ついに詩織の時代到来?
背の高い針葉樹の森。胞子をばら撒くキノコやねちょねちょした粘液を出す気持ちの悪い草が生え、足元は生い茂った緑で埋めつくされている。
鬱蒼とした匂い漂う中、剣を振るい、未開の地を切り開きながら前を進む。歴戦の勇姿を引き連れて先頭を行く私、カッコいい!
なみいる敵をばったばったとなぎ倒し、勇敢な仲間たちと努力あり、有情あり、恋愛ありの冒険ファンタジー。そして次なる扉にたどり着いたなら、この階層の利権は私のもの。
不労所得で夢の悠々自適ライフ。
なんと胸躍る未来だろうか。ビバッ、異世界生活ッ!
「ちょっとお嬢ちゃん。探索はまだだよ。まずは拠点作りをしないと始まらんだろう」
「そうですよ。陣地の構築はセオリーです。これがあるとないとでは生存率が大幅に変わってきますからね」
「……地味だし、飽きた」
「そうかもしれませんが……」
ここは新開拓区域の36階層【ハニカムウェイ】。
スタート地点からいきなり森。亜熱帯地域を思わせる空気は肌に粘っこく張り付くよう。湿度と温度が高く、梅雨時期なうえ雨上がりの昼のような心地だ。
私の1番嫌いな季節を思い出す。
前世はエアコンの効いた部屋にいれば快適だったけど、当然ここにそんな気の利いたものはない。
今日も今日とてお仕事です。
朝から晩まで木を切って、草を刈って、土を掘り起こして平らにして、テントを立てての繰り返し。
土木作業員かっ!
ゲームをしていた時代にも、たしかにセーブポイントとかいってモンスターの現れない地域はあった。当然、既に用意されたエリアなわけだから、冒険者はゲームデザイナーの恩恵を一方的に受け、当たり前に利用している。
しかし……リアルはこんなもんか。
地味だし臭いし疲れるし。はやくモンスターを倒したい。そんでもって自分の狩った獲物で晩ご飯を食べる。これがファンタジーな世界へ異世界転生した醍醐味でしょ?
それなのに、なんなのこよ地味で地道で果てのない作業。作業ゲーですわ。魔法があるんだから魔法BOTでもなんでも回して自動周回すればいいじゃん。
そういえば魔法生物とかゴーレム的なのってこの世界にはないのだろうか。小妖精はいるのにゴーレムがいないとか、要素が偏りすぎじゃないの?
「ネロさぁ〜ん。土木作業用のゴーレムとかないんですかぁ? こんなの今時、人間がする仕事じゃないですよぉ〜」
「理論的にはゴーレムに土木作業をさせることはできますが、知性はなく単純な命令しか受け付けないので役に立ちません。できても田畑を耕すくらいですね。それでも彼らには止め時が分からないので、内蔵した魔力が尽きるまで続けるそうです。結局、人の手でこさえたほうが早いんですよ」
「それなら魔法でちゃちゃっとできないんですかぁ〜?」
「残念ですがそれはできません。アルマさんがいてくれれば、もう少し早く陣地が完成するのですが。でも今回はヘレナさんが活躍してくださっているので、予定よりも早く完了しそうです」
くっ、そっ、がっ!
私は地を這って汗水垂らして草刈りしてるっていうのに、あいつは持ち前の念動力で材木を運んだり組み立てたりと派手なご様子。しかもポケットに手なんか突っ込んじゃってさ。余裕ぶりやがってムカつくったらありゃしない。
特にあの横乳チラ見せの服。
なんなの自慢なの?
痴女なの?
見せびらかしちゃって、ちくしょう。
ちくしょお〜〜っ!
なんで私にもああいう便利で派手で人生イージーモードになるような能力が身につかなかったのかなぁ!?
そんなんがあれば今頃、左団扇でイケメンに囲まれる素晴らしい人生を送っていたに違いない。
ちくしょうちくしょう、ちくしょうめがっ!
悪態をつきながら雑草にストレスを発散させて根こそぎ刈り取ってやる。それこそもう引っこ抜きまくって土が茶色に染まるくらいにだ。どうだこんなに頑張った私は凄いだろう。褒めてつかわす。
「あの……剣で短く切ってもらえるだけでいいんですよ? 平らにする前に一度掘り返しますから」
「ぐぁああああああああッ! 剣で草なんか切りたくない。そんなの剣が可愛そうじゃんっ!」
「気持ちは分からないではないですが、詩織さんの剣はよく切れるから草刈りや大木を切断するのにと、暁さんに勧められたわけで。困りましたね……ここの陣地構築が早く終われば、それだけ早く探索に出られるのですが」
「…………マジで?」
「えぇまぁ。拠点ができれば次は探索になりますから」
「それを早く言って下さいよお〜。草でも木でもなんでもぶった斬ってやりますよ!」
「ええ、頼りにしてます。それでは次は向こうの草を……って、ちょ、詩織さんッ!?」
はーはっはっはっはっ!
