実用性も大事だけど、見た目も大事
今日も今日とて人体実験。いやスケルトンだから人体ではないか。それにしても飽きもせず次から次へとアイデアが出るもんだ。
それだけ勉強をしてるし、解決したい問題も山積みなんだろうけど、ストップをかけないと24時間ぶっ通しで付き合う羽目になるから自重して欲しい。
日を追うごとに勤務時間が増えるもんだから、さすがに1日6時間で勘弁してもらおうと話しをしたら、この世の終わりのような顔をされたときは本当に参った。
ラララさんはなんとかして婚姻届にサインさせようとするし、院長さんはロッカーの中で待ち伏せするし、相変わらずバラードが流れてくるし。
あーあ、早く人間に戻りたい。
「おや、病院帰りですか?」
「ええ、はい。ネロさんと雪子さんは朝から狩猟で?」
「山を荒らしてたアバレボアという獰猛な猪と、山菜をいくらか摘んできたところです。ところで、たかピコさんと詩織さんは午後は暇ですか?」
「予定はありませんがどうしましたか?」
「老婆心なのですが、よろしければ鍛錬をしませんか? 詩織さんもたかピコさんも戦闘のない平和な世界から来られたということで、なにぶんここはそうもいきませんから」
「いいんですか。それはもう是非お願いします!」
いやぁ渡りに船とはまさにこのこと。
運がいいのか悪いのかわからないが、スケルトンになった我が身でも頼りにしてくれる人がいるから、とりあえずの貯金は溜まってきてるし、人望も芽吹きつつある。
とはいえ今は仕事があるけど、研究しつくしたらもう用済み。他に何か稼ぎを出せる手段を考えていた。食事代は必要ないが、宿賃は必要だからね。
ファンタジーな世界にやってきたらやっぱり冒険だよね。なんだけど、俺ってばモンスターになっちゃったし。狩られる側だし。
筋力……肉はないけどとにかく、物を持ったりだとかは人間の頃と変わらない程度の力は出せるから剣を振ったりはできそう。ただ、俺用に工夫しないと、肉がないから指は細いし滑り止めも効かない。
ネロさんがお昼を食べたら出発しようということなので、部屋で休んでいる詩織ちゃんのところまでスキップスキップらんらんらん♪
「おはよう詩織ちゃん。これからネロさんが鍛錬してくれるってんだけど一緒に行こう」
「……えぇ。まだ眠いのでパスです。お金もたんまり稼いだし、ツケも払ったし、そもそも私は強いので鍛錬とかいいです」
どの口が言うか。と言いそうになったが言葉に出したら怒るのでやめておく。
まぁまだ慣れない異世界生活。余計に疲れるのも無理はないかな。
そっと扉を閉じて振り向くと、やれやれと言いたそうな顔をした暁さんが構えていた。
話しを聞くと詩織ちゃんはかれこれ1日半の間、布団から出ようとしないらしい。俺は暁さんたちとチーズ工房にいたから知らなかったが、昨日、ネロさんと鍛錬の約束をしていたということだが、疲れたと言ってボイコットしている。
疲れたのもわからんではないが、1日経ってるし、また声をかけてもらったんだから部屋から出てくればいいのに。
「詩織さんは今日もお疲れのご様子で?」
「ええ、まだ眠いということで」
「そうですか。今日はセチアさんにも来ていただいたのですが。仕方ありません。歩きながら話しましょうか」
「はじめまして、セチア・カルチポアと申します。あなたが最近異世界転生してこられたというたかピコさんですね。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。それにしても、異世界転生って聞いて驚いたりしないもんなんですか。結構一般的だったりして」
「まさか。僕は暮れない太陽に来て初めてそんな事象があると知りました」
「私もです。そもそも異世界があるなんてこと自体、想像の外ですから。まぁ、私は異世界転移して来た身ですのであまり大きなことを言えませんが」
「セチアさんは転移して来たんですか。どうやって」
「それが突然なんです。朝起きたら見知らぬ土地で。……きっと世界から弾き出されてしまったのでしょうね。私たちは宿命とはいえこの手を血で染めすぎてしまいましたから」
「これは聞かないほうがいいやつですよね」
「そうですね。聞かないでいただけると幸いです」
その物憂げな表情からは想像を絶する過去を予感させた。悔しいとか悲しいとか、そんな甘っちょろいレベルのものではないと確信させられる。
だからもうこれ以上は聞く必要のないことなのだ。
