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詩織包囲網

 朝起きてご飯を食べる。

 早起きな子供たちにおはようを言って仕事にむかう。

 1枚の扉の前に立ってノックをするも返事はない。

 起こそうにも鍵がかかっている。

 どうやらまだ夢の中にいるらしい。


 しばらく雑務を片付けるために机に向かうと、怪訝な態度を剥き出しにした華恋が、詩織に事務仕事をさせないで下さい、と睨みつける。

 詩織の自立のために仕事を探そうとして、戦闘力がないならとりあえずは事務仕事を覚えてもらおうかと呟いたことがきっかけだ。

 それを聞いた華恋は亜音速で歩みよってきて凄い剣幕で詰め寄るもんだから、事務以外の仕事を考えると約束させられてしまう。


 記憶が無くなったとはいえ詩織は詩織。

 まだ華恋の中で許し難い嫌悪感を残していた。

 まぁ実際、ああまでこじれた関係ってのは簡単に修復できるもんじゃないし、特に女性同士のケンカってのは、さいあく生涯に渡って溝ができたままの可能性も少なくない。

 こちらとしても、今まで頑張ってきた華恋とぽっと出の詩織のどちらを優遇するかと言われれば、当然、華恋に軍配があがるというのが人情だ。

 詩織の場合はそれ以前の問題ではあるが。


 呉越同舟をして沈没した挙句、華恋にギルドを出て行かれてはとても困る。あれほどの綺麗系可愛い女子……もとい事務を率先してやってくれる人材はそうそういないのだから。


 そういうわけでギルドの内側での仕事は諦めたが、外にだって女性に人気の技術職はあるし、中央機関の受付や会計とかの事務仕事は、所属するギルドに関係なく国のみんなで運営している。

 彼女自身、ずいぶんとオシャレに興味があるみたいだから服飾関係もいいかもしれない。

 どこの世界も衣食住の需要は高いからな。


 昼を過ぎてもまだ寝ている。

 こいついつまで寝てるんだ。

 ギルドマスターは部屋のマスターキーを持っているが、しかしむやみやたらに使う物ではないし、緊急時にだけ使用を許可すると定めている。が、いっそ扉をぶっ壊してやりたい。


 どれだけ呼び掛けても出てこないから今日はもう諦める。彼女自身の問題だから今回は強く咎めようとは思わないが、約束をすっぽかす癖は相変わらずのようだ。

 あとで謝るならよし。そうでなければ…………おっぱいもみしだいてやろうか。


 仕方ないので呉服屋を回って人手の募集をしていないか見て回ろう。

 衣服の販売は主にキャッツウォーク。生産の多くは胡蝶の夢が担っている。

 衣服は己の個性をアピールする絶好の機会。最新トレンドから定番商品、子供向け、大人向け、シニア向け、和服、洋服を取り扱う店舗などなど、その種類は広く、多種多様な色を持っていた。


 オートクチュールを手掛ける店もあり、デザインから素材選びまで付き合ってくれるようなデザイナーも現れている。


 まずは行きつけの和服店に寄ってみよう。

 着物はもちろん、袴や足袋に草履と取り揃えられ、夏の納涼祭は書き入れ時。浴衣はどうしても高額になりがちなため、昨年から始めたレンタル浴衣は大好評。

 一度着てみたかったという人から、試しに着てみようかという観光客まで多くの人を満足させていて、そのまま購入という流れも珍しくない。


 綺麗に整えられた反物の棚。

 目に飛び込む色鮮やかな古式ゆかしいデザインもさることながら、伝統に囚われないモダンで近代的な柄の着物が煌びやかに囁いている。

 店員さんも浴衣や袴に身を包むことで、こういう風に袖が動くとか、光の当たり方で柄の変化を楽しむとか、実演もかねて着こなしていた。


「あら暁ちゃん。いつもお世話になっております。先日入った新作の柄があるのですけど見ていきませんか? メイちゃんのデザインで面白い柄に仕上がってるんですよ」


「申し出はありがたいのですが、今日は別件で来ました。暮れない太陽に入った新人の新しい職場を探していまして。まだ本人に確認は取っていませんが、もしこのへんで人手が欲しいという店があれば教えて頂きたいと思いまして。それでいつもお世話になっているこの店へ足を運んだ次第なのです」