そうと決まれば善は忙しくなりそうですわ。
足首より長い草も木も、片っ端から切断よぉ!
嫌だ嫌だと渋っていたことなどとうに忘れて、自慢の剣を低姿勢で芝刈り機のように左右に揺らしながらスパスパスッパン切り刻む。
多少茎が硬かろうがお構いなし。
幹が剣幅より長かろうが問答無用。
ばっさばっさとなぎ倒す。
気づけばあたり一面真っ平。
これでだいぶ進んだでしょ。
もしかしてもう終わっちゃったんじゃない?
どうだと鼻を鳴らす私をネロさんも褒めてくれる。
「いやぁさすが暁さんが推薦するだけのことはありますね。この辺り一帯、平地になってしまいました」
「そうでしょそうでしょ。褒めてつかわすっ!」
「しかしですね…………臨戦態勢ッ!!」
掛け声と共に土木作業に勤しんでいた全員が、ノコギリから武器に持ち替えた。頭脳労働をしていた魔術師は杖を構え、ポケットに手を突っ込んですまし顔をしていたビッチの眉間にシワが寄る。
これはまさか…………待ちに待った戦闘パートじゃないですか!
ようやく陣地構築が終わって探索開始ってことね。
つまり私が活躍する時代到来。
やる気出てきたーーーーッ!
暁さんに言われた通り、彼女のやる気を促すために利益をぶら下げて行動を起こさせてみたものの、結果、裏目に出てしまった。
彼女はあたかも凄いエンジンを積んだ戦車のように駆け回る。ただまっすぐに、心のままに前進した。しかし残念なことに、彼女の運転する戦車にハンドルもブレーキも付いていない。力尽きてようやく止まる。そんな感じの性格をしていた。
人の話しを最後まで聞き、それを実行してくれさえすれば詩織さんは非常に有能で頼りになる女性なのに……なかなかどうして現実はうまくいかないようです。
おかげさまで、人払いと認識阻害の簡易符を貼っておいた結界用の大木までばっさり切り倒し、運の悪いことにあたりをうろついていたモンスターに見つかってしまった。
さらに悪いことに、転移陣のあるこの場所は彼らの縄張りの中。今日まで彼らにバレないように結界を広げていた努力まで水の泡になってしまった。
こうなるときっと、退去したとして警戒が強くなるに違いない。
彼女は早く探索に出たいというのに、気持ちがはやりすぎて、自分の思い通りに行かないようにしている。もう少し物事の機微を勉強していただく必要がありそうです。
念には念を入れて装備持参を推奨していたけれど、何人かは武器を持っていないし、そもそも建築がメインだったから武闘派でない人もいる。
まずは非戦闘員の避難を最優先。
モンスターの増援があるようなら撤退を優先。
倒せそうならば、全滅を目標に結界の再構築が理想。
今できることは盾役が前に出て囮をこなしながらと魔法職と剣士で高域魔法と挟撃、ヒットアンドアウェイができる機動力で撹乱しながら数を減らしていく。
これが最善手。魔法剣士のネロは中衛で全体の状況の把握と指示を行うことになっていた。
作戦を放つ一瞬先を読んで適宜行動する彼らの経験値は素晴らしいの一言。顔見知りは多けれど、即席パーティーとすら言えないようなチームで、それぞれが今何ができるのかをきちんと理解している。
戦う人は戦い、逃げるべき人は背を信じて逃げていた。普通なら逃げたくなるし、逃げている人は後ろ髪を引かれる思いになる。だけど彼らは心の底から仲間を信じていた。だから躊躇なく体が動く。
そんな彼らの姿を見ていると胸が熱くなる。
そんな彼らに頼られることはこの上なく誇りに思う。
彼らとならどんな困難にだって立ち向かい、乗り越えることができる。そう思わせられた。
最善手であるマニュアル通りにみなが動く。
されどもその通りにいかないのが人生。
盾役が挑発を行い、囮になって戦闘の基盤を作ろうとするのだが、これがなぜだかうまくいかない。挑発魔法を向けるとすぐに反応してそちらに向かおうとするのだが、解呪されたかのように正気に戻った。
