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祈る娘  作者: オーガ
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第97話



 宰相は、疲労の為目を瞑っている。

 

皆は彼が話し始めるのを待っていたが、ラウーシュがぼそぼそと、

「王都に疫病を流行らせたのがイーザロー国ならば、主導していたのは王太后と言う事なのでしょうか?」

 イーザローの侍女長から聞いた話をもとに推測した。


「お前が何故そのような事を、知っているのだ」

「姫付きの侍女長に聞いたのですが、疫病を我が国に蔓延させて弱っている時に、侵略してくる手はずのようでした」

「卑怯な奴らめ」

 

 デフレイタス侯爵は、憎々し気に言い放った。


「それが誤算でした……王太后は、私の目を掻い潜りイーザローと、疫病の事件を考え出していたのです。私は王太后には、イーザローを支援に使う方法もあるとは言っていたのですが、まさか直接イーザローに話を付けているとは思いもよりませんでした。そこまで愚かだとは、思っていなかったのですがね」


 ラウーシュが焼き菓子を持って宰相に相談に行った事で、毒殺の計画があるらしい事を知ったのだが、何処でどうやって実行されるかが分からなかったようだ。

 だがそこで宰相は、自分の知らない所で王太后が動いている事を知り、探っていたのだが後手に回り、王都に疫病がばらまかれる事になってしまった。


「デフレイタス侯爵には、本当に申し訳なかった。貴方はお茶会に出席したばかりに、王太子暗殺に巻き込まれてしまったのだ。まさかイーザローが姫様を、死んでも良いと思っているとは思っていなかったのだ」


 デフレイタス侯爵は空咳をして背筋を正した。


「貴方が見舞いに来てくれたと聞いて、意外に思ったものだが。あれは見舞いを兼ねた、別れの挨拶だったのですな?」


「貴方とは子供の頃からの付き合いでしたし、毒殺の件を止められなかったのは、私の責任ですから……。人間死ぬ覚悟ができると、貴方の家に押し掛けるという事もできるのですね」


 宰相は可笑しそうに笑った。


「まったく、笑い事ではないですぞ」


 ブリニャク侯爵も武人は、命を惜しんでいては戦働きはできないと思っているので、宰相の覚悟は理解できるが、一国の宰相がそれをやってはいけないし、それをやる時は国が滅びかねない時だけだろうと思った。

 しかし何故そこまで宰相は、自分の命を懸ける事に執着したのだろうと思う。


「閣下はまだ何か隠されておられますな?」

 宰相は黙ったままで答えはしなかったが、何かを秘めている事は感じられた。


「私は陛下の元に参って、謀反人として処刑されても構わないと思っている。いや……それで良いのだ。陛下に斬りつけただけで、立派な謀反だ」


 一同は宰相の汚名を晴らして、宮廷に戻したいと思っているのだが、本人がもうそれを望んでいないのは良く分かった。


「閣下は死んでしまえはそれで良いでしょうが、残された貴族や国民はどうすれば良いのですか? 王太后の計画では、疫病の蔓延と王太子殿下の暗殺と呼応して、イーザローが攻めてくるのではなかったのですか? 私達は今こうしてはいられないのでは?」


 ラウーシュが危機を感じて、宰相に詰め寄ると、

「ええ、疫病が発生してからの騒動は、誰でもおかしいと思うでしょう?私も少しは頭が働くので、王太后がイーザローと繋がっていると思った段階で、イーザローに忍ばせている間者に、我が国に騒動が起こればすぐ動けるようにと連絡は取っていました」


「何かイーザローに、なさったのですか?」


 ラウーシュはその若さから、間者という言葉に不快感を表したが、政治の世界では当たり前の事だった。


「イーザローは、自国が我が国より強く上位に立っていると勘違いしているのが、愚かな所なのです。王太后から支援を要請されて浮足立って、やり過ぎたのです。春先の争いの事を考えれば、自ずと王太后の話に乗る事は出来ないと思うのですがね……」


「閣下の事を持ち出されたのでは? 閣下が味方だと言われれば、心強く思えた事でしょう」


 ――うむ……――

 と、宰相は考え込んだ。


 結局王太后は宰相の事も最後までは信じ切れず、イーザローと手を結び国を手に入れたら、宰相も排除しようとしていたのではないだろうか。


 それでなければイーザローとの計画を、宰相に話さなかったのはおかしく思えるのだった。


「私はあの人が排除した男の弟ですから、信用ならなかったのでしょう。それに人の後には付きたくない人でしたから、私は邪魔だったのでしょう。自分でこの国を治めきれると思っていたのなら笑止ですよ」


 宰相は王太后の最後を思い、酷薄な笑みを浮かべた。


「イーザローは攻めては来ませんよ。我が国に牙を剥こうとすれば、どうなるかちゃんと教えてあげましたからね」


「聞くのが恐ろしいが、なにをなさったのですか?」


「我が国にしたのと同じ事をやったのです。疫病で亡くなった者の遺体を、あの国に送り届けてやったのです。こちらはリリアージュ嬢のお陰で、対処療法がありますから衛生に気を付けていれば、疫病は下火になってくるでしょう。だがまだまだ夏が続く中で、あの国はどうなるでしょうね」


