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死ななくても、痛いものは痛い

 親父の代から創業してきた玩具屋さん。

 玩具専門で店を開いているところは、メリアローザ広しといえどここ1軒。

 幼児用の玩具から大人の玩具まで取り揃えている。

 戦後、最初は修道院の孤児の遊び相手に、ぬいぐるみや積み木、パズルとかそういうのを作っていたのが、今では店を持つまでになった。


 それだけ需要があるし、親父の天才的な発明力が支持されてのことだと思う。特にこの玩具屋を有名にしたのは嘘吐き坊やの長い鼻(嘘発見器)

 なぜこれを子供向けに作ったのかは本人でもわからないというが、その精度の高さから司法官や商人にバカ売れ。浮気を疑う奥様方にも……。


 デザインは嘘を吐くと魔術回路が反応し、鼻が伸びて目の前に取り付けられた鐘に当たって音が鳴るという仕組み。この伸びる部分に注目した紅暁さんが義腕の開発を提案した時は、こんなのを参考にして作れるものだろうかと疑ったものだ。


 紅暁さんが親父とドラゴンテイルの職人をマッチングさせて、試行錯誤の末、完成した義腕は本物の腕以上に滑らかに、ありえない角度にも曲がるとてつもない代物へと昇華する。


 試作品として作ったアルマちゃんの義腕はとても使い心地がよく、幼くして一流の魔道士と評される彼女の太鼓判をもらうことができた。

 ただ残念なことに、義腕自体のせいではないが、義腕を装着すると幻肢痛が起こるということで、彼女は今も和服の袖を魔力で動かして腕代わりに使っている。


 アルマちゃんには合わなかったが、戦闘で腕を失った者、事故や天災で足を失くした者、先天的に四肢のない者。魔力回路によって動く義手の開発はそれら全ての人々の希望となったのだ。


 親父の発明かあればこそ。

 職人の長年の経験と腕があってこそ。

 紅暁さんはそう言うが、義腕の可能性を見出し、不確定な可能性を信じ、実行に移す行動力の成した技だと、仲間を想い、より豊かな生活を送って欲しいと心から願っている彼女の輝ける魂がそうさせたのだと、僕を含めこの仕事に携わった全ての人々がそう頷いた。


 彼女がいなければ、きっとこの嘘吐き坊やの長い鼻(嘘発見器)は永遠に玩具でしかなかったに違いない。運命か偶然か、人生とは実に面白い。


 さて、今日もお店を開けようか。

 おや珍しい。開店前から誰か店先にいる。

 よほど欲しい玩具があるのかな。

 扉を開けて、朝陽を背に仁王立ちするは、太陽のように燃える髪。右眼の眼帯、二本の刀。

 険しい顔をした不動明王。


 どう見ても買い物をしにきた様子ではない。

 だとすると……いやまさか…………。


「突然の来訪申し訳ありません。裁判官殿に頼みたい件がございまして参りました」




 キャッツウォークのテリトリーから出るのはいつぶりだろうか。店番もあるが、元々出不精なものだから、同じ国内なのに暮れない太陽の景色は新鮮に見えた。


 案内されるがままに辿り着いたのは1枚の扉。

 部屋の中には美少女が1人、椅子に腰掛けて強張っている。これから起こることが分かっているのであれば、きっと誰だって緊張する。そうならないように日々の生活を心がけておけばよいのに。


「さて、詩織。とりあえず昨日の華恋との一悶着なんだが、華恋にはあたしがアクセサリーの代金を支払うことで納得してもらった。だからってお前から、改めてお金を請求しようとは思わないし、渡されても拒否する。今回、彼を呼んだのは、お前に反省して欲しいからだ。詩織が心から反省し、この先、自分のため、仲間を含め相手のため、世間のために行動するというのなら、彼がここに来たことはなかったことにしようと思う」


 この子、こんな顔するんだ……。

 歳が倍近く離れた少女に、これほど恐怖させられることもないだろう。その圧ときたら、第三者として来ているだけの自分にすらのしかかってくるほど重く、鳥肌の立つ思いをさせられる。