奇妙な感覚はそれだけではない。
ラプトルと呼ばれる恐竜のような姿のモンスターたちはどうみても知力が低そうなのに、いやに隊列じみた統率感を感じる。深追いもしないし仲間と協力して連撃をする様子も見られた。
明らかに訓練された動きだ。
間違いなく指揮官がいる。
群れの後方寄り中央にひときわ大きな個体。その周りを護衛するように周囲を警戒する親衛隊のような視線を持つ者も何体かいた。
あれが号令を放って挑発を解除している。
超手強い。
たかがモンスターと侮って突撃すると袋叩きにあう。
彼らが組んでいる円陣を見てもそれは明らか。
かつて所属していた騎士団の講習にあった、戦闘における陣形の有用性についての座学を思い出す。人間が人間のために、戦争時に組む陣形の他に、野党などが中規模戦闘を行う時によく使われる陣形を用いている。
基本的には防御陣形のそれは脚を取られ孤立した敵を陣地の中に引き摺り込み、複数人で1人を確実に殺す類のもの。堅実かつ確実に相手の数を減らす策。
だから無理はしない。
深追いなどもってのほか。
いなして弾き、集団で押し込んで相手の疲労を誘う。
狙った獲物だけに噛み付いて、安全に狩り殺す。
やることが決まっていれば知力が低くても問題ない。状況を判断して確実な指示が出せる頭脳がいればいい。
逆に言えば中枢さえ殺せば烏合の衆と成り果てる。のだが、当然、そんなクレバーなやつが敵の手の届くところにいるはずがない。
彼は堅固な蠢く要塞の中。
これは少し、分が悪いかもしれないなぁ。
この包囲を突破する術者がここにはいない。
味方には集団で動ける人ばかり。
個の強さだってかなりのものだが、一点突破するほどの火力がない。
蹴散らすのが難しいなら逃げるか。しかし散開して合流するにしては地の利がなさすぎる。
退却するにしても転移陣で一度に移動できる人数には限りがある。前半は投げ切れるだろうが、後半は屍になる可能性大。
はてさてどうしたものか。
敵さんが増援を呼ぶそぶりがないのだけが幸いといえる。こちらは増援待ちで耐久戦が妥当なところ。転移陣を囲って防御で耐え忍ぶ。時間を稼げば勝機はある。
…………ということを伝えて全員の士気が上がったところで、熱っせられてフライパンから弾けたんだ油のように、1人の少女が飛び出した。
軽やかなフルプレート。
厳かに輝く両刃剣。
ひらり飛び出す姿はまさに愚者。
「こんなやつら全員まとめてスライスにしてやるわぁッ!」
「ちょ、まっ、詩織さんっ! 勝手に飛び出して行かないで!」
止めるも叶わず、彼女は狂気に狂った顔で獲物よろしく突っ込んだ。大木をも軽々と切断できる詩織さんの剣であれば、1体や2体を倒すことは容易かろう。しかし敵は集団。しょせん刃が触れた部分しか切断できない武器では、数の差を押し返して完封するなど不可能。
暁さんのように山をも吹き飛ばすような技があれば別の話しかもしれないが、詩織さんにそんな技術も腕力もない。
案の定、詩織さんは敵陣の中に引き摺り込まれて叫び声を上げていた。
僕の魔法剣で敵陣に穴を空け、ヘレナさんの念動力で詩織さんを引っ張り出してなんとか救出。対策されないように最後の最後に使おうと思っていた隠し玉をこんなところで使うハメになるとは……。
不幸中の幸いか、大きな音と見慣れない雷撃を警戒して、相手方も様子見の構えでこちらの出方を伺っている。援軍が来るまでこのまま拮抗状態を続ければ勝ち目がある。ここは警戒態勢のまま、緊張状態を保つのが良さそうだ。
あととりあえず、詩織さんは後ろに下がっておいてもらいましょう。
「まさに九死に一生でしたね。無事でなによりです。とにかく、詩織さんは怪我をされているので後ろに下がっていて下さい」
「大丈夫だし。超痛かったけど怪我なんてしてないし。それより私をこんな目に合わせたあいつらを残らず殺すッ!」
「いやいやさすがにそんなわ、け…………?」
本当に怪我をしていない?