「へぇ新人さん。どんな子なの? ミーケちゃんが噂してた人以外で和服が好きな子なら大歓迎よ。基本的に明るい子なら大歓迎」


 …………………………なんということだ。

 既に包囲網が出来上がっているではないか。

 ヘレナから聞くところによると、あの温厚なミーケさんをブチ切れさせたということだが、一体なにをしたんだ。

 正直怖くてことの詳細を聞いていないが、こうなっては聞きに出向くしかあるまい。

 なんせ呉服屋に限らずどこに行っても、詩織お断り令が発令されている…………。


 みんなで楽しく暮らしましょう。が標語のキャッツウォークは、逆に輪を乱す輩を排斥する性質が確かにある。とはいえここまで強烈に排除にかかっている状況は前代未聞だ。


 ミーケさんは猫の獣人。

 夜型の珍しいタイプで昼間は寝ていることが多い。しかしギルドマスターという性格上、いつでも万事に対応できるよう、ギルドの待合い室で丸くなっている。

 彼女は気軽に起こしてくれればいいというが、気持ちよさそうに寝ている人を無理に起こそうとする人はなかなかいない。

 普通の人なら惰眠だろうが、夜に仕事をしているミーケさんにとっては純粋な睡眠。

 相当に危急の用となれば肩を叩くが、そうでなければそっとしておくのが暗黙の了解だった。


 だから、きっと詩織の問題というのも下らない内容だろうから、すやすやと寝息を立てているミーケさんの幸せな夢の世界を壊すことは罪悪感を感じる。

 夜に出直すか。午後10時くらいには(彼女にとっての)朝ごはんを食べに起きるだろう。


 ギルドを前に踵を返すと、仕事終わりのヘレナに呼び止められて昼ごはんに誘われた。

 昼食は済ませて来たが、せっかくなので席だけ共にすることにする。


 濃厚なパスタソースと釜焼きされたピッツァの香ばしい香りが漂う中、ヘレナはクアトロチーズに新鮮な野菜たっぷりのピッツァ。

 エレニツィカはホノオガニとリコッタチーズをふんだんに使い、ホワイトソースの乗ったグラタンを頼んで、2人でシェアしながら楽しんでいた。


「暁さんが詩織のために職探ししてるって聞きましたけどほんとなんすか? 噂じゃあ記憶が無くなって別人みたいになったって聞いたんすけど」


「耳が早いな……。そうなんだ。精神的なストレスのせいで二重人格になったのか、単に記憶喪失なのか、詳しいことはわからないが、なんにせよ稼ぎが必要だろう。あいつは戦闘力がないから生産職か事務職で考えてて。オシャレに興味があるみたいだから、とりあえずその辺からせめていこうと思ってな」


「肝心の詩織がいないみたいですけど」


「…………昨晩から夢の中だ」


「「………………」」


「あぁ……そのなんだ。まぁそれはいいんだ。が、手当たり次第に当たっているんだがどうやら詩織個人を徹底的にブロックしているようなんだが何か知らないか? もしかして、あいつがここへ来た時にやらかしたって聞いたんだけど、それと関係があるのか。本当はちゃんとお伺いを立てに来ないといけなかったんだけど、教えてもらってもいいか?」


 昼食を食べる2人の手が止まる。

 あたりをきょろきょろして何かを確かめると、あたしの耳元で、ここではちょっとアレなので隅のテーブルに移りましょう、と囁いた。

 え、そんな人に聞かれたらヤバいことなの?

 怖いんですけど…………。

 店員さんに断りを入れて人気のない隅っこの、奥の席へと押し込まれ、サンドイッチする形で椅子を並べられる。


 もう一度きょろきょろとあたりを見渡し、聞き耳を立てる不埒な輩がいないことを確認して、小さな声で爆弾を炸裂させた。


「彼女が来た日、キャッツウォークのギルドに移動中のことなんですけど。目を離した隙に持っていた剣で、赤ちゃんの抱っこ紐を後ろから切ろうとしてたんです。間一髪、阻止できたので赤ちゃんもお母さんも無事でした。どうしてそんなことをしたのかと聞くと、他人の幸せな姿が我慢ならなかったから、って感情の死んだ顔で言われまして。目撃者も何人かいましたし、噂が拡散するのは分かっていたので、即効ミーケさんに報告すると人語を忘れる程にキレまして。詩織には適当なことを言ってキャッツウォークを出てもらったあと、詩織には警戒するようにとお達しが出されたのです」