 玩具屋で店番をしている時や、お祭りで落し物預かり所で世間話をしていると、時々彼女の噂が耳に聞こえた。


 あんな肝の座った若者はそうはいない。

 いつもニコニコしてて、子供好きで頼りになる。

 褒める時は全力で褒め、叱る時は納得できるように丁寧にきちんと諭す。

 商人と言うだけあって頭の回転が早い。

 自ら損を被ることも厭わない。信頼できる。


 みな口々に褒め称える。一回り歳の離れた大人が、若者を褒めるなんて滅多にない。そうまで言わせるほど、彼女は素晴らしい人物だと評価されている。


 その女性が、裁判官の僕を連れてくるほど、彼女の問題は深刻であると物語った。

 本来であればギルドを取りまとめるギルドマスターが直接処罰を言い渡すことができる。

 彼女の場合、処罰ではなく、機会と言葉を与え続けてきたということだが、これこの通りというわけだ。

 発端は彼女の言う通り、華恋ちゃんの約束を破り、契約を一方的に破棄し、代金の支払いをしなかったということだが、それ以外にもクレームが発生していて手に負えなくなり、司法の手に委ねる形となったのだ。


 噂ではそれだけに留まらず、キャッツウォークでも、ドラゴンテイルでも問題を起こし続けてきたらしいけど……。


「お前から何か言いたいことや、したいことはあるか? 何か考えが変わったなら聞いてやろう」


 これはつまり最後通告。

 僕を呼ぶ1時間前に、彼女には裁判が行われることを知らされている。その間に苦情の実態を認め、考えを改め、反省するなら今回のことは不問にしようというギルドマスターの慈悲。



「だって……何も記憶にないんです…………覚えてないんです…………」


「多少物忘れが激しいことは認めよう。しかしだ。この数はあまりに異常だと思わないか? しかもピンポイントに都合の悪い記憶だけを忘れてる。お前の知らない内に自分の記憶が消えているっていうのが本当だとしても、お前に信用がない限り、お前が嘘をついているとしか思えないんだよ」


