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食事とマナー

 今までの人生、神を呪うことしかなかったが、きっとこれまでの出来事は試練だったのだ。そう思えば過去の辛い経験も愛しく思えてくる。


 転生特典っていうの?

 背も高くなってるし肌もツヤツヤ。こんな重い剣なんて以前の貧弱な体ではとても持てなかっただろう。輝く銀髪に美しい碧眼。なによりこの体に合った豊満な胸!

 万年絶壁を誇ってきた胸板とはおさらばよ!


「こんにちは。今回のご入国の目的は何ですか?」


「はいっ。ギルドで活躍してちやほやされたいんです!」


「…………なるほど、ギルド加入希望者ですね。入国にあたって身分証明書などありましたら確認願えますか?」


「え、あ、申し訳ありません。そう言ったものは持ち合わせてなくて」


「わかりました。ではまず近場のギルドを案内いたしますね。ギルドへ加入すれば身分証明書も発行されますので。そうでなければ中央機関での発行になります。最近はどこへ行くにも必要になりますので取得しておいて下さい」


「はいっ。ご丁寧にありがとうございます」


 山の上から俯瞰して分かったがこれだけ大きな国だ。やっぱりギルドも存在していた。

 そこで適当に可愛がられてちやほやされるのだ。

 当然だが自らギルドを作ったりパーティメンバーを募って冒険なんてリスキーなことなんてしないし、1番になって面倒事に巻き込まれるなんてもってのほか。

 1番より5番や6番。どこにでもいるけど、いたら嬉しい人的な立ち位置で順風満帆な人生を送ってみせる。


 門をくぐるとそこはまさにゲームやアニメで見たファンタジーの世界。街並みもレンガと漆喰で作られた家屋が連なり、道行く人たちには活気を感じる。

 胸が高鳴ってしかたがない。見るもの全てが輝いて見えた。


「ここがこの国【メリアローザ】で最も若いギルド【暮れない太陽】です。北に【胡蝶の夢】。東が【キャッツウォーク】。南は【ドラゴンテイル】。まあ太陽のギルマスに案内してもらえばいいですよ」


 正門の大扉を開けると、美味しそうな匂いに襲われる。ギルドの食堂といったところか、昼過ぎの今が賑わい時と言わんばかりに喧騒が弾けた。

 屋敷の作りは日本家屋のような、レンガと漆喰でできた街並みとは違い、木と瓦でできたお屋敷。どんな人がギルドマスターなんだろう。周りの人たちはいかにも冒険者というような、強そうな装備と体についた傷跡が戦歴をものがたっていた。

 そんな人々を束ねる人物を想像すると少し緊張が走る。


 紹介されて眼前に相対したのは女性。それも私とあまり年の離れたいなさそうな。

 燃えるような赤い髪に右目の眼帯。侍のような出で立ちで脇には刀が収まっている。見た目だけ見れば貫禄がありそうではあるが、アニメ的にいえば見た目は少女、中身はババアという可能性もあるけどはたして。


「そんなに緊張しなくていいよ。あたしは紅暁(くれない あかつき)。この暮れない太陽でギルドマスターなんかやってるもんだ。あんたの名前を聞かせてもらってもいいかい?」


「わ、私は五十嵐詩織(いがらし しおり)です。はじめまして」


「昼時に外から来たようだけど腹は減ってないか。あたしはちょうど昼飯食うところなんだけどよかったらどうだい。一緒に飯でも食いながら話しを聞かせておくれよ。なんでも好きなもの頼みな、奢るからさ」


「あ、ありがとうございます!」


 すごく気前のいい人だ。屈託のない笑顔も好印象。姉御肌ってこういう人のことをいうんだなぁ。

 ゲームの世界では回復アイテムなんかはあったけど、こういう本格的な食堂は形だけだった。だから見たこともないようなメニューが並んでいてどんなものかわからず悩んでいると、ウェイターのお姉さんが気を利かせてレディースランチを提案してくれた。


 運ばれてきた小皿が12枚。

 色とりどりの肉、魚、野菜がそれぞれに盛りつけられていて、女の子には嬉しい、色んな料理を量は少なく数は多く食べたいという欲張り願望を叶えてくれている。

 見た目も綺麗で美味しそう。しかも女の子だからってヘルシーを押し付けるようなラインナップではないところがよくわかってらっしゃる。


 学校以外で外に出ない私には無縁の世界だと思っていた光景が目の前に!

