば万々歳なのでどうなろうとも構わないのだが。
お待ちかねのスペシャルメニュー。
それは小さな黒い玉。
そうとしか形容できない、強いて言えば……鼻くそ。
どこかで見たことがある。朝食にアイシャが作っていたアレだ。食事を拒否した詩織に無理やり栄養を摂らせるための力業。しかしアレはアイシャにしかできない芸当のはず。それがなぜここに?
「アイシャちゃんがね、詩織ちゃんがここに来たらこれを食べさせて欲しいって、わざわざ貴女のためだけに用意してくれたのよ。味わって食べてね」
沈黙する詩織。
笑いをこらえるのに必死な私。
笑顔で強要するエクシアさん。
暁さんの信奉者として有名な、キキ、ヤヤ、アルマ、アイシャは暁さんの隣で鞄持ち的な仕事をしていたためか、行動や言動が似てきている。
その一つに徹底的なまでの根回しがあった。
未来を予測して準備する。想定外すら想定内にしてしまうその洞察力が今まさに発揮されていた。未来予知でもしているのかと疑いたくなることもしばしば。
その超能力じみた感性がいまここに顕れているとなれば、凄いと驚くと同時に、彼女からは逃げられないざまぁみろのひと言が喉から飛び出しそうです。
歴戦の勇者ですら、それが舌に触れないように何かに包んで胃の中に収めるほどの激烈に不味い黒い丸薬。
携帯食として好まれている反面、不味すぎて取り扱いには注意が必要。
さて、今朝の二の舞いになるのか。これは見ものですなぁ。
感情の死んだ顔で見つめ、摘み、エクシアさんに向かって投げた!
恐れ多くもこのクソアマ。ギルマス代行に暴力を振るうという蛮行。
踵を返して脱兎の詩織。
張り付いた笑顔のまま鼻くそキャッチ。目にも止まらぬ速さで詩織の頭を鷲掴み。首筋に細い針を打ち込んだ。途端に兎は白目を向いて崩れ落ちる。
一体何が起きたのか。もしかしてツボを刺して気絶させる的な?
いやいやそんなまさかそんないやいや…………。
「うふふ……久々だから上手くいくかどうかと思ったけど、現役時代の感覚はまだあるみたいで良かったわ。気絶してれば味覚を感じないし、このまま水と一緒に胃の中へ流してしまいましょう。ついでに三途の川にも流したいけど……暁ちゃんに怒られたくないから、我慢してあげるわ」
どうやらそんなまさかはガチなようだ……。
そういえばたしか前に暁さんが、エクシアさんはくノ一から母親にジョブチェンジしたとか言ってるけど、母親と書いてくノ一って読むだけだから。滅多に怒らないけど、絶対に怒らせるなよ。と笑いながら注意してくれたっけ。
それがこういう理由なのか。目の当たりにすると、彼女の見方が変わってくる。今まではよく面倒を見てくれる頼れるお姉さんって感じだったのに……今はもう…………。
「あらあらどうしたの華恋ちゃん。そんな静寂的な暴力を目の当たりにした顔しちゃって。あ、そうだ。詩織ちゃんにご飯を盗られたんだったわね。よかったらお昼ご飯、奢らせて。代わりにと言ってはなんなんだけど、最近の仕事ぶりを聞かせて欲しいわ♪」
「お気持ちは嬉しいのですが、今日のはディザさんのお父さんのご厚意でいただいてまして」
「あらそうなの? じゃあまた今度奢らせてね」
「いやでも、むしろお世話になりっぱなしですそぅふっ!?」
「いいのいいの。貴女のおかげでうちの職人たちの腕が上がってるんだから。それに頑張り屋さんにはよくしてあげたくなるのが人情なのよ。素直に受け取っておきなさい♪」
「ふ、ふぁい。ありふぁふぉふぉふぁいわふ!」
ほとんどハ行で発音している原因は両頬を片手で掴まれているから……。しかも笑顔で。超怖い。
それにしても、私は自分が思っている以上に龍の人たちから好かれているらしい。周囲のガヤも微笑ましそうな顔で私たちのやりとりを見守っていたのがその証拠。申し訳なさ半分、嬉しさ半分でなんだかこそばゆい。
別れ際に詩織の魔の手から解放してくれてありがとうの礼を済ませ、リィリィちゃんの待つ妖精庭園へ向かいます。普段ならテレポしてしまうけど、ディザさんがいるので巡回馬車に乗って移動しましょう。