「そんな……そんなのあんまりです…………」


 泣きべそをかいて同情を求められても何も解決しないんだけどなぁ。こっち見られても困るよ。


「そうか。だがまぁ1つだけ確認したいことがある。華恋が作ったっていう誓約書がどこかにあるはずだ。華恋が嘘を吐くとは思えないしな」


「な、私が嘘を吐いてるって言うんですか!?」


「そうは言ってない。ただ、あるのかないのか確認するだけだ。そのために彼を連れてきたんだからな」


 これはあくまで事実確認にすぎなかった。

 表向きは華恋ちゃんが嘘を吐いていないということを確認するだけの単純作業。

 本音を言えば、彼女が誓約書を故意に破棄しているのではないかという疑義を晴らすのが狙い。

 戸棚の中や、タンスの下に潜り込んでいるのならそれはそれでいい。だが、そうでない時は……。


 僕の固有魔法は《探知(ディテクション)》。

 物体を探知し、手元まで引き寄せる能力。

 使用にあたっては、探したい物を具体的にイメージすると、脳裏にそれがどこにあるのか、どういう状況なのかがわかる。


 引き寄せられる範囲は半径1km程度ではあるが、見つけるだけなら半径10kmは堅い。

 手元にに引き寄せる際に、バラバラになっていても、灰になってしまっても、目の前まで自動的に運ぶことができる。


 自分の持ち物以外の時は、失くした物をイメージするために情報共有(イメージリンク)の魔法を使う。

 本来は脳内にある口頭で説明しづらい、あるいは出来ない情報を丸々相手に渡し、感覚的にコミュニケーションをするために開発された魔法である。

 激しい戦闘や不意にはぐれた時、どう表現していいか伝え手がわからない時に、直接自分の脳のイメージを相手の脳に飛ばすことでビジュアルによる情報共有を目的にしていた。

 口頭では説明しきれない具体的な遺失物の情報をビジュアルとして脳に送ってもらうことで、僕の固有魔法は最大限の力を発揮する。

 自分でも素晴らしいと思うが、この固有魔法のおかげで、あんまりお祭りを満喫できた覚えがないのがたまに傷かな……。


「それではラーディさん。お願いします」


「本当に……いいんですね」


「……はい」


 やるんですよね。

 分かってます。

 予めそういう話しを聞いてましたから。

 じゃあなぜ固唾を飲んで聞き返したのか。

 それは…………。


「では始めます。ご存知かもしれませんが一応、僕の固有魔法について説明します。僕の固有魔法は探知(ディテクション)。紛失したものを探し出す魔法です。探すためには遺失物の具体的なイメージが必要ですが、ここに鬼ノ城華恋が所持していた誓約書があります。五十嵐詩織の持っていたものは鬼ノ城華恋のものと甲乙の関係。つまり同一であるものと確認しました。この誓約書を元に探知いたします」


 正直なところ確認というのはこじつけ。説明を必要以上にゆっくり喋ったのにも理由がある。

 僕は誓約書の出所が分かっているから、もうとにかく早く自白してくれとそれだけを願って、出来るだけ時間を稼いでみたけど彼女にその様子はない。

 わざわざこの後どうなるかまで殆ど答えのヒントを出してるのに。もうこうなったらやるしかない。仕事だ。これは仕事なんだ。裁判官になると決意した時点で覚悟したはずだ。

 慈悲深くなれ。両者に慈悲を与えるがため、無慈悲に見えようとも。


 固有魔法を発動する。

 詩織の真っ青な顔が歪み、苦しそうに腹を抱え、何かを吐き出すまいと口を抑えた。烈火の勢いで洗面台まで走り込み、とても乙女の口から出ようもない不快な音が響き渡る。


 何事か分からない、そうとも知らない紅暁さんは詩織の背中をさすりながらお母さんよろしく声をかけていた。

 その言葉尻が途切れ、もう何も言わなくなると、無言で彼女を介抱し、一切の感情を捨てた表情のまま詩織を椅子へ座らせる。


 とてもじゃないが紅暁さんの顔を覗き見ることはできない。怖すぎて見れない。早く帰りたい!


「てめぇ…………あれが腹の中から出てきたってことは」


「ち……違います……。その()()()()()()()のは確かですけど、その、本当に記憶はなくて」


 …………?

 こいつ何言ってんだ!?

 今洗面台に流したって言ったか?

 お前の腹から出てきたんだよッ!

 腹と洗面台が繋がってるのか!

 鼻の下に張り付いてる羊皮紙の破片はなんだ。気分が悪くなってえづいてたら、下水が逆噴射して顔にぶっかかったとでも言う気かッ!


 信じられない。そんな言い訳で言い逃れるとでも思っているのか。もういい加減にしてくれ。

 どうしてそうまでして、自分の罪を認めない。

 どうして考えを改めない。


『邪悪』


 彼女の印象はまさにそれ。

 暴力は振るはないが、存在するだけで周囲に悪意を撒き散らす。まるでその魂は死すら死滅せん暗黒の中にあるかのよう。

 まさか紅暁さんは、それを承知で、彼女を救い出すために相対しているのか。いずれ正義の輝きの中で陽だまりを受けられるようにと。

 そんなバカな。逆だ。救われる前に燃え尽きてしまう。いや、もうこれは灰になって消えた方が世のためだ。


「そうか。洗面台に流して捨てたのは認めるんだな」


「はい、だから」


「黙れ。…………お前が悔い改め、罪を認めるならまだ見込みがあると思っていた。だがどうやら見込み違いだったようだ。残念だよ。本当に……残念だよ。実はお前に謝らないといけないことがあるんだ。記憶はないらしいが暮れない太陽に来たあと、お前はキャッツウォークとドラゴンテイルで問題を起こして帰って来た。だから思ったんだ。『ここまで不道徳的に問題を起こし続けられるやつはそうはいない。こいつを観察していけば、いずれ道徳の教育としての反面教師として使える』と。他の奴らは大反対したんだけどな。まぁその過程で他の奴らが成長することもあるだろうし、お前自身、人の振り見て我が振り直してくれるよう声かけをしてきたんだが。お前はあまりに人の想いを裏切りすぎた。すまなかったな黙って利用していて。だから」


