しあわせのカタチ
俺はついに覚悟を決めて現実と向き合うことを決めた。逃げに逃げ、気まずさと申し訳なさからずっと遠ざかっていた現実に…………。
今日……こそ…………は………………ッ!
「ヘイヘイたかピコちゃ〜ん。足がすくんじゃってるけど大丈夫? 台車に乗せてったげよっか?」
「いえ大丈夫です。自分の足で歩けます」
「ホントにぃ? ぷるぷる動くだけで一歩も進んでないけどぅ?」
「死んじゃって何を恐れるってんだい? 白衣の天使がそんなに怖いのかい? まぁアンデッドからすれば天使は天敵かもかもだけど」
「ぐっ……ふぅっ……!」
やっぱりダメだ。怖くて動けない。というかやっぱり行きたくない。
ラララさんが好意を持ってくれてるのは嬉しいけど、スケルトンのまま結婚なんて考えられない。
詩織ちゃんが元に戻ったってことは、俺も元に戻れる可能性は十分ある。あるけど、人間になったらきっとラララさんを悲しませることになる。
結婚してその後、人間に戻ったとしたら彼女の熱は冷めるどころか氷点下を限界突破してしまうに違いない。
彼女の恋愛遍歴を聞いても明らかだ。
年齢性別問わず、骨と皮な人を好きになって、でも根っからの看護体質だから健康に配慮した介護をして、そして健康的に肉が付き始めたら想いが途切れるという流れ。
最初は自他共に認めるほどゾッコンなのに、好きになればなるほど、尽くせば尽くすほど彼女の理想から遠ざかっていく負のスパイラル。
なんというジレンマ!
くっそ〜、でも美人だしスタイルいいし少し変わった性格だけど優しいし、チャンスが届きそうなところにあるのに手放すのも嫌だし。かといって先が続かないのは分かりきってるしどうしよう。
こんな時は暁さんに相談だ!
「なるほど。それはあたしにも分からん。結婚して結婚生活をしているうちに、ラララさんの気持ちが変わってくるかもしれないし、変わらないかもしれないし。それはお前の努力次第なんじゃないか?」
「ぐっ……ふぅっ…………ッ! いや勿論努力はするつもりです。でも卑屈とか消極的ってとられるかもしれないんですけど、どう考えてもラララさんが人間を好きになる気がしないんです……」
「……まぁあの性格だからなぁ。ん〜……本人に会う前に周囲の人に相談してみるっていうのはどうだ? 看護師仲間ならお前やあたしよりラララさんのことをよく知っているだろうし、具体的なアドバイスが貰える可能性が高いだろう」
「なるほど当たってみます」
暁さんの言う通り、同じ職場で同性の看護師さんたちなら何か良いアドバイスを貰えるかもしれない。
病院に行くと当直のラララさんに出会すだろうから、まずは非番のネイサンさんのところへ行ってみよう。
本日はリィリィちゃんたちと音合わせらしく、セチアさんのフラワーガーデンに出張中。
七夕の昼には出張ティーパーティーと演奏会。
夜にはライトアップがされるとあって、花々も一段と綺麗に咲いているように見える。
「かくかくしかじかというわけで、ラララさんについての相談なんです」
「うまうままるまる。なるほどねぇ。あの子はスケルトンのあなたにゾッコンだけど、あなたは人間に戻りたいと。そうするとラララの気持ちも冷めるだろうと。彼女のことをよく分かってるわね。過去のラララの傾向から考えれば、多分あなたの想像通りの未来が訪れると思うわ」
「です、よねぇ……」
「そもそも人間に戻ってからじゃないと結婚を考えられないって言うんだったら、今はお付き合いってだけで、結婚は人間に戻ってからっていうのがスタンダードじゃない? 恋人同士の時にお互いのことを知り合って、人間に戻っても好きでいてもらえるように努力するのが良い方法だと思うけど?」
「それは分かってるんですが、いつ人間に戻れるかって分からないですし。もしラララさんが死ぬまで俺が人間に戻らなかったらって思うと……」
「思うと?」
「いやぁだって物理的に子供が産めないわけですし。それはどうなのかなと」
「つまり肉体関係を求めてるわけ?」
「んっ……そういう願望がないこともないですが、やっぱり子孫を残すということは大事なわけで」
「まぁ男のシンボルがなくなってしまって寂しいのは分かるけど」
「ふぐぉっ!」
「きっとラララが求めてる幸せの形と、あなたが思い描いている幸せの形は違うのね。でもお互いの気持ちを尊重してるからこそ悩んでる。本来ならお互いが譲歩し合うところなのだろうけど、お互いが譲らないといけない部分が、譲れないところにあるって感じのジレンマを抱えてるんだと思う。結果はどうあれ、最も単純な解決方法はあなたが人間になることだけど、いつになるかわからないのよね」
「……はい」
「やっぱり夫婦になるっていうことは、2人が同じ方向を見て二人三脚だと思ってる。それができないのが分かってるならはっきり断ったほうがいいと思うよ。形式的に結婚をしても、結婚生活ができなきゃ離婚するだけだし。お説教くさくなってごめんね」
「いえそんな。謝るのは俺のほうです。突然押しかけてしまってごめんなさい。それとありがとうございます。参考になりました」
一つ礼をして楽器を手に踵を返す。
その後ろ姿はとても生き生きとして輝いていた。それは彼女がやりたいことに全力で邁進し、充実した生活を送っているからだろう。
打ち込める趣味があって、語り合える仲間がいて、大切な家族がいる。素直に羨ましいと思った。俺もそんな風に生きられるだろうか……。
「かくかくしかじかというわけで、ブラードちゃんにもラララさんのことを聞いてみたくて……って、今日はお休みなのに血液保管庫にいるのね」
「うまうままるまる。はい、暇な時はいつも血液保管庫にいます。たくさんの血液ちゃんに囲まれるので、見てるだけでもう幸せですっ!」
多分……この病院の中でもこの子がダントツにヤバいんだよな。悪い子ではないんだが、近寄りがたいのは間違いない。見た目はキュートなのに……どうしてこんな風に育ったんだ?