人には忘れたい過去なんていくらでもある。
俺も忘れたい黒歴史はいくらでもある。
「さて、男性は男性同士。女性は女性同士でと思っていましたが、今日は2人でたかピコさんにつきましょう。それで、スケルトンについて僕は全くの素人なので、セチアさんにお願いしたいと思います」
「私もそこまで詳しくはないけど任せて下さい。まずは扱う武器から選びに行きましょう。私が以前いた世界のスケルトンは死霊術師や低位の怨霊が乗り移って動いていました。どちらにしても知性はなく、単純な動きしかできないため、一般的には短剣と円形盾か素手で戦っていましたね。たかピコさんは知性があるようですし、もっと複雑な武器を扱えると思います」
「セチアさんのいた世界って一般的にスケルトンがいたのですか?」
「はい。アンデッドならスケルトンやゾンビ問わずその辺にウロウロ湧いて出る最弱モンスターです。この世界では全く存在していないようですが」
「セチアさんの世界では一般的だったのですね。ここでは遥か昔に存在した伝説のモンスターの1部。スケルトンやゾンビも創作物の中の架空の存在です。僕のいた聖王国の司教を筆頭にウォーキングデッドの対策を全国で行っているので今後も現れないでしょう」
「それは素晴らしい活動です。あ、決してたかピコさんの存在を否定しているわけではありませんよ」
「全然気にしてなんかないですよ。俺のいた世界もスケルトンなんていませんでした。アンデッドになった時は戸惑いましたが、少なくとも暮れない太陽のみなさんはこんな僕を受け入れてくれて、ほんとに、ほんとにかんしゃのことばも、あ、あり、ありません!」
彼は本当に、心の底から暁さんや周りの人たちに感謝をしている様子だ。元々人間だったが故に、涙は出ずとも泣きむせぶし、驚いたり共感したりしている
感情の記憶があるからこそできるのだと納得させられた。彼が以前、人間だったという話しを証明している。
最初に暁さんがスケルトンを仲間に入れると大手を振った時は、さすがにギルドメンバーの幾人かは反対した。
魔人のセチアさんやガフールさん。吸血鬼のリィリィちゃん。籍だけ置いていて、時々ふらりと現れては塔を制覇していく月下の金獅子と絶望の花嫁。極めつきは、暁さんの旦那さんは魔王であるという。
そんなバラエティ豊かな面々を揃えた暮れない太陽とはいえ、明らかなモンスターを抱き抱えるというのは、対外的にもよろしくないのでは。
そもそもアンデッドと暮らすなんて御伽噺のような現実を受け入れ難い。突然理性を失って襲いかかってきたらどうするんだ。
様々な意見が飛び交う中、結局は暁さんの土下座で、渋々とはいえ落ち着いた。正直なところ、僕も反対派の1人だった。
元聖王国の騎士の端くれとはいえ、信仰していた宗教と教会の教えはまだ頭に染み付いているようで、どうしてもアンデッドの存在を肯定するは難しかった。
それでも、暁さんから詩織さんの監督をするにあたってたかピコさんの同行の誘いを承諾したり、僕から彼に話しかけるようになったりしたのは、彼が誠実な心を持っていると感じたからだ。
アイシャさんや食堂で働く人々にも好かれ、人間のために、あの恐ろしい病院で人体実験(?)に喜んで赴いたり、口だけではない、行動で誰かのためにならんと示している。
だから、そんな姿に、憧れを抱いたのだろうか。進んで手助けをしたいと思うようになった。
ああ、聖王国にいた頃は基本的に自分のためだけに生き、進んで誰かのためになんて考えなかった僕が今こうしていることは、自分が成長した証拠なのかな。
「着きましたよ。メリアローザでも屈指の武器の量を誇る商店です。店員さんにお願いすれば外の広場で試し振りをさせていただけるので、自分に合う武器を選ぶにはもってこいです」
「おわぁ。なんか急にファンタジーって感じが濃くなった」
「ファンタジー……ですか。きっと僕がたかピコさんの世界に行ったら同じことを言うのでしょうね。是非一度行ってみたいものです」
「いやぁどうなんでしょうね。俺からしたら生前の世界は普通の日常なもんですから。ネロさんから見たらファンタジーかもしれないですが」
目移りしながら店内をうろうろする姿が初々しくてどこか微笑ましい。自分も子供の頃はあんな風だったのかな。
武器選びの時は、他の人と取り合いになるなんてよくあるけれど、幸い、というかたかピコさんの姿を見て、それまでいたお客さんが全員店を出てしまったので、誰に邪魔されることもなく選びに放題。