 だから、と言葉を切って、彼女はたもとから手拭いを取り出し、机に広げ、1束に結んだ真っ赤に燃える女の命を根元から刀で引き千切った。

 小さくまとめて包まれたそれを僕に手渡し、事務所の机の上の引き出しに収めてくるよう託けた。

 ようするに、しばらく部屋を出ていてくれというサイン。そして、これから責任をとるという覚悟の表れ。


 部屋を出て待機している医療スタッフに、紅暁さんが良いというまで決して中へ入らないよう釘をさし、僕はその場をあとにした。




「詩織、知ってるか? 期待するってことには、責任が付き纏う。当然だよな。例えば親が子に良い子に育って欲しいと期待をかける。叶えられれば最上だ。だがいつもそうとは限らない。子供だって人間だ。間違いを冒すことだってある。そういう時、親は子を想って叱ったり諭したりする。時には痛みでもって理解させる。それならいい。親は期待に対して責任をとろうと努力している。実に勤勉だ。だが、時々怠惰なやつがいる。そんな子に育てた覚えはないという。おかしな話しだよな。育てたのは誰でもないその親なのに……。期待をかけたやつに責任まで押し付けようとする。実に卑怯だ。許せん。……さらに最悪なのは、そんな子に育ててゴメンね、なんて戯言を言うやつだが。今日までお前に目をかけてきたのもそれだ。あたしの独断でお前をギルドに引き入れた。だから仕事を斡旋したり技術のノウハウだとか、ツケの支払いを待ってもらうために頭を下げたりなんかもしたが、もうそんなレベルでは取りきれないところまで来てしまった。ここで1度精算しようと思う」


 刀を己の首元まで構え、柄の尻と鍔の根本を持って遠心力のまま刀を回す。

 斬首に音はない。切り飛ばした自分の首が床に落ち、鈍い音をたててゴロゴロと転がっていく感触がある。

 真っ暗な景色に鮮血の床。意識が遠くなっていく。


 ______________________。


 首全体に痛みが走った。

 目が覚めるといつもそうだ。刀傷だとか腹に穴が空いたとか、元に戻る前に受けていた傷口は何もかも治っているのに、後から痛みが追いかけてくるような感覚。


 今回は洗面台にたどり着くより前に気持ち悪さが勝って、机の上に吐き出しているようだ。

 死体になって無防備になったあたしを罵倒しながら蹴飛ばしていたらどうしよう。悲しくってまた死んでしまうかと想像していたが、その心配は無用だった。


 あぁ……痛い……。

 復活するのは分かっててもやっぱり痛いものは痛い。

 罵詈雑言を聞きながら再生しなかったのは不幸中の幸いか。


 しかし。

 まだだ。

 彼女にも責任をとってもらう必要がある。

 嘘を吐いてタダで済むと期待した責任をとらせる。


 どうしたそんな顔をして。

 死んだ人間が生き返ったのが不思議か?

 まぁそうだろうな。首が飛べば普通死ぬさ。

 あたしはね…………不死身なんだよ。死ねないのさ。10年前のあの日に、きっと呪われたんだろうね。


「さぁ詩織。次はお前の番だ。痛みでもって責任をとれ。手元にある陳情書は12枚だから……」


 懐から匕首を取り出すと、見ていたかのように、部屋の外に待機していた医療スタッフが雪崩れ込む。

 輸血袋と注射器を構えたブラード。

 いつでも鎮静魔法を打てるように備えるラララ。

 無菌室を作る魔法符と外科手術用ケースを携えたバーキン。

 愛用のギターを提げた助手のネイサン。

 こんなことのためにわざわざ休みを返上してかけつけてくれて、なんとお礼を言えばよいやら。


「この匕首で自分の腹を12回突け。安心しろ。ここにいる皆々様はプロの医師だ。刃を抜けばすぐに傷口を塞いでくれる。血が足りなくなったら輸血もしてくれる。発狂したら鎮静剤と精神安定剤も投与してくれる。それが嫌なら…………そうだな、あたしも一緒に頭を下げてやるから、一緒に謝りに行こうか」


