仮寝床04
それから身分証についてですが、とメイドは前置きした。
「『神社』が身元を保証している流れ者として、身分証が発行されます。此方、電子貨幣でもありますので大切になさって下さい」
受け取る。カードというにはやや大きいのは、技術がどうこうというより紛失防止が理由だろう。
「仮に失くされても他人は使えないようになっていますが、再発行には少々御時間頂きますので早めに御連絡を。蝙蝠さまが不便でしょうから」
「分かった」カードを眺める。術式も異能の痕跡もない。「限度額とかある?」
「家、高級車等は相談して下さい」
「それは、うん」身分証をメイドに差し出して、机の引き出しに仕舞って貰う。「えーと、何だっけ」
「表向きの依頼についてです。神社の呪術研究に協力している、という体で御願いします」
それからもうひとつ。
「これだけだと怪しまれそうな場合は『堕ちた竜についての調査』と」
「……成程。その裏まではまず探られない、か」
「幾らか楽観的ではありますが」
と、そうだ。そういうことなら、確認しておかないと。
「この街、竜……堕ちた竜についてどういう認識してんのかな。割と呑気にしている感じだったけれど」
「仰る通りです。神社以外の企と野の人間は存在を知っている程度です。神社だけは、外の呪術組織同様把握しています」
「ん? 神社って呪術組織なの?」
「一応は。呪術師の量と質は外に比べ大幅に劣っていますが、企と野では一番です。他の組織や野良には殆ど居ませんから。……あ」
何かを思い出したらしい。少しだけ何らかの感情が伺える声と表情だった。一瞬だけ。
「『学校』は例外です。御存知でしょうが、念の為」
「有難う。組織名から初耳だ」
そうなんですか、とメイドは淡々と応えた。
「学校という名ですが、企と野の義務教育や高等教育機関とは関係ありません。因みに、普通の学校は多かれ少なかれ神社の影響下にあります」
あっさり因まれた。驚かなくもないが流す。
「学校の目的は神社に依らない戦力の育成です。教育者の中には流れ者も多く居ます。ですので、神社よりも質が」「……ちょっと待って」結論は読めたので、その手前について。「流れ者が、神社を離れて?」
「ええ」メイドは相変わらずの無感情さで頷く。「神社はそこまで拘束のきつい組織ではありませんから」
拘束のキツくない組織、という概念に慣れていないので内心狼狽えた。そこまで隠さなかった。
「と、ごめん。話を戻す。堕ちた竜について詳しく話せるのは、学校……というか、流れ者限定ってことになる、かな?」
「いえ、その……」控えめ且つ悩ましそうに、メイドが口を開く。これは新鮮。
「『神社の呪術研究に協力』と言って、深入りする人間はまず『一般人』ではありません。流れ者に限らず竜について知っている可能性が高いでしょうし、知らなかった場合は適当にあしらわれて構わないかと」
「あー……そうか。呪術がそう一般的じゃない、のか?」
「はい。存在自体は皆知っていますが」
「病院関係者、は一般人ではないな? 竜については」
「知らない筈、ですが。咽貫うずずが居ますので断言出来ません」
「……ク、ははは」意図的に笑う。「殺される前に拝んでおきたいな、例のお嬢さん。教祖様なんだろ、人前に出たりとかない?」
「七歳児に余り負担を掛ける訳にはいかない、という極めて真っ当な理由でそう表に出る事はありません」病院の子供が『教祖様』であることに神社らしい反応がないか見たかったが、不発。「日付はまだ発表されていませんが、例年通りだと近々、病院主催の御祭りが開催されます。去年と一昨年はそこで歌を披露していました。今年も行うかもしれません」
「へェ、祭りに歌か」
「宗教とは関係ない、屋台が出て見世物をやって盛り上がる類の物です。歌も流行りのを一曲か二曲。幼い女の子が可愛らしく、また上手に歌うのでとても人気です。私も去年見ましたが、素直に微笑ましいものでした」
微笑ましいという単語と彼女の声音との不調和で吹き出してしまった。
「失礼。じゃあ日付が分かったら教えて」
「畏まりました。ところで蝙蝠さま」
「ん?」
「女遊びはされますか」
「……多少は」
畏まりました、とメイドは今まで通りに言った。
「では明日の夜、派遣させて頂きます」
派遣って。
「いや……何、そこまですんの」
はい、とメイドが頷く。
「自給自足されるとそれなり困るので、此方から提供させて頂きます」
「自給自足って……嗚呼。前に流れ者が引っかかった?」
「御察しの通りです。因みに、流れ者に限りませんし、男性にも限りません」
「……女にもやるのか」
「はい。様々な需要に応えられます」
「手広くやってるって相当だな、神社……」うーん、と天井を見上げる。「……明日は止めて欲しい。今日階段が厳しかったくらいだから」
「では、明後日に。希望があれば承りますが」
「……いや」セクハラいことでも言ってやろうかと思って止めた。多分明後日も厳しいけれどそれも考えないことにした。「普通、で」
「畏まりました。何か問題がありましたら御遠慮なく」
そうか、何か言う相手もこのメイドか。
やだなぁ。
「此方からの要件は以上です。何か疑問等ありますか?」
「取り敢えずいいや。明日以降で」
「畏まりました。では蝙蝠さま。短い間ですが、これから宜しく御願いします」
綺麗に一礼し、失礼致します、とメイドは出て行った。返事と見送りを放棄してしまった。寝直そう、と寝転がって布団を被ればすぐに眠気が来たので、いつも通り悪い夢を見ながら眠る。