なれの果て
激流に流されていく排泄物ってこんな気分なのか。
いや考えないようにしておこう。
濾過装置から吐き出された我々はいつかの時代に誰かがいたであろう人工物に囲まれている。
区分けされ、電源の落ちた黒い液晶画面。
幾何学的に配置されたボタンやレバー。黒と黄色の斜線状のボーダーに囲まれた赤いスイッチ。
人が出入口していたであろう鋼鉄の扉。
ランプの魔神・ダンスの言うとおり、ここには遥か昔、我々より文明の発達した種族がいたようだ。
「わぁ、懐かしいな。ここは星全体に真水を循環させる装置を制御する施設の1つだ」
「星全体に……人工的に水を送り出すのか?」
「そうさ。地表の水が枯れてしまう前に、全て地下へ蓄えて、絶え間なく流し続けているのさ。水脈は大地のマナの流れに乗っているからまだ生きているんだね」
「それはいいけど、ちゃんと帰れるんすか。転移符は持ってきてますけど、使えるか分からないっすよ」
「まぁその時は転移陣につっこんで次に行くか、転移符が使えるか試すか、自力で地表に出るかだ」
「にゃあ……とりあえず歩き回ってみるにゃ。何かあるかもしれにゃいし。もしかしたら生存者もいるかもしれにゃいし」
「それですが、この扉、重くて開きません。他に出入口もなさそうですけど」
「この地下施設の殆どは電気で動いているからね。水力発電だから老朽化していなければまだ生きてるはずだけど。って言っても数千年無人なわけだし、メンテナンスしてる人もいないだろうし、壊れてるだろうね」
「生きてる人いにゃいんだ……残念だにゃ」
「ちょッ!? それってここに閉じ込められたってことじゃ。そうだ、逆流したんだから流れに戻れば元の場所に戻れるじゃん」
「流れに入るのは自由だけど、循環するだけで元の場所に戻れる保証はないよ。地表のオアシスは水脈から漏れ出たイレギュラーで、元の流れに合流する形で管が出来てたから、全くオススメしないね」
「仕方ない。扉壊すか。ミーケさん、刀を持っておいて下さい」
いつものパターンなら転移符を使って戻るのだが、ダンスがいないとここには来れないらしい。転移符は転移陣と違って、移動させられる質量が術者の魔力と符の耐久力に依存してしまう。
我々が持ち合わせているのは、せいぜい2〜3人を1人の魔力で移動できるように調整されたオーダーメイド品。人それぞれに合った規格で作られた1点ものだ。
だから脱出したがっているエレニツィカも躊躇っている。なにしろ消耗品のうえに値段が高いからな。いくら補助金でいくらか負担してもらっているとはいえ、別に脱出方法があるならそっちを選びたいと考えるのはみんな同じであった。
また、転移符が使えない理由はダンスの魔力量にも原因がある。さすがにランプの魔神だけあって、小さい体に内包されている魔力量がバンパではない。
これだけの魔力量を持った魔神を転移できるのは、アルマかハティくらいの猛者でなければならない。
仮にあたしたちだけが脱出してしまうと、ダンスはこの場に置き去りになってしまう。
そうなると、遠隔操作で水の流れを操れるダンスが不在では、2度とここへは訪れることができない。連絡をとろうにも距離が離れすぎているし、念話の妨げになりそうなものも多く期待できない。彼とのお別れは、薔薇の塔の塔破が永遠に葬られることを意味する。
「壊すって言っても鉄の扉だよ。防御機構が作動してないって言っても生身じゃ無理なんじゃない? 手を怪我するだけだよ」
「お、なんだ、心配してくれるのか。ちょっと嬉しいじゃないか。最近は何故だか女の子扱いされなくて寂しかったんだ。まぁ大丈夫さ。伊達にギルドマスターをやってはいないよ」
「あぁー……あたしは暁さんのこと、頼れる姉御だと思ってるっすよ」
「えっと……小さい頃の暁にゃんも可愛かったけど、みんにゃに頼られて大人びてきた暁にゃんもとっても素敵だにゃ」
「……ノーコメントで」
「「え、ちょっ、一さん!?」」
嗚呼分かってるさ。
胸もないし服も年中着回しで変わりばえしないしな。ちょくちょく装飾品を変えてオシャレ、もとい女子力アピールをしてみる時もあるが気付いてくれないしな。
食堂があるから料理もしないしな。
ちびちゃんたちがやってくれるから手芸関係も手をつけてないしな。
ゴードンには今まで男だと思われてた始末だしな。
一芸と言えば刀鍛冶だが、これと決めた人以外に打つこともないから、半ば口だけではないかと囁かれてるしな。あ、でもすみれに1本打ったな。マグロ解体用の包丁。彼女には是非に暮れない太陽に来て欲しいから、定期的に訪問する予定です。
春から会ってないからそろそろ行こうかな。
粉雪にも一本打ったけどあれから目を覚ましたのかな。大事ないといいんだが、近々会いに行ってみるか。
ため息混じりの深呼吸で体勢を整え、鉄の扉のど真ん中に正拳突き。轟音を響かせて通路の向こう側へと吹っ飛んでいく。どうやらちゃんと通路に繋がっているようだ。これでもし、扉の向こうが袋小路だったら…………その時は壁をぶち抜いて行くだけだが、ちょっと面倒なことになっていただろう。
「とりあえず扉が開いたぞ。さて、さっそく探検といくか」
「ワァーオ……もしかして彼女、恋する乙女か何か?」