店員さんからは凄い睨まれてるけど。
「やっぱり日本人なら刀がいいよなぁ」
いきなりレベル高いの行きますなぁ。
成人男性並みの筋力があるということだけど、刀は一般的な装備に比べて多少重く、振り下ろした遠心力に負けて足先を怪我することがよくある。彼の場合は怪我をするところがないから、その点については安心だけれども。
「刀もいいですが、とりあえずすぐ使えて扱い易い物を選びませんか? 刀は使い慣れるのに時間がかかりますし、鞘を腰紐に掛けるのが殆どですが、たかピコさんは服を着ないわけですし。刃の短い片手剣や鈍器なんてどうでしょう」
露骨に嫌な顔された。何故だろう、頭蓋骨なのに彼の感情がわかるようになってきている。
これも僕が成長したから。いや違うだろうな。
なんていうかこう、わかりやすいほどのオーラというか、空気感が漂っている。そんな気がした。
諦め気味の彼の鎖骨にセチアさんが、ぽんと手を置いて、一本の脇差を選び出す。どうするのか。しゃがんで、骨盤に空いている2つの穴に刀を通した。
こうしておけば歩く時に邪魔にならないし、紐でくくりつけておけば落ちることはない。逆手なら問題なく抜けるうえに、50cm程度なら狭い洞窟でも走ることが可能。さいあくカニ歩きでなんとかなるはず。細いですからねぇ。スケルトンですからねぇ。
2人して凄いドヤ顔。確かにスケルトンの特性を活かした装備な気がしないでもないけど、もうちょっとビジュアルがなんとかならないだろうか。
身内でモンスター退治とかなら問題ないけど、他国の人と仕事をする時もあるわけだし、そうなると一応ギルドの顔として出向くわけだからさ。
そう説明すると、待ってましたと言わんばかりに、手にしてはいけない物を持ち出した。
鎌。
ダメ、絶対ダメ! それだけはダメ!
動死体から死神に転職しちゃうよ。レベル上がりすぎだよ。自分の立場わきまえてっ!
また2人して、なんでダメなの、って顔しないで。
この国には聖王国発祥とされる信仰が根付いている。
十二神教と呼ばれる神々を祀る宗教の中の1番目の神に、死と平等を司る《生きる者の目指す場所》という神がいる。その出立からしばしば忌むべき者と呼ばれる御姿は、鎌を持ったたかピコさんそのもの。これにローブと天秤を持ったなら、熱心なリブラ信仰者には神が降臨したと勘違いするだろう。
ああそうか。この2人は異世界からの来訪者だから、こういう事情は知らないのか。
ダメな理由を細かく説明すると、ありがたいことにきちんと納得してくれて、鎌は店の奥へ封印された。
それにしてもあれだな。スケルトンに鎌を持たせるのに抵抗ないんだな。僕は冷や汗がでたよ。
カルチャーショック…………いや、異世界ショックというべきだろうか。
その後も、たかピコさんが選ぶのは、チャークー(剣身から数本の刃が突出したソードブレイカー)、テブテジュ(木製の剣身に数十本のサメの歯を紐でくくりつけた剣)、マクアフティル(木製の刀身に鋭い黒曜石を取り付けた剣)、金砕棒(鉄の棘のついた棍棒)、狼牙棒(枝の先についた楕円球から放射状に伸びた棘のついている鈍器)、スパイクド・クラブ(ほとんど釘バッド)、微塵(1つの鉄輪に棘鉄球のついた鎖が3本ついた投擲武器)といった棘付きの武器ばかり。
もしかしてあれなのかな。スケルトンになって自分の突起物がなくなってしまったものだから、本能的に求めてるとかじゃないよね。殺傷能力は認めるけど、そんな変わり種ばかりもってこられても困る。
武器は消耗品なわけだけど、そんな見たこともない武器の手入れなんて作り手ぐらいしかできないよ。
それにしてもよくもまぁそんな変な武器を置いてるよね。誰が買うんだろう。
基本的に他人の意思を尊重するように努めてるけど、こればっかりはアウトの連続。
戦闘の経験が長いセチアさんに武器選びをお願いしたけど、どうもこっちもハズレらしい。
エクゼキューショナーズソード。それ処刑用の武器ですよね。デスサイズの次にダメなやつです。
チャークー。この2人、感性が似てるのかな。
ランス。うん、4mもあるね。どこに置いてあったのそれ。
銅拳。見た目は面白いけどちゃんと凶悪なところがシュール。
スコーピオンテイル。やっぱりこの2人の感性似てる。
マンキャッチャー。だからそういうのダメだって。
普通にショートソードとバックラーじゃダメなのかな。桜さんのアヴァランチに耐えたらしいから、防具が不要なら使いやすい両手剣から始めたほうが初心者には変なクセがつかなくていいんだけど。