 油が乗って程よい塩気の白身魚。外はカリカリ中はジューシーなサイコロステーキ。口の中をさっぱりさせる少し酸味の効いたお野菜。

 う〜ん異世界転生最高!


「先週から始めたレディースランチなのですがどうでしょうか。お口に合いましたか?」


「それはもうすっごくおいしいです!」


「お気に召していただけたようで良かったです」


 メニューの提案者だろうか、若女将の貫禄を持った女性がほっと胸を撫で下ろしている。1つ会釈をするとすぐに厨房へ消えて行ってしまった。料理ができて愛想もあるなんてずるいよなぁ。


「それで一応確認なんだが、ギルド加入希望ってことでいいんだよな」


「はい。そのつもりで来ました」


「わかった。それじゃあいくつか簡単な質問をするけど、もし答えたくなかったら無理に答えなくていいからな。まず1つ目。お前どこから来たんだ」


 ぐほっ!

 いきなり答えられない質問がきた。異世界から転生したんですぅ、なんて言えるはずがない。とはいえ嘘を言うわけにも。パスしようかとも思ったけど、遠いところから来ましたと、言葉を濁した。嘘は言ってない。異世界なんだから遠いところに違いはない。


 ここに来る前は何をしていたか。

 得意なことは何か。

 剣を持っているようだがどのくらい戦えるのか。

 文字や数字の読み書きはできるのか。

 エトセトラエトセトラ…………。


 女子高生やってたとかゲームが得意とか実践したことないのに強さはどれくらいとか聞かれても答えられるわけないじゃん。かろうじて読み書きはある程度できますってだけ答えられたけど、殆ど全ての質問にパスを使ってしまった。周囲の人々の反応を見てもなんかこの子おかしいと思っているのは明らか。

 初っ端から第二の人生が崩れていく音が聞こえる。冷や汗が止まらないどうしよう。


「なるほどな。守衛さんから聞いてると思うけど、ここには4つのギルドと中央機関っていう何でも屋みたいなところがあるから、色々見て気に入ったところに行くといいよ。ギルドによって性格が違うから居心地のいいところ探してきなさい」


 よかった全スルー!

 深く聞かれたらもう答えられないと思ってたけど助かったー。

 暁さんは食堂に居合わせたキャッツウォークとドラゴンテイルのギルドメンバーに声をかけてくれて、その2箇所の案内を頼んでくれた。




 手を振って送り出した暁さんはふぅやれやれと息をついて食事に戻る。ため息なんて珍しい。もしかしたら初めて見るかもしれない。


「暁さん。あの人、なんていうか、どうでしょう。形容し難いのですがヤバくないですか?」


「あぁ〜応答や反応を見る限り不審者だな。まず出自をはっきり言えない時点で重度の訳ありだ。隠したいならはっきり嘘を吐くもんだし、仮に訳ありだとしてもあんなごまかそうとする表情は出ないしな」


「近くで見ましたがどれも相当高価な武具でした。しかし戦闘の傷跡一つついていませんでした。そのくせ自分に自信がなさそうというか、自分の力量が自分でわかっていないというか」


「自分を大きく見せようとするのはいい事だが、張子の虎にしてはあまりに重装甲だったな。まぁあれだけの装備を着て普通に歩いている姿だけ見たら手練れのように感じるが。しかし印象としては鎧に着られている少女って感じだ」


 そして守衛さんの話しでは、入国の際に、ギルドに入ってちやほやされたい、と言ったそうだ。実力があるなら黙っていてもちやほやされるものだが、それを自分の口から言ってしまうということは、かなり自惚れが強いのか、はたまた願望先走りの妄想屋なのか。


 少なくとも最初に暮れない太陽に来たのに、ギルドの紹介を他に譲るということは、暁さんの中でどうでもいい寄りのいらない人材だと判断されている。

 質問に殆ど答えない態度や挙動不審な仕草、目を合わせられないとか色々気になるところは多くあるが特に気になったのは食事中のマナー。

 箸の持ち方も変だし口を開けながら咀嚼する。食べながら話すなどなど愉快とは言えない態度に幻滅させられた。

 それもこれも彼女の人生で、無意識だろうけど彼女が選んだことだからいいんだけど。とにかくここへ帰って来ないことを祈るばかりだ。

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