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世界崩壊式  作者: 三隅 凛
胎主殺し
10/13

遊視察06

 朝、鍛錬室ジムで軽く身体を動かしてそのまま診療所に。経過は順調、近々全快し何なら持久力は少し上がるだろう、とのこと。全快するのが先か、咽貫のどぬきうずずの襲撃が先かは、彼にも僕にも分からない。

 診療所近くの喫茶店で昼食を摂り、例の遊園地へ。まだ情報を()る余地がある。堕ちた竜はいつに顕現するのか、企と野の何処に何回来るのか。ある程度は分かったし元々知っていたが、もう少し。もしかしたらあるかもしれない、堕ちていない正常な竜の情報も。

 入口からすぐのロッカーに、朝の着替えを預ける。

 ロッカーの中に生首が入っている。

「────」

 腐臭も死臭もしなければ人間の匂いもしない、生首。それは光のい眼球を有している。その顔には見覚えがある。昨日見た写真、行方不明の少女。口は楽しそうに開いていて、口内は乾き切っているが歯は健やかに並んでいる。細い首は短い。途中で断ち切られているから。首の断面は接地していて見えないが、血の気は全くない。……顔だけ見ると、森久世歌季とそう似ていない。或いは生者と幻覚との明確な違いか。

 人目がないのを確認して、ロッカーの扉を閉じる。三秒数えてからまた開く。……うーん、まだある。

 幻術としては変な式の組み方をしている。雛形テンプレートが確立している術式ジャンルなのに癖が強い……企と野流? 僕を狙い撃ちにした幻術らしい。発生源(術者)は隠されているが隠し方もまた癖が強い。幻術よりは下手。軽く辿っただけで、大体の術者の居場所が分かる。──近い。

 ……えっと? つまり誘われている?


 大通りを外れて、小規模な住宅街の奥へ。三階建ての集合住宅に辿り着いた──僕が来ていいんだっけ、此処。『病院』の領域テリトリー的に。

 階段に足を掛ける。焦らすようにゆっくり。踊り場に、癖の強い幻術。解かなくてもいいのに手癖で解呪した。

「こんにちは、蝙蝠」

 井伊野いいの早月さつきが予定調和みたいに微笑む。

「初めまして、早月ちゃん」

「そんな他人行儀にしないでよぅ」

 笑いながらわざとらしく唇を尖らせている。……うん。

「やっぱり似ている」

「でしょ」

 井伊野早月は嬉しそうに頷いた。こっちには自覚があるのか。

「この街で三番目にうずず様に近いんだから」

「……へェ。君で三番目、か」

 ……このガキ。随分と簡単に掻き乱すことを言ってくれる──!

「一番目と二番目が気になるな、そんなこと言われたら」

「えー? 目の前に三番目わたしが居るのにー」

「ごめんごめん」

 確かに、写真を見た時も思いはした。似ているのは分かる。

 問題は、井伊野早月ひとりを実際に見ただけでは、何故似ているのかまでは分からない。

「中々な幻術だったけれど、何の用かな?」

「私に会いたがってるんじゃないかなぁって」

「会いたかったよ」

 まさか会えるとは思わなかった。

 ……どうしようか。見事に思いつかない。

「君の友人が心配しているよ」

「知ってる。世歌季せかきでしょ?」

 楽しそうな声。楽しんでいるのは僕との会話であって、森久世歌季はどうでも良さそうに、言う。

「随分しつこいの。普通もう諦めるよね」

「彼女も僕も、てっきり君は拉致されて人体実験されて、囚われの身だと思っていたんだけれど」

「そんな訳ないじゃない」

 分かる訳ねェだろ。

「もちろん、何もかも自由ってことはないけど、そんなの未成年じゃ当然でしょ?」

「……そうだね」

 ゆっくり、慎重に頷く。時間稼ぎの一環みたいなものだ。大したことは、出来ない。

「病院だからね、てっきり人体実験のひとつやふたつはしているだろう、と思っていたんだけど。意外とそうでもないのかな?」それとも君が特別だから?

「あ。それは合ってる」あっさりと少女は頷いた。「ひとつやふたつ、じゃないね。おかげで、うずず様に近づいたってのもあるかんじ」

「……気になるな」

「実験結果が? 『神社』のために、それとも『水晶協会』のために?」

 勿論、水晶の為だ。ゆっくりと、井伊野早月に歩み寄る。主導権を握る振りくらいはしたい。

「そうだね……うずず様、に何が近いのかとか、何故彼女に近い存在が必要なのか、とか」

「そんなの、見たら分かるでしょ? ……えっ?」

 ────。

 思考が凍ったことを自覚する。

 取り繕うにはもう遅い。井伊野早月は困惑しながら怯えている。分かり易い反応だ。

「……蝙蝠?」

 少女は首を傾げる。口を滑らせた、とも思っていない、余りに無防備な仕草。

「えっと……どうしたの? 何か蝙蝠、ノリが変わったような?」

 ノリって。

「いや、何でもないよ」追求したくはあるんだけれど、墓穴を掘りそうでもある。「会ってみたいな、『うずず様』」

「会って、見てみたい?」

「……そうだね」

 平静を装う。別に装っていることはもうバレてもいいので、楽。

「うずず様には近々ね。それまでのお楽しみってことで」

「近々、ね。神社の伝手で合わせてくれるのかな」

「それより前だよ。偽聖歌祭があるでしょ? 会うってより見るだけだけど、蝙蝠ならそれでいいでしょ」

「……病院は随分、僕のことを知っているみたいだ。神社以上だ」

 ついでに、襲撃もバレてるな、コレ。

「当たり前じゃない!」井伊野早月は誇らし気に言う。「だって、うずず様が居るんだから」自慢気でもあった。

 実質的な支配者。 

 これが居るから、病院は増長した。

 人間かどうかは、分からない。

「成程」舌先で返事を転がす。

「……うーん」

 如何にも納得していない、という声を出しながら少女は、僕を下から覗き込むように接近した。

「というか蝙蝠。うずず様と一回会ってる筈だけど、覚えてない?」

「残念ながら」驚けなかった。慣れてしまったのかもしれない。「いつ会ったのかな。見たんじゃなく」

「覚えてないならなーいしょ。思い出すか本人に訊いて」

「残念」小さく笑ってやる。「それは再会が楽しみだなぁ」

「うんうん、お楽しみに。あっ! でも、私と会ってもなあなあで済ますとか止めてね。そりゃうずず様の方がいいけど、私だって当たりの方だから」

「勿論。それは安心していいよ」

 森久世歌季を思い出しながら、離れていく痩躯を見送る。この辺りは似ていない。

「じゃ、今日はここまで! 病院で治療出来なかったからちょっと心配だったけど、大丈夫そうだね。じゃあまたね、蝙蝠」

「じゃあね、早月ちゃん」

 ……さァて。

 どうしろって言うんだ。

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