「これに乗るのか……いやまぁ他に方法はないわけだが」
「馬車は苦手ですか? 十分な魔力をお持ちでしたらテレポで行けますが。マジックアイテムにもまだ補充分は残っていますので。でもこれを使うと残量がなくなるので、帰りは馬車になってしまいますが」
「わざわざ貴重なアイテムを使ってもらうわけにはいくまいよ。ただ少し酔うだけだ。気遣ってくれてありがとう」
まぁなんと、気遣ったつもりが逆に気遣われてしまった。それにお礼までしてくれるなんて、なんて礼儀正しくて紳士なのだろう。馬車に乗ったあとは予告通り青ざめるまではいかないけど、ぐったりして微動だにしない。
そういえば、前にどこかで太郎さんに酔い止めのツボを教えてもらったんだっけ。たしか手のひらの親指の付け根を押すんだ。彼の手をとってみると、職人よろしくとても大きくて硬い手をしている。働き者で努力家の手だ。男らしくてカッコいい。
力が弱くて全然押せてない気がするけれど、少し気分はよくなったみたいでさっきよりはいい顔をしていた。
しばらくして目的地の妖精庭園へ到着。
妖精庭園と呼ばれるに相応しく、セチアさんが手入れしている花園はまさに理想郷と例えて相違ない。あの世に来てしまったかと誤解してもおかしくないような素晴らしい景色が咲き乱れている。
実際にここには妖精が存在するけど、彼女たちが滞在するよりも前からそう呼ばれていた。
「赤雷、白雲、こんにちは。リィリィちゃんは家にいるかしら?」
「「こんにちは、華恋様。リィリィ様でしたらお家にいます。華恋様の訪れを心待ちにされていますよ」」
「うん、ありがとう」
「噂には聞いていたが、君たちが妖精か。初めて見た」
「初めまして、私は赤雷。赤い彼岸花の小妖精です。そして」
「私は白雲。白い彼岸花の小妖精です。「どうぞお見知り置きを」」
赤雷と白雲は今年の春に生まれた彼岸花の小妖精。暁さんがいずこからか持ち帰った2色の彼岸花から咲き生まれた。妖精が生まれるメカニズムは彼女たち自身よくわかっていないらしい。その時その時に仲間が欲しいと思ったら、花の周りを踊って、生まれろ〜と気合いを入れる。信じられないことだが、彼女たちが生まれるのに必要なのは高いテンションと踊り。人間とは大違い。
彼女たちの案内のままに、水辺に面した一軒の煉瓦造りの家屋の前までやってきた。家屋の庭にはやはり色とりどりの花々と子供用のブランコがひとつ。リィリィちゃんはここで本を読んだり、ベンチでお昼寝をするのが大好きなのだそう。
使い込まれた遊具に戯れを想像して、なんだかほっこりした気分になる。
扉を開けるとリィリィちゃんとセチアさんの姿があった。大きな声でいらっしゃいませと告げられて、咲き誇る笑顔に癒される。
玄関をくぐってすぐにアロマの香りが身を包んだ。戸を開いてすぐの空間はアロマ製品を作る工房になっている。色とりどりの、様々な形をして、目移りしてしまう香りで装飾されている工房はアンティークショップさながらの様相。女の子ならついつい踊り出してしまいそうになるのも無理はない。灯りも家具も彼女たちの装いも、古き良き歴史を感じてしまうとなればなおさら気持ちが高まってしまう。
いつ来ても心躍る。そう感じるのだ。
「いらっしゃいませ。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
「お久しぶりです。2人とも元気そうでなによりです。今日は予定通り、リィリィちゃんに頼まれていたツノ飾りの件で参りました」
ツノ飾りと聞いて頬を染めるリィリィちゃん。待ちきれないとばかりにぴょんぴょんと飛び跳ねて椅子を引いてくれた。
箱の中身はリィリィちゃんの想像以上の出来らしく、目を輝かせ、満面の笑みのありがとうを貰いました。これが何より、嬉しいんだよなぁ♪
