憧憬
憤怒の悪魔・イラ
強欲の悪魔・アワリティア
傲慢の悪魔・スペルビア
色欲の悪魔・ルクスリア
暴食の悪魔・グラ
怠惰の悪魔・ピグリディア
嫉妬の悪魔・インヴィディア
人々の心に宿る七つの大罪が化身した悪魔がこの名を冠し、邪悪の住う土地を支配している。
人も天使も神をも見捨てた業魔の大地。
弱者は淘汰され、強者の意のままに動く世紀末。
というのは過去の話し。
今では人の行き来もあるし、人間と同盟を組んで仲良くやっている。天使とのわだかまりは依然として存在しているが、本気で嫌いあっていた頃に比べれば平和そのものだ。
彼女はそんな国に生まれ、嫉妬の赴くままに故郷を飛び出した異端の悪魔。今は人間の土地に身を置いて、憧れに微笑みを返している。
エメラルドグリーンのように艶やかでふわりとした軽い髪。抜群のスタイルに母性的な笑みは男女を問わず魅了した。物腰柔らかな立ち居振る舞いに隠れる怪しさが、彼女に目を奪われるゆえんかもしれない。
見たこともない灰色の空飛ぶ怪物を従えて、暮れない太陽のギルドの入り口に降り立ち、さも当然のように暖簾を押す彼女こそ、嫉妬の悪魔インヴィディア。
スカサハを推してやった後見人だ。
「お久しぶりですね、インヴィディアさん。さぁこちらへどうぞ」
「こちらこそ、スカサハが大変お世話になっちゃって。お礼と、それと今回のお話しについて、お詫びの品を持って来たわ。それにしても一段といい女になったわね。ますます憧れるわぁ」
憧れる。それは嫉妬の悪魔である彼女の口癖だった。
彼女は生まれた時から、宿命として他人に嫉妬し続けてきたという。しかしある日、嫉妬したところで自分は他人ではないし、他人にはなれない、という当たり前の事実に気付いたのだ。
それからは素敵な人や物に対して、嫉妬、つまり羨ましいという意味と、自分にない素晴らしいものに敬意を表す言葉として《憧れる》を使うことにしたんだとか。
旅先で彼女と知り合った際にそんな話しを聞いて、素敵な女性だなって思った時から付き合いを始めたのが、インヴィディアさんと仲良くなったきっかけなのだ。
「南国のフルーツにコカトリスの薫製肉。ブラックアントもこんなに! ありごとうございます! そうだ。ハティからもらった鯨肉がまだあるのですがどうですか?」
「まぁ! 鯨肉があるの? それは是非頂きたいわ。できればマーリン直伝の三昧ステーキだと嬉しいわ」
マーリンとはインヴィディアさんの古くからの友人で、現在はスカイスカーレット王国の王立学園で包丁を預かっている料理研究家だ。
彼女が考案した料理は多岐に渡り、我々が食べている料理にも彼女のレシピが起源になっているものも多いという。アイシャが1度は会ってみたいと尊敬する人物だ。
そんな料理研究家が考案した鯨肉の三昧ステーキとは、薄切りにした肉を強火でさっと焼き付けて、肉と肉の間に香草を敷き詰め、ブラックアントをまぶした創作料理。
鯨肉は筋肉質で赤身が多く、表面が焦げやすい反面、厚みのある肉だと中まで火が通る頃には外が焦げてしまう特徴がある。だから予め薄くして、なおかつ筋繊維をほぐして柔らかくするために綿棒で叩いて、臭みをとるために醤油と生姜のタレに1日漬けて柔らかくしておく。そうすることで美しいミディアムレアを演出すると同時に、柔らかく歯切れの良い食感を味わえるのだ。
手間はかかるがその分、野生的な旨味のある肉感を楽しめ、柔らかな香りの香草が食欲を促す。さらにこのブラックアントの甘酸っぱい刺激が脳を直撃する衝撃は絶品の一言に尽きる。
皿が差し出されて、あっという間に完食してしまうほど、彼女は鯨肉が大好物。インヴィディアさんの住んでいる地域では手に入らないということもあって余計に美味しく感じるのだろう。
最後に赤ワインで口に残る旨味を飲み込み、姿勢を整えてアイシャに礼を述べると、笑顔から一変、真剣な面持ちでギルドマスターに相対した。
「今日、暁ちゃんに会いにきたのはスカサハのことともう一つ、先日私が起こしちゃったちょっとした事件についてなの。席だけとはいえ名を連ねる立場にあるとなれば、きちんと話しをしておかないとと思ってね。結論から言えば、しつこく付き纏ってきてた求婚相手を殺した、って話しなの」
「わぁお。それはまた、インヴィディアさんにしては珍しいですね。よほどしつこい殿方だったのですか?」
