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祈る娘  作者: オーガ
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第88話

                                                 


 王の執務室には、ブリニャク侯爵、軍務大臣サバシア侯爵に、何故かラウーシュも居た。


 王の両脇に皆が立ち、それに向かって立っているのは、宰相の秘書官だった、カノーであった。

 事前に事情聴取をされ、この度の宰相の謀反についての、時系列を詳しく聞き取られていた。


「では詳しく聞かせてもらおう」


 王は、金糸銀糸で織られた薔薇の花を中心に小花が飾られた厚い織物のソファーに座り、優雅に白いストッキングを履いた長い脚を組んでカノーを見た。


 いつも宰相と共に王には会っていたが、カノーに直接王が話しかける事は無かったので動揺する。


「今年の春にイーザローが攻めて来た時には、宰相閣下は……」


 ついいつも通り敬称をつけてしまったが、カノ―は宰相を呼び捨てにはできなかった。それを聞いていた面々も、注意はしなかった。


「イーザローがどのくらいの戦力でどこから攻め入ってくるかと、予想なされておいででした。隣国との地理の関係から、多数の兵が我が国に侵入するにはだいたい場所が決まっておりますれば、それは当然の予想かと存じます」


 宰相の予想は当たり、イーザロー兵を早々にこの国から追い出したのだった。

 

「そのすぐ後でございましたが、陛下が王太后殿下に恩赦を与えられました。閣下は私に王宮の後ろに在る離宮を手直しするようにと、ご命令なさいました。私は……」


 カノーが言い淀んだが、皆が次をと催促したので、

「恐れ多い事でございますが、陛下が若い側室を迎えるのかと思ったのでございます」

「ほお! カノーよ何故そう思った?」


 王は面白そうににやにやと笑い、ブリニャク侯爵と顔を見合わせている。

 反対にラウーシュは、驚いた顔をしていた。


 王が若い娘と遊ぶのは貴族には公然の秘密であり、妃殿下にはその行動は極力伏せられていた。


「閣下が、若い娘が好むような美しくあり、また可愛らしくもあるように内装をせよと仰せになり、浅はかにも私は陛下がお使いになられるのかと……」


 カノーは顔を赤くして、汗を掻きだした。


 ラウーシュは、今ここで言わなければと王の方を向いた。


「陛下……公爵が仰っておいででしたが、我が国にいらっしゃったイーザローの姫様は、陛下の姪御様なのだと……」


 王は今度はキョトンとした顔をして、ラウーシュの言っている事を反芻はんすうした。


「私には兄弟はいないぞ? 辺境におる王太后の息子どもの子か?」


「いえ、姫様の母上は、昔王太后殿下が暗殺を指示されたと言われる、前王の側室の方の娘御と仰られていらっしゃいました」


「うーん……」


 王は顎に手を当てて暫し思考した。少しして手を下ろし、床をじっと見ていた。


「なるほどよなあ……」

 

 その声は何かを思い出し、懐かしんでいるようであった。

 いやまさにその頃は、王の青春時代と言って良かった。

 王は隣に立つブリニャク侯爵を見て、自分の弟の様に思っていた侯爵が、このような武人になっているのだから、確かに時は経っているのだなとしみじみと思った。


「父上の側室の方には、数回しかお会いした事がなかったが美しい方であったな。王妃……死んだ王太后に命を狙われていたのだが、その頃の予は自分を守るのが精いっぱいでな、彼女を助ける事が出来なかった。王子と王女もいつの間にかいなくなっていたが、どうしようもなかった……」


「公爵は、王女殿下を探されたと仰っておりました。イーザロー国に逃げて、国王の側室になっていたのには、驚いておられましたが」


「あいつはそんな事まで探って、王女をお助けしようとしていたのか」


 ブリニャク侯爵は、感心したように呟いたが、ますます宰相の謀反が分からなくなった。そこまで王族に忠義をつくしていながら、王に斬りつけ謀反を起こす意味が理解できない。

 

「ラウーシュ卿、そなたはどこまで知っておる?」


 ラウーシュは王から名を呼ばれ、恐縮するほかなかった。自分のような若輩者が王の隣に立っているなどと、父が知ったら十年早いと怒鳴られそうだ。


「閣下からその時の事情はすべて伺いました。姫の母上は乳母と共にイーザロー国まで逃げて、そこでお育ちになられたそうです。その後行儀見習いで入った王宮で、イーザロー国王のお手が付いたとの事でした」


