恋の診察室
今、俺は診察室にいる。
別に病気ではない。すこぶる健康(?)である。
スケルトンだからね。
ついに逃げ回っていた現実に向き合うと決心したのだ。
自分のため。そしてラララさんのために。
すたいる抜群の白衣の天使。
以前の俺なら理性が色々とたいへんなことになっていたかもしれない。だけど今はスケルトン。でもそういうコトに興味がないわけじゃないけど、そういうことをするべきではないと理性が囁いているのだ。
「それで……婚姻届にサインを押してくれる気にはなったのかしら?」
「それなんですが、ラララさんの好意は嬉しいです。でもやっぱりスケルトンのままでは嫌なんです。もしも……人間に戻って、それでも俺のことを好きでいてくれるなら、その時は判を押す気でいます」
俯いたまましばらく沈黙を守って、目に涙を浮かべて、ラララさんは本心を語ってくれた。
今まで何度も恋をして、愛すれば愛するほど。尽くせば尽くすほど、自分の理想から遠ざかってしまう。裏切られたような気持ちになって絶望する。
きっと人間に戻ってしまったら愛せなくなるだろう。
人間の俺と結婚した後の生活を想像してみても、憂鬱に心をやつれさせる自分の姿しか浮かばなかったと言うのだ。
特殊な趣味嗜好だというのは自分でもよく分かっている。でもこればかりは、心が反応してしまうのだから仕方がない。頭で分かっていてもどうしようもないことなのだ。
「たかピコちゃんは自分の子供が欲しいのよね。私も子供は欲しいわ。でも今のままでは、あなたがいつ人間に戻れるか分からないし、それまで体がもたないかもしれない。他人から譲って貰って……それで生むのじゃダメなの? 血は繋がっていなくても、心が寄り添っていれば……私は親子だと思う。あなたと結婚したいっていう下心から出ている言葉だと受け取られても仕方ないと思ってる。でも、私があなたのことを好きで、あなたも私に好意を抱いてくれているなら、自信を持って育てられると思う」
「ぐっ…………それは俺も分かっています。頭では分かっているんですが、やっぱり男の本能というか、血の繋がりだけは譲れないんです。言い訳に聞こえるかもしれませんが、母親が人間で、父親がスケルトンの両親を持つ子供の気持ちを思っても、やっぱりダメだと思います。異種間の家族は存在するとはいえ、人間と獣人とか、人間と吸血鬼とか、もうそんな次元じゃないんです。どういうわけか思考が出来て喋って会話もしていますが、死体であるのは変わりませんから」
あっちが立てばこっちが立たず。
そもそも人間とスケルトンの恋が成就するはずもなく、8時間に及ぶ議論は平行線に終わり、やはり着地点は見つからなかった。
ぐったりとため息をついて机に突っ伏していると、お疲れ様、と紅茶を差し出してくれるネイサンがいた。
ありがとう、と一言伝えてひと含み。ほっと椅子に深くに腰を預けてまたため息を一つ。
「ねぇ……ネイサンはどうして結婚できたの?」
「なんで結婚したかじゃなくて、できたかどうかの質問なのね。それはまぁ、お互いが好き合っていたし、認め合っていたし、隣で手を繋ぎながら同じ方向を見れたから。だと思う」
「なんで私たちは……同じ方向を見ているはずなのに! 好き合ってるのに、どうして…………ッ!」
「同じ方向を向いているのだろうけれど、手を取り合うには距離が離れすぎてると思う」
「なんで男性には男のシンボルに骨が生えてないの……。それさえあれば赤ちゃんだってできるはずなのに」
「医療従事者とは思えない発言だわ。仮に生えてても出るものが出せないから無理でしょ」
「玉にも骨があればいいってことでしょ!?」
「玉にあったとしても骨だから作るものも作れないでしょ」
「だったら私はどうすればいいの!?」
「知らんよ……」
頭を抱えて苦悶するラララ。
どうにかしてあげたくても、どうにもならないことだと遠い目をしているネイサン。
幾度となくお悩み相談を受けてきたネイサン女医でも、スケルトンと人間の恋愛話しは経験がない。種族やら子供やらの話しも絡んでくるとなると、難しいを通り越して無理に行き当たってしまう。
異種間のプラトニックな恋愛で落ち着くならそれが理想的なのかもしれないが、元々人間で、人間に戻ることを諦めていないたかピコとしては、肉体関係を無視することはできないのだろう。