「そうなのよ。同じ国主の立場で、会合なんかの時に顔を合わせるのだけど、毎回毎回結婚してくれ結婚してくれってうるさくて。彼も昔はあんなじゃなかったんだけど、才能に溺れて結構やりたい放題してたのよ。既に婚約者が10人いるし、彼女たちの相手を全然してなくて、きっと彼にとっては花と同じなんだと思うわ。尊敬してた人もみんな離れちゃって。でも実力と手腕だけは優秀だったから国主筆頭になっちゃって」
「それで、亡き者にしたと?」
「結果としてはその通り。だけど、一応は決闘という形で殺したわ。最初は殺すつもりじゃなかったんだけど、自分が勝ったら結婚しろ、負けたら今後一切求婚をしない、って言うから決闘したのよ。あ、これがその証明書。他の国主の7人のサインが入ってるやつね。で、古式に則った決闘だったから、当然、死亡しても文句はないってお互い了承しての鍔迫り合いよ。形の上ではどっちが死んでも誰も文句は言えないし、文句を言えば処罰されるのは異を唱えた人になる。でも噂っていうのは尾ひれがつくものだから、変に伝わって暁ちゃんたちに迷惑がかからないように、説明と証明書の写しをとってもらおうと思って来たの」
「そういうことでしたか。気を配って下さってありがとうございます。最後にギルドマスターとしてお聞きしますが、決闘で求婚相手を殺害した具体的な理由をお聞きしてもよろしいですか? インヴィディアさんであれば、大体の人間相手なら手加減しても勝てると思うのですが」
「うーん、一言で言えば《憧れなかったから》かな。元々人の話しは聞かなくて自分の言いたいことばっかり喋る人だったし。脳内がお花畑なせいか現実と理想の区別がついてなくて、いろんな人が迷惑してたし。自分の欲しい答えが返ってくるまでしつこく尋問する性格だったし。過去と他人は変えられないから自分に矢印を向けろ、って言って当の本人は必死で他人に矢印を向けるし。他にも色々あるけど、1番むかついたのは、俺の言うことを素直に聞いとけばいいんだよ、って唾を吐かれたことかな。なんていうか全然憧れないのよ」
「憧れないどころか、死んでいい理由しかないですね。分かりました。おかげさまで、もしも誰かが決闘の件で我々を貶めようとしてもこれで防げるでしょう。わざわざ遠いところまでありがとうございます」
「こちらこそごめんなさいね。面倒ごとを増やしてしまって」
「いいんですよ。それで、ここにはしばらく滞在されるということですが、あれから随分変わりましたし、案内役をつけようと思いますがどうでしょう?」
「それはとても助かるわ。スカサハから話しは聞いているけど、私の知っているメリアローザとはだいぶん変わったみたいだから」
「では、そうですね…………華恋! インヴィディアさんに町を案内してもらえるか?」
「わ、私でいいんですか?」
「前にインヴィディアさんに会ってみたいって言ってただろ。せっかくだし行ってきなよ。きっと色々勉強になるだろうしな」
「華恋。あぁ、スカサハが言ってた石を集めてブレスレットを作ってるっていう女の子。この子がそうなのね。私に会いたいだなんて光栄だわ。よろしくね」
「え、あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
「あら? ほのかに甘い匂い。嗅いだことのない香りだけど、香水をつけてるのかしら?」
「これはセチアさんが今育ててるバニラビーンズのエッセンスなんです。香りが強いので胸元にほんの少しだけつけてるんですが、どうでしょう?」
「まぁとってもいい香り! すっごく憧れるわぁ! 是非ともこの香水を作ってる人に会ったみたい。案内してくれるかしら?」
「もちろんです。では暁さん、行ってきますね」
大きく手を振って送り出した2人は、セチアさんのいる胡蝶の研究施設へ足を運んだ。
それにしても、たしかに会ってみたいとは言ったが、まさか案内役に指名されるとは。嬉しいけどすごく緊張する。
かなり物騒な話しをしていたが、なんか解決したみたいだし、それはいいとして美人の隣を歩くのはなんかすごく緊張する。
自然体だ自然体。
せっかく町を見て回ってもらうんだから気を遣わせないようにしないと。
転移陣を通って胡蝶の食堂前へ。
それからしばらく東に歩くと、セチアさんがアロマキャンドルを作っている工房がある。
セチアさんは胡蝶でアロマキャンドルや香水に使う花や草木を育てていた。戦闘力も高く、よく塔に登ることもあるようだが、本職をお花屋さんにしている理由が《命を奪うのはもう疲れちゃって。こんな私でも命を育むことができるなら、それで誰かを笑顔にできるなら。それにここなら静かに過ごせるから》と思い詰めた顔をするのだ。
