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祈る娘  作者: オーガ
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第89話



 王宮の廊下を歩きながら、ラウーシュは先程の話の続きをした。


「姫が以前に体調を崩したとお話し致しましたが、その時お嬢様もご一緒だったのです」


 ――えっ?――

 と侯爵は勢いよくラウーシュを見て、その顔が強張った。


「姫とお茶を頂き、焼き菓子を召し上がったそうで、その菓子を食べた子供が死にかけたのです」


「なんと!!」

「お嬢様が相談にいらして、私が宰相に菓子を持って子細を話しましたが、その頃から姫には毒が盛られていたのでしょう。ですがその理由が分かりません。尋問の際にはそれもお聞き頂くのが宜しいかと」


 侯爵は機嫌が悪くなり、歩き方も荒々しくなった。

 自分が知らぬ間に娘が危険な目に遭っていたのが、よほど腹立たしかったようだ。


「ラウーシュはリリアージュとはいつからの知り合いだったのだ?」


 ラウーシュは痛い所を聞かれ、どう話したら良いか迷った。


「去年の冬から春先まで避寒を兼ねて南の方に、機織りの産地に行っておりましたが、そこで美しいビーズという物を目にし買って参りました」

 

 侯爵には機織りを見に行くというのが、あまり理解できなかった。

 ――うん――と頷いたが、その先の話が見えないようだった。


「持ち帰り母に見せますと、作らせているドレスに使いたいと申しますので、ジラーの店にビーズを持ち込んだのですが……」


「おお、そこで娘と出会ったのか」

 

 ラウーシュは頭を下げそれ以上の事は、話さないでおいた。まさか初対面で娘御を、軽くではあっても足蹴にしたとは言えるはずが無かった。


「お嬢様は、失礼ではありますが、腕の良い裁縫師でございます。妃殿下のドレスの刺繍はまるで極楽の模様に思える程です。私が怪我をした時に、見舞いとして頂いたハンカチも、一晩で仕上げたとは思えない刺繍で神の手と思いました」


 侯爵は、頷いて――それを持っているか――と言うので、ラウーシュは隠しから出して見せると、手に取って見ているうちに、自分の隠しに仕舞おうとした。


「何をなさいます、それは私が頂いた物! お返し下さい」


 ハンカチに手を伸ばすと、取られまいとして手を上にあげられ、王宮の廊下で二人は揉み合った。周りにいる貴族達は、二人が何をしているのかと興味深く遠目から見ている。

 傍にいたレキュアも侯爵の副官も、そっと傍を離れ二人のやり取りを見るだけで、止める事はしなかった。


 争っているうちに侯爵も、子供じみていると思ったのか、手を下ろしハンカチをラウーシュに返した。

 体格の良い侯爵と掴み合いをしたラウーシュは、息を切らしてそれを受け取った。


「お嬢様手ずからの物が欲しければ、お頼みすれば宜しいかと思いますが? ……それより下町の救護所に、いつまで置いておかれるのでしょう。今の所病には罹っておられませんが、危のうございます」


 リリアスは、もうとっくにブリニャク侯爵の娘としての責務は果たしている。しかも彼女は、貴族として生きる決心をしているようには思えないのに、義務だけは果たそうとしているのだ。

 もうそれで充分な気がする。

 

 ラウーシュはそのような意味の事を侯爵に話したが、侯爵は――分かっておる――と言うのみであった。


 

 結局成り行きでラウーシュも、侍女達の尋問に付き合う形になった。


 離宮の応接室に侍女長は立って侯爵達を待っていた。ラウーシュは顔見知りだが、侯爵は初見で大きな体を見て驚いているようだった。


「ブリニャク侯爵閣下である」


 近衛兵副官のジアンビ伯爵が侍女長に告げると、一応頭を下げて礼を取った。ラウーシュが見る所、彼女は侯爵の名前は知っているようだった。


 有名な侯爵が出て来たので、侍女長は落ち着かなげにソワソワしている。拷問でもされると、思っているようだった。



「侍女長殿、座られたらどうか?」


 侍女長は頭を横に振り、

「立っている方が楽でございます」

 と、椅子を勧めた侯爵に返事をしたが、その声は上ずっていた。

 

