トーストのように転生特典も選べたら
昨日は山小屋で寝たせいか身体中が痛い。ギルド加入の試験で走り回ったり毒にかかって身動きできなくなったり、想像していた異世界生活と全然違う。
もっとこう、悪いモンスターをオラオラ狩って、強い仲間と出会って、私の為に争わらぶろまんす、とかあるもんだと思っていたのに。
朝ごはんを食べるのにすら困る始末。
なにせお金を持ってないからね。無一文だからね。一杯のミルク、モーニングトーストとアップルバターの軽食にすらありつけない現実だよちくしょうめがっ!
しかも暁さんの話しによると、ご飯と宿賃のツケがあるらしい。宿代はまぁいい。たしかにここで寝泊まりしていた。
ただ、飯を食った記憶がねぇ!
異世界生活を送って数日経ったのは覚えているけど、食事の記憶が全然無い。
さらには暁さんからツケの話しをされたって言われたけどその記憶もない。嘘を言っている様子はなかったし、そうすると私が忘れてるってことになるがそんなことあるのか。
頭と腹を抱えて悶絶している私の前に、嫌味か知らないがネロと呼ばれる男性が2人分の朝食を持って、お邪魔しますときたもんだ。
見た目はすごくおとなしそう。おっとりとした表情で結構イケメン。試験官役の時もしばしば助けてくれた人だけど、どうも何を考えてるのか分からない。
「おはようございます。昨日はゆっくりお休みになれましたか?」
「あ、あんまり眠れませんでした。疲れすぎて」
「そうですか。昨日は日没まで動きっぱなしでしたからね。それと、これはお近づきのしるしということで。こちらはプレーンなトーストとバターです。もう一方は僕のオススメで、アップルバターとアンチョビなのですが、好きな方を選んで下さい」
「いいんですか! ありがとうございます。ではバターの方をいただきます」
「はい、どうぞ。それと食事が済んだら食堂で待っていて欲しい、と暁さんがおっしゃられていました。なんでも詩織さん向けの仕事を紹介してもらえるということですよ」
「え、あ、はい。わかりました」
やっぱイケメンは心の器の大きさが違うわぁ。
屈託のない笑顔が好印象。あれ、これってもしかして脈アリ? 脈アリなんですかぁ〜?
しかしアップルバターにアンチョビとはどういう味覚をしているのやら。もしかして外面はいいけど中身は変態なのか。多少はイケメン補正でカバーできるけど、トーストに魚を乗せるのはここの文化なのか。
サラミやトマト、チーズを乗せてピザトーストにするのは分かるけど、魚とパンを一緒に食べる習慣のない私にはよくわからん価値観だ。
私が食べるわけではないからいいんだけども。
ともかくトーストとミルクで空腹を満たし、ひと息ついていると、朝食を持って暁さんとアルマが顔を見せる。
暁さんはトーストに小倉餡と蜂蜜の組み合わせ。
アルマは……トーストに納豆と粒マスタード……だとッ!?
小鉢の中で納豆とマスタードがぐるぐる回る。トーストの上に引き伸ばしたら、あっという間にぺろりんちょ。
マジか…………。
納豆ってパンに合うの?
カレーに入れてる人は知ってるけど、それはあくまでごはんに合うならカレーにも納豆はセーフってだけで、ごはんとパンを一緒に食べないように、パンと納豆はありえないっていうかなんなんだこれ。しかもマスタード? カツオ出汁だろそこは!
「アルマ、それうまいか?」
「とっても美味しいですよ。アルマのイチオシです」
「マジかー。あたしは納豆にはご飯派だなぁ」
「暁さんこそ、なんで餡子に蜂蜜なんですか? 餡子にはやっぱりカレーですよ」
「マジかー。その発想はなかったなー」
餡子には塩まぶすだろ普通!
百歩譲って蜂蜜はいいだろう。甘いもの同士、合う気がする。だけどカレーはない。カレーこそ納豆だろ。そしてカレーには焼きバナナだろ!
「詩織はトーストに何を乗せるのが好きなんだ?」
「あ、わ、私ですか。そうですね。普通にバターがいいですけど、果物のジャムも好きですね」
「それなら是非バター状のアボカドとパクチーを食べてみて下さい。すっごい美味しいので!」
キラキラした目で見られても、そのチャレンジはしないかな。これ以上、ゲテモノ話しに巻き込まれるのを嫌って、仕事の話しを振ったのに、またトーストのトッピングを語り始めた。
「この前、ネロがアルマにオススメしてたやつ。アップルバターにアンチョビの組み合わせを試してたじゃん。アレどうだった?」
「普通に美味しかったですよ。あまじょっぱい風味が食欲をそそる感じです。でもアップルバターの甘味が強すぎるので、アンチョビの塩気をもう少し強めにしたほうがアルマは好みです」
「へぇ、そうなのか。…………というわけで、突然ですがアルマは今、嘘を吐いたでしょうか!」
「なにがどういう理由で突然なんですか!?」
事情を聞くところによると、先日の占い師の件で、もしかしたら私には人の嘘を見抜く能力があるかもしれないらしく、それのテストだという。
その前に、占い師ってなんのことだ記憶がねぇ!