以前の世界では、最初は勇者の仲間だったが、人間の世界に絶望して魔王軍の幹部になって、魔人になって人間と戦ったらしく、きっと想像を絶する辛い過去があるのだろう。
その過去を背負って生きるのは辛いかもしれないけど、それでも生きようとする彼女の姿を私は尊敬していた。
ボリュームのあるあじさいの道。
クレマチスのアーチを通って水蓮の庭に出る。
さらに北には茶色と肌色のまだら模様が暖かい煉瓦造りの家が現れた。セチアさんとリィリィちゃんが暮らしている住居兼工房。
色鮮やかな花々の中に小さなブランコ。
膝に子猫を乗せて日向ぼっこを楽しんでいる金髪の少女。
リィリィ・フォン・エルクークゥ。
吸血姫にしてセチアさんと同じく魔王軍の元幹部。
元幹部と言えば聞こえはいいが、特異な体質ゆえ、家族から捨てられてしまった幼子なのだ。
それを魔王が引き取って幹部という肩書を与え、魔王城で可愛がっていたのだという。
その可愛さはこのメリアローザでも健在で、彼女が歌うステージのチケットは即完売。
愛らしい笑顔と魅惑的な歌声で人々の心を鷲掴みにしていた。まさに姫と呼ぶにふさわしい。
「あ、華恋お姉ちゃん、こんにちは! そっちの綺麗なお姉さんは?」
「初めまして。私はインヴィディア。よろしくね」
「リィリィはねー、リィリィって言うの。よろしくね、えっと……インブ、インビ、ベ…………お姉さん! お姉さんも吸血鬼なの?」
「いいえ、私は悪魔よ。七つの大罪が1つ、嫉妬の悪魔・インヴィディア。ディアでいいわ。ここにセチアって言う人がいるって聞いてきたのだけどいるかしら?」
「セチアお姉ちゃんなら今日もバニラの木を見に行ってるよ。案内したげる!」
元気な声でバニラ農場へ駆け出した。
少女の全力疾走が意外と速い。子供ってほんと元気がいいなぁ。私が体力不足ってのもあるけど、曲がり角で見失うと厄介だ。きっと後ろなんか振り向かずに突っ走ってしまうに違いない。
やっぱりというか、悪い予感は的中するというか、見事に見失ってしまった。砂利道で足跡も見当たらない。これは困った。
「あらあら、とっても元気な子ね。でもあの子が振り返った時に私たちがいないと気分を悪くするかもだから、華恋ちゃん、ちょっと腰に手を回すわね。リラックスして」
ぎゅっと身体が引き寄せられたと思ったら、今度はふわりと宙に浮いて飛び始めた。
これが飛行の魔法か。自分は魔法が使えないものだから、魔法を体感することがほとんどなかった。こういうふうに誰かに魔法をかけてもらって、手を引かれるなんて初めてだ。
想像していた以上に、なんだかわくわくする。
これが魔法か。ちょっと勉強してみようかな。
「あ、華恋お姉ちゃんにデアお姉さーん! この人がセチアお姉ちゃんだよ!」
「遅れてしまってごめんなさい。初めまして。私はインヴィディアと申します」
「こちらこそ、私はセチア・カルチポア。ここでお花の手入れや管理をしています」
「お久しぶりですセチアさん。今日お尋ねしたのはバニラエッセンスについてなんです。インヴィディアさんが興味を持たれまして、是非生産者に会ってみたいと」
「そうだったんですか。ちょうど今が収穫時期で、これからDブロックのバニラの木からバニラビーンズを収穫するところなんです。よかったらやってみますか?」
「えぇ是非お願いするわ!」
直射日光を嫌うバニラの木のハウスは年中、目の細かい麻布の天蓋に覆われ、特別な結界により高温多湿が保たれている。
花粉を運ぶのに必要なハリナシバチをメリアローザの環境で育てることができなかったため、受粉は1つ1つ全て手作業。
元々の苗木は暁さん経由で外国から仕入れたもので、それは毎年花をつけてくれるのだが、種から育てたものは、加速術式を使って、ようやく3年で花を咲かせてくれた。
水捌けの良い土壌でないと幹が腐ってしまうという、なんとも手間も時間もかかるわがままな女の子のよう。だけど根気よく丁寧に育ててやれば、甘やかで芳しい、最高の実を与えてくれるのだ。
情熱とたゆまぬ努力で世話をし続けたセチアさんには本当に頭が下がる思いだ。
せっかくなのでインヴィディアさんと一緒に収穫を体験させてもらうことに。
15房くらいついた黒い棒を根本からちょっきんちょっきん。ちょっきんちょっきん。
薄緑色の花の時は微かに香るだけだったけど、実になるとその香りを実に宿して包んでいた。
