本気スイッチ
心を入れ替えてまるで別人になった詩織がついに心の内を打ち明けてくれた。
半分泣きながら勢いのまま話しているものだから、文章もたどたどしく、真偽が混じっているようにも思えたのだが、要約すると愛してハグして欲しいとのことだ。
可愛い女の子に了解有りでハグOKとか最高かっ!
とまぁそれは置いといて……なぜそんな感情に辿りついたかというと、生まれてこの方、彼女は母親に抱きしめてもらったことがないのだという。
生まれてすぐも、幼児の時も、テストで百点をとっても、1つ笑って背中で影を落とすだけだったらしい。
普通であれば信じられない。
そんな寂しい母親がいることを信じたくない。
しかし、ウララの固有魔法で母親の所業を聞いているから、彼女が嘘を言っていないのだろうと思ってしまう。
だから頑張ったあとには抱きしめて認めて欲しいと懇願された。それが彼女の欲しいものであればいくらでも与えようではないか。
嗚呼、素晴らしきかな異世界転生とやら。喜びは顔だけに留めて口には出さない。転生ということは1度は死んだということ。それを素晴らしいとはとても言えないからな。
だけど詩織がここに来て、色々と面倒なこともあったけど、とにかくあたしは詩織と出会えて良かったと思っている。そのことに関しては多いに喜ばなければならないのだ。
さて、さっそくお仕事と行きますか。
しかしその前に詩織の本気スイッチをオンにしておこうかしら。
勢いだけでやる気満々に浮き足立っている彼女を落ち着かせ、食堂の椅子に腰掛けさせる。まずは会話から入って、相手の行動の原点をくすぐるのだ。
詩織の場合は……
「なぁ詩織。男にモテたいか?」
「イケメンにモテたいですっ!」
ということだ。
つまりはモテるためにどうするかを理解できる形で教えればいい。具体的な表現を用いて頭の中で想像できるようにしてやればいいのだ。
今まで接して来てほぼ間違いなく、この子は論理的な思考と過去から学ぶ勤勉さを兼ね備えている。
逆に言えば直感的に結果が見えてこないタイプ。
だから過去の事例を挙げて納得させ、行動力という名のエンジンを焚きつけさえすれば、愚直かつまっすぐに進むことができる。
詩織と同じ性格で言えば華恋や桜が同属だ。
彼女たちは同じことを延々と繰り返す作業が好きな性格であり、詩織と同じで新しいことにチャレンジするためには膨大なエネルギーを要する人種。
逆に同じことの繰り返しに苦痛を感じ、常に新しいことをしていくタイプがゴードンやミーケさん。
よく言えば革新的。悪く言えば飽き性。
ゴードンは力を求めるという一点に関してはブレないが、1日の殆どを戦いに費やしているか、新しい術や魔法の勉強をしていた。
それはまぁ、あたしに勝てないのが悔しくて仕方ないというのが理由なのだが、理由はどうあれ日に日に強くなっている。元々、真面目で世話好きな性格が功を奏してみんなにも頼りにされているので、あたしとしては嬉しい限りだ。
ミーケさんは活動的で場当たり的な行動を取り上げられやすいが、頭の回転が早く、聡明で経験も豊富。だけど色々と考えすぎて言いたいことが相手に伝わらない。
要するに端折ってしまう。
特に擬音で表現しようとしてしまう節がある。
頭の中の映像を言葉に出来なくて、効果音で説明しようとしてしまう。不思議なことに同種の人には彼女が何を言わんとしているかが分かるらしい。あたしには分からない。六何の原則に基づいて説明してもらいたいもんだ。
こういう人は周りの人がサポートしてあげて、1つずつ丁寧に質問をして、他の人たちに分かりやすく変換してもらうのが良い。
さて、そんなわけで1つずつ質問といきましょう。
「イケメンにモテるためにはどうすればいいと思う?」
「おっぱいが大きいとモテる」
「たしかに母性的な女性は魅力的だ。だけどこればっかりは一朝一夕では大きくならない。おっぱいを大きくする方法はあるから、それは後で教えてあげよう。まずは頼りになる女になることだ。例えば、料理長をしているアイシャを見てごらん。彼女は詩織と同い年だ。だけど一回りも二回りも歳の離れたお姉さんたちに頼りにされているだろう。それはなぜだと思う?」