 できればこんなことをしたくない。

 嫁入り前の体に傷をつけるなんてしたくないんだよ。

 ごめんなさいって、謝れば済む話しなんだ。

 反省して、誠実に生きればいいだけの話しなんだよ。

 なんでお前は…………自らの腹に刃を突き立てようとするかな………………。

 それはつまり、謝罪より血をぶちまけるほうがマシだって言ってるんだぞ。

 悪魔にでも取り憑かれているのか。

 なぜそこまで謝罪を拒む。理解できない。

 しかしまぁ、それもお前の人生だ。もう止めたりしない。勝手にするがいいさ。

 なんだ、体を震わして。痛いのがそんなに怖いか。お前に裏切られた人の悲しみや失望はそんなもんじゃないぞ。さっさとやれ。さっさと楽になれ。


 肩をガタガタと揺らし、歯を食いしばりながら涙まで流している。決心がつくまでいくらでも待ってやる。救いを求める顔をしてもダメだ。お前の手でお前自身が勝手に助かるしかないんだよ。


「あ、あか、つきさん……」


「なんだ」


 ようやく謝る気になったか。それでいいんだ。誰だって痛いのは嫌だよな。今は言葉だけでいい。これから態度で示していけば、きっとお前の人生はよりよいものになるだろう。


「お腹の傷……残らないように…………ちゃ、ちゃんと塞いで……くれる、くれるんです、よね…………?」


 …………?

 今際の際に、何を言っているんだ?

 今更何を心配しているんだ。

 心の中で何かが切れた。


「さぁな」


 たった一言呟くと、詩織は絶望に顔を引きつらせ、腹に構えた両手を見下ろす。

 覚悟を決めたように握り直し、声にならない叫び声を上げながら、その刃を、あたしの胸に突き立てた。


「なんでッ! 私がッ! こんな目に合わなくちゃいけないのッ! 私はただ幸せになりたいだけなのにッ! あんたに言われなくっても幸せになってやるよッ! 転生してッ! あんたとは違うッ! あんたそっくりの私は死んだんだッ! 可愛くなってッ! 強くなってッ! 私は幸せになるんだッ!!」