これを加工してお菓子の材料にしたり香水の原料にしたりするわけか。学生時代、というか以前の都会暮らしでは決して体験できないことをしている。
多分自分にはセチアさんみたいに農業とか何かを育てる系の仕事はむいてないけど、たまにこういう自然に直接触れるのもいいかもしれない。
「1つの木にこんなにたくさん成るのね。もっと少ないものだと思ってたわ」
「今年は豊作なので大量ですね。花をいつつけてくれるか分かりませんし、咲いて枯れるまで約8時間。それまでに全ての花に受粉させないといけなかったので、とても大変でした。手伝ってくれた胡蝶の農家さんのおかげです」
「実を取るまでとても大変なのね。でも本当にいい香り。大切に育ててるって感じるわ。とっても憧れる」
「よければこれから収穫した実を胡蝶のギルドに届けてからおやつの時間にしようと思うのですがどうでしょうか?」
「お呼ばれしていいの?」
「それはもう、収穫を手伝って下さったお礼をさせて下さい。それに、今日はこのバニラビーンズを使ったお菓子や香水のお披露目会をするんです」
「まぁそれは素敵だわ! 是非参加させてちょうだい」
胡蝶の夢は土地柄、人口の約7割が農家さん。メリアローザの食料自給率のおよそ6割を担っている重要なポジション。特に野菜は流通している全体の9割を超えている。彼らが雨にも負けず風にも負けず、害虫や害獣にも負けず、日夜、研究と発展を繰り返しているからこそ我々は美味しいご飯を朝昼晩と食べられるのだ。
本日は長年に渡り根気強くバニラ育成に尽力してくれた農家さんと、諦めずに信じ抜いたセチアさんへの慰労会。
道ゆく人がセチアさんに声をかけてはありがとうの言葉を惜しまなかった。なんかちょっとだけ、同じギルドの仲間として誇らしい気がして、いつか私もこんな風にカッコいい大人になりたいなって思った。
ギルドの広間に机が並べられ、新作スイーツや定番の焼き菓子など。セチアさん謹製のアロマキャンドルと香水も並んでいる。
部屋に入ったところから女子の大好きな甘い匂いが脳天直撃。私だって女の子。心もふわりと浮いてしまう。
「セチアさん、お待ちしておりました。どうぞこちらへ。華恋ちゃんに、そちらの方は?」
「インヴィディアさんです。セチアの所に行ったって聞いたからきっと来ると思ってたよ。華恋のことは知ってると思うけど、インヴィディアさんは初めてですよね。彼女は暮れない太陽の初期メンバーで外国で暮らしてるんです」
「なんだか関係者だけのお茶会みたいだし、私はお暇しようかしら」
「いえいえ、暁ちゃんのご友人であれば大歓迎です。それにたしか、高名な料理研究家のマーリンという方のご友人でもあるのですよね?」
「ええ、マーリンとは古い友人の1人よ。それこそ1000年来の自慢の友人だわ。彼女の料理はどれも刺激的でいつも憧れちゃうわ」
「もしよろしければその辺のお話しを伺ってもよろしいですか? 私も料理が好きで、あ、もちろんインヴィディアさんのことも」
「彼女は胡蝶の夢の秋風亭で厨房を任されているんです。特に旬の食材を使った料理は絶品ですよ」
「まぁそれは是非とも食べてみたいわ。まだとうぶんの間は滞在するから、必ず立ち寄るわね」
話しが盛り上がるまま、立ち話もなんだしということで、なし崩しにバニラパーティーに参加できた。
本来なら栽培に携わっていない私とインヴィディアさんはご退場願われても文句は言えないのだが、暁さんとメイさんのご厚意でお茶とお菓子をいただくことに。
暁さんは奇跡の国からバニラの苗木を持ち込んだ張本人。メイさんは胡蝶のギルドマスターであるリンさんの妹で秋風亭の若女将。
2人の推薦と、農家のお兄さんたちは、美人が参加してくれるんなら大歓迎だ、と快く受け入れてくれた。
美人って本当にお得だよなぁ。
メイさんはできる女って感じで、人当たりもいいし優しいし。料理も上手で面倒見がいいとくれば、嫁の貰い手なんて引く手数多だろう。
暁さんもショートヘアーになっても相変わらず太陽のよう笑顔が似合ってる。頼りになる姉御肌って、それだけで魅力的だよなぁ。
さらにインヴィディアさんときたら、大人の色気全開、豊かな胸元も全開。すらりと伸びる健康的な足は女の自分ですらむらむらきてしまいそうになる。
そんな3人に囲まれて、1人だけ地味な私。
クールビューティーだとか言われるけど、以前の世界ではそれが原因でイジメられてたから、なんか実感ないというか、逆にストレスを感じることさえある。
いかんいかん!