それは当然の本能なのだから否定したり蔑んだりはできない。だからこそ、解決に至らないわけだけど。
「ブラードは何かいい案とかある?」
「そもそも血の通っていないたかピコさんに恋をするというのが理解出来ません。血も涙ないじゃないですか」
「その言い方だと、たかピコが単なる冷血漢になっちゃうけど。スケルトンだから血は流れていないし、涙も出ないって話しね」
「せめて骨の色が血の色だったら魅力的かもしれませんが」
「あぁ、うん。ブラードに聞いたのがいけなかったわ」
茫然と立ち尽くすスケルトンの眼窩にクラゲの水槽。
癒しを求めてか、海を彷徨いたい気分なのか、透明な体に何を描いているかは分からないが、何をするでもなく、ただただ邪魔な存在と化しているだけだった。
「あの……たかピコさん。もう少し右に寄っていただけますか。水槽が調理場の出入口にあるもので」
「あぁうん。ごめんよ」
返事はするも反応無し。
よほどまいっているのが目に見えて分かる。
やれやれとギルドマスターが郷愁の漂う鎖骨を引っ張って近くの椅子に座らせた。
事情を聞くと、あれこれと相談はしたものの解決に至らず。ますますお互いが譲歩で落ち着かないことが浮き彫りになってしまったのだそう。
「お前なぁ……気持ちは分かるけど、いつ人間に戻れるか分からないんだから、ラララさんの気が変わらないうちに婚姻届だけでも出しちゃえば? 嫌いなわけじゃないんだろ」
「でももしも人間に戻らなかったらと思うと、彼女を拘束しているみたいで悪いですし。本人も子供は欲しいと言っていますし」
「愛のキスで人間に戻ったりしませんか? 御伽噺でよくあるやつです。お姫様は王子様のキスで永い目覚めるから覚めるというやつです」
「出逢った瞬間、熱烈なキスをしていたが、人間には戻らなかったな」
「そうなんですか……。とりあえず寝ましょう。一旦寝て、気持ちをリセットしましょう」
「桜やあたしみたいな人間ならできるが、たかピコはスケルトンだからか寝れないんだ」
「あぁ〜……。色々と詰んでますね」
心に溜めた涙の海はいつ果てるやら。
まだまだ先のことになりそうだ。
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○セチア・カルチポアの固有魔法○
秋乃「今回はセチアの固有魔法についてだけど、誰も私のことを覚えていないだろうから自己紹介させてね。鹽原秋乃、年齢不詳。街道整備の会議に暁ちゃんたちと一緒にいたいた人です」
セチア「年齢不詳? たしか秋乃さんって」
秋乃「セチアの固有魔法って嘘を見抜くんでしょ? どうして会議に参加しなかったの? 誘われなかった?」
セチア「…………その話しはいただいたのですが、断ったんです。私の固有魔法は、具体的に言うと【嘘を吐いた相手を問答無用で切り伏せる】というものなんです」
秋乃「あぁ〜……じゃあ、嘘を見抜くっていうのは、目的に達するまでの過程にあるだけなんだ。でもそれなら別に断る理由もなかったんじゃ。他に訳が?」
セチア「はい。切り伏せる、は自制心で抑えられるんですが、悪意のある嘘を目の当たりにするとカッとなってしまって……。今回の商談相手は自己の利益のために相手を貶めるきらいがあると聞いたので、間違いなく切ってしまうだろうと恐れたんです。本当はこういうところも直していかないといけないんですが。それに……」
秋乃「それにセチアの固有魔法はあくまで魔力に依存したものだから、プロテクトをガチガチに固めてる相手には阻まれる可能性もあるんだっけ?」
セチア「その通りです。以前に経験があります」
秋乃「そうなんだ。今さ、直していかないといけないって言ってたけど、別にそのままでいいんじゃない?」
セチア「どうしてですか? 自己管理はできていて然るべきかと」
秋乃「セチアって本当に真面目だなぁ。セチアのカッとなるって、それって正義感から来るんでしょ。暁ちゃんはそういうところを頼りにしてるんじゃない?」
セチア「そうなの?」
暁「突然に呼び出すよな……。もちろん、セチアの正義感は頼りにしているよ。でも、問答無用で切っちゃうと死ぬからな。手当たり次第に人を殺すのはよくないから、半殺しくらいにできるように自制してくれると助かるかな」
セチア「分かった。頑張るっ!」
秋乃「半殺しは許容範囲なんだ……」




