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頑張ってもダメなものはダメ

 薔薇の塔。


 メリアローザ王国建国当初から存在する謎の塔。

 塔と呼ばれるにはあまりに低く、最初は小さな黒い丘と呼ばれていたらしい。


 名前の所以は内部のゲートを通って次々に、様々な場所を渡り歩くところから来ている。上階に登っているのか。はたまた降りているのか。それとも異次元に繋がっていて別世界を旅しているのか。

 その全貌は明らかになっていない。

 ただ1つ言えることは、この塔がもたらす恩恵は計り知れないという事実だ。


 特殊な武器、新鮮な食材、高価な薬の材料。

 飢饉や物価の高騰にも、塔からの恵みによって乗り越えてきた。

 特に近年解放された27層は多くの人々を幸せにしている。肥沃な大地。山に湖。森、草原、湿地。原初の生活を営む動植物。肉食、草食問わずそれぞれの生き物たちが自由気ままに暮らしていた。


 だからこそ、人間が土足で入り込み、野蛮な集団とならないよう1人の人間がこの27層で暮らしている。


 アールロイ・バルクロイ。


 彼は生来、生物を斬る衝動に駆られる哀れな咎人だった。ある日、動物を狩っていた時、誤って人を切りつけてしまったことから殺人未遂として、罪人として指名手配された。

 討伐依頼を受けた暁は男の本性を知り、この地へ導いたのだ。


 曰く「罪を償う意思があるなら生きて償え。安心しろ。お前がお前のまま生きられる場所を案内してやる」


 そうして彼はこの地へ来て以来、27層に1人で生活をしている。狩りの手ほどきの為にチームを組むこともあるし、ジビエ料理にするために、狩った獣の処理を教えたりもした。


 塔を降りて街を歩く時は決まって新しい武器の調達をしにくる。常に狩りに出ているアールロイに、暁はいつも、たまにはみんなと飯でも食おう、と誘うのだが、彼はいつも断った。

 忌み子の自分はここにいる資格はない、と。

 そんなことはない。誰もが感じていた。確かに生物を殺す衝動があるが、その対象は誰もかれもではないし、衝動が人に向けられたことは1度もない。


 以前のことを詳しくは知らないが、衝動は彼の手の中にしっかりと握られている。きっと暁が居場所を与えてくれて心が安定してきたからだと誰もが信じた。

 最初会った時のような、世界を憎む目などもうしていない。日々の生活に満足している顔だと、誰もが彼を評価し、感謝している。


 アールロイが運んでくる肉はきちんと処理され、保存も完璧になされている。死骸の処理にしても感謝とともに供養を行い塚に納めていた。

 生態系を守る為に定めた厳しい規定を破ったことなど1度もない。


 その尊き姿は暁を含め頼りにしてくれる人、全てに感謝をしているからこそのもの。見返りを求めようとしないし、頼みを出せば快く引き受ける。


 27層は次のゲートへ向かう途中、他の層に比べて危険は少ない。それでも突然襲ってくるモンスターはいるし、毒の棘を持った草木や虫も多く存在する。

 彼がいてくれるから安心して轍を踏むことができると、誰もが口を揃えてアールロイの行動を称えた。




「暁とネロか。久しぶりだな。話しは聞いているがそっちの…………」


「こっちの動く白骨死体はたかピコ。女の子のほうは五十嵐詩織ってんだ。たかピコはギルメンになったんだけど、詩織はまだだからここで試験がてら実践してもらおうと思ってな。ヤバかったら止めるくらいで。とりあえず1人でやらせるから」


「だーかーらー! ギルメン契約しましたって」


「いや絶対記憶違いだよ。実際、契約書が無いわけだし。誰も契約したところを見てないし」


 ぶりぶり文句を垂れながら、仕方なしに付いてきた詩織ちゃんのギルメンテスト。


 病院でもみくちゃにされる以外は食堂で掃除をしている俺の耳には詩織ちゃんの悪評が聴こえていた。

 彼女自身の問題なんだけど、やっぱり放ってはおけないから暁さんに相談すると、彼女も少なからず努力しているようだからチャンスを与えるつもりだということ。そんなわけで今日は、暁さんをはじめアールロイさんとネロさんに監督として同行してもらう。

 俺は見学。


「今日はアールロイが指定したモンスターを倒してもらう。それが全部できればギルメン契約してあげる」


「そんなの簡単じゃないですか。どいつもこいつも弱そうなモンスターばっかりだしぃ」


 どっからそんな自信が湧いてくるのかわからないけど、魔法を使えるようになったらしいし大丈夫だろう。大丈夫じゃないのに試験に誘わないだろう。きっと多分おそらく。


「随分と威勢だけはいいみたいだな。それじゃあ中型の草食動物を1体、仕留めてもらおうか」


 酒灼けしたような声の主は背中を見せて、湖の見える丘まで俺たちを案内した。眼下に広がる景色は映画やドキュメンタリー番組で見た秘境の地。湖の青、短い草のなる緑の草原に中型車程度の大きさのトリケラトプスのような生き物がいる。