今はスイーツタイムだ。
下を向いてたってしょうがない。
「このシュークリーム、とってもまろやかで美味しいわ。バニラの香りも強すぎず弱すぎずちょうどいい。特に卵がとっても上品!」
「分かりますか! うちの鶏はノンストレスを目指していて、卵も肉も、囲いの中で育てるより数段味がいいのが自慢なんです」
「あぁそれって、よく子供たちを集めて卵集め大会をやってるやつですよね」
「そうそう、広い場所で育てるのはいいんだけど、みんな自由気ままに産んじゃうから回収するのが大変で。だから遊びながら集めようってイベント。ミーケさんと暁ちゃんに考案してもらったのよね」
「あれ結構人気でましたね。順位でお菓子の内容も変わるからみんな必死になって探すんだ」
「それとっても面白い企画ね。今度うちでもそういうのやってみたいわ。はぁ〜、憧れるわぁ!」
紅茶とお菓子と、ガールズトークに花を咲かせる3人についていけない私。リィリィちゃんも歳の近い子のところへ行ってしまって話し相手がいない。
よく考えてみれば、万年ぼっちだった私って、こういうガールズトークってしたことない。
あれ、もしかして女子力低い?
料理も並みだし、仕事も事務ばっかりで引きこもり気味。外に出るといえば、アクセの材料を買いに市場に出るかウララに納品しに行くぐ……ら…………い………………。
服も装飾品も同じものを着回し。部屋の家具なんかも最低限の物だけ。新品の服を買ったのっていつだっけ?
ヤバイ!
なんか分からないけど猛烈にヤバイ気がする!
女として死んでる気がするッ!
「ねぇねぇ、華恋ちゃんはショートケーキの中にイチゴを入れる派? それとも入れない派?」
「え、あふぁっ!? イ、イチゴですか? 私はたくさんあったほうがいいと思います」
「やっぱりそうよねぇ! スポンジを楽しむのもいいけど、甘酸っぱいイチゴをふんだんに使った方がいいわよねぇ。私と華恋ちゃん、結構気が合うかも」
あぁ……単純にイチゴが多い方が女子っぽいと思っただけの発言だったのに誤解させてしまった。本当はイチゴよりスポンジ派だし、どちらかといえばクリームの乗ったショートケーキよりシンプルなスポンジケーキ派なのに。
言い出せないまま話しが進んで、どんどん専門的な言葉が飛び交っていく。
席を離れて他のグループに入ろうにも知らない人ばかりだし、きゃわわな女の子グループとか男連中の座談会なんてうなずくだけで上手く話しができる気がしない。
暁さんとメイさんとインヴィディアさんが気遣ってくれて話題を振ってくれるけど、楽しいキャッチボールが出来てる気がしない。
私って、こんな人付き合いが苦手だったんだ……。
結局、国家間の交渉事にまで発展し、案内役は暁さんにバトンタッチ。がっくりと肩を落としてベッドに横になると、疲れに押し潰されるまま眠りについた。
もう少しいろんな人と話しを合わせられるようにしていかないと。
戦力のない自分には人脈が命と同義なのに、こんなんじゃダメだよなぁ。
もっと努力しなきゃ。カッコいい大人になりたいなぁ…………。
夢の中で小一時間過ごしても現実は変わらない。
質素なリビング、隙間だらけのクローゼット。トップとアンダーの差が殆どない胸の、私の下着はキャミソールだけ。
壁のインテリアも掛け時計のみ。
カーテンも淡白だし、アクセボックスもそこまで詰まっていない。
唯一というか、アクセを作る道具だけは無駄に豊富。
女子っぽくない。そもそも女子っぽい部屋ってなんだろう。暮れない太陽で女子の部屋そうなのはキキちゃんとヤヤちゃん。だけど歳が少し離れてるし参考にはならないか。
アルマちゃんは……魔術書しかなさそう。
暁さんは……もしかしたら私より物がなさそう。
雪子さんの部屋は銃の設計図と予備の銃と弾薬ばかりだった。
他の人もなかなか癖が強そうな気がする。
ため息をついたらお腹が空いてきた。
今日はもうご飯食べてお風呂入って、作りかけのアクセ作って寝よう。
明日は午前中に事務を終わらせて、アクセの材料を買いに行って、それから服も見ようかな。
晩ご飯は塩分80%カットの排骨拉麺…………あ、スポンジケーキが並んでる。
セチアさんのバニラビーンズを使った新作スイーツか。シュークリームと一緒に並んでるところを見ると、試作品と宣伝を兼ねて提供されているのだろう。
となればメニュー変更。カツ丼、牛とじ丼、マグロ漬け丼………………て、あれ? 私って無意識に丼ものばっかり選んでる?