衣服の乱れが見えるだけで鎧も肌も無傷。
すぐに救出できたとはいえ、そんなはずは無いのに。詩織さんの鎧は呪いの、もとい特別性だと聞いていたがこれほどまでとは。しかしまた突っ込んで行かれたらこっちの心臓がもたないのでなんとか丸め込まねばなるまい。
だけどなぁ、はっきり役立たずとか言ったら怒って突っ込んで行くだろうし。諭すようにと忠告されているが、どうしたものか。勘違いをされる言い方は避けたい。あたかも恋愛対象と見ているかのようなことを言ってしまえば取り返しのつかないことになるのは火を見るより明らか。
さて、腕の見せ所ですね。
「詩織さん……聡明なあなたにお願いがあります。我々はここでやつらを食い止めていますので、応援を呼んできていただけますか? お願いします」
「お願い……お願いされちゃあ仕方ないですね。いっぱい連れてきてあ」
「いっぱい連れてくるほど友達も人脈も信頼もないでしょうが」
「ちょ、ヘレナさん。そんなこと言ったらまた」
「むかぁ〜〜〜〜ッ! こんな奴ら、私1人でブッ殺がしてやんよ。見てなさいよ淫乱横乳女!」
「誰が淫乱横乳女だってッ!?」
憤怒のままに猛進する詩織さん。
学習能力がないのか、数分前の二の舞になるとしか思えない。幸い防御力だけはピカイチみたいだから、詩織さんを盾に正面衝突と後方からの援護射撃で敵の前面から蹴散らしていこう。
それまで頑張ってね、詩織さんの呪いの鎧。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ! バターみたいにスライスしてやっ…………ッ!?」
悪の三下みたいな笑い声を上げ、やはり三下のような結末に至る。今まで大木やら草やら何やらまで切り倒してきた剣が弾かれた。あれほどまでの鋭利さを誇っていたはずの愛剣が軽々と防がれてしまう。
鱗が硬いのか。しかし僕の剣で刺し殺すことはできた。
何が理由かは分からないけど、詩織さんの使える武器が鎧だけだと確信。切れない剣を盾にしてなんとか攻撃をかわしながら、これはたまらんと隙を縫って後方へ下がった。
チームとしてはそのまま盾になっていて欲しかったけど、戦闘経験どころか戦闘の心構えもままならない人に盾役をやれというのも無理な話し。
結局、勢いのまま突っ込んで、ほぼ無策の状態で戦わざるを得なくなってしまう。
さすがの僕も、四つん這いになって息を切らせている彼女のお尻を蹴飛ばしたい気持ちになった。そんな心情を察してか、ヘレナさんが詩織さんのお尻を蹴飛ばしている。
「あんた本当にいい加減にしなさいよ! 詩織の独断先行のせいで全滅したらどうしてくれるのよ!」
「ふ、ふざけんなし。まだ負けてないし。諦め早いんじゃないの!?」
「誰が諦めたなんて言ったのよ。ふざけてるのはあんたでしょ!?」
「いがみ合うのは後にして、前をなんとかしてくれ、おふたりさん!」
「ハッ! こんなやつら私1人で十分だし!」
「お前、頭大丈夫か?」
「こんなへんちくりんでみょうちくりんなモンスターなんか雑魚キャラって相場が決まってんのよ。笑わせないでよね、フンッ!」
鼻で笑うのはいいんだけど、もう黙っていてくれないかな…………。
味方より敵のヘイトを上げて囮になって欲しい。そんか願いが天に通じたのか、突然として彼らの目の色が変わり、見て分かるほどの興奮状態になる。明らかに怒っていた。罵倒されたのがよほど琴線に触れたのか、前線で摩擦している僕たちを押し除けて詩織さんへ猛ダッシュ。脇目もふらず、一直線に見据えている。
それこそ横から剣を刺しても、反撃よりも猛進を優先させるほどに怒り狂っていた。中央の安全圏で指示を出していた司令塔も我を忘れて突撃開始。
熟練の盾役が挑発を重ねても通じなかった囮役をこなすとは、ナイスです詩織さん!
やや長丁場になったものの、援軍が到着する頃には敵は全滅。陣地の再構築も済んで一件落着。
ひと段落ついたところで今日は体力が残っていないのでお開きです。と言っても、監督の僕は進捗の引き継ぎと今回起きた事の顛末を各所に報告しなくてはいけないので、詩織さんのことは暁さんにバトンタッチ。
「バトンタッチされた!」
「わざわざ引き継ぎ報告しなくていいんですよッ? そんなことより詩織ですよ。また勝手なことばっかして……危うく死ぬところだったんです。暁さんに面倒を頼まれていなかったら見殺しにしてましたよ」
「いやぁ……陣地構築だけって話しだったし、ネロが監督なら上手くやってくれると思っていたんだが、手に負えなかったみたいだな。ごめんなみんな。迷惑かけてしまって」
「いやいや、あんたが謝ることじゃないだろ。あんたはよくやってるよ。ちゃんと知ってるから(でもまぁ、次は無いかな)」
「そうそう。こっちだって、そのお嬢ちゃんが問題児だって分かって来てるから。まぁ……想像以上だったがな(しかし毎度こんなんじゃあ命がいくつあっても足りないな。次からは遠慮しよう)」