「うーん、やっぱり……おっぱいが大きいから? でもセチアさんや雪子さんよりは、というか手のひらサイズ。私よりははるかに大きいけど」
「あぁ、アイシャのは趣があっていいもんだ。でもな、彼女が頼りにされている理由は2つある。1つは単純に料理が好きで、情熱を持って物事に、真剣に取り組んでいるからだ。そういう輝かしい姿は人の目を奪うものだ。そして2つ目は…………」
「2つ目は?」
「アイシャはああ見えて、メチャクチャ強いんだよ!」
そんなバカなという顔をしている詩織のために、桜を呼んで検証してみよう。
話しを振ると嫌そうな顔をしながらも渋々了承してくれた。お詫びにプリンをご馳走してあげようではないか。
「アイシャ、ちょっといいか?」
「はい、ご注文ですか? 今日はとれたて新鮮な卵で作ったプリンを用意していますよ。苦甘カラメルソースがとろ〜りかかった絶品スイーツです。いかがですか?」
「じゃあそれを4つ頼む。あたしと桜と詩織と、それからアイシャの分な」
「奢ってくださるんですか? ありがとうございますっ! すぐにお待ちしますね」
屈託のない笑顔が好印象な若女将。
もしも彼女がキャバクラで働いていたら、その笑顔を見るために通う男女があとを絶たないことだろう。
らんらん気分で鼻歌を唄う背中を見送って、詩織の顔を見て、もうひとつ助言。
「見たか、今の笑顔。モテ女子の笑顔っていうのは可愛くてキラキラしてるもんなんだ。それでいて強か。愛嬌を振りまいてデザートを注文させるテクニックは流石だろう。愛嬌こそ、生きる上で最強の武器なんだ。覚えておいて損はないぞ?」
なるほどと感嘆のため息を漏らしてプリンをつつく姿は可愛らしい女の子。憑物が取れたように、というか今まで無理をして被っていたペルソナが外れて心の思うままに気持ちを表してくれている。
飾り気のない姿は見ていて気持ちのいいものだ。
「それで、詩織としては何かしたいことはあるのか? やっぱり戦闘系? 詩織の固有魔法なら交渉の横に立っているだけでも仕事ができるんだけど」
「戦いたいです! 強い女になりたいんです。暁さんみたいにっ!」
「よし、それじゃあまずは鍛錬からかな。魔法を使うにしても剣を振るうにしても、まずは体作りからだ」
「えっ…………」
「え?」
鍛錬と聞いて途端に嫌な顔になる。
趣味はインドアでも、攻撃的な性格からアウトドア派かなぁと思っていた。だからそのための準備をしないといけないけれど、それは嫌だと言う。
ご飯を食べるには食器を用意するし、料理をするには食材を調達する。避けては通れない道だから、外すことのできない通過儀礼なのだが。
「うーん……それじゃあ、今あるものだけでなんとかしてみようか。肉体強化が使えるわけだし、基礎的な魔法から覚えていこう」
魔法と聞くと少しだけ前向きになる。
彼女自身、魔法には憧れのようなものを抱いているようだ。手を握って魔法を共有したこともあって、楽して強くなれると錯覚しているらしい。
本来なら魔力の練度を上げ、知識を身につけ、何度も何度も試行錯誤を重ねて得られるものなのだ。
基礎魔法程度であれば感覚で覚えられないこともない。
だけど中位の魔法からはそうはいかない。
魔術回路を目で見て体で覚えていかなくてはならない。一朝一夕で手にできるものは少ないのだ。
とはいえ前向きになってくれたことに関しては、前向きに捉えなければなるまい。出来ることが多くなってくれば、覚えたいことも増えてくるはず。
相手の琴線を爪弾いて音を奏でる。
これが物事を教える時に重要な考え方。
「それじゃあまずは、以前使えるようになった肉体強化をおさらいしてみようか」
「はい、了解です!」
ストレスの与えすぎで記憶が消えて、またストレスによって記憶が戻ったとはいえ過去に出来ていたことが今もできるとは限らない。
これができないと、彼女のやる気が下がってしまう恐れがある。いや、間違いなくテンションが下がる。
賭けではあるがやるしかない。
それでダメそうなら他の方法を考えればいいや。
「とりあえずおめかししよう。自慢の装備があるだろう。それを着て、準備を整えようか」