そういえばほぼ毎日、丼ものを食べてる気がする。
ん、マジか。マジか!
「あ、あの桜ちゃん。変なことを聞くんだけど、私っていつも丼ものばっかり食べてる? もしかして…………」
「そう言われればそんな気が気がしますね。あぁ、前に勧められた唐揚げ丼にマヨネーズをかけるの美味しかったですよ。今度、前に気になってるって言われてた海街食堂の豚卵餡掛け丼。期間限定らしいですから一緒に食べに行きませんか? ……華恋さん?」
うわあああぁぁぁ!
やっぱりそうなんだそうなんだやっぱり!
いやいやまてまて、丼ものに罪はない。そもそも毎日食べてるってことは何かしら惹かれるものがあるってことじゃん。考えろ〜。
1.安い。
2.お腹いっぱい食べられる。
3.味が濃い。
4.提供スピードが速い。
部活帰りの男子高校生かっ!
私はJKだっての。いや高校がないから、そうだ、JだよJ。
Jってなんだよ意味分かんないよ!
ヤバいよ思考がゲシュタルト崩壊してきた。
あ〜……ん〜……もう今日は唐揚げ親子丼にしようかな。
メニューを見て迷ってる私の肩を後ろから叩く人がいる。しまった。迷いすぎて邪魔になってしまったか。飛び上がるように振り向くと、優しい笑顔で佇んでいるインヴィディアさん。
私の反応がよほど面白かったのか、くすくすと笑って、可愛いものを愛でるような視線を向けている。
「華恋ちゃんも晩ご飯? ちょうどよかった。まだきちんとお礼を言えてなかったから。今日は案内してくれてありがとうね。おかげで色んなものが見れたし、いい商談ができたわ。そうだ、お礼に晩ご飯代を持たせてちょうだい。それからあなたともっお話ししたいの。いいかしら?」
「え、そ、それは構いませんが、代金は自分で」
「ノンノン! ここは私にお姉さんらしいことさせて。といっても千シエル程度なんだけど。華恋ちゃんは何食べる? 私もおんなじもの食べるわ。おススメは何? あ、違うものを頼んでシェアする?」
「ありがとうございます。私は唐揚げ親子丼にしようかなと」
「じゃあそれにしましょう。まぁ、スポンジケーキがあるわ。これも食べましょ」
結局、勢いのままに丼ものを注文してしまった。
しかし私は慣れてるけど、インヴィディアさんみたいな綺麗な女性が丼ものを食べるなんて、場違いというか、明らかに私のミスチョイス。
私イチオシの唐揚げ親子丼。
それは衣にかかった甘辛だれの鶏モモ肉と、ふわとろオムライスにかかせない半熟オムレツが、なんと唐揚げになってお米の上に鎮座ましましている仰天料理。
外のカリカリ衣を壊すと、中からふわふわとろとろの半熟卵が流れでてくる演出に目が輝いてしまう。
鶏肉の唐揚げはもちろんのこと、半熟卵を覆い、出汁で下味をつけた衣のサクサクカリカリの心地よいパリパリ食感、とろとろの半熟卵、ジューシーな唐揚げ、タレとお米のハーモニー。
どれをとっても最高に完璧に完結された丼ものの王様。
湧き立つ湯気の香りたるやなんと芳しいことか。
生きてるって素晴らしい!
衣を解くと待ってましたと半熟卵。
唐揚げもお米も飲み込んで美しい黄色が広がっていく。
彼女は髪を耳の後ろにかき上げて、レンゲですくって一口ぱくり。味と食感のハーモニーに目を見開いている。
…………なんということだ。
美女っていうのは、何を食べても様になるというのか。
なんという格差社会。
…………。
………………。
……………………はぁ。
「どうしたの、そんなうかない顔して。何かあった? よかったらお姉さんに話してみて」
「え、あぁいえ、そんなたいしたことじゃありません。その、どうしたらインヴィディアさんみたいに綺麗な女性になれるんだろうと思いまして」
「まぁ褒めてくれて嬉しいわ。でもそんなの簡単よ。自分がしたいことをするのが1番。もちろん人に迷惑をかけちゃダメだけど。自分が楽しいって思って、それで誰かを幸せにできるなら、きっとそれが素敵な女、女性に限らずカッコいい人の条件だと、私は思うわ。あなたにもあるんでしょ。自分が楽しいって思えること」
「それはまぁ、ありますが。ありますがそんなことでいいんでしょうか?」
「あらあら謙遜しちゃって。遠回しに、あなたは既に素敵な女性、って褒めたつもりだったんだけど。それじゃあ聞いてみましょうか」
え、何を聞くの。誰に。
困惑する私をよそに、エメラルドグリーンの女性は立ち上がって一身に注目を集めると、四方に深くおじぎをしてこう言い放ったのだ。
「お集まりの皆様。しばしお耳を傾けていただけますでしょうか。ここに人生に悩む1人の少女がいます。彼女の悩みの解決に、ご助力いただけますなら、少しばかり目をつむっていただけますか?」
みなざわざわと近くの人の顔を見やって、最後にはなんか面白そうなことが始まったなと目をつむる。
静まり返った食堂でわたわたしても、こんな空気じゃ騒ぐこともできない。インヴィディアさんの奇行を止めることもできずに固まっていると、次の言葉が放たれた。
「華恋ちゃんが美人だと思う人、挙手をお願いいたします」
衣擦れの音とともに一斉に手が上がる。
暁さんや桜ちゃんも、仕事でしかあまり話さない人も全員腕が天井に伸びている。厨房の女性も1人残らず。
え、え、えええ!?
