美少女とスケルトン
目が覚めるとそこは見知らぬ風景。
木々は青々と育ち、木漏れ日が優しく大地を照らす。
足元を流れる水の流れはどこか神秘的な空気を感じさせた。ここが日本の原風景。わびさびの極致を思わせる。
大地を満たす清流は穏やかに白骨の肌を濡らしていた。彼の地に眠る即身仏が胸に手を当てて思いをはせる。
「ここどこ!?」
水面に映る姿はホラー映画に出てくる骸骨そのまま。モンスターが水中に潜んでいると信じたかったが、どうやらこれは俺らしい。ひらひらと手の平を泳がせる。見えるだけ全身を観察してみた。
ああなるほど、これ夢だわ。
昨夜のゲームキャラと同じ格好をして夢を見るとかどんだけなんだよ。夢は寝る前にその人が思い描いていた想像に偏るって聞いた事あるけど、まさかスケルトンとは恐れ入った。
でもそれを除けばこの景色は実に素晴らしい。森林浴っていうの。心が洗われる情景にうっとりする。揺れるものは木漏れ日、沢のせせらぎが心地よい静謐な空間。
老後はこんなところでゆっくりと過ごしたい、そんな願望が湧き出てくる。ぼけーっと青空を眺めていつのまにか太陽がてっぺんにまでさしかかった。
おかしい。夢と認識すると不思議な事に、しばらくするとすぐ覚めるものなのにその気配がない。
まさか異世界転生とかしたんじゃないだろうな。
いやまさかそんなまさかいや。
じっとしてても始まらないし適当にそのへんでも散歩してみるか。一歩踏み出そうとして何かが足の指の間に引っかかった。
ただの草だと思ったそれは天然のわさびだ。スケルトンになって骨ばった指の間にがっしりと挟み込んだそれを今度は踏まないように、しっかり足をあげて前へ踏み出す。
しばらく進むと水面に反射する光とは違う質感を見つけた。
少女だ。
それもとびきりの美少女。肌は白く銀色の髪は腰まで伸び、清流のせせらぎにそよぐその姿はまるで絹のよう。清廉な鎧を身に纏い、眠る姿は神に祈りを捧げているかのようだ。
見惚れると同時に強烈な既視感に襲われる。
初めて会うはずなのにどこかで見たことがあるような気がする。首を傾げて記憶を掘り下げてみると、実に浅いところから思い出が取り出された。
詩織ちゃんが使ってたゲームのアバターそのままだ。
ということはこの子は詩織ちゃん。なのだろうか。
俺がこの姿でここにいるっていうことはこの美少女が詩織ちゃんである可能性は極めて高い。
肩を揺らしてもほっぺをペシペシしても起きない。
知り合って間もないのに耳元で、いたずらしゃうぞ、なんて言って目を覚まそう物なら侮蔑を免れないだろう。それは今後のお互いの関係に亀裂をもたらすのでやめておく。
代わりに耳元で蚊の羽音のモノマネをしてみたが反応なし。
彼女の事なんて全然知らない。が、攻略サイトを見て1つだけ知ったことがある。
「ゴッデスの芋野郎」
「黙れ雑兵どもがッ!」
うわ〜…………これで目が覚めちゃうんだ。
それはGODDESSというユーザー名がネットで随分と叩かれていたことを思い出しての一言だ。
信じたくはなかったけど、叩かれてたのは詩織ちゃんだったんだな。ということは豹変した言動はリアルに彼女の口から出たものか。なんかリアルと非リアルのギャップが深すぎて愛せないレベル。
「あぁ〜……先輩まだチュートリアルクリアできてないんですか。まぁスケルトンではチュートリアルクリアできないんですけどね」
やっぱりログアウトしたのは確信犯だったか。
と、今はそんなことを言っている場合じゃない。
お互いの心身の状態や周囲の環境が、今まで生きてきた世界と明らかに違うことをダブルチェックしたところで、俺は改めて異世界転生をしてしまったことに唖然としていた。
ひと眠りしたら元に戻ってるかな。そもそもスケルトンってアンデットだけど眠くなるのかな。
現実が受け入れられなくて現実逃避してる横で、詩織ちゃんはガッツポーズを作って天に吠えている。
「おおっ神よッ! 今日だけはあなたに感謝します! そして新たな人生の始まりだーーーッ!!」
狂喜乱舞。目を血走らせながら喜びに打ち震えている。
こういうのって絶望したり混乱したりするもんじゃないの。まぁ俺はそれどころじゃないけどね。スケルトンだしね。モンスターだしね。ダブルで詰んでるしね。
「よっしゃあ! それじゃあ先輩さよならです。私はこれから新たな人生を踏み出すので邪魔しないで下さいね。転生からの最強キャラで私強ぇーしてきますので」
「え、ちよ、どこ行くの!?」
「どこってわからないんですか? あそこに高い壁で囲まれた国のような場所があるじゃないですか。きっとギルド的な集まりがあって、私はそこでちやほやされてきます。強さと可愛さを兼ね備えた今の私なら出来ないことなんてありません。あぁ〜アバターの見た目と能力に課金を惜しまなくってよかったぁ〜」
「う、うん、じゃあ一緒に行こう」
「は?」
「いやだから、俺も一緒に」
「スケルトンになった先輩と一緒にいたら私が変人扱いされるじゃないですか。最悪の場合ネクロマンサーとか言われて殺されるのがオチです」
ですよね〜……。
いやもうこんな返答が返ってくるのは分かってた。分かってたけど一縷の望みに賭けたいってのが人間じゃん。もうモンスターだけど。
だけど…………彼女のことを思えば俺はついて行くべきじゃない。ここがどんな世界かは分からないけど、モンスターと歩いてる人間なんて嫌悪されるに違いない。フェンリルみたいな強くてかっこいいのとか、スライムみたいな可愛らしいのならともかく、アンデットのスケルトンなんて強くもなければ可愛くもない。
「うん、ごめん。それじゃあ俺たちはここでおわかれだね」
「そゆことで」
一言手を振って意気揚々とかけて行く背中がどんどん遠くなる。
せめてなんかもうちょっと労わりとか同情の言葉が欲しかった。
躊躇するそぶりもなくスキップして山を下りて行く。姿が見えなくなるまで見届けて、また黄昏る事にした。体を浸す水の流れが実に心地よい。
気のせいかな、涙が溢れてくる。スケルトンだから実際には流れてないけど今はそんな感覚があった。
きっとこれはアレだな。わさび菜から分泌されるアレなやつでアレしてるやつだきっと。
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わさび菜に
骨身をうずめて
染み渡る
流れる時の
世知辛さかな