主人公に満足していただけたなら、あとは彼らを支える脇役を決めるだけ。これらの宝石をどのように、何を使って連結させるかの話しである。頑丈な紐で結ぶのか、精巧なデザインを施した鋼鉄製のチェーンで繋げるのか。個人的にはエスニックでシンプルな宝石群には細く煌びやかな金糸と絹糸を撚り集めた糸がいいと思う。
見る角度で光り方の違う宝石を使うなら、繋ぐ糸も厳かに、しかし謙虚に光るものが良いと考えていた。
サンプルを提示してリィリィちゃんの反応を待つ。
今彼女は頭の中で、ツノ飾りをつけた友達の姿を想像しながら吟味している。
どうだろう。似合っているだろうか。空想の友達は笑顔だろうか。
「えっとねえっとね、撚った糸の中に小さくてカラフルな石を入れるとね、もーっと綺麗になると思うっ!」
「「糸の中に石を入れるッ!?」」
思いがけず台詞がシンクロ。
まさか、そうくるか。子供の想像力たるや恐るべし。
庭に無数と落ちている、1ミリにも満たない石を集めて見せて、サンプルの糸の中に収めて閉じ込めてしまった。
ミノムシのようになった石を非等間隔で配置して、ランダムな輝きを演出すると…………それは素敵なアイデアなのだけど、実際に着手するであろう職人さんが私の隣で笑っている。感情はあまり感じない。
無邪気な笑顔でリィリィちゃんは、石に穴を開けて糸を通せば、ミノムシのようにぴょーんと飛び出てこなくなって安定する、とドヤ顔。今私凄いこと言ったと自信満々。
2つの意味で凄い。まずは安定させるという点について申し分ない考え方であること。
そして、こんな小さな石にさらに小さな穴を開けるという、もはや暴挙。穴が開く前に粉砕してしまう。しかしそこは大人のディザさん。言葉には出さない。顔にはめっちゃ出てるけど。
とにかく褒めて欲しいと目を輝かせている少女の頭を撫でてやり、凄い凄いと褒めてあげた。すると天にも昇る勢いで踊り出すリィリィちゃん。
何がなんだかわからないけど楽しくなって手を取り舞うフェアリーたち。
そんな楽しげな子供の心を守ってあげるのがカッコいい大人の仕事です。が、これは、さすがに、どうなんでしょう?
「無理では、ない…………が、少し時間が欲しい。練習する時間が…………ッ!」
「ちなみに糸はこれを通すことになります。かなり細いですが非常に頑丈です。サンプルにお渡ししておきますね」
「キラキラの〜お星様〜天の川でゆ〜らゆら〜♪」
どうやら束ねた糸は天の川。
貴石は川の中にたゆたう光の粒のイメージらしい。
想像力たるや恐るべし。
さぁ我々大人たちは彼女の願いを叶えるために四苦八苦するだろうけど、ここが正念場と意気込んで、やってやりましょうじゃないですか!
とんでもない仕事が舞い込んだ。
貴石をカットして、どうだやってやったぜって胸を張っていたら、依頼主はさらに被せて無理難題。なるほど親父が言っていた、依頼主が職人を育てるというのはこういうことか。
さらになるほど俺の仕事は依頼主に会いに行くことだというのはこういうことか。
どういうことかというと、期待を込めた眼差しを受けて、やってやるわと決意させられたことである。
そしてきっと、壁を登りきった先には彼女の笑顔があるのだろう。ならばやらねばならんな、この仕事。
「おう帰ったか。どうだった、依頼主の様子は?」
「すごく喜んでくれたよ。それから追加の注文だ」
概要を説明するなり大爆笑。
これはまた面白い仕事を受けたなと、親父は俺の背中を叩いて笑う。
それから、と繋げて華恋の話しに話題を振り切った。
どうやら親父は華恋と俺をくっつけたいらしい。もしかしたらそうなんじゃないかとは思っていた。この仕事を俺にやらせようとそそのかしてきた時から何か怪しいとは感じていた。
結論から言うと、凄い可愛い子だと思う。
出来上がった宝石たちを眺める彼女を見た時の顔は、うまく表現できないのだがとてもキラキラしていて、子供が新しいおもちゃを買ってもらった時のような素敵な表情をしていた。