目を白黒させているうちに次の質問が飛び出した。
「ありがとうございます。では、華恋ちゃんが、自分の好きなことで誰かを幸せにしている綺麗カッコいいと思う人、挙手をお願いします!」
これも満場一致。
え、なになにこの状況。なんなのなんなの?
言葉にならない言葉で、とにかく恥ずかしいのでやめて下さいと泣きつくと、いたずらな笑顔で最後の質問が投げられる。
「美人で綺麗カッコいい華恋ちゃんですが、自分はそんなことない、と卑屈になってる彼女が、ちょっと面倒くさいと思ってる人、手ー挙ーげて!」
さっきよりも元気のいい挙手がきた!
え、つまり私って、面倒くさいと思われてる?
そんな、そんなつもりじゃ…………!?
背後からほっぺをむにむにする人がいる。
いやこの状況でそんなことをする人なんて1人しかいないん。
忍び寄った暁さんが、インヴィディアさんよろしくいたずらな笑顔で頬を遊ぶと、後ろからギュと強く抱きしめた。
当の本人は何が起こっているのかわからなくて右往左往しているのに、みんな笑って、やれやれといった顔をしている。
「まったくもー。華恋はもっと自分に自信を持ちなよ。贔屓目に見ても、どう見てもクールビューティーだろう。あともう少し客観的に自分が見れるようになれば、面倒くさい女の汚名返上かもな」
ぽんと背中を叩かれて、小さく頷いた私に満面の笑みを返してくれた。
暁さんの言葉を肯定するインヴィディアさんの顔はどこか嬉しげだ。なんでだろうか。こういうところがまだまだ自分に足りないんだろうな。
突然の出来事にあたふたしたけど、思い返すとじわじわと恥ずかしさと、嬉しさがこみ上げてくる。
どストレートに美人って言われちゃった。しかもみんなも私のことを綺麗だって。あ〜なんかすごく恥ずかしくなってきた。
「赤くなっちゃって可愛い。はい、ケーキ。あーん」
口を塞ぐようにスポンジケーキを差し出されて、思わずぱくり。
バニラビーンズの上品な甘さと舌触りのいい上質な卵の風味。ふわふわのスポンジの食感と幸せが口いっぱいに広がっていく。思わずにやけてしまうと、インヴィディアさんも自分のことのように頬をゆるませ、スポンジケーキを一口ぱくり、舌鼓。
「ショートケーキも良かったけど。スポンジケーキはもっと美味しいわ。この飾りっ気のない、シンプルなのがいいのよね」
「そう、そうなんです。シンプルで派手さはないけど、ナチュラルに美味しいというか、素直な感じがいいですよね」
「あら、やっぱり私と華恋ちゃん、気が合うわね。もしかして、服とかアクセとか、必要な物しか持ってないんじゃない? 部屋も質素で着飾ってないというか、必要最低限のものしかない感じ」
「!? なんでご存知なんですか。もしかしてインヴィディアさんも?」
「そうなのよ。まぁ立場上、外行きの服や儀礼的な衣装は仕方ないのだけど、私服は基本的に無地。ワンポイントが入ってるくらい」
「部屋は掛け時計に備え付けの家具。カーテンもシンプルで軽いデザイン」
「クローゼットも隙間だらけでいつも着回し。小箱はあってもすっからかん」
「「靴は外行き用とお気に入り。予備は新品のまま眠ってる」」
他人なのに、今日会ったばかりなのに、まるで古い友人のような、本当の姉のような錯覚を覚えるほどの親近感を覚えさせられた。
それがなんだか楽しくて、生まれて初めてのガールズトークに華を咲かせる。
5日間、彼女が滞在したいる間、ずっと一緒に行動して、アクセを作ったり、料理を教えてもらったり、インヴィディアさんの国のお話しを聞かせてもらったり、とにかくとっても楽しかった。
お別れの時は少し寂しかったけど、同じギルドの仲間だし、また会えるよね。
「あ、そういえばさ、華恋。インヴィディアさんが着けてたネックレスって華恋が作ったやつ?」
「えぇはい。インヴィディアさんと石を見に行って、デザインは私が作りました」
「へぇ〜そりゃ相当気に入られたんだな。インヴィディアさんって日常的に使うものしか手元に置いておかない人だから。装飾品はおろか化粧もパフしか持ってないらしいよ」
「殆どすっぴんであれって…………なんという格差社会」
「いやいや、もうまた出たそれ! お前自分の顔を鏡で見てみろ。ほぼほぼの女子が羨む顔してるから。その面倒くさい性格さえポジティブになれば男どもに引っ張りダコなのになぁ」
はっ、いかんいかん!