「ほんと……理解のある方々ばかりで助かります。次からも面倒見てもらえると嬉しいです」
「「「……………………」」」
「あぁ〜〜…………とにかくお疲れ様ッ! ヘレナもありがとうな。詩織を助けてくれて」
「それは……まぁ暁さんの頼みですから」
「お詫びに今日は奢らせてくれ。秋風亭の十割蕎麦を食べに行こう!」
「やったー! 奢りだ奢り♪」
「詩織……少しは反省してるのか?」
「してますしてます。だからご飯行きましょう、ご飯ご飯!」
「こ、こいつ…………暁さんの心労も知らずにしゃあしゃあとッ!」
「まぁまぁヘレナ。あたしのことを気遣ってくれるだけで十分だよ。ほんと、ありがとうな」
ぽんと肩を叩いて笑顔を作ると、やや不満を残しながらも、そこまで言うならといった様子で折れてくれた。本当にヘレナは素直で頑張り屋さんで、なんだかんだ言って詩織のことも助けてくれる、頼もしい後輩だ。惚れちゃいそう。翻って五十嵐詩織。こいつ、本当にどうにかならないものか。方々手を尽くしてもこの有り様。もう心が折れそう。
秋風亭の暖簾を押して座ること昼過ぎ。
ピークの時間が過ぎたおかげで人影もまばら。いつもは野外にまで広がる楽しい喧騒も眠気まなこでいた。
全席座敷の秋風亭は木造建築の平屋建て。あたしたちは最近増設したという掘り炬燵にお邪魔しています。
「あらぁ暁ちゃん、こんなところで会うなんて奇遇ね。今日は何にする? 時期は早いけど冷や汁も出してるよ」
「冷や汁もいいけど、あたしはルクスが食べたいな」
「やだもぅっ。ここじゃだぁめっ! あたしを食べたかったらお店に来てちょうだい。大丈夫よ。私のお客さんは暁ちゃんだけ。私は逃げないから♪」
「なんなのこれ。何を見せられてるのこれ。お蕎麦を食べに来たんじゃないのこれ」
「ルクスさんは暁さん専属のキャバ嬢だから。他に小さな居酒屋も経営してる。ここには小料理を勉強しに来るんですよね?」
「そうよぉ。居酒屋で出す料理の勉強してるの。それで、お蕎麦はどれにする?」
「十割でっ!」
「3人とも十割ね。それじゃあちょっと待ってて。待ってる間に何か小料理でもどう?」
「じゃあそれも3人分で。もちろんあたし持ちだ」
「いいんですか? ありがとうございます」
「あざしゃーっす!」
「良い良い。で、本日の小皿は?」
「それはねぇ……見てからのお楽しみ♪」
「やぁ〜ん、気になるぅ〜」
この焦らし上手さんめ。
可愛いったらありゃしない。
ルクスアキナは我が愛しい嫁と会えない心の寂しさを紛らわせてくれる、あたしの大事な大事な存在。
聞き上手で褒め上手。
器量もよくてスタイル抜群。
努力家で行動力もある。
どこをとっても良い女。
最近は男受けを狙って前髪を伸ばして片目が隠れるようにしている。なんでもモテ女子に多いヘアスタイルなんだと。そんなことしなくても十分可愛いと思うんだが。
目を隠すとはつまり己の真意を隠す。ミステリアスな部分に魅力を感じるということなのか。やはりそんなことをしなくても、彼女は十分ミステリアス。
気付いたらあっちこっちに出没している印象がある。1番驚いたのはグレンツェンのフラワーフェスティバルに屋台のアルバイトとして参加していた時だった。別世界のはずなのに、見知った顔がいるんだからさすがに目を疑わざるをえない。姉妹の1人がグレンツェンで生活していて、アルバイトに誘われて参加したというのだから、彼女の熱量は凄い物だ。
「ところで、今日もまた大活躍だったみたいじゃないか。さすが詩織だ」
「でへへ……えへへへへへ〜〜。そうですか? そうなんですよぉ〜♪」
「おかげで予定より早く陣地が完成しそうだって言ってたぞ。これで探索が早く始められるな」
「そうなんですよぉ。早く狩りに行きたいでぇ〜す」
「そうだな。その時はあたしもついて行くつもりだからよろしくな。でもな、今日みたいにリーダーの話しを聞かず、きちんと理解せずに勝手に行動したら痛い目見るから、気をつけような。でないとまたフルボッコにされるからな。詩織も痛いのは嫌だろう? 詩織に限らず、誰だって1人では限界があるんだ。分かるな?」
「ぐっ……うぅ……痛いのは嫌なので、今度からは気を付けます」
「よしよし、お利口さんだ。それから、詩織のおかげで陣地構築が早まったって言ったけど、それは詩織以外のみんなのおかげでもある。戦闘も土木作業も1人ではできないんだ。痛い目を見た詩織なら分かるな?」
「ぐっ……はい…………」
「よしよし。強くなりたい気持ちは分かるけど、焦らなくていいんだよ。1つずつ1つずつ、積み重ねていけばいいんだ」
「ぬっ……うぅ…………分かりました」
「よろしいっ! 頑張ったのしるしにハグしてあげる」
くるしゅうない、くるしゅうない。
ふはははははははははははははははははははっ!
