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 少し遅い時間だったためか、三津坂西中学校の校内に残っている生徒の姿はあまりなかった。

 鞠と透は音楽室を出ると、いつも利用している自分たちの教室や職員室などがある校舎の通路を一緒に並んで歩いて移動して、三階から一階について、それから下駄箱で靴を履き替えて、お互いに傘をさして、雨の降る校庭を歩き始めた。

 鞠の傘は赤い傘。

 そして、透の傘は白い色の傘だった。

「先輩。高校はどこの高校にいくんですか?」

 透が言う。

「地元の北高だよ」

 鞠は答える。

 三津坂西中学校の正門のところにはすごく綺麗な紫陽花が咲いていた。

 その藍色と紫色の花を見ながら、鞠は少しだけ雨の中で足を止めて、そんな風に透と話をしていた。

 それから二人はまた、雨の中を歩き出した。

「ここを出て行ったりはしないんですか?」

 透が聞く。

「しないよ」

 にっこりと笑って、鞠は答える。


 中学生から高校生になるときに、進路の選択肢の一つとして、この田舎にある街を出て、少し時間はかかるけど、比較的近くにある地方の中核都市にある高校を選択する(あるいは思い切って東京に行ってしまう)という選択をすることは、この山奥にある田舎の町で暮らしている中学生にとって、それなりに意味のある大きな選択の一つだった。

 実際に鞠の友人たちの中にも、この田舎の街を出て近くの地方の中心都市や、あるいは東京などの大都市に憧れて、そこにある私立の高校や専門学校に進学する選択をしている生徒もすでに何人かいた。

 そんな鞠自身も、担任の滝先生から、「東京の音楽の専門学校を受けてみないか?」と聞かれたこともあったけど、鞠はその提案を断っていた。

 鞠は中学校の成績はよくて、その中でも音楽の、とくにピアノの演奏の技術が、比較的、ほかの生徒よりも評価されていたので(コンクールで金賞を取ったり、何度か優勝したりもしていた)、鞠が望めば、滝先生やほかの先生の推薦もあるので、ある程度、有名なレベルの東京の音楽の専門学校になら、おそらくなんの問題もなく進学することもできたはずだった。(その考えをしたことがないわけでもなかった。鞠の夢はプロのピアノの演奏家になることだった)

 でも、鞠は、今は(少なくとも、中学生や高校生の間は)、この自分の生まれて育った田舎の街を離れるというような選択はしたくない、と考えていた。

 簡単に言うと、鞠は自分の生まれた街が大好きだった。

 それが鞠が、地元の普通科の高校である三津坂北高等学校を自分の進路に選んだ理由だった。

 ……ただ最近、もしかしたら自分はただ、自分の夢に、あるいは自分の音楽の力や才能といったものに、自信がないだけなのかもしれないとも思っていた。

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