「ドラゴンテイルも同じっす。詩織を見かけたら情報共有と厳重警戒態勢に入るよう通達されてるっす。多分、中央と胡蝶にもエクシア姉さんが話しに行ってるんでそうなってるんじゃないっすか?」


 あぁ……どうりで詩織が入院をしてから、いつも開けっ放しにしてある病室のドアが締め切っていたり、病院スタッフが必ず2人組で行動していたのか。

 部屋も隔離病棟の隅っこだったな。なんか変だなとは思っていたがそういう理由だったのか。


 それにしても、抱っこ紐を切るだと?

 他人の幸せな姿が許せないだと?

 卑怯も卑怯。

 姑息も姑息。

 他人の幸福を祝えないで己に幸せな風が吹くわけなかろう。

 己の人生は自分のもの。そして人生の良し悪しも、当然全て自分のもの。だとすればその責任は全て己にあるのだ。それを認めることなく、あまつさえ他人に押し付けようと、現実を認めないストレスを他人の不幸で埋めようなどと言語道断。


 赦されることではない。


 あぁもう気分が悪くなってきた。

 せっかく注文したオレンジジュースだが、お腹が痛くなってきた。これはヘレナにあげよう。

 エレニツィカの分は追加で頼んで、話しを聞かせてくれたお礼に昼食代を持たせてもらおう。


「それさ…………あたしに、暮れない太陽に話し来てないよな。噂話とかで流れて来てたんだろうけど。もしかして止めるように言われてた?」


「いえ、そういうわけではありませんが、以前、ミーケさんが暁さんを呼んでギルドの奥で話しをされていたので、その時に聞いたのだとばかり思っていました」


「ギルドの奥…………それは別件だな。エレニツィカは何か聞いてないか?」


「あたしも特には。既に知ってるもんだと思ってたっす。あぁでも、詩織を受け入れるって言ってた時に、暁さんが各ギルドにも容赦してもらうよう姉さんに言ってたじゃないっすか。多分それもあってみんな我慢してたっていうか、暁さんには言いづらかったんじゃないっすかね。それにみんな、暁さんが1番大変な思いをしてるって分かってますから」


「…………気を遣わせてしまってすまない」


「とんでもないっす! 暁さんのことはみんな尊敬してるし、むしろお役に立てなくて申し訳ないっす」


「そうですよ。私たちでよければなんでも言って下さい!」


「本当にありがとう。感謝の言葉もないよ。…………そうだな。それじゃあ2人は歳も近いし、詩織は一応肉体強化(パワード)が使えるし、討伐系のクエストを一緒に行ってやれないか?」


「「それは……ちょっと…………」」


「すまん。意地悪だったな。あたしもちゃんと監督するために付いて行くから。34層はモンスターがいる層だと聞いたからそこでどうだ? 報酬は8:2だ。もちろんヘレナとエレニツィカが8だ」