暁さんも先輩も一緒に出向いたという。全く記憶にないが、ツケの話しも記憶がないし、これ以上、記憶にございませんというのもバツが悪い。
それに覚えてなくても今のところ問題なさそうだし、ここは知らんぷりしておこう。
さて、気を取り直して本題に入るとするか。
アルマが嘘を吐いているということだが、それはもうわかってる。てか、こんなの普通に人の顔を見ればわかるもんじゃないの?
他の人はそうではないようだが、まさかこんな、【嘘を見抜く】なんてのが転生特典で付いた能力じゃないよね。こんな役にたたなさそうな能力要らないんだけど……。
「信じがたいですが、アップルバターとアンチョビのトーストを食べたのは本当だと思います。味の感想については本当のようですが、食欲をそそるとか好みだとかってのは嘘だと思います」
「わぁ、凄いです。全部合ってます!」
「おおぅ。やっぱりそうだ。アレだろ。雪子が言ってた転生特典ってやつだ。不意に異世界を転生すると特別な能力が得られるらしいやつだ」
「転生特典! なんですかそれ! アルマが読んできた本のどれにもない言葉です。もっと詳しく教えて下さいッ!」
「こんなダサい転生特典嫌あぁぁッ!」
戦争も終わり、文化の時代が到来しつつある。
戦時中、同盟を組んでいた聖アルスノート王国とメリアローザ王国は戦勝国としてこの小さな島国に君臨し、今なお大きな力をふるっている。
だからこそ両国は他の諸外国に比べて対話の機会が多く、互いの文化や価値観が混ざり合いながら成長を遂げてきた。
その多くは2つの国を行き来する商人のたゆまぬ献身と欲によって培われ、今なお発展を続けている。
そんな商人にとって大事なものは何か。
損得勘定か。
信用か。
金か。
どれも大事だ。
だが今回最も注目されているのは『道中の安全』だ。
命あっての物種とはよく言ったもので、読んで字の如く、死んだら経験も大金も役にはたたない。
旅の途中には集落や部族と呼ばれる一団。あるいは潜伏する盗賊など様々な人々が生活している。
片道を馬の脚でこの距離を渡るには早くて2日はかかった。だから知り合いの村へ寄って一夜を過ごしたり、野宿をしている間に野盗に襲われている。
近年はその状況を重く見て、国規模での外道整備と宿場町の建設を話し合う場が設けられることになった。
今日がその記念すべき初日。
なのだが…………。
「いいか詩織。あたしが喋っていいって言うまで黙ってろよ。約束だからな。あと、相手は一応、国を代表してきてる特使だから顎の裏を見せるような態度は厳禁だからな」
「わかってますってー」
本当に分かってるならいいが、これまでの挙動を鑑みるに、不意に何かやらかしそうで怖い。とはいえ今日は相手が相手なだけに手段を選んではいられない。
聖アルスノート王国から派遣されてくる商人はエヴァング・サファイア。商人仲間の間ではあまりいい噂を聞かないことで有名な人物だ。
乱暴な恫喝や脅しは使わないが、いつのまにか交わした契約書の内容が変わっていたり、契約書と違う行動をしたりと、多くの人間が泣き寝入りを強いられているという。
アルスノートの王は若いが極めて賢く、正義に準じる強い心を持っている。甘いマスクに誰にでも優しいとくれば世の女性の注目の的。なぜ結婚しないのか、しばしばそんな噂が囁かれていた。
その彼がこの男を寄越したというのは、きっと抱え込まれている宰相か誰かが推したのだろう。和を尊ぶ王子様は自我を無理に押し付けたりしない。そんな優しい心につけ込まれたに違いない。
それは仕方ない。なればこそ、あたし達はあたし達の生活を守るために自衛するだけ。
なのだが…………。
ここでもまた1つの問題が生じていた。
我がメリアローザ王国の王、ゴルドフリー・メリアローザは純粋すぎるのだ。
人が人を騙すなんてことはないと本気で信じているし、嘘や下心なんてなにかの間違いだと思い込んでいる。子供相手ならいいんだけど、海千山千の大人の世界ではそうもいかない。
流石に10年前の戦争で痛い目に遭ったのをきっかけに、そういう考えを積極的に表に出そうとはしないが、彼の心の中に咲いた花畑が不滅であることは誰もが知っていた。
今回の交渉パーティーは国王様を筆頭に、聖アルスノート王国の事情や法律などに詳しいネロが護衛と交渉の牽制役。詩織は豚野郎の嘘を見抜く監視役。交渉の助言や補佐的な役割としてあたしが席に座ることとなっていた。