 何度も何度も突き立てて、ヘソに届くほど力を込める。

 止めに入る医師を手で制止した。これは彼女の心に気付くことの出来なかった、愚かなギルドマスターの罰なのだ。


 両の手を血に染め、返り血で赤く染まりゆく彼女の姿を見て、過去の自分を重ねてしまった。

 どうしてよいかわからず、真っ暗な道をただただ闇雲にひた走る。自分が正しいと信じて、誰かを傷つけることも厭わず、ただ真っ直ぐに走り抜いたあの頃の自分。

 運のいいことに、私は道を間違える前に、数多くの良い出会いに恵まれた。

 詩織をギルドに入れた本当の理由はそれだ。

 一目見た時から、彼女は幼かった頃のあたしに似ている。視野の狭さも。なりふり構わない上昇志向な性格も。天涯孤独の身の上も。

 だからとても危ういと思った。だからあたしがその『出会い』になれればいいなと思ったんだ。


「気は……済んだか…………」


「あ、あか、つきさん……私……は、何を…………あ、あぁ、ああああああぁぁぁぁぁッ!」」


「すまなかった。お前の心に気付いてやれなくて。本当に……ごめんよ…………」


 不死身とはいえさすがにこれだけ刺されると気が遠くなるな。もう抱き寄せて頭を撫でてやるくらいしかできないが、どうか命を断つなんてことはしてくれるなよ。

 腹を刺せなんて言っといてムシのいい話しだって思うかもしれないけどさ、どんなやつでもギルドメンバーってやつはみんな、可愛いもんなんだよ……。


 ____________________________________________


 ♬ギルドマスターのお仕事♬


暁「はーい、プチ情報コーナーの時間だよ!」


ヘレナ「…………よくそんなテンションで司会ができますね。1日に2度も死んでしまったのに。マジに尊敬します」


暁「そんな褒めんなよ〜(照)。まぁあれだ。ようは切り替えが大事ってな」


ゴードン「そうだぜ! 真剣にくよくよ考えたって仕方ねぇだろ」


ヘレナ「あなたはもう少し悩んでください。主にチームで仕事をする時に」


暁「ゴードンはバカだけど明るいところが素敵だろ」


ゴードン「おいおい褒めても何もでねぇぜぇ?(照)」


ヘレナ「いや、いまバ


暁「さーてそろそろ本題に戻ろうか! ギルドマスターの仕事ってことなんだけど、どんなん想像する?」


ゴードン「そりゃあアレだろ。強いのが仕事だろ。あと暁はよく昼寝してるよな」


ヘレナ「よく考えてみれば、私たちってギルドマスターの仕事が何かよくわかってないですね。暁さんは…………あれ、昼寝してるところと子供たちと遊んでるところしか記憶にない」


暁「そりゃあ2人は午前中に仕事終わらせて、昼過ぎに食堂に来るだろ。その頃にはあたしは飯食って昼寝して子供たちと遊んでから仕事に戻ってるからそこしか見てないだけだよ。何も毎日それだけしてすごしてるわけじゃないよ……」


ヘレナ「いや、思ってはないですよ? アレですよね。事務仕事が多いから部屋に篭ってて目につかないだけですよね。商人ですもんね」


暁「散々人が商人だって言ってるのに、頑なに女侍だって否定してたの誰だよ」


ヘレナ「すみません……」


暁「まぁたしかに事務仕事が多いのは確かだよ。デスクワークはしんどいけど全部華恋に任せるわけにはいかないからな。あたしの仕事の多くは人間関係かな。宿屋の管理やクレーム処理とかそのへん。それから領内でのいざこざの解決とか仕事の斡旋や提案。塔に登ることもあるし、外交や討伐のために国外に出ることもある。ギルドメンバーにはこれやってみないか、とかって促すこともあるな。お祭りの際は殆ど宿場町の警備担当かな。企画もするけど華は他のやつにもたせてやりたいし」


ヘレナ「色々と、やってるんですね。知りませんでした」


暁「まぁいちいちこれやってるんだよ、とか言わないからな」


ゴードン「……なんかよくわからんが。ギルマスって仕事多いんだな」


暁「仕事が多いってか、あたしがやりたいことをやってるって言ったほうが正しいかな。任せようと思えばあたしじゃなくてもできることだし。あたしより適任者がいればいくつか任せたい仕事もある」


ヘレナ「他のギルドマスターはどうなんですか? あまり大きな声で言えないんですが、ミーケさんも昼寝してるところしかあんまり見たことなくて」


ミーケ「にゃんか呼んだ?」


ヘレナ「ふわあぁぁっ! なんでここに!?」


ミーケ「ギルマスのお仕事の話しするっていうから、面白そうだと思って来てみたにゃ」


暁「ヘレナがミーケさんのお仕事やってみたいって」


ヘレナ「え、いやちょっと、暁さん?」


ミーケ「にゃー! それは助かるにゃ。もう毎日毎日、毎年のイベントの話し合いで大変にゃ。だいたい中身は同じにゃんだけど、やっぱり去年とは違ったところを出したいから新しいアイデアの応酬にゃ。でもみんな我が強いからにゃかにゃか決まらにゃくて困るにゃ。それに屋台の場所取りとか花火の数、モニュメントの企画、製作、必要経費の計算。警備計画の作成。粗利益の計算。パンフレットの作成。各ギルドで行うイベントの時間割。その他もろもろもろもろやることいっぱいにゃ。でもみんな楽しくやってくれてるから大変でも楽しいにゃ!」


ヘレナ「う、おぉ……なんだかよくわからない単語ばっかりでなにがなにやら」


暁「最初は誰だって初めてさ」


ミーケ「そうだにゃ。あたしなんてギルドの成立のために軽い気持ちでイベント全般の運営を掲げたはいいものの、思ったよりやること多くて最初はミスとか抜けばっかりで超怒られたものにゃ」