 王は話を聞きながら、難しい顔をした。


「では、姫がこの国に留学と言う名目でやって来たのは、宰相がそう手はずを整えたと言う事だろうか?」


 まるで姫をイーザローには置いてはおけないとばかりに考え抜いて手を回し、姫がフレイユ国に帰って来られるようにしたのだろうか。


「姫が予の姪ならば、どんな事をしてでも守り抜こう。だが毒の一件じゃ。一体誰が毒を盛った?」


 部屋が静かになった。

 王太子、姫、デフレイタス侯爵と重要な人物が殺害されそうになったのだから、これは犯人を突き止めねばならない。


「以前にも姫の所で茶菓子を食べた者が、体調を崩したと聞き及んでおりますが、疑うならばやはり離宮の者達かと」

「しかし、姫もお倒れになっているのだぞ、自国の王女にそんな事はしないだろう」


 当然ブリニャク侯爵が反論するが、王も手を上げて注目させた。

「予も、姫はイーザローの捨て駒ではないかと思った事がある」


 その一言で、離宮に閉じこもっている侍女達を尋問する事となった。


 静かであった離宮に、大勢の近衛兵がやって来た。

 先触れもない失礼な訪問であったため、侍女長が兵の前に立ちふさがった。

 さすがに侍女長をする人物であり、近衛兵相手に一歩も引けを取らなかった。


「無礼でありましょう。姫のお住まいに近衛兵とはいえ、男性が大勢でやって来るとは。陛下に申しあげますよ!」


 侍女長の言葉は、空しい物だった。近衛兵が来る段階で、王の許可は得ていると言う事である。


 二階の方で侍女が大声を出しているが、イーザローの言葉なので、近衛兵には分からないだろう。

 侍女長は訝し気な顔をして、二階の方を見上げた。

 どうやら近衛兵が姫を連れ出そうとしているようだ。


「何をなさっているのです。姫様はお体がまだお悪いのですよ。どこに連れていくのですか!」


 近衛兵の副官ジアンビは、爽やかな笑顔を湛えて、

「自国の姫君を王宮にお連れするのですよ。私達が姫の看護をするのは、当たり前でしょう?」


 侍女長はジアンビの言っている意味を理解できなかった。身をひるがえし、二階に駆け上がって姫の寝室に行くと、一人の近衛兵が姫を毛布でくるみこちらに向かって来る所であった。


 後ろで侍女が声を荒げているが、近衛兵は黙々と歩いている。


 侍女長は近衛兵に掴みかかり、

「姫を放しなさい、ひ、姫を……」

 今までに出した事のない声で止めたが、無視され階段を下りて行ってしまった。

 

 追いかけていくと、近衛兵が増えていて姫を抱いた近衛兵が離宮を出て行くと、玄関を封鎖し侍女長達は閉じ込められる形になった。

 自分達の強みはイーザロー国の姫の使用人である事だったが、その姫がフレイユ国側に連れて行かれてしまえば何も残らない。

 振り回す剣を取られてしまったのだ、一体何が起こっているのだろうかと、侍女長は何も考える事が出来なくなっていた。



「姫様、お体はお辛くないでしょうか?」


 姫はまだ青い顔をしたまま、こくんと頷いた。それが強がりなのは、震えて思った以上に軽すぎる体が証明していた。

 王から自国の王女なのだと聞かされて、王族が少ないこの国にとって血族は貴種であった。 

 まるで宝物でも抱くように、近衛兵は王宮に向かった。


 姫はどうしても王に会いたいと言い張るので、近衛兵は仕方が無く執務室に姫を連れて行った。本来は王宮の一室に姫を寝かせ、警護をする事になっていたのだ。


「陛下、姫様がおいでになられました」


 執事長が声を掛けると皆が一斉に扉を見た。

 青白い顔の姫が近衛に抱かれて、執務室に入って来た。

 王は自ら立ち上がり、姫の傍に寄って行った。


「陛下……離宮から連れ出して下さって……」

 姫は疲れて、それ以上言葉がでなかったが、離宮には居たくなかったのが、良く分かった。


「姫……。貴女が予の姪だったのを、知っておるか?」


 長い距離を移動した姫はぐったりしていたが、王の言葉を聞くと顔を上げ目を見開いた。

 こくこくと頷くと、口を開いた。


「はい……宰相殿が教えて下さいました」


 皆ははっとして身じろぎした。


「いつ、貴女に宰相は話をしたのだ?」


 姫は考えるように口を結び、じっと一点を見つめた。


「夢かと思っていたのです。病で横になっている私の所にいらして、お見舞いだと仰って、私の母と伯父の話をして下さいました」


 姫は病床で宰相の若き頃の、苦い思い出話を聞いた事を話した。

 皆息も出来ず聞き入った。

 疲れて息が切れる姫のとつとつとした話し方が、なおその時の状況を想像させて、辛い体験を共有したのだった。


 疲れた姫が気を失うように眠ってしまったので、慌てて近衛兵に用意した姫の部屋に連れて行くように命じた。


 姫は宰相が話した通りに王達に話したのだろう、日頃の彼の話し方を知っている者達は、容易に姫の傍でこの話をする彼の姿を思い浮かべる事が出来た。


 カノーなどは、涙ぐんでいた。いつも無口で静かな宰相の若い頃に、苦い悲しみがあったとは、思いもしなかったのだ。


 誰も話すことができなかった。

 

 そこまで王太后にたいする憎しみを持つ宰相が、何故彼女と手を組み、謀反を起こしたか誰もがそれを知りたかった。



     

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