「恋というか、愛してるにゃ。彼女は単身赴任的にゃ感じで、旦那さんの故郷に旦那さんとお嫁さんがいるんだにゃ」
「なるほど、闘うお母さんは最強ってことね。オッケー、完全に理解した。……え、お嫁さん?」
「ほらもう、腹が減る前に進むぞ」
水脈の通っていた部屋はマナのおかげで明るかったが、電気の通っていない通路は暗く、足元がまったく見えない。
光球を囲い、完全には理解できてない魔神の案内のもと、鋼鉄で囲まれた道を突き進む。道中には魔術回路が摩耗して使えなくなった道具の残骸や、経年劣化で破損した剥き出しの電気回路が、この世界の緩やかな衰退を教えてくれた。
人為的に壊されている様子はない。
ゆっくりとゆっくりと、真綿で首を絞めるように消えている。
穏やかに資源が枯渇し、死を前に彼らはどんなことを思ったのだろうか。手記の1つもあれば推し量ることもできようが、あまり見たくはないな。
道中、いくつかの鉄の扉が現れたものの、電気が通っていないせいで開かない。力づくで開けられないこともないが、あまり良い方法ではなかった。
もしかしたら向こう側に人が、仏様がいるかもと思えば躊躇われる。それは最後の手段として残しておこう。
20分ほど歩いて、扉のない部屋に出る。
1度立ち止まって、呼吸を整えて歩を進めた。
食堂のような大広間に、最後の晩餐を彩ったであろう、食器の山を前にした、大小様々な骸が眠っている。
大人から子供まで。男も女もみな一様に鎮まりかえっていた。
最期を悟ったのか、キッチンには黄色と黒のラベルの瓶がいくつか並んでいる。
苦しむくらいなら、いっそ安らかに……。
そう願ったに違いない。
おそらく開かずの扉の向こう側も、同様か、それ以上の光景なのだろう。想像だけに留めて、あたしたちは可能な限り進み続けた。
いっそ幽霊でもなんでも出てきてくれたら、ひと安心してしまいそうなほど静かな時間が流れる。疲れからか、虚無感からか、それとも死者の眠りを妨げないようにか、それからしばらく、誰も言葉を口にすることはなかった。
ダンスは欲望の果てに滅んだなれの果てという。
文明の進歩のために、自然を犠牲にしたが、欲望は止まることなく、生きるための犠牲を己の命にまで及ぼしたということか。
進歩することはいい。物事が便利になって、生活が豊かになるのもいい。だけど、目先の豊かさに気を取られて、生きていく上で大切な土台を食いつぶしては本末転倒。34層はそんな未来に対する警告を、我々にしてくれようとしていたのかもしれない。
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∝一般居住区∝
たかピコ「あんまり用がないんで行かないんですけど、一般居住区ってなんで一般居住区なんですか? 一般とそれ以外の区別って?」
暁「基本的にギルドの仲介を通さない仕事をしている人たちが集まって住んでる場所だよ。というよりは、ギルドの仲介で仕事をするやつらが、ギルドの周りで住み始めて、用の無い人たちは少し遠くに住み始めて、いつのまにか区分けされるような言い方が広まったんだ。どっちにしろメリアローザの住民には変わりないよ。まぁそんな名前がついたのは、ギルドの面々は命がけで仕事をするためか、ストレスも溜まってな。ちょっとした言い合いでケンカになることもある。そういうとばっちりとか巻き込まれたくなくて出来た言葉なんだと思うよ」
たかピコ「なるへそ。それじゃあ一般居住区の人たちはギルドに所属してるわけじゃないんですね?」
暁「いや、一応みんな所属はしてるよ。理由は天災なんかが起こった時の所在確認のためだ。避難場所が各ギルド本部と中央機関になってるんだけど、どこに逃げればいいか迷わないようにってのが1番大事かな。それからちゃんと避難してるかどうかの確認。いない場合は直ちに救助を行えるように、ってな感じ。次に生活してる人の性格。やっぱりその土地で住んでる環境と人の相性が出てくるから、居心地の良いところに住んでるな。1番分かりやすいのはキャッッウォーク。賑やかなのが好きな人が集まってる。それから税金や活動報告の集約、インフラの相談なんかも基本的に所属してるギルドに回ってくる。ちょっと話がそれたけど、だいたいこんな感じだ」
たかピコ「なるへそー。色々考えられてるんですね。ギルドの仲介を通さない仕事っていうと、自営業で市場の一画を借りて商売してる人とかですか?」
暁「その通りだ。自分で買い付けて自分で売る人たち。他には中央機関で働いてる人。衛士や役人、教会従事者、病院スタッフもギルドに所属しているが、公務員として国に雇われてる。もちろんギルドの仕事を受けることもできる。どっちつかずな気もするけど、何かにつけて動きやすいというか、便利というか、縦と横の人脈の繋がりが多いと助かることが多いんだよ。比較的安全とはいえ、物騒な世の中だからな」
たかピコ「ふわあぁ〜〜……。大変なんですねー」
暁「お前……分かってないだろ?」
たかピコ「いやいや、つまりオラオラ系がギルドの近くに住み着いてて、穏やかな性格の人がちょっと距離をとっていると。で、困った時はギルドに相談にくると」
暁「…………全部は間違っていないが、殆ど間違ってるじゃないか」




