偽聖歌01
竜とは世界を維持する装置であり、世界秩序そのものである。「ゴミ処理装置」と言われると「水晶協会」としては狼狽えてしまうが、竜の処理するものは「ゴミ」と言うと語弊がある。竜が排除するのはもっと重大な存在である。秩序を壊す異物、世界を破滅させる毒。その掃除者。
そんなものが発生する理由の八割強は、世界そのものが原因だ。世界に存在する生き物の悪巧みや暴走なんてものなんて矮小でしかない。さて、何故この世界が滅びの因子を生むのか、世界は何故完璧ではないのか。矮小なる呪術師に確たることは分からないが、恐らく完璧でない方が好い、と想像したんだろう。存在する、あるいは存在した創造主は。進化と破壊は表裏一体、とかそんな感じで。さらに言えばきっと、完璧なものを創れないくらいには、手に余るものを創ってしまったんだ、と矮小な存在としては希望している。
有難いことに、対抗策も創られている。それが竜。尤も、竜は創造主が直接創り出した存在ではない。創造主は世界に、生物でいう生存本能のようなものを与えた。そして世界が莫大な資源を費やして生んだのが竜という維持装置。人とは比べられない超越種、それを十柱。かくして竜は発生以来、歪みを喰らい、異物を破壊し世界を維持し続けた。
そして、現在。竜は六柱と、堕ちた竜が一柱存在する。三柱の竜は前時代に堕ち、人の手で討たれた。歪みを消化出来ず、異物に傷ついた竜は秩序から秩序を破壊するものに堕ちる。そして、堕ちた竜は人の手が届く。勿論、代償は膨大だが。
堕ちたとはいえ竜だ、ただ攻撃するだけでは倒せない。然るべき時、然るべき場所でなければ、堕ちた竜は排除出来ない。
今度は、此処だ。
企と野に、堕ちた竜は二度現れる。その時に何としても倒さねばならない。この世界に見切りがついていないなら。
とはいえ、水晶は堕ちた竜なんて大層なものは管轄外だし、神社も僕にそこまで仕事をさせる気はないだろう。まあ水晶も神社も、貰えるものは貰っておきたいだろうが……。忘れてはいけないのはどの組織も、堕ちた竜を処理しただけでは満足しないし、この世界も安心出来ない状況であることだ。依然として、世界は歪んで破滅へ突き進んでいるし、それを正す竜は随分減ってしまった。新しい竜の発生は望み薄だ。世界にそんな余裕はなく、人もそこまで大それたことは出来る気配がしない。
正直、「元」水晶協会のいち呪術師が努力したところで、堕ちた竜に手を出せるとは思えない。無視は出来ないとはいえ。
現在の問題は数多ありはっきり言ってどうしようもないが、とりあえず竜について語るなら本来十柱存在していた正常な竜が六柱しか存在しないことよりも、堕ちた竜が未だに討たれていないことの方が危機である。本来なら百年以上前に討たれている筈のそれは、様々な手違いで生き延び、世界を滅亡へ誘う毒を撒き続けている。他の生物よりも、遥かに莫大な量を。このままではそう遠くないうちに、僕の寿命よりも先に、人間を始め生命体その他諸々はどうしようもなく滅ぶ。今のところ。
今のところ、というのは人間──まあ大体は呪術師──も「世界滅亡を回避する」以外の解決策を前時代から模索しているからで、まあ、頑張ってはいるな、くらいだ。
目前の危機は勿論、恐らく創造主も、不要になったら、あるいは不快になったら世界を滅ぼせるようにはしているだろうから、滅んだ後の対策は出来るものならしておきたい。今のところ、出来ていない、が、さて。
さて、僕は何をするべきか。
注力すべきは矢張り、目前のことにはなるんだろうけれど、これはこれで、なぁ。
単純に、簡単に行けば「咽貫うずず殺害を成功に導き」→「水晶に手土産持参して色々と無かったことにしてもらう」という流れになる。神社は中々に優遇してくれているが、今後も腰を据えるというのは考えられない。僕の居場所は、水晶協会だ。恐らく残念なことに。
まずは咽貫うずずの殺害、とも行かなくなった。彼女が只者じゃないことは既に判明しているが、未確認部分が多すぎる。どれ程なのかに依るが、殺してはならない存在である可能性がある。僕の手土産としては勿論、下手したら世界規模で。そうなると神社の援助どころか、神社を敵に回しながら水晶に帰らなければならない。流石に堕ちた竜の顕現も迫っている、裏切り者ひとりに大した労力は割かないだろうが……でも所詮、僕ひとりだからな。水晶の援助は期待出来ない。僕の利用価値がどうというより、単純に人手が足りない。……いや、手土産次第ではあり得るのか? まあ、期待はしない方がいいか。
手土産の渡し方も考えないといけない。水晶にとって僕は「役立たず」ではなく「裏切り者」だ。死ぬべき時に死なず、所属員を害している。手土産だけ重宝されて運送屋は用無し、というのはまあ、結構想像出来る未来だ。
多いなぁ、問題。
どう動くか、は余り緻密に考えてもしょうがないだろう、と諦めた。どうせ面倒事はすぐに、向こうからやってくる。