 あれを指さして、1匹殺せば他は散り散りに逃げていく。もしも殺しきれずにもたついたら、仲間を助けようと集団になって襲ってくるから気をつけろ。と親切に教えてくれた。

 弱肉強食の世界で生きてきた彼らなら躊躇うことなどないだろう。しかし詩織ちゃんはつい先日まで剣も魔法も持ったことのない一般ピーポー、あんな動物を食料調達とかギルメン試験とかって言って喉に切っ尖を突き立てられるはずがない。


 やっぱりここは戦闘とか戦う系以外の道を模索したほうがいいんじゃないだろうか。

 そんな心配をよそに、自慢の鎧を見にまとった少女は浮き足立って駆け出した。


「こんなモブモンスターなんかイチコロでやっつけてやんよ!」


 あぁ〜……なんか思ってた展開と全然違うなぁ。嬉々として暴力を振り回す彼女の姿を見ると、頼もしさより哀れとか、悲しみを覚える。

 さらに残念なのは、分不相応にも群れの中で1番大きなモンスターに食ってかかったこと。

 鱗は硬く素人の剣は軽々と弾かれる。そうしている間に反撃されるは仲間を呼ばれて押しつぶされそうになるは見ていられない。


 やれやれとため息をついた暁さんはネロさんに頭を下げて詩織救出に向かわせた。

 銀色の長い刺突剣を天に掲げて、剣先から迸る雷を轟かせながら近づき、モンスターの群れを散らせていく。


 ネロさんの職業(クラス)は魔法剣士。

 魔法を剣に流して飛ばしたり、纏わせて魔法を付与した斬撃で攻撃したり、いかにも剣と魔法のある世界って感じ。

 元々は高名な騎士団に身を置いていたが、周囲のパワハラが原因で暮れない太陽に籍を移したらしい。

 どこの世界でも人間のやることってのは変わらないもんなんだなぁ。


「おい暁。俺が言うのもなんなんだが、コイツ大丈夫か? 自殺願望があるなら病院に連れて行けよ」


「すまない。あたしもまさか1番デカイ敵に走って行くとは思わなかった。コイツはどうも日常的に非常識なことをするのが好きみたいでな。死地に追い込めば死ぬ気で自力で考えるだろうと思ったんだが、どうも想像力に欠けるようだ」


「それもありますが、彼女の言葉から察するに、見てくれで相手を侮るところがあるようですね。エレニツィカさんの件もありますし、客観的に自分が見れていないようです」


 伸びてぶっ倒れているボロ雑巾を覗き込んで試験官の3人が値踏みしている。

 総評として、物怖じせずに突っ込んで行くところは評価するが、想像力の欠如に問題有りと判断。きっと彼女が聞いたら憤慨するだろうが、わずかでもプラス評価をしてくれるだけ素晴らしい大人たちだと俺は思う。