色々悩んだ結果、骨盤に脇差という姿に落ち着いた。
暁さんが見たら爆笑するだろうな。
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▼装備品▼
桜「たかピコさんのあの装備、本当にアレでいいんですか」
ネロ「いきなりそこを突っ込まないで下さい。本人はあれでいいとおっしゃっていますし、実際、振り抜いたり走ったりしてみてもらいましたが、特に問題もなかったので」
桜「そうですか……暁さんが見たら爆笑必至でしょうね」
ネロ「ええ……」
桜「まぁ、気を取り直して、今回のお題といきましょう」
ネロ「装備品といっても含意が広すぎますねぇ」
桜「適当でいいんじゃないですか。他の人もそのようですし。というわけで、装備品といえば武器や防具、アクセサリー風の魔道具や装飾品。細かく話せば語り尽くすのに時間がかかりますが、とかく私のはこれ。直刀・五月雨石榴」
ネロ「その武器の説明はやめにしませんか?」
桜「そんなひどいっ! 切り口が石榴のように爆発するだけのただの妖刀ですよ。たしかによく狩猟に出かけられるネロさんとしては、狩るなら脳死状態にして鮮度を保ちたいという趣旨からは外れてるので、あまり素敵な武器とはいえませんが。殺傷能力は極めて高いのですよッ!」
ネロ「ああ、うん……。脳天をかすめた猪がぶっ飛んだビジュアルを思い出したくなかっただけです。続けて下さい」
桜「あとは手裏剣だとか、簡易魔法符とか。最近では暁さん風に剛拳も覚えたいと思っていて、鉄籠手が扱えるよう鍛えてるところです!」
ネロ「桜さんは本当に頑張り屋さんですね。ピアスや髪飾りにも細工がしてあるのですか?」
桜「私は暗殺者ですから色々と携帯しています。耳のピアスは諜報用で遠くの音を聞いたり周辺の気配を探知できる魔道具です。髪飾りは魔力を込めると非常用の短刀になります。下着や靴にも仕込んでありますがその説明はおいおいですね。ネロさんの魔法剣にはどんな能力があるのですか? 多様な属性の魔法を使いこなしているようですが」
ネロ「僕のエクスカリバリュエルは刻まれた魔力回路に魔力を込めるだけで魔法が発動するんです。多種多様な魔力回路が織り込まれていて、単体でも十分ですが、複数の魔力回路を同時に起動させると、全く想像もつかない現象が起きるんです。まだ全てを試したことはありませんが、いつか全てを扱えるようになりたいですね」
桜「それでしたら1つずつ試してみればいいじゃないですか。何か問題でもあるのですか?」
ネロ「それが、複数の魔力回路を使うものは、どうやら条件に合う環境が必要なようで。感覚的には上位魔法程度の威力だと思いますが不発が殆どですね」
桜「それは面白いですね。昨今の装備品は魔力回路を刻むものばかりでどれも素晴らしいです。武器屋さんに行くと、全部欲しくなってしまいます。ネロさんはお手持ちの剣以外に何か使われているのですか? 魔法はどんなのが使えるんですか?」
ネロ「実は魔法の才能が全然なくて。僕は基本的に剣1つで事足りてます。エクスカリバリュエルは魔法の才能のない僕でも、魔力を刀身に流すだけで、魔術師さながらの魔法が使えますから。でも最近はどんな状況でも対応できるように装飾品や簡易魔法符の扱いを覚えているところです。よかったらご教授願えますか?」
桜「それはいいんですが、……え? ネロさんって魅了の魔法が使えるのでは」
ネロ「? 僕はチャームなんて使えませんよ。それに他者の精神を変質させる魔法は国際規約で禁止されていますし」
桜「え、じゃあ、チャームを使ってハーレムを作ってるってうわさはデマなんですか!?」
ネロ「ちょっと待って下さい。全く話しが見えませんがなんのことですか。それどこ情報ですか」
桜「てことはエレニツィカさんもヘレナさんも、ブラードさんやその他の人も素なんですか。素でネロさんのことを!」
ネロ「ちょっと待って下さいっ! それきっと僕が知ったらダメなやつですよね!?」
桜「チャームの魔法を教えてもらって、今度こそスカサハさんをと思ってたのにぃ!!」
ネロ「まだ未練があったのですか……。気持ちは分かりますが、魔法で手に入れた愛など真実の愛では。それより噂の出所を!」
桜「ハーレム野郎にこの気持ちがわかるかあああぁぁぁッ!!」
ネロ「これは……重症ですね」