あくまで決定権は国王にあるが、内容の提案や詳細な段取りはあたしが担当する。もしも国王に決めさせようとすると、相手の言うことに、全て首を縦に振ってしまいかねないからなぁ。
もう1人、国王のお目付役として胡蝶の夢から鹽原秋乃さんが同席している。
左目の涙黒子。気品漂う出で立ちは大和撫子を思わせる彼女は、実は王の再婚相手ではないかと囁かれていた。しかし、秋乃さんの素性を知るものなら、そんな噂など鼻で笑っていることだろう。
彼女の職業は踊り子と薬師。と登録されているが、本職は暗殺者。高齢のおじいちゃんの体調管理をしながら身辺警護を任されていた。平和になった最近では主に食事制限の観点から。
さて、相手方さんは脂ぎった表面積の大きい中年。聖王国からやってきたエヴァング。その隣に記録係をしている細身の青年が息子のエリオット。父と違って誠実で頭の回転も悪くないという。少し気弱なせいか、機会を逃すことが度々あるのがたまに傷だそうだ。
あとは背後に護衛が3人。まぁ国主体の事業とはいえ初っ端の話し合いならこんなもんか。実務的な話し合いに煌びやかさなんて必要ない。大仰なのは調印式だけで結構です。
「さて、挨拶もそこそこに、できるだけ詰めていきたいと思いますが、とりあえず現状の再確認とお互いが用意してきた骨子案のプレゼンといきましょう」
エヴァングが話しを切り出して、事前の打ち合わせ通り手順が進む。
元々聖王国とメリアローザの間に等間隔に3箇所の宿場町の建設を予定していた。内2箇所については、それぞれの国で建設するということでまとまっている。
残りの1箇所。ちょうど2つの国を挟んで真ん中にある地点の建設員の派遣だとか金銭の払いをどちら持ちにするかだとか、利益の配分はどうするかと言った具合の相談。これが主な主戦場となる。
想像以上に話しが噛み合い、どんな施設を入れるか、建物の規模は、収容人数や働く人の福利厚生や生活の補助。伐採規模から家畜、畑などの整備。治水工事などなど。
むこうさんはざっくりとした中身だったが、こっちは訳あって予定地の地理や周辺の状況を知っていたから、かなり細かいところまですでに詰めて計画書を作成していた。
殆どこちら側の意見で話しが通っているが、こういう何かを作る時は少しでも自分の意見を取り入れたいもの。これは俺のアイデアなんだぞ、って自慢したい心があるに違いない。
誰だってそうだ。別に卑しい事じゃない。
それでも、エヴァングがほいほい承諾する理由は、彼も彼で商人仲間や王国の役人から宿場町の建設を急ぐようせっつかれているということらしい。何より現実的で素晴らしい計画だと感心しているからだろう。特に彼自身、商売をするにあたって問題視していたし、一刻も早く工事を始めたいと願っている1人だったからというのもある。
小休憩を挟みながら、この日は時計の針が一回転するまで膝を突き合わせることとなった。
ギルドに帰る頃にはもう深夜。
晩飯を食べたとはいえ流石に小腹が空いた。
「今日は本当にお疲れ様。まさかこんな長丁場になるとは思わなかったな」
「横で立ってるだけですけど、もうへとへとです。お夜食ないんですかぁ?」
「気を利かせてアイシャが冷蔵庫に作り置きをしてくれてるぞ。しもつかれと、ご飯と、鍋の中の味噌汁は食っていいって」
「それじゃあ僕が温め直して用意してますね。暁さんと詩織さんはゆっくりしておいて下さい。しもつかれはいい塩梅にうっすら凍っていますが、お二人はそのまま食べますか。それとも温めましょうか」
「あたしは凍ったままご飯に乗せる派。詩織はどうする?」
「それがなんなのか分かりませんが、分からないのでお二人と同じようにします」
「かしこまりました。では準備しますね」
できる男は気が利くなぁ。
さて、飯を食ったらすぐに寝て、朝一番で議事録の整理と今後の方針の練り直し。それからチーズを受け取りにチックタックさんのところへ出向く必要がある。
チックタックさんは人付き合いが苦手で、メリアローザから離れた山奥の洞窟でチーズを作りながら生活しているギルドメンバーの1人だ。
彼女が1人でも楽しく生活できるようにと案内した秘境の近くが、今回の建設予定地の目と鼻の先だから、そのように説明しておく必要が出てきたのだ。
「それで、会議が始まる前に説明しておいたが、エヴァングはどうだった。何か嘘はついていたか?」
「えぇ……特に何も」
「そうか。それならいいんだが。流石に王族を陥れることはしないか」
「ただ、そうですね。どうにかして荒稼ぎしてやろうって感じはぷんぷんします」