インヴィディアさんと約束したんだった。
もっと自分に自信を持って生きなくちゃ。
気合を入れ直すと暁さんが、いい顔になったな、と微笑んだ。そうだ、くよくよと下を向いてたって仕方がない。前を向いて行かなくちゃ!
____________________________________________
#加速術式#
チックタック「ぷちじょーほー……こ〜な〜…………」
セチア「大丈夫ですよ。自信を持って下さい」
チックタック「人前でこんな、喋るなんて、苦手で」
セチア「少しずつ慣れていきましょう。最初は相槌を打ってくださるだけでいいので」
チックタック「それなら、まぁ……」
セチア「今回のお題は加速術式。私が苗木だったバニラの木をある程度の大きさになるまで成長させるのに使ったものですね。収穫したバニラビーンズを乾燥させるのにも使用した共通魔法です」
チックタック「あ、それ、私もチーズを作る時に使ってる魔法。カビちゃんたちの活動が早くなって発酵が早くなる」
セチア「そう、基本的な効果としては、何かの成長や動作が速くなる、というものです。魔法としては簡単な部類とされていますが、最も使いどころの難しい魔法とも言われます」
チックタック「どうして? 容易に使える魔法なのに?」
セチア「そうなんです。例えば木の場合。成長させる速度を早めるだけで、その際に必要な栄養が要らないというわけではありません。加速したなら加速しただけの水と栄養が必要になります。もしも準備不足で術式を発動してしまうと、加速的に枯れるだけなんです」
チックタック「なるほど、苗木が大人の木になるわけじゃなくて、きちんと段階を踏んで大きくなる。過程を飛ばすわけじゃないんだね」
セチア「そういうことです。なのである程度の大きさになったら加速術式を止めないと、その木1つで大地の恵みを使い果たすことになります。そうなると他の木が成長できないどころか、その木のあった大地は栄養が枯渇し、荒れた大地になってしまいます。使っておいて言うのもなんですが、加速術式を使わずに生育するのがいいんですけどね。手入れや品種改良など、人の手が入るのは構いませんが、度を過ぎると、その災いは自分に返ってくるということです。何事も適度に、ですね」
チックタック「なるほど。それで使いどころが難しいんだ」
セチア「ええそうなんです。また、効果範囲の及ぶものもまちまちで、人間や動物などの生物の成長を早めたりはできませんし、大地の循環速度を早めたりというのもできません。術式を発動させても効果が現れないというか、空回りするだけで術に乗らないとか、そんな感覚です」
チックタック「そーなんだー。木やカビちゃんたち以外には何に使えるの?」
セチア「そうですね、魔法の連射を行う際によく見かけます。魔術回路に魔力を注ぐスピードを早めて発動時間を短くしたり、下位魔法を撃ち続けたりですね。私の場合はバニラビーンズを陽に当てて、乾燥するスピードを早めるというのが便利でよく使っています。でも、扱いを間違えると乾燥しすぎて粉々になったり、陰ったまま使ってると、湿気のせいでふにふにになったり。あくまで対象の時間を早めているだけなので、周辺環境に影響されるので気が抜けません。結局は自然のままが1番ってことかもしれませんね」
チックタック「便利な物にはリスクがついて回るものなんだね。あ、加速術式って、喋るのを速くできたりする?」
セチア「いや、人には使ったことがないのでなんとも。どうしてですか?」
チックタック「家出してきたから親が探しに来るんじゃないかって心配で。もしも私の両親が押しかけてきたら、多分ものすっごく喋るから、速く喋らせて帰って欲しいなって。特に母は自分の喋りたいことを延々と喋り続ける人だから」
セチア「それはもう、覚悟するか、人払いの結界でも張っておきましょう…………」