それはそうとして、年下といえどそこは多勢の人を診てきたプロの看護師。相談事はお手の物のようで、的確なアドバイスが胸に刺さる。
まず結論として、できちゃった婚ぐらいの無茶苦茶をしないと、ラララさんの性格が変わることはないだろうとの見解。
子供が生まれると親の性格がかなり変わる場合があるという現象を利用すれば、他人に優しいラララさんも子供のために普通の人間を愛さないといけない立場に追いやられるという流れ。
なのだが、男のシンボルを失った俺には無理難題。
他者から供給してもらうという選択肢もあるが、父性がそれを拒否。やっぱり子供は自分の血が繋がっていて欲しいという願望だけは譲れない。
「たかピコさんの考え方は人間同士の営みを前提としていますが、現実はスケルトンと人間です。やはり願望通りの恋愛というものは困難なのでは? 人間に戻れる保証がない現状、身の丈に合ったという言葉は少しズレているかもしれませんが、人間同士には人間同士の、スケルトンと人間にはスケルトンと人間の恋愛模様があると思います。無理に型にはめても苦しいだけですよ? そもそもラララさんはスケルトンのたかピコさんを愛していますが、人間に戻れば意気消沈は確実です。子供の欲しいたかピコさんはラララさんに好意があってもスケルトンのままで結婚や恋愛は考えられない。人間に戻る願望を叶えてしまえばラララさんは意気消沈。なんというか、あっちがへこめばこっちが出てくるというか、どうしようもない気がします。どちらかが自分の主張を譲れば解決ですが、お互いに譲れないところなんですよねぇ」
そうなんです。そうなんですよ。
譲れない物があるんです。
あっちへ相談、こっちへ相談、向こうへ相談しに行ったものの、結局、解決に至らず夜がふける。
リンさんのところへ行ったらば、死にたてほやほやの死体の中に潜れば肉がついて、擬似的に蘇生できるかもと実験台を提案された。
セチアさんのところへ行ったらば、フェアリーと同じ要領で土に埋まって花の栄養分になり、花から生まれなおせるかもと本気で言われる。
神父さんのところへ行ったらば、来世でチャンスがあるかもと……諦めろってことじゃん。
暁さんのところに行ったらば、お前が折れろと吐き捨てられる始末。そうなんだけど…………そうなんだけどぉッ!
「初恋を大事にしたいのは分かるけど、お前のはもう未練がましいというか、手の届かないものに必死に食らいついてるだけにしか見えん。諦めたくないのは分かるが、だったらラララさんに面と向き合って話し合え。それで駄目なら淡い恋だったってことだ。あたしもどうにかしてやりたいし、方々聞いているが、スケルトンを人間にする方法は誰も知らんってよ。スケルトンが日常的に噴出している世界の元住人のセチアとリィリィも、顔の広いインヴィディアさんも、長生きの混沌も記憶にないんだ。元に戻れる可能性は極めて低いとだけ伝えとく」
「ぐっ…………でも詩織ちゃんは元の姿に戻ったし」
「アレも全く原因がわからん。そもそも本当に元に戻っているのか判断できないし。性格は変わってないし…………表に出なくなった分、悪質になっている気がするが。とにかく詩織とたかピコは同質じゃない。同じように考えるのはやめたほうがいい」
くぅっ!
希望は潰えたのか。
神は死んだのか!?
「アンデットが神にすがるな面倒くさい」
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☆華恋の固有魔法☆
暁「本人も知らない事実を口外するのはなんだかちょっと気が引ける気がしますね」
インヴィディア「まぁいいんじゃない? いつか気づくでしょうし。むしろ今までよく悟られなかったわね」
暁「ウララの占いの補佐的な感じで卸してますし、みんなはパワーストーンの力だと信じてますから。まさか華恋の固有魔法だと思いもしないでしょう」
インヴィディア「そうね、それに知られない方がいいでしょうし」
暁「それを分かって依頼したんですか?」
インヴィディア「いいえ、作ってもらったアクセを手に取ってようやく分かったわ。あの子の固有魔法、そうね……《願い》とでも呼ぼうかしら。彼女は宝石に願いを込めることができる。健康であって欲しい。幸せになって欲しい。災いから遠ざけて欲しい。込めた力自体はかなり微弱だけど、人の願望に呼応して威力を増大させる。それこそ運命を変えられる程に……」
暁「あたしも右眼で見た時は弱すぎて、元々内在している魔力を視たのかと思いましたが、華恋が願いを込めたアクセサリーを持っている所有者の願望に応えるようにアクセの魔力が増大しているところを見た時は驚きました」
インヴィディア「固有魔法はその人の魂によって形造る。彼女はとっても純粋な子だわ。とっても憧れちゃう」
暁「そう言えば、華恋がインヴィディアさんに渡したネックレスにはどんな願いが込められていたんですか?」
インヴィディア「ん〜……それはね」
暁「それは?」
インヴィディア「ひ・み・つ!」
暁「え〜〜っ! きになるぅ〜〜っ!」