暁「最初は毎月お祭りやろうって言って死にかけてましたよね」


ミーケ「物理的に不可能だったにゃ……。結果的に国外の人を呼び込む長期間の大きなイベントは5月の薔薇祭りと9月の納涼祭。他の月は短期間で季節の行事をやるっていう形に落ち着いたにゃ。そのくらいにしないと事務処理が追いつかないのにゃ。でもヘレナにゃんが手伝ってくれるなら、胡蝶の夢が提案してた12月の雪祭りを大規模にしたいにゃ! それから七夕祭りも

!」


暁「意外と書類作業多くなりますからね。事前準備から終わった後の利益報告にPDCAを回すための情報収集からの対策の抽出。エトセトラエトセトラ……。12月の雪祭りいいですね! かまくら作ってあったかい豚汁。夜は空に灯篭を飛ばすなんて素敵です」


ゴードン「暁とミーケの仕事はわかったけどよう、胡蝶の夢とドラゴンテイルのギルマスの仕事ってなんなんだ? 会ったことねぇし名前も知らねぇや」


暁「ドラゴンテイルのギルマスはヴェルダンさん。1年の殆どを国外で仕事してる。討伐任務が主だけど、同時にメリアローザと4つのギルドの広報役と外交官として、国と国や村なんかを繋げるパイプ役をしてくれてる。彼の活躍でメリアローザを知って、お祭りに足を運んで来てくれた人も結構いるし、話しを聞いた商人が買い付けにきてくれてリピーターになるとかよくあるんだ。外貨と信用を獲得するために日夜頑張ってくれてるよ」


ミーケ「いやぁ〜ヴェルダンさんには頭が下がるにゃ」


ゴードン「ようはモンスターぶっ倒して俺たちすげぇって見せつけるんだろ! 俺様だってできるぜ!」


暁「見た目はそんなんだけど、中身は全然違うぞ。モンスター討伐って言っても数日は知らない土地で生活するんだ。文化も考え方も違う。ここで普通だと思ってることも、外では異常な行為かもしれん。もしかしたら非常に失礼にあたるかもしれない。そういう心情や慣わしなんかも込み込みで相手を理解し、相手に理解されるように気をつけねばならん。信用が全てだからな。依頼主も藁にもすがる思いってこともあって、ある程度我慢するだろうが、甘えてばかりでは傲慢と思われるだけだろう。彼はドラゴンテイルだけでなくメリアローザの顔として仕事をしているから相当神経を尖らせているはずだ。こういっちゃあなんだが、お前にそこまで配慮ができるとは思わんが?」


ゴードン「ぐ、ぬぬぅ…………」


暁「しかも外交官としての役割もあると言ったろう。相手が村の村長ならともかく、海千山千を生きている知恵者となると話しが変わってくる。合法すれすれで騙し騙されの腹の探り合いをしなければならないからな。人を見る目だとか、強い交渉術も必要になってくる」


ヘレナ「暁さん。それ以上言ってもゴードンの頭に入っていかないですよ。フリーズしてます」


暁「筋肉も大事だがおつむも鍛えなきゃなってことさ」


ミーケ「最後の胡蝶の夢はリンがギルマスにゃ。あそこは殆ど畑関係が多いにゃ。メリアローザの食料自給率の7割が胡蝶の夢で支えられてるにゃ。それから新しい農法や農機具の開発。漢方の製造・開発。野菜や花、食用の虫なんかの品種改良。衣服の製造はキャッツウォークがやってるけど、絹糸とか麻とかの原材料の生産は全て胡蝶の夢がやってるにゃ。時々共同開発で染色からデザインの発案、生産までやったりして楽しいにゃ。今度ファッションコンテストやるから暁にゃんもヘレナにゃんも着て欲しいにゃ」


ヘレナ・暁「「是非っ!」」


ゴードン「しっかし、ギルマスって大変なんだな。強くて昼寝してばっかりだと思ってたぜ」


ミーケ・暁「「なわけっ!(怒)」」


ヘレナ「(私もそう思ってたけど、言葉にするのはやめておこう)」

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