 ラウーシュは、姫に会う時にはいつも彼女がいたので知っているが、感情がないかのような彼女が動揺しているのに、やはり何か隠し事があるのだろうと思った。


「まずお知らせしておこう。我が国の恥になる事だが、宰相のオルタンシア公爵が王太后殿下と共謀して、陛下の暗殺を計画し、国を乗っ取ろうとしたのだ」


 侍女長は顔を上げ目を見開いたが、侯爵の言い方でその結末が分かったのだろう、あからさまにがっかりとし、途端に憔悴した顔になった。


「すでに公爵と王太后殿下は捕らえられ、尋問を受けている。そなたに何か申し開きがあれば、聞いておこう」


 ラウーシュは、侯爵の作戦に見事と内心で手を打った。

 

 離宮の者達は王が襲われた段階で、王宮から情報を遮断されていて、現在何が行われているか知るすべが無かった。

 二人が捕まったと聞いて繋がりがあれば、侍女長は自身を守るために言い訳をするか、罪から逃れるために事実を話す事を選択するだろう。


 じっと部屋の中に沈黙が訪れ、侯爵達が何も無いかと諦めかけた時、侍女長が口を開いた。


「どこからお話すれば良いでしょうか……」


 俯いている侍女長の体が震えていた。


「そなたたちが、我が国にやって来た理由からだ」


 彼女は肩を落とし、指を体の前で組んだ。


「私達の使命は……王太子、上手くいけば王も毒殺する事でした」


 侍女長は計画が失敗した以上、もう自分の命は侯爵との取引に掛かっていると判断した。すべてを話し、命だけは助けてもらおうと決断したのだ。


 部屋の中にいた者は全員、侍女長の告白に驚いた。まさかそこまではっきりとした計画でこの王宮に入り込んでいたとは、思いもしなかった。王太子は、偶然の機会から毒を盛られたのだと思われていたのだ。


「では姫を留学させたいというのは、ただの隠れ蓑だった訳だな?」


「さようでございます。姫付きの侍女として王宮に入り、その機会を狙っておりました」


「姫に度々毒を盛っていたのは、何故だ?」


 侍女長は――知っているのか――と言う顔をしたが、

「毒が起こす症状を確認しておりました。王都に疫病が流行るのを待って、王太子や王に毒を盛り、疫病に罹ったと思わせて殺す計画でございました」


 侯爵は、姫がその試しの為に苦しめられていたのかと、気分の悪そうな顔をした。


「では、姫もその時に一緒に殺すつもりであったのか?」

「姫様はどうなっても構わないと、陛下から承っておりましたので、私はどちらでもよろしゅうございました」


 ソファーに座っていた侯爵は、目の前にある机を両手で叩いた。そうでもしなければ、苛立ちは侍女長に向かいそうだったからだ。

 侍女長も自分の話に侯爵が怒っているのは分かっているが、自分の立場を言っておかなければと、正直に話しているのだ。


「まて! 今、疫病が流行るのを待っていたと言ったが、何故それを知っていたのだ?」


 ブリニャク侯爵が、疑問を持って聞いてきた。


「あの時期に、疫病が起こるように病人を王都に入り込ませておりましたから、それを待つだけでした」


「つまりは、あの病はイーザロー国が我が国に蔓延させたと言う事か……」


 皆、詳細で狡猾な計画に、驚く声も出せなかった。


 やはり春からの物事はイーザローが計画して、起こしていた事であったのだ。


「では陛下の暗殺が成功しておれば、どうなっていたのだ?」


「王と王太子が病で亡くなったと言う事で、王太后殿下が我が国と手を結び、穏便な協力体制を取る事となったでありましょう。」


 まさにフレイユ国は危ない橋を渡らされていた事になる。

「これらの計画を成したのは誰だ」


 侍女長は頭を傾げた。

「私には分かりかねます。王太后殿下かオルタンシア公爵閣下に、お聞きになれば宜しいかと存じます」


 ――ううん――

 侯爵は唸るしかなかった。どこか抜けた所があるような計画だが、宰相が王の暗殺に失敗しなければ上手くいったかもしれないのだ。


 暴動が続けられ王が亡くなり、王太后がイーザローの兵を国に引き入れれば、国の貴族達は戦闘の準備も間に合わず、蹂躙されただろう。

 宰相がいれば国政は止まる事無く動き、ただただ貴族と国民が、イーザロー国に膝を付く形になったのだろう。


 ブリニャク侯爵は、この計画が失敗した事を心から神に感謝した。






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