まったく詩織ときたら、愛いやつよのぉ。
話しによると、散々だれた挙句、指示を無視して結界をぶっ壊し、敵陣に突っ込んでフルボッコにされ、凝りもせずに突撃して再度フルボッコにされ、ネロとヘレナの手を煩わせたらしい。しょうがないやつよのぅ。
あたしが詩織を褒めるとヘレナは微妙に納得のいかない顔をする。迷惑をかけた張本人が褒められるだなんて認めたくないと思いながらも、反省を促す流れを見て渋々と目を瞑ってくれた。
さすが出来る子、ヘレナ・ヴァイツェン。
お姉さんは本当に頼もしく思うよ。
「おっまたせぇ〜。ゴボウと舞茸と椎茸の素揚げ。シンプルに塩とおつゆでどうぞ」
「おおっ、おいしそう。今日のイチオシ?」
「ううん。今日の残り物を集めて揚げただけ。でも美味しいから食べてみて」
「余り物…………」
「余り物には福があるってね。まぁまぁ騙されたと思って、まずはひと口」
ないがしろにされたと思うもタダなら食うと言ってひと口ぱくり。続けてぱくり。気づくと全部平らげていた。
美味しい、と一言放って満面の笑み。
本当に自分の感情に素直なやつだ。こういう子は見ていて飽きない。時々暴走するのがたまに傷だが、それはそれで新しい発見もある。
やっぱり詩織を暮れない太陽に迎え入れてよかった。こういう時はそう思う。
「ルクスのご飯はおいしいなぁ〜。こうなってくるとお酒が欲しくなる」
「いいですね。もうあとは家に帰るだけですから、一献頂いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ、すっきり辛口なんかおすすめよ?」
「じゃあそれで。詩織も飲むか?」
「お酒……飲んだことないんですけど」
「まぁ物は試しだ。お猪口一杯だけだから、仮に酒に弱くても問題なかろう」
差し出されるままにお酌をしてもらい、ザクザクと小気味良いゴボウの素揚げのあとにこの一杯。
いやぁ〜、生きてるって素晴らしい!
箸の進むたびにお酒を飲んで、気がついたらヘレナと2人で一本を空にしてしまった。料理もさることながら、美人女将に注いでもらうとなると更に美味しく感じてしまう。
ほんともう、これだからお酒とつまみはやめられませんなぁ。
「んはぁ〜……美味しいですぅ〜……。今日の疲れが吹っ飛んでしまうようです」
「ほんとになぁ〜。旨い酒に旨い飯。詩織も楽しんでいるか?」
「う…………ぐくぅっ…………ううううううああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっん!」
「どうした詩織。泣き上戸か?」
「何故か知りませんが大号泣ですよ」
「あらあら、悩み事ならお姉さんが聞くわよ。伊達にヤケ酒専門の居酒屋してないんだから♪」
「なんで、なんで私ってこんなダメダメなのぉッ!?」
「「「ッ!?」」」
詩織が……あの詩織が自己否定している。しかも的確に。
これには流石のあたしも驚いた。詩織を知っている周囲の人間も目を見開いてその様子を見守っている。
そこまで卑下しなくても、反省して未来に活かせばいいじゃないかと諭すも心に溜めた汚物を止めどなく撒き散らした。
これは全部出し切らないと終わらないやつだ。
まさか下戸どころか泣き上戸とは。普段から感情の起伏が激しく、マインドコントロールに乏しいとは思っていたが、酒を飲むとこんなことになるとは想定外。
今度からは気を付けなければ。
不幸中の幸いなのは、この場にルクスアキナがいるということ。
ヤケ酒居酒屋・涙酒の女将をしている彼女は傾聴と承認に関してプロ中のプロ。ルクスアキナの包容力のある返答と容赦、そしてひたすらに注ぎ続けられるお酒で本人の鬱憤を晴らす術は、全ての亡者と化した者たちにとって救いの女神。
後日請求される法外な領収書を除けば、心の洗われる場所。
そんな彼女は詩織をぎゅっと抱きしめて、吐き出される言葉の毒を浄化していく。
本人は当然のように相対するけど、感情全開になって前のめりになる人間を心地よい気分にさせることは並大抵のことではない。
語り仕草もそうなのだが、この小料理もそうだ。何か作ると言って颯爽出てくる速さは豊富な経験と勘、それに視野の広さに起因している。料理の勉強がてら、しばしば秋風亭で働いているとはいえ、硬派な料理人の仕切る厨房を挨拶一つで飛び込んでいける人柄は日頃の努力の賜物。常に誠実に、かしこまりすぎることなく愛嬌があってこその一皿が美味しくないはずがない。