詩織とかいうとんでもない女に箱を開けられそうになった時、命懸けでそれを守ろうとする姿勢には、仕事人としての高いプライドを見せつけられたと感じた。
乗り物酔いし易い体質だと明かした時も、わざわざ俺の体調を気遣ってくれた。ツボを押すと言って、その柔らかくて小さくて可愛らしい手が触れた時なんかもう、緊張というかドキドキして声も出ない。
目的地に着くなり花園に心躍らせる姿など、まるで妖精のようだった。
依頼主とツノ飾りの話題で盛り上がる表情は天真爛漫そのもの。心の底から楽しんでいると、素晴らしいと思うと同時に羨ましくも感じた。
帰り際、日の落ちる茜空と華恋の景色は印象的で、きっと生涯忘れられない光景だろう。
……うん、これはアレだな。
俺、華恋に惚れてるな。
女性に対して免疫も接点も殆どない自分でも認識できるくらい、彼女にほの字。
仕事のこと以外は華恋がどうしてるだろうかとか、どんな髪飾りが似合うだろうかとばかり考えている。
これが恋か。なかなかいいもんじゃないか。
____________________________________________
○エクシア・ロードバイロン○
エレニツィカ「姉さんの話題か……気の良い姉御ってこと以外はあまりしゃべりたくないな」
華恋「いきなり不穏な空気から始めないで。ドラゴンテイルのギルドマスター代理で、龍の仕事の管理をしてるんだっけ。事務仕事と大事の決定が主だっけ?」
エレニツィカ「…………あぁ、表向き…………いや、そうだな。ギルマスが遠方にいるからその支援もやってる。国一体型のイベントの下支えもしてるし、工房から出す貿易用の物品の出荷量や金額の裁定なんかもしてるはず。あとはまぁ領内を歩いて回ったり、とかじゃないか?」
華恋「また不穏なことを言う! そりゃあ地位が高くなるにつれて守秘義務付きの言えないこともあるだろうけど、匂わさないで。そういうの。気になるから」
エレニツィカ「すまんすまん。ついつい脳裏によぎっちゃうんだよ。結婚前のねえさんの姿が」
華恋「そういえば、結婚してから性格が変わったってよく聞くけど、前はどんなだったの?」
エレニツィカ「なんていうか、強くて美人なんだけど、近寄りがたいというか、少し怖かったな。言葉より手が出る性格ってのもあったからかも。考えて食べるより、食べてから考える感じ」
華恋「そういう匂いは最近感じ始めた。けど、概ね噂ほどのイメージはない。結婚とか子供ができると変わるものなのね」
エレニツィカ「まぁ根っこは変わってないんじゃないか。仮面を被っただけだろ」
華恋「……それ、本人の前で言ったらヤバいやつ」
エクシア「私が何か?」
華恋「ふわぁッ!? いつからここに!」
エクシア「そんなのどうでもいいじゃない。そんなことより、華恋ちゃん。護身術に興味ない?」
華恋「護身術ですか……興味がないわけではないですが、非力な私では付け焼き刃にもならないのでは」
エクシア「そんなことないわよ。女性向けの護身術講座をしてるから、是非いらっしゃいな。この世知辛い世の中、自分の身は自分で守らなきゃ♪」
華恋「は、はぁ……たしかにそうですね。それじゃあ今度、まずは見学ということでなら」
エクシア「そうこなくっちゃ! 女性はやっぱり、強く気高く美しくってね」
華恋「ところで、なんでエレニツィカはだんまりなの?」
エレニツィカ「え、うん? いやぁ、華恋もついに足を踏み入れたか、と思って」
華恋「嫌な予感がするんだけど、護身術って何をするか知ってる?」
エレニツィカ「それはだな、血とぼ
エクシア「相手をいなしてかわす柔術的なやつと、男をおとす恋のいろはよ♪」
エレニツィカ「……そういうことです」
華恋「嫌な予感しかしないッ!」
恋の予感をさせるストーリーでした。
恋に内気で自己肯定感の低い少女。女性に免疫はないが行動力だけはある男子。いやぁ王道のラブコメの予感がします。
それにしても神出鬼没の詩織に振り回される華恋。
こんなのが身近にいたら大変ですね。そりゃあ殴りたくもなります。