「それなんですけど…………」
言葉を濁したまま彼女の部屋に入り、丁寧に片付けられたそれを着ると暗い顔の理由が分かった。
サイズが合わない。そういえば記憶をなくす前は一回り大きな体をしていたなぁ。ボンッキュッボンッて感じの体つきだったけど、記憶を失くしたあとはすらっすらっすらっとしたスリムボディ。
無くなった部分が空虚に風を通していた。
ちんまい詩織も可愛らしいが、あたしの性格上、ナイスバデーの詩織の方が好きだ。彼女も理想の体型を維持していたいに違いない。
残念だが鎧は将来、使う時が来るまでクローゼットの奥の住人か。
しかし剣だけは扱えるだろう。
もしこれも使えないとなれば新しい武器を新調しなければならなくなる。また借金か。これ以上、膨らませたくはないのだが仕方ない。
「とりあえず剣だけ持って出るか」
「うぅっ……理想のナイスバディが転生特典じゃないなんて無慈悲すぎる。上げて落とされた気分。…………あれ? なんかこれ、脱げないんですけど」
なんということか。鎧が体にぴったりと張り付いて脱ぐことができない。こういう鎧の類というのは、あたしは着たことがなくて外し方が分からない。
どうしたものか。どこかに留め具があるはずなのだが見当たらない。コルセットの紐も解けない。
なんじゃかこりゃ。
訳がわからんと愚痴をこぼしてよくよく詩織の姿を見ると、あらたいへん。詩織のような詩織じゃないような女が目の前にいるではないか。
この姿は見たことがある。初めて出会った時の詩織の姿だ。胸もふくよかになって背丈も高くなっている。腰回りもスリム。お尻も少し大きく成長していた。
まさかこの鎧、自動調整機能付き。
それも、鎧が体に合わせるんじゃなくて、体が鎧に合わせるという代物。見てくれは銀とピンクで可愛らしくもカッコ良さを残した衣装だというのに、とんでもない呪いのアイテムではないか。これは一度きちんと鑑定してもらわないといけないな。
理想の体型を手に入れてはしゃぎまくっている彼女にはとても言えないけれど。
意気揚々と演習場に繰り出した詩織。
試し斬り用の巻藁を難なく袈裟斬りにしていく姿はまさに一級の戦士だろう。技術は皆無だけど、とりあえず剣を振るえる筋力はあるようだし中の下くらいの仕事ならこなせるはずだ。
それにしてもよく斬れる剣を持っている。これは明らかに詩織の技術や腕力ではなくて剣の性能に間違いない。構えや振り方がめちゃくちゃなのにばっさばっさと切り倒しているからだ。
剣で斬っているというより、剣に斬らされているという格好。よもや呪いの逸品なのでは?
「随分と良く斬れる剣だな。ちょっと貸してもらっていいか?」
「いいですよ。この剣はゲーム時代にも愛用していた最上位の剣で名前を『絶剣・ゴッデスブレイド』と言います」
女神とはまた大きくでたな。しかしその名に恥じぬ斬れ味はまさに一級品。触れただけでズバズバ斬れてしまうではないか。
しかも軽い。まるで羽毛のように軽く子供でも扱えてしまう。当然としてあたしでも扱える。彼女の自慢話しによると、元居た世界では特定の職業でなおかつ相当に熟達した人でなければ扱えない代物だったらしい。
つまりあたしもその熟達した人の1人になるのだろうか。
つまりあたしと詩織が同レベルということになる。
そうなら心強いのだが、さすがにそれはないだろう。
試しに子供たちにも手渡してみるか。
するとどうだろうか。女子供関係なく扱えて、ズバズバ斬ってしまっているじゃないか。
これはアレだな。制限無しに扱えるらしいな。
マズいぞ。使えないよりはマシだけど、斬れすぎるのも問題がある。特にマズいのは誰でも使えるってところ。これは多分、詩織や雪子が言っていた転生特典とやらに違いない。
辛くてニューゲームする彼女に、神様がご褒美にと強くてニューゲームさせてあげたい気持ちは分からないでもないけど、限度ってもんがあるでしょ。
これじゃあ強すぎてニューゲームだよ。力を正しく扱える精神の持ち主ならいいけど、まだまだ未発達の子供に与えるには過保護すぎやしないかい。
頭を抱えても現実は変わらない。