「おやおや。聞き覚えのある声が聞こえると思ったら詩織さんでしたか。それに暁さんにヘレナさん。お疲れ様です」
「お、太郎じゃん。それにたかピコ。今お昼?」
「えぇ、山菜のかき揚げ丼を食べに来たんですよ。みなさんはお仕事終わりで?」
「36層の陣地構築をヘレナと詩織たちがやってくれてたんだ。それと予定になかった討伐。今はそれの慰労会だよ。太郎はたしかたかピコの体の記憶を使って、弟子たちに針治療と鍼灸の修行をつけてたんだよな」
「修行と言うほど大それたものではありませんがそんなところです。いやぁ、たかピコさんの体は便利ですね。目視で体内を透視できると、説明に具体性が増します。本当に助かってますよ。七夕の手伝いもしてくれますし、いやぁ感謝感謝です」
「なるほどな。たかピコもお疲れ様。飯が食えたらいいんだが……こればっかりはってやつだなぁ。残念だ」
「その気持ちだけでお腹いっぱいです。本当に、暁さんに会えて良かった。でなきゃ今頃どうなってたか分かりません」
言いながらめっちゃ悔しそうに手が震えている。
美味しそうなご飯を目の前にして食べられない。今これ1つが悔しいと、日頃、ボヤいているらしい。
たかピコはまさに粉骨砕身の心がけでできることに全力を出している。それこそ他人が申し訳なくなってしまうほどに。死なない身体は食事も睡眠の必要もない。昼夜問わず動き続ける彼の姿は誰の目からみても輝いていた。
最初は奇異な見た目のせいで驚かれる日々ではあったけど、今ではすっかり街の人気者。
やはりあたしの目に狂いは無かった!
太郎も働き者の世話好きで、頼まれればどこへでもかけつけるパワフルおじいちゃん。針、お灸、硬気功、体の健康についてなんでもござれ。
七夕限定で出すお菓子も大人気。その美しい見た目と上品な甘さから、彼の作るお菓子を目当てに遠方からやってくる旅行客もいるそうな。
「ねぇねぇちゃんと聞いてますかッ! 私の話しを聞いてますかッ! だから私は愛されたいだけなんです。凄いって言って構って下さいよ。大切に思われたいだけなんです。誰でもいいから私を認めて愛してぇッ! うわああぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
「せ、切実すぎてみてられない……」
「まぁまぁそう言ってやるなヘレナ。詩織にも色々あるってこと。今は頑張りが空回りして、もとい身の丈に合わない力の扱い方が分からなくてブンブン振り回してるだけ。いずれ使い方も分かってくるさ。おぉ〜よしよし。それじゃあ頑張った詩織にはご褒美にハグしてあげよう。むぎゅ〜♪」
ふひゃあ〜と頬を緩ませて幼子のように甘える詩織のなんと可愛らしいことよ。酒に酔っただけで本音をぶちまけてくれるなんて素直じゃないか。
あたしにハグされている詩織を羨ましそうに
(希望的観測)見ているヘレナにもハグしてあげようかと迫ったが、恥ずかしいと遠慮されてしまった。
遠慮しなくていいのにねぇ?
初心だねぇ。
ハグしたかったねぇ……。
心中叫んで蕎麦食って、泣き疲れて眠ってしまう。やれやれ困ったさんだと抱きかかえて彼女の部屋に連れて帰る頃には陽も傾きかけていた。
あとはネロに今日の詳しい経緯を聞いて、また詩織の対策を立てなくっちゃあな。彼女が優秀な武器や特殊な能力を持っていても、正しく使えなければ諸刃の剣。自分自身をも傷つけかねない。
その使い方を示してやるのがあたしの仕事。
さぁ、忙しくなりそうだ♪
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○詩織の特殊技能○
詩織「私の特殊技能? なんですかそれ。なんの話しですか聞いてないんですけど!」
暁「随分と機嫌がいいな。不意遭遇戦になった時、詩織が意識的か無意識的かは分からないが使っていた技だ。特殊技能は死地において突然発現するスキルだから、認識されて、使えるようになるのは実は稀なケースなんだ」
詩織「どういうことです?」
暁「火事場の馬鹿力みたいなもんで、潜在的に眠っていた能力が突然目覚めるんだ。そういう時って生死がかかったような状況が多い。だから発現しても死亡してしまったり、過度のストレスのせいで発動させた技のことを忘れてしまったり、或いは自分で発動させたと認識すらしない。何者かによって助けられたと勘違いする場合がある。そういう理由があって、特殊技能を意識して使える人は数少ない」
詩織「それってつまり…………私って超凄いってことですか? ですよねッ!」