 黒い笑い声が聞こえてきそうなほど、宰相は機嫌良く話してくれた。

 一同は、驚きで声も出なかった。

 やはり宰相は、敵に回すと怖い人であった。


「大体の事はわかりました。今日はここまでにしましょう。閣下も、お体に障りますから」


 皆暑い部屋の中から逃れるように廊下に出たが、肝は冷えているのを感じた。


「ふむ、やはりあの人は、大人しい顔をしていながら、考える事が常識では測り切れない所がある」


 ブリニャク侯爵は淡々としているが、ラウーシュなどは顔を青くしている。王都の疫病の酷さを見ていたから、イーザローで今何が起こっているか想像が付くだけに、衝撃を受けていた。


 普段は――吝嗇家――と陰口を叩かれていた大人しい宰相が、いざとなると恐ろしい為政者いせいしゃとなるのを、目の当たりにしたのだから驚きであった。


「父上……閣下は、だてに宰相をやられては、おられぬのですね……」


 デフレイタス侯爵も頷いていた。

「そうよな、私もケチな男と思っていたが、やはり温厚なだけの男では無いのだな……」


 親子ですっかり現実に打ちのめされ、デフレイタス侯爵はぐったりとして馬車に乗り帰っていった。


「閣下、お話が」


 ラウーシュはブリニャク侯爵を捕まえ、暑い外で話しかけた。


「宰相をどうするか?」


 このまま怪我が落ち着けば、宰相は衛兵の所にでも投降しかねない。事情を知れば、宰相がすべての罪を背負う事は間違っている。

 王に話をすれば命はきっと助かるのだから、宰相を説得しなければならないと、ラウーシュは力説した。


「閣下を縛ってでも連れて行くか?」

 

 ラウーシュは首を振った。

「それでは宰相は、何も話はしないと思います。それより自主的に王宮に戻るように、話をしたほうが良いと思うのです」


 しかしその説得の方法が分からない。

 

「閣下には、お身内はもう誰も居らっしゃらないのですか?」


 リリアスが後ろから話に入って来た。

 ラウーシュがニコニコと、手を伸ばしリリアスを傍に呼んだ。しかしリリアスは、父が顔をしかめたので二人の間に立った。


「妹様が他の国の王妃になられている。ここから二つ国を渡って山を越えた所にある国だ」


 リリアスは、その妹様に頼まれてはどうかと提案した。


「やはりお身内は遠く離れていても、心の支えになっていると思うのです。妹様が説得なされば、閣下も真実を話されて、また宰相の地位に就かれるのではないでしょうか」


 妹御の嫁いだ国が遠いのが問題だったのだが、一番関わりがないリリアスが話すのが、抵抗感が無いだろうという事になった。

「お世話をしながら、それとなく話を持っていこうと思います。閣下は、ご自分の価値をお忘れになっておいでです」


 リリアスが救護所の中に入っていくと、二人はその後ろ姿を見ながら、色々な事を進めていくのはまだ先の話だなと思っていた。


「閣下、お嬢様はとっくに貴族になっておいでですよね?」


 ブリニャク侯爵は、現在自分の屋敷で息を殺して国の動乱をやり過ごしているであろう他の貴族の令嬢より、リリアスの方がよっぽど気高い貴族の令嬢だと自慢に思った。




 夜暑く風も入ってこない部屋でリリアスは、宰相に風を送っていた。

 宰相は身動きもせず、黙っている。火傷が痛いのだろうが、けっして泣き言は言わない。


「皆は私を、説得せよと言っていたのだろうか?」


 ポツッと独り言の様にリリアスに話しかけて来た。

 リリアスは、静かに扇子を動かし頷いた。


「閣下はどうなさりたいのですか? 私は、妹さんの所に行ってみるのもいいかなと思っているんです」


 宰相は驚いた顔で、リリアスを見た。

「誰かに聞いたのですか……。妹にも随分会っていない」


 他国の王妃ならば、そうそう会う事も叶わず、手紙のやり取りしかしていない。宰相は、リリアスの提案が面白く思えた。誰も他国の王妃になっている妹に、会いに行けなどとは言わないだろう。


「せっかく助かった命ですもの、捨てるのはもったいないですわ。もう国に奉仕するのが嫌なら、どこかご自分が楽しいと思える場所に行ってみたらいかがですか? 私がお供してもいいかも……」


 リリアスは、旅をする自分を想像して少しワクワクした。


「貴女を連れてこの国を出て行ったら、ヴァランタンにきっと殺されますね」


 笑った宰相は折れた胸が痛んで、顔を顰めた。


「侯爵様の娘なのは間違いないみたいなんですけど、現実的ではないですね。侯爵令嬢なんて、おとぎ話ですもの」


 宰相もリリアスの葛藤は分かる気がした。貴族の息子に生まれても、違和感ばかりでさっさと坊主になったのに、慣れた頃に還俗して政治の世界に飛び込むしかなかったのだ。


「貴女は、やはり裁縫師として生きていきたいのですか?」


 リリアスは困ったような顔をしたが、それが答えなのだろう。

「貴女は良いですよ。その腕があればどこでも食べていけるが、私は何も出来ない」


「私だって裁縫しかできませんよ。お料理も出来ませんし……閣下は、牧師様だったのですから、牧師様が居ない田舎に行って、ありがたいお説教を皆にしたらいかがですか? 田舎の人の方が信仰心は篤いと思いますよ。そして住み心地の良い土地が見つかったら、そこで小さな教会でも建てて、暮らせばいいんじゃないでしょうか」


 リリアスは、自分の考えが随分と良い様に思えて、にっこりと宰相に笑いかけていた。


 宰相も、死ぬ前に自分が初めになりたかった者になるのも良いかもしれないと、夢のような考えを巡らせていた。



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