「いや、そこまでしてくれなくても。通常通り等分でいいですよ」


 頭を下げて仕事をとったところで、34層へ行った2人の話しを聞いた後、思い出したくないことを思い出させてしまった詫びとして支払いを済ませて家路についた。


 同性で歳も近いとなればそれだけで打ち解ける素材になりえる。仲間ができれば互いに刺激しあって成長していくこともできよう。

 別人になった今なら、あまりいい意味とは言えないが、やり直すこともできるかもしれないし、詩織の汚名返上ができれば信用を勝ち得ることだってできる。


 あとは本人のやる気に期待するだけなのだが、3時のおやつに朝飯を(ツケで)食べている詩織の間抜け面に顔面パンチを入れたい気持ちを抑えて隣に座った。

 もうこの詩織は以前の詩織じゃないんだ。

 別人だ別人。切り替えろ。


「昨日はよく眠れたか?」


「うっ…………はい、いややっぱりあまり。まだ混乱してるところです」


 その割には随分と機嫌が良さそうじゃないか。

 昼からステーキ定食とは豪勢なことだ。

 逆に言えば、食欲があるということはいいことだ。体調が悪いと食欲も失せるものだからな。これなら明日にでも仕事ができそうじゃないか。


 食べ終わったところで、詩織のこれからの生活について相談をする。

 気が滅入ってもいけないので、記憶を失うまでの問題行動以外のことと、ここでのルールのこと。仕事のこと。

 あらかた説明はしたが、うんうんうなずくだけで質問をしてこない。なにかしら分からないことがあってもいいはずなのに聞き流すだけ。大丈夫かこいつ。

 あたしと華恋が作った詩織マニュアル通り、言ったことをメモさせて記録させてはいるが、これまでがこれまでだけに心配だ。

 また飲み込んで吐き出さないでくれよ。


 ____________________________________________


 ≡獣人≡


ミーケ「プチ情報コーナーの時間だにゃ! 今回は獣人ってことにゃんだけど、何から話せばいいのかにゃ?」


ゴードン「なんでもいいんじゃね?」


混沌「ちょりーっす☆ 混沌ことこんちゃんでーっす! 獣人っていうのは獣の特徴を持った人間で、その身体能力は普通の人間を超えて優秀なんだよ☆」


ミーケ「突然出てきて説明し始めたにゃ!」


混沌「ミーケちゃんはナカツ国の北部にある多くの獣人が住んでる国の出身なんだよね?」


ミーケ「まぁそうらしいけど、小さい頃に両親を戦争で亡くして、メリアローザのメイリン家に引き取られたから殆ど実感ないにゃ。と言っても、小さい頃は分からにゃかったけど、実際は奴隷商人に拾われて外国に売られたんだけどにゃ」


ゴードン「あー、ナカツ国は奴隷売買が盛んで、特に労働力になる獣人は捕まって奴隷にされるんだっけか」


混沌「ちょっと、ゴードンの言い方が無神経すぎマジ激おこっ! 実際そうなんだけどさ。最近じゃ人間の方が多いかな。獣人は自衛のために結束して烙耀山(らくようざん)っていう国を建てたからね」


ミーケ「ゴードンはこんちゃんとここに来たって聞いたけど、その烙耀山から来たにゃ?」


ゴードン「俺はあれだ。親父に、子は苦境を乗り越えて強くなるもんだ、つって谷に落とされて混沌に会って修行して、メリアローザにはもっと強い奴がいるって聞いて泳いで来たんだ」


ミーケ「へぇーそーにゃんだ。お父さんは息子想いにゃんだね。……今、泳いでって言った?」


ゴードン「海を渡るのにそれ以外方法がないだろ」


ミーケ「それ以外の方法しか思いつかないにゃ」


混沌「空飛んで行こうって言おうとしたら先に泳いでいっててドン引きしたよ。こいつマジおもろい。でさ、獣人にも種類というか特徴があるよね。ミーケちゃんは猫でゴードンは獅子でしょ」


ミーケ「そうだにゃ。でもメリアローザには外国から入ってきた獣人さんたち以外には見ないから実感ないにゃ。もっとたくさんの獣人さんたちを見てみたいにゃ」


ゴードン「獅子はやめろ。ライオンって言えよ」


ミーケ「なんでにゃ? 獅子ってカッコいいにゃ」


ゴードン「月下の金獅子と被るし比較されるんだよ。あいつぁ生きてる次元が違ぇんだ」


ミーケ「あ〜確かにハティにゃんは別世界の住人って感じがするにゃ。そういえばゴードンはこんちゃんのところで修行して、親御さんのところへは戻らないにゃ? 里帰りとか」


ゴードン「それな。母ちゃんは幼い時に死んで、親父も俺を谷に落としたあと、戦場で戦って死んだんだとよ。もしかしたら俺を戦場から遠ざけようとしたのかもしれんな」


ミーケ「にゃあ〜。いいお父さんだにゃ」


混沌「そうだね。ゴードンもカッコいいお父さんみたいに立派になっておくれよ。でもわざわざ子供を谷に落とさなくていいからね。(本当は聞かん坊のゴードンが要らなくなって、谷に突き落としたあと、物盗りをやって獄中で餓死したんだけど。知らなくていいことだし、いい感じに誤解してるからこのことは墓場まで持って行こう。真実を知ることもないだろうしね)」


華恋「(この3人。前から思ってたけどめっちゃくちゃに話しが飛ぶ…………。もっと順序立てて会話ができないの?)」

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