暁「そういうことだ! しかも鑑定してもらったところ、戦闘に特化したものだから最前線で大活躍できるぞ!」
詩織「おお〜っ! ついに私の時代が来たということですね! ちなみにどんな能力なんですか。何か技を使ったつもりはなかったんですけど……はっ! これが特殊技能の使用者数が稀有な理由っ!」
ヘレナ「わざとらしいなっ!」
暁「鑑定してくれたのはルクスアキナだ。それじゃよろしく」
ルクスアキナ「はいは〜い。詩織ちゃんの特殊技能は【嘲笑】。侮蔑した相手を怒らせて攻撃を自分へ向けさせる超凄いスキルだよ。【挑発】よりもずっと上位で、詩織ちゃんにしか使えない空前絶後の最強スキル。対象の範囲は羽虫から神様まで通用する、まさに神業。詩織ちゃんがいれば仲間のみんなはとっても戦い易くなるね♪」
詩織「…………は? 嘲笑? 冗談でしょ。私はそんな技を使った覚えは…………」
ヘレナ「あぁ……モンスターを鼻で笑った時のやつじゃない? 明らかに見た目を軽視してバカにしてたでしょ」
詩織「は? バカにとかしてないし」
ルクスアキナ「ちなみに詩織ちゃんと対象の力量が離れていれば離れているほど、効果が高まるよ。ただし、対象が詩織ちゃんよりも上位の存在限定だけど」
ヘレナ「それってつまり、中身のない詩織が分不相応に相手を嘲笑すると、お前如きに笑われる筋合いはないと、相手は怒って詩織に意識を向けると?」
ルクスアキナ「そういうこと」
詩織「は? 中身はあるし」
ヘレナ「ぷぷっ……やったじゃん詩織。盾役はパーティーに必須の職業。呪いの鎧のおかげで防御力だけは高いんだから、おかげでどこからも引っ張りだこだよ。攻撃力はからきしだけど」
詩織「は? 呪いの鎧じゃねーし。てか今、笑ったろ」
ルクスアキナ「あぁそうそう。暁ちゃんに頼まれて詩織ちゃんの剣の鑑定をしたら、モンスターに刃が入らなかった原因が分かったよ。なんかね、セーフティーがかかってて、使用者の心が正義の輝きの中にないと他者の命を奪うことができないみたい。でもでも、頑丈で折れないから、盾として使えばいいんじゃないかな?」
詩織「は? 私の心は清廉な乙女だし」
ヘレナ「清廉な乙女(笑)」
暁「……しかし材木は斬れるからな。やっぱり凄い剣だ。切れない剣でも盾に使えるならいいじゃないか。パーティーにおいて盾役は攻撃を受ける分、基本的に報酬の分配分を他より多めに貰えることになってる。それに今回の挑発を解除される一件で、手探りで対抗策を講じる必要が出てきた。詩織がいればそれも楽になるだろう。まさに、詩織の時代が来たな!」
詩織「いや、あの……私はあくまで戦乙女なわけで。戦乙女は盾役なんかしないわけで」
ヘレナ「ふふっ…………肉壁…………」
詩織「あ!?」
ルクスアキナ「でも盾役は本当に貴重で頼りになる存在だから、大活躍間違いなしね。頑張って!」
詩織「あ!? 死ね!?」
ルクスアキナ「そんな言葉の端っこだけ切り取られても困るんだけど……」
暁「ヘレナ……お前のために言っておくが、詩織のヘイトを上げてもいいことないぞ」
ヘレナ「うっ……すみません」
詩織「ぷぷっ! 怒られてやんの」
ヘレナ「あ!?」
暁「詩織も無闇やたらに嘲笑するな。さいあくの場合、自分の寿命を短くするぞ。寿命っていうか、死ぬことになるだろ。自分より強い存在を敵に回すことになるんだから」
詩織「ぐくぅっ…………いや、もしかしたらルクスアキナの鑑定が間違ってるだけかも」
ヘレナ「年上なんだから、『さん』を付けろよ。ルクスさんは紅葉珠の検品を任されるくらい、鑑定の精度が高いって評判だ。見間違いなんてありえない。にしてもだ、あんまり詩織を持ち上げるのは気が乗らないけど、あんたの【嘲笑】はうまく使いこなせば本当に凄い戦力になるよ。悔しいけど」
詩織「結局、やることは肉壁でしょ。私は安全なところから派手に魔法をばんばんうって、楽ちんライフを送るのが理想なの。時々は接近戦で魅せて華麗に戦う。これぞ強者の品格! そして不労所得で順風満帆人生」
ルクスアキナ「あらまぁ……個性的とは聞いていたけど、これはなかなかどうして、ね」
ヘレナ「なかなかどうしようもない性格です」
暁「あっはっは。まぁ何にせよ、まずは自分のできることから始めよう。理想を現実に近づけるのはそれからでも遅くはない。頑張ろうな!」
詩織「結局、ヘイト持ちタンクスタートかよッ! クソがッ! 何で私の転生特典はこんなクソなのばっかりなのよ。クソがッ! クソがあああぁぁぁッ!」