 次は湖で釣り。魚を100匹釣るまで帰れまひゃく。

 警戒心が薄いのか、針にミミズを刺して垂らすと秒で食いついて釣れる。こんな笑いがとまらん釣りは初めてだ。

 だというのに、詩織ちゃんはミミズを触りたくないと言って拒否。入れ食い状態の4人を見て、釣り針だけで釣れると豪語した挙句、収穫は0。

 昼のご飯は俺が釣った魚をあげた。せっかく釣った魚だけど、俺は食べられないしな。


 虫捕り、蛇掴み、狩猟したモンスターの処理。

 俺たちが生きてきて1度も体験したことのない経験ができて俺はすごく楽しいけれど、正反対に彼女は不機嫌。ずーーーっと愚痴を漏らしながら涙目になっている。


 戦闘が得意の自分に、なんで採取や加工のお題ばっかり出すのかとふてくされていた。

 どの口が言うのよ。と、本人の前では言わないけれど、きっと戦闘技術うんぬんを観てるんじゃないよ。

 彼らは詩織ちゃんの資質を観ている。

 どんな性格で何ができるのか。何ができないのか。好きなことは嫌いなことは。問題に立ち向かう時、どういう考え方をするのか、とか……。


 いつの間にやら夜になって星々が瞬いている。

 ここって塔の中だから室内のはずなんだけど、もうどうでもいいか。実は空も星もただの壁。1日を演出する為の装置だと言われても、だからどうしたって話しだし。

 地平線の向こうは見えない壁だって言われても、同様にだからどうしたってお話し。

 今大事なのは詩織ちゃんの将来の話しなわけで……。


「お疲れ詩織。試験なんだけどな、不合格な」


 突然の宣告に開いた口が塞がらない詩織ちゃん。

 出会い頭の挨拶のように不合格を叩きつける暁さん。

 むしゃむしゃと晩御飯を楽しむ2人。

 短い草の中に埋もれる俺。


「どういことですか! 私こんなに頑張ったのに不合格なんてあんまりです! 取り消して下さい。取り消して下さい!」


「頑張ったら合格だとか、頑張ったから認められるなんて甘ったれたこと言ってんじゃないよ。頑張った結果、死にましたじゃ世の中通用しないんだ。頑張ろうが頑張るまいが結果を出さなきゃ認められない。そうだろう?」


 ぷっくりと頬を膨らまして目に涙を浮かべ、無言の懇願をしている。反論しないところを見ると、流石に今日の自分がダメダメだということは自覚しているらしい。それだけでも大きな進歩だと思うが、この異世界、それだけではまだ足りない。

 今回はベテランがいたからいいものの、1人だったら死んでいた場面も何度かあった。

 食べ物を採るのにミミズが触れないなんて話しにならない。餓死するだけだ。


「だがまぁ、世のため人のために頑張るってんだったら合格にしてあげてもいいよ。誰だって頑張るやつを助けてやりたいと思うしさ」


「ぐうううぅぅぅ…………わかりましたぁー! よのためひとのためにがんばりますぅー!」


 なんでそこで嫌な顔をするのか分からないが、とにもかくにも一件落着。になればいいな。


 ___________________________________________


 〓転移陣(テレポート・サークル)


アールロイ「今回のプチ情報コーナーのお題は転移陣(テレポート・サークル)か。塔の層と層を繋ぐ扉のことだな」


アルマ「そうなのです。予め登録しておいた転移陣の場所へ人や物を移動する設置型の魔法陣の1つです。街の特定の場所にもあって遠くに移動する時は必ずこれを使います。国の端から端まで歩いてたら1日以上かかりますからね」


アールロイ「街にもあるのか。街へは殆ど行かないから知らなかったな」


アルマ「ぜひぜひご飯をご一緒して下さい。アールロイさんの使う魔法についてもたくさん聞きたいです!」


アールロイ「いや、俺の魔法は殆ど斬撃系だし役に立たないだろ。それより、転移陣ってのは距離に制限はあるのか。塔の転移前と後では明らかに別世界だ。とてもすぐ近くにあるとは思えんが」


アルマ「それが本当に謎なんです。ご存知だと思いますが、塔のエントランスから塔破(クリア)した階層の場所には一足飛びに行けます。でも全く同じサイズ、同じ作りなのに、街の転移陣は使用魔力の量に関わらず移動距離に制限があります。移動距離については魔方陣の大きさに依存していることがわかったのですが、作りは同じはずなのにエントランスから1層に行くのも27層に行くのも同じ魔方陣からなんですよね。理論的には1層に行く転移陣より27層に行く転移陣の方が大きくなくちゃいけないのに」


アールロイ「同じ大きさの魔方陣で行けるということは、考え難いが全ての階層が等距離にあるということか」


アルマ「手元にある情報だけを合わせればそういうことになります。塔はまだまだ謎だらけです。だがそこが素晴らしいです!」


アールロイ「素晴らしいのか?」


アルマ「それはそうですよ! だって未知の可能性が眠っているということは、アルマのまだ知らない魔法がたくさん眠っているに違いありません!」


アールロイ「本当に魔法のことになると、なんというか、眩しいな」


アルマ「そうです! 魔法はキラキラしててわくわくしてて、アルマは魔法でみんなを笑顔にできる、暁さんみたいにカッコいい女になりたいのです!」


アールロイ「暁のようにか。いい夢を持ってるじゃないか」


アルマ「アールロイさんは何か夢がありますか? 塔の制覇とか?」


アールロイ「塔の制覇か。俺を拾ってくれた暁に報いることができれば、今の生活が最上と思っていたが、それもいいかもな」


アルマ「そうですよ。たしかに27層の管理はアールロイさんが適任かもしれませんが、もっと先を見てみたいと思いませんか。アルマは前進成長あるのみです!」


アールロイ「もっと先か。それもいいかもしれんな」


アルマ「ところで話しがだいぶ脱線してしまいましたが、オチはどうつけましょう?」


アールロイ「そこまで考えて雑談しないといけなかったのか。他の奴らは几帳面だな」


アルマ「ほんとですよねー。じゃあオチがないのがオチということで」


アールロイ「…………大丈夫なのか、それ」

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