「まぁ商人ならその考え方は正常だ。だがまだ油断できない。噂ではあいつの手口は契約書にあるらしい。次回は細かい利益配分と経費についての議題になるから、用心してくれよ。安心しろ。命の危険はないし、何もなければそれでいい。ちゃんと報酬も用意してあるから。それと、明日になるが今日の仕事分の報酬を渡すから」
「マジすか! おいくらいただけるんですか!」
「10万シエルだ。このしもつかれとご飯と味噌汁の軽食が400シエルだとして、250食分ってとこだな」
「ぬぅ。ということは結構割りの良い仕事?」
「まぁ仮にも国家事業の一翼を担っているわけだから、このくらいが妥当だろう。お前の仕事は嘘を見抜くことだ。将来の我々の生活を守る仕事となれば当然さ」
「そ、そうなんですか。いやぁはじめはなんてダサい転生特典だろうって思ってましたけど、お金になるってわかると可愛く見えますねー」
「だろう。バカもハサミも使いようってな。あっはっはっ」
「なんかバカにされた気がしますけど、まぁいいかー。あっはっは」
「それから、今回の報酬からツケ代をちゃんと引いとくからな」
「…………はい」
なんて不服な顔をするのか。ちょっと腹は立つがこの調子でいけば自立できそうだし、合法的にツケもちゃんと払わせられるし、よしとするか。
ただなぁ。本人はダサいなんて言ってるが、お前の嘘を看破する能力はとてつもなくヤバい能力だということを自覚して、むやみやたらに使わないようにしてくれよ。なんとか気づかせる方法はないものか。
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∮驪龍眼∮
たかピコ「痛あぁぁぁぁぁあッ!」
暁「どうしたたかピコ! お前痛覚あるのか。大丈夫か?」
たかピコ「いやそうじゃなくてですね。今回のお題が厨二病全開だったんで心の古傷が……」
暁「そうそれだよ。雪子も詩織も驪龍眼の話しをするとちゅーにびょーちゅーにびょーって言うんだ。もしかしてあれなのか。あたしは病気なのか。まさか余命数年なんてことはないよな!?」
たかピコ「大丈夫です。命に別状はありません!」
暁「そうか、ならいいんだが。まだ赤ちゃんも作ってないのに旦那と嫁より先に逝くなんて絶対嫌だからな。ところでなんでちゅーにびょーって言うのか理由が知りたいんだが」
たかピコ「あぁ……多分この世界とは価値観が違うので少し説明しづらいといいますか……俺の黒歴史を紐解くことになるのでその話題は避けたいんですけど」
暁「? そうか、たかピコが言いたくないなら言わなくてもいいんだが。本当に命に関わらないんだよな?」
たかピコ「それはもう大丈夫です。全く問題ありません。暁さんは健康そのものです」
暁「そうか。その確認が取れただけで満足だ。じゃあ今日はこれでお開きってことで」
たかピコ「いやいやいや、それとこれとは別でしょう。えっと、眼帯の下の瞳って左目と違う模様ですが、それが暁さんの固有魔法なんですか?」
暁「話しを繋げようと無理やり質問をぶつけてきたな。まぁいいけど。これはさる御仁から譲ってもらったもので固有魔法じゃないんだ。あたしが10歳の時に色々あって右目を失くしてしまってな。知り合いが眼を譲ってくれるっていうからありがたく頂戴したんだ」
たかピコ「そ、そんな簡単に眼を譲ってくれる人が知り合いにいるとは。暁さんの人脈は凄いですね」
暁「あたしのというか、両親の人脈だな。本当に感謝してるよ。ちなみに人じゃなくて魔神だ。百眼魔神って名前でその身に眼を百個以上持ってる。あ、彼の名誉の為に言っておくが、その眼は誰かれ構わず奪い取ったものじゃないからな。ちゃんとギブアンドテイクしたもの。らしい」
たかピコ「うわぁー。魔神なんて存在がいるのかぁ。さすが異世界っすわー」
暁「異世界だから魔神がいるっていう理屈はよくわからないが。そんなこんなでずっと助けられてきてるよ。実は眼帯越しでも両目がある時と同じように見えてるんだ。集中すれば魔力回路や気の流れも読むことができる。数秒先の未来も見える」
たかピコ「最後にしれっととんでもない能力が暴露されましたが」
暁「見えたからってその通りになるとは限らないぞ。未来は誰にも分からないからな。だからこそ人生は面白い! もしかしたらお前も人間に戻れるかもしれないし」
たかピコ「マジすかっ!」
暁「ああ! 保証はないがな!」
たかピコ「そぅっすか……」