幸いなことに剣にも鎧にも愛着があるようで、おいそれと誰かに手渡したりはしないだろう。あと彼女が所構わず剣を振り回して、増長しないように心を鍛えていけばいいことなのだ。
とにもかくにも、彼女がやる気になったし戦える程度の戦闘力があるようだし、結果オーライというところで落ち着けた。
明日の朝にゴードンとカニ狩りの約束を取り付けて、意気揚々と夢の中。なんにせよ生き生きとした顔がみられて良かった。
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@詩織の装備品@
暁「そういうわけで雪子を呼んだわけなんだけど、詩織が持ってる武器の特徴ってなんか知ってる? あいつの剣、かなりヤバい代物みたいなんだけど」
雪子「絶剣・ゴッデスブレイドですね。フレーバーテキストが具現化しているのだとすれば、風を編んで作られた聖剣で清く正しい人間にしか扱えない聖遺物の1つです。羽のように軽く、あらゆる敵を両断してしまいます。そして悪しきものが手にとったならば、その身は2つに引き裂かれてしまいます」
暁「聖剣……呪われた剣の間違いなんじゃ……」
雪子「一応ゲームの中では聖剣の扱いです。それから剣自体にスキルがあって、キャラクターでは習得不可能なオリジナルスキルを持っています」
暁「まぁなんにせよ、詩織が清く正しい心の持ち主ということがわかっただけでも良かったよ。あたしは最初から信じてたけどなっ」
雪子「……そうですか。えと、鎧の名前は確か熾天使の法衣です。単純にステータスにバフがかかるのと、物理・魔法・デバフ・全状態異常耐性がついている最上位防具の1つですね。自動調整機能というのは、この世界に転移してきた時に得た能力でしょう。鎧の能力か詩織さんの能力かは分かりませんが」
暁「ステータスにバフってことは肉体強化を使えば練気功を使った後みたいにめっちゃ強くなれるってこと?」
雪子「いえ、元々の筋力を向上させるわけではないので相乗効果は期待できないと思います」
暁「そうか、ちょっと残念だな。まぁでも詩織にはその2つの装備があれば大抵のことはできそうだな」
雪子「……そうですね。宝の持ち腐れなくらいですよ」
暁「どうした雪子。なんか顔色が悪いけど」
雪子「いえ……熾天使の法衣って装備は、実はイベントドロップでトップランカーなら余裕で獲得できるアイテムだったんです。なのに詩織が自分以外のプレイヤーにアイテムをドロップさせないようにPKをして邪魔して回っていたんです。そのおかげでみんな泣きを見て……ゲームを辞めた友達がいたので見てると過去の嫌な思い出が蘇ってしまって」
暁「ん〜、専門用語は分からんが、なんか良くないことをしていたみたいだなぁ。まぁでも同郷のよしみで仲良くしてやってな。そうだ、今度一緒に狩りに出かけたりなんかしたらどうだ? 壁役でも攻撃役にでも活躍できそうじゃないか」
雪子「それは……無意識に詩織さんを後ろからハンティングするかもしれないので遠慮します」
暁「……どんだけ根が深いんだよ」
雪子「暁さんには分からないでしょうけど、ゲーマーの怨念というのは忘れないんですよ。相手がどんだけ可愛くても、全てが真っ黒に見えるんですっ」
暁「そ、そうか……まぁ無理強いはしないが、一応同じギルドの仲間だから仲良くするんだよ?」
雪子「……………………それはそうと、食堂で桜ちゃんがため息をついていましたけど、何かご存知ですか?」
暁「(露骨に話しをそらしてきたな)アイシャと腕相撲で負けてショックだったんだろう。バフ掛けをした桜の腕力は並みの大人を凌駕するが、素の膂力だとアイシャの右に出るやつはいないからな。試したことはないが、アイシャと渡り合えるのは幽鬼のチックさんくらいだろうなぁ」
雪子「素体が違いますからね。でも桜ちゃんも、たしかハーフでしたよね?」
暁「ウララの話しによると、桜は人間と夢魔のハーフらしいよ。そのおかげか魔法の扱いが上手いし、身体能力も高い。あと背格好のわりにおっぱいが大きい」
雪子「それは知りませんが、暁さんの趣味ですよね」
暁「どうやらくノ一っていうのは、それだけで胸が大きくなる職業らしいよ。黝が言ってた」
雪子「……